第26話 勤務10日目(1)
・勤務十日目
●五時半:起床
店長からのお守りが効いているのか、ぐっすりと眠った。
夢は全く見なかった。
きょうから店長は、呪い返しの儀式に入るはずだ。
肌身離さずのお守りを握りしめる。
やはり私も呪われてるよと、あの配達夫に言われて心が同様しているのかもしれない。
こうやって店長の言い付けを守っていることが、何よりの証拠だろう。
いや、例え半信半疑であっても万一ということがある。
半信半疑。
そう、半分は信じているのだ。
頭から完全に否定しているわけではないのだ。
できるだけ災いから遠ざかりたいのだ。
これは長く生きていたいという、人間の本能ではなかろうか。
何かのドラマか映画だったか忘れたが、人間は犯罪者と一緒には居たくない、犯罪者を遠ざけたい、という心理があるらしい。
当然だろう。
今朝はコーヒータイムを復活させる。
何か、ずいぶん久しぶりという気がする。
コーヒーの香りを楽しみながら、遠くに見える山々を眺める。
やはり朝は多少の時間的余裕が必要だと感じる。
時間的余裕があるため、ゆっくり身支度して洗顔も終えた。
そしてもう一つ、心理的余裕も必要だと感じる。
余裕のある気持ちで改めて山々を眺めると、その緑に心が一瞬でも癒される気がする。
時計を見ると、もう少しで巡回時刻だ。
●六時半:一回目の巡回開始
きょうも重いリングを腰に下げ、巡回勤務を開始する。
きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。
カチッ。
まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。
そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社のオフィスの中も見て回る。問題なし。
一階の一番奥のエレベーターをチェックする。
異常はない。
一階に停止したままだ。
きのうの業者が言っていたではないか、異常はありませんと。
信じられないことだが、きのうの朝はやはり機械が誤動作したということになる。
(というより、やはり呪術が機械に何らかの影響を及ぼしているのではないか?)
いままでの自分なら、そういう考えを荒唐無稽の戯言と思っただろうが、いざ呪われてみると変わるものだ。
耳を澄ませた。
もはや、この仕草も癖になってしまった。
またどこかの階のトイレが故障してるかもしれない。
だが、トイレの水は流れておらず、正常のようである。
(このトイレの故障も、五階から一階へと一日ごとに階が下がって行ったではないか)
私は思った、これも呪術の影響ではないかと。
高石の呪術が五階から一階まで、つまりこのビル全体を支配した証拠ではないかと。
私は五階のアイラボもさらりとチェックし、五階までの巡回を終えた。
もはやアイラボに、呪いの道具があろうと無かろうと関係ない。
私は一階まで西側の階段で下りた。
隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。
自動ドア機能が作動した。
●七時十五分:一回目の巡回終了
腕時計を見ると七時十五分。
きのうより五分早い。
つまり定刻に終わったのだ。
きのうと違って疲れは感じない。
このお守りのおかげなのか。
私はすぐにビルを出て守衛室へと戻った。
●八時:朝食の配達のお願い
電話で朝食配達をお願いする。
メニューはコロッケパン、それにアイスコーヒーにする。
待つこと十分で配達夫が自転車でやって来た。
「毎度」と配達夫。
「ところで店長はもう儀式を?」
「はい、今朝早々に篭りに出掛けています」と配達夫。
「まだ訊いてなかったけど、どこに篭りに行ったの?」と私。
「それは知りません。訊いても教えてはくれませんよ」
「ま、そういうものか。で、いつまで篭るの?」
「二週間くらいです」と配達夫。
「二週間も?」
「はい、かなり強力な呪いらしいので」
「そ、そうなの。ありがたいよ」
「店長も相当の使い手だったそうですから、安心してください。きっとうまくいきます」と配達夫。
「あ、ありがとう。よろしく頼むよ」と私。
配達夫はすぐに自転車に跨ると、急いで走り去った。
(まったく何ということだ。なぜ私なのだ?)
私は制服の中に手を入れ、お守りを強く握った。
(そうだった!)
よく考えてみれば、呪い返しで相手が死ぬということなら、店長だって命がけということになる。
(すみません店長。気が付きませんで)
改めて店長には頭が下がる思いだ。
(高石!なぜ私を呪うのだ?私がレズのあなたにセクハラでもしたのか?腕試しで呪われたんじゃ、命がいくつあっても足りねえだろーが!)
状況証拠は呪術者が高石であることを指しているが、物的証拠が何一つない。
(ちくしょー!)
●十時:アイラボの社員出勤
いつものように、ビルの門前にスポーツカーが停車した。
「おはようございます」と高石。
「おはようございます」
「きょうも帰りはお早いんでしょうね?」と私。
「ええ、たぶん」
(くーっ!あなたが私を呪っていることはわかってるんだぞ)
あと二週間だ。
(勝ってください店長!こんなレズ女の呪いに負けちゃだめです!)
「あ、あのう、鍵をください」と高石。
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