第23話 勤務9日目(1)

・勤務九日目

暗い夜に守衛室に座っている。

お腹が空いていたので、コンビニへ配達をお願いする。

何を頼んだのか自分でもわからない。

やがて配達夫が丸いケーキを持って来た。

ふだん甘い物は食べないのだが、なぜだか無償に食べたくなる。

ケーキを丸齧りした。

味がない。

(ん?)

守衛室の外に高石がガラスの外に立っていた。

なぜか高石の姿が暗闇の中に浮きだって見える。

「あら、食べちゃったのね」

(悪いのか?)

「あなた、もう長くないわ。うふふふふ」

(どういう意味だ?)

「コドク。見事に掛かったわね」

(な、何だそれ)

「うふふふふ。うふふはははははは!」

高石の顔が巨大になり、ガラスを割って飛び込んで来た。

(うっわああああああ!)

夢だった。

●六時:起床

時計を見る。

いつも起きる時刻だ。

とても嫌な夢を見た。

やはり高石が私を呪っているのだ。

(だが、なぜだ?なぜ高石が私を呪うのだ?)

考えられる理由は、あのアイラボが呪術師集団であり、その一人高石が腕試しの標的として私を選んだということだ。

(それ以外には考えられない。もしそうなら、どうすればいい?後で考えよう)

もう少しで巡回時刻になる。

一回目の巡回の後で、このことを個人日誌に書き込もう。

すぐに身支度し洗顔を終える。

きょうはコーヒータイムなしだ。

そんな気分ではない。

●六時半:一回目の巡回開始

きょうも重いリングを腰に下げ、巡回勤務を開始する。

きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。

カチッ。

まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社のオフィスの中も見て回る。問題なし。

一階の一番奥のエレベーターをチェックする。

そして耳を澄ませた。

もはや、この仕草も癖になってしまった。

またどこかの階のトイレが故障してるかもしれない。

だが、トイレは水は流れておらず、正常のようである。

(むっ!)

突然、一階に停止していたエレベーターが動き出した。

目で追っていくと、五階でピタリと停止した。

私は五階まで駆け上がった。

「誰かいるんですかー!」

私は大声で叫んだ。

しーんと静まっている。

(ん?)

エレベーターがまた動き出した。

今度は一階で停止した。

一階まで駆け下りる。

「誰かいるんですかー!」

また私は大声で叫んだ。

だが、しーんと静まっている。

私は五階まで来た時、アイラボに入って机をもう一度、調べようかとも思ったがやめることにする。

昨夜のことが脳裏に浮かぶ。

あの低い念仏のような、呪文のような声。

思い出しただけでも全身に鳥肌が立った。

アイラボのオフィスの中をざっと見回すと、すぐにドアを閉めて鍵を掛ける。

五階の全てのチェックを済ませた。

アイラボのオフィスに異変はなかった。

どこにも異常はない、エレベーターの件を除けば。

そう思うことにする。

私はいつものように西側の階段へ移動し、各階で耳を澄ませながら一階へと下りた。

(なぜエレベーターが五階、一階と動いたのだ?)

わからない。

機械が勝手に誤動作したとしか思えない。

私以外に誰一人、このビルにはいないのだから。

あるいは自動的にそういう仕組みになっているのかもしれない。

これでエレベーターが勝手に動いたのは二回目だ。

どちらにしても、エレベーターの業者を呼ばなくてはならない。

隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。

自動ドア機能が作動した。

●七時二十分:一回目の巡回終了

腕時計を見ると七時二十分。

きのうより五分遅い。

そしてきのうと同じく疲れているようだ。

私はすぐにビルを出て守衛室へと戻った。

●八時:朝食の配達のお願い

大して食欲はないが、電話で朝食配達をお願いする。

メニューは、鮭と昆布のおにぎり、それに麦茶にする。

待つこと五分で配達夫が自転車でやって来た。

「きょうも一番早いでしょ」と配達夫。

「そうだな。その訳はお客さんの順番だろ?」

「いいえ、きょうは暇です。一番にここへ来たのは店長命令です」と配達夫。

「店長命令?」

「はい、きょうも真っ先にここへ届けろって」

「どうして?」

「ここだけの話ですが、店長、元陰陽師なんです。驚かないで聞いてくれますか?」配達夫は神妙な顔で私に言った。

(元陰陽師だと?驚くなって方が無理だろーが。まあ、いいや)

「あ、うん、わかった。それで?」

「気を悪くしないでください。守衛さん、呪われてるんだそうです」

(や、やっぱり。あの高石だ!)

「私が?一体誰に?」

「そこまではわかりません」と配達夫。

「いつから私は呪われてたんだろう?」

「守衛さんがここへ来てから、ずっとだろうって」

「なぜ今頃に?その時に言ってくれれば」

「いえ、きのうまでは大して強くなかったらしく、呪いを返したとしても、また返してくるとかで」

「ほお、それで?」

「それがきょうの早朝から、比較にならないくらい強くなったそうです」と配達夫。

「うーん、それで?」

私は今朝の悪夢を思い出し、配達夫に話した。

「やっぱりそうなんですか。店長の話ではきょう以降、呪い返しすれば相手は」と配達夫は口ごもった。

「相手は?」

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