第24話 勤務9日目(2)

「死ぬだろうと」

「そ、そうなの?どうして相手が死ぬようなレベルになって呪い返しをやるの?」と私。

「その前に一つ訊いていいですか?」と配達夫。

「あ、ああ。何?」

「守衛さん、何か人に恨まれるようなことは?」

私は思わず吹き出した。

「あ、ごめん、ごめん。心当たりはないけど」と私。

「そうですか。それじゃ相手はプロの呪術者かも。特に怨恨などの理由もなく人を呪うことが出来るそうです」

「何で私が呪われるの?」

「それはわかりません。腕試しかもしれません」

(やはりそういうことか。私の予想は嫌な意味で当たったわけだ)

「腕試しで私を呪い殺すのかよ!」

「落ち着いて聞いてください。その相手が生きている限り、いつかはいまのレベルに達します。解決するには相手に死んでもらうしかありません」

(なんということだ。バイトに来ただけで呪われるなんて冗談キツイだろがーっ!)

「で、私にどうしろと?」と私は怒りを抑えて訊いた。

「この持って来たお守りを首に掛けてください」

配達夫の差し出したお守りを見ると、よく神社で見かけるようなお守りだった。

私は店長に対して、心よりお礼を言いたくなった。

そのお守りを首に掛ける。

他人の私をそこまで心配してくれて、その親切さが身に滲みた。

「店長は明日から呪い返しの儀式に入るそうです」

呪い返し。

聞いたことがある。

呪いを掛けた呪術者に、その呪いをそのまま返す方法だ。

「儀式が終わるまでは、このお守りは入浴中でも肌身離さずということです」

「うん。わかった。本当にありがとうございます、そしてお願いしますと店長に伝えてくれ」

「はい、わかりました」

「あ、一つ訊きたいんだけど」

「はい、何でしょう?」

「コドクって何だい?」

「ぼくも呪いには詳しくないので、店長に聞いておきます。また昼に来ますから、その時に教えます」

「わかった。ありがとう」

配達夫はすぐに自転車に跨ると、急いで走り去った。

先ほどまで食欲がなかったのだが、配達夫の話を聞いて胃袋が安心したようだ。

私はパクつくように朝食を食べた。

お腹がいっぱいになって、今朝、配達夫が言ったことを反復する。

ここへ来た日から、私は呪いを掛けられていた。

だが、当初はあまり強くない程度のものだった。

だから呪い返したとしても、相手もそれほどダメージを受けない。

それが、きょうの早朝、無視できないほど強くなった。

もし、そのままにしていたら私は死んでしまう、ということになる。

だから呪い返しをしなければならなくなった、ということか。

(上田の頃から私は呪いを掛けられたことになる。そしてあの高石は上田以上の使い手ということか)

何だか、高石が不気味と同時に怖ろしく感じる。

私は高石にわからないように、首から提げたお守りを制服の中へと入れた。

高石は、このお守りに気付くだろうか。

●十時:アイラボの社員出勤

いつものように、ビルの門前にスポーツカーが停車した。

車から高石が降りてきた。

高石が降りると車は走り去った。

高石は鎖を潜り、守衛室にやって来た。

「おはようございます」と高石。

「おはようございます」

「きょうも帰りはお早いんですか?」と私。

「ええ、たぶん」

「妙な夢を見ました。あなたに呪いを掛けられる夢ですよ。コドクだって夢であなたが言ってました」

「まあ!気味の悪い夢ですね。呪いだなんて縁起でもないですよ」と高石。

私は注意深く高石の表情を読み取ろうとした。

(あなたの会社、机に呪い道具をいっぱい入れてるじゃないですか、なーんて言えない。そんなこと言ったら机の中を調べたことがバレる)

「どうして私はそんな夢を見たんでしょうかね」

私はさらに高石の表情を見つめた。

「さあ、私に訊かれても困ります」

わずかにその表情に、さざ波のような変化が見られたがすぐに消えた。

こんなに人の表情に注意を向けたのは、はじめてだ。

「そう言えば上田さん、その後、どうしてるんですか?」

「あら、言いませんでした?とっくに会社を辞めてますけど」

そう言うと高石は鍵を受け取ってビルへと歩き去った。

(フン、おそらくオフィスで呪術をやってるんだろう。死んでも知らないぜ。そうだ、彼女が帰る時にチラリと呪い返しのこと言ってみよう)

驚いたことに、死ぬかもしれない呪いを掛けられているのに、なぜか、わくわくする。

自分でも不思議だ。

(きっと、呪いというものがわかっていないんだろう。そりゃそうだ。だが、あなた呪われてますなんて言われたら、その言葉だけで怯える人もいるらしい)

そんなことを、いろいろと考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。

●十二時:コンビニに、電話で昼食配達をお願いする。

きょうはハムカツサンド、ヨーグルトに冷たい紅茶といこう。

待つこと十分。配達夫が自転車でやって来た。

「毎度」と配達夫は頭を下げて言った。

「で、わかったの?コドクって」と私。

「はい、コドクっていうのは、百種の虫やヘビなどを同じ容器に入れて互いに喰らわせ、喰われた動物の怨念や生き残った生き物の念を利用する呪いです」

「ふーん、まあ、よくわかんないけど、要するに強力な呪いってことかな?死ぬような?」と私。

「はい、そうらしいです」

「で、店長さんは、きょうもいつもどおり働いてるの?」

「そうです。明日から儀式のため不在です」

「店は大丈夫なの?」

「はい、二人ほど店員がいて、一人は副店長ですから、ご心配なく」

「それは良かった。もし呪い返しがうまくいったら店長にお礼しなきゃね」

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