第25話 勤務9日目(3)

「まあ、それは必要ないと思いますよ。それじゃぼくは次がありますから」

「ああ、わざわざありがとう」

配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。

高石はきょうもお弁当らしい。

(というか、更にパワーアップした呪いを私に掛けようとしてるんじゃないのか?弁当どころじゃないかもな)

●午後一時:守衛室

呪いの一件があったため、まったく眠くない。

恐怖に脅えているからではない。

これから、どう展開していくのか、なぜか楽しみになっている。

下手をすれば自分に死という災難が降りかかるかもしれないのだが、現実として受け入れていない。

どうせ迷信だろうと、内心タカを括っているのかもしれない。

また元陰陽師の店長が、私のために呪い返しをしてくれるという、安心感も手伝っているように思える。

私は自分のきのうまでの個人日誌を読み返してみる。

(ん?)

日誌の最後のページには、大きな字で呪詛、と書いてある。

(何だ、これ?)

自分自身で書いたはずだが、その記憶がない。

(一体、どうなってる?これも高石の呪術による仕業なのか?)

●午後三時:守衛室

外線電話でエレベーターの業者を呼ぶ。

いくら私がバイトでも、エレベーターと窓に関しては、関係業者を教えられている。

万一、故障が起きると大変だからだ。

一時間後に業者が二人やって来て点検をしてくれた。

じっくりと点検してもらった。

「特に異常はありませんよ」

私にそう言うと、業者は帰って行った。

なぜか私には、業者はそう言うだろうとわかっていた。

●午後六時:アイラボ社員帰宅

高石が守衛室にやって来た。

「仕事、はかどったようですね。きのうより更に早いですね」

「ええ、おかげさまで」

「呪い返しって何ですかね」と私。

「またその気味悪い話ですか。あのう、本当に大丈夫ですか?」

「と言うと?」

「あ、いいえ。何でもありません。はい、じゃこれお願いします」

高石は入出者ノートに記入すると、鍵を置いた。

ちょうどその時、門の外にスポーツカーが停車した。

高石は鎖を潜り門の外へと出ると車に乗り込み、車はやがて走り去った。

高石は私の呪い返しって言葉を聞いて、本当に気味悪いって表情をした。

(ありゃ演技だろう。証拠は挙がってるんだからな)

●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする

メニューはスパゲッティ、野菜サラダと紅茶にする。

待つこと十分。

配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。

「毎度、どうも」と配達夫。

「きょうもいいタイミングだね。昼間はありがとう。明日もよろしく」と私。

もう、呪いの話には触れたくなかった。

「はい、ありがとうございます」

配達夫も同感らしく、それだけ言うと配達夫は帰って行った。

●午後十時半:二回目の巡回開始

いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。

次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。

懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。

いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。

いよいよと五階へ達する。

アイラボの鍵を取り出し、ドアを開ける。

勇気を振り絞る。

(もう一度、この目で確認しよう)

懐中電灯でじっくりと照らす。

いつものように無機質感の溢れるオフィスだ。

私はまるでFBI捜査官のように周囲に気を配りながら、机の一つへと向かった。

きょうも引き出しには鍵は掛かっていない。

ゆっくりと引き出しを引く。

(こ、これは!)

引き出しの中には、藁人形、蝋燭、五寸釘などが入って、、、、いなかった。

(どういうことだ?きのうは確かにあったぞ)

中にあるのは、いくつかの定規やボールペン、消しゴムなどの文房具だ。

私は静かに引き出しを元に戻した。

他の引き出しも見てみる。

それ以外にこれといった物はなく、ガランとしている。

今度は他の全ての机に移動して引き出しを開ける。

(これもだ!)

どの机も同じように、入っていたのは文房具、厚いファイルなどだった。

引き出しを元に戻す。

(え、ええ?!じゃ、きのう私が見たものは何だったんだ?)

朝の巡回の時に、机の中を調べなかったことが悔やまれる。

(朝の時に、もう一度確認するべきだったんだ)

私はオフィスの中で、しばらく茫然とした。

そして同時に安堵する。

私の見たものは何かの見間違いかもしれない。

そして、あの低い声は何かの聞き違いかもしれない。

(いや、そうじゃない!低い声はそうかもしれないが、呪いの道具をこの目で見たではないか。高石だ。あの女が隠したんだ)

私は我に返ると、オフィスを出てすぐに鍵を掛けた。

五階の巡回が終わると、チェックシートに記入して西側の階段で一階へと駆け下りた。

非常用出入口から外へ出て鍵を掛ける。

(あの女が隠したんだ。おそらく私が机の中を覗いたことを、何かで知ったんだろう。そして遅まきながら証拠は隠した方が無難と判断したんだろう)

時刻は午後十一時三十分である。

●午後十一時三十分:二回目の巡回終了。異常なし

守衛室へ戻ると、日誌にきょうのことを書き込む。

だが、本当に私の考えが正しいのだろうか?

アイラボの、あの机の中は誰が見てもふつうのオフィス用品しか入ってなかった。

何かを隠したような、そんな感じはしなかった。

私が素人だから、そう思うだけなのか?

わからなくなってきた。

いや、、、、、正しいはずだ。

万一、アイラボや高石が呪術と無関係だとしても、このビルかどこかの場所でそれは行われているはずだ。

あの店長が明日から呪い返しのため篭るのだから。

●午後十一時四十分:シャワー

(ん?)

ちょっぴり湯がぬるい気がする。

●午後十二時:就寝

ベッドに転がる。

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