第22話 勤務8日目(2)
それが自分なりか、第三者か、そういう違いはあるが基準がゼロということはあり得ない。
高石の言葉に基準は置けないし、かと言って私自身にも基準は置けない。
唯一、あのコンビニの配達夫や店長だけが基準になりそうだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。
●十二時:コンビニに、電話で昼食配達をお願いする。
メニューはきょうはピザまん、そして冷たい紅茶だ。
待つこと十分。配達夫が自転車でやって来た。
「毎度」と配達夫は頭を下げて言った。
「きょうも自転車か。暇だったり忙しかったり大変だね」
「いいえ、ま、仕事ですから」
「そうだな、仕事だからな」
「それじゃぼく、まだ次がありますから」
配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。
高石はきょうもお弁当らしい。
●午後一時:守衛室
朝の一件があったため、まったく眠くない。
(あの休日以降、私に何が起きているんだ?それとも高石が私をからかっているだけだろうか?)
朝の件を個人日誌に整理して書いてみる。
まず休日だが、店長の言ってることが事実だとする。
私はここで眠っていた。朝からずっとここで。
そして自転車で付近一帯を走り廻った夢を見た。
この夢は怖ろしいくらいリアルな夢だった。
そして私はいつの間にか休憩室のベッドへ移動して眠りを継続した。
一方、高石は、この守衛室で寝泊りしている私を面白がって、あるいは軽蔑して嘘をきのう言った。
(嘘を言った理由が、いま一つはっきりしないが)
そんなことを考えながら追記していたら、時計はもう三時を指していた。
もし、そうだとすれば私の精神は一応、正常ということになる。
ただ、おかしな夢を見た理由が定かではないが。
(まあ、これ以上考えても仕方ないか)
●午後六時半:アイラボ社員帰宅
高石が守衛室にやって来た。
「今朝はすいませんでした」と私は詫びた。
「いいえ、もう気にしてませんから」と高石。
「仕事、はかどったようですね。きのうよりずっと早い」
「ええ、おかげさまで。これからはこの時間くらいに帰れそうです」
「ああ、それは良かったですね」
「守衛さん、大丈夫ですか?」
「え?何がですか?」
「少し気晴らしした方がいいんじゃないですか?同じところにずっと居るのは、健康上良くありませんよ」
「え、ええ。ありがとうございます」
(つまり、私の精神状態がおかしいぞって意味かよ?この嘘つきレズ女が!)
「はい、じゃこれお願いします」
高石は入出者ノートに記入すると、鍵を置いた。
ちょうどその時、門の外にスポーツカーが停車した。
高石は鎖を潜り門の外へと出ると車に乗り込み、車はやがて走り去った。
(二回目の巡回の時、もう少し丹念にアイラボを調べてみよう)
●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする
メニューは焼肉弁当と麦茶にする。
待つこと十分。
配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。
「毎度、どうも」と配達夫。
「きょうもいいタイミングだね。明日もよろしく」と私。
「ありがとうございます」
そう言うと配達夫は帰って行った。
●午後十時半:二回目の巡回開始
いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。
次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。
懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。
いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。
さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。
いよいよと五階へ達する。
アイラボの鍵を取り出し、ドアを開ける。
(この会社、絶対に何かあるはずだ)
懐中電灯でじっくりと照らす。
いつものように無機質感の溢れるオフィスだ。
(ん?)
十数席ある机の一つの引き出しに、何かが挟まっている。
私はまるでFBI捜査官のように周囲に気を配りながら、その机へと向かった。
挟まっている物に光をよく当ててみる。
数珠だ。
引き出しに鍵は掛かっていない。
ゆっくりと引き出しを引く。
(こ、これは!)
引き出しの中には、数珠の他、藁人形、蝋燭、五寸釘などが入っている。
(これだけ見ても、やはりまともな会社じゃなさそうだ)
数珠はともかく藁人形や釘などを、どんな目的に使うのか素人でもわかろうというものだ。
私は静かに引き出しを元に戻した。
他の引き出しも見てみる。
それ以外にこれといった物はなく、ガランとしている。
今度は他の机に移動して引き出しをゆっくり開ける。
もちろん自分がやっている行為が、良くないことぐらい知っている。
だが、やらずにはいられない。
オフィス全ての机の引き出しを調べまくる。
(これもか!)
どの机にも同じような物が入っており、何かの木札もあったりする。
引き出しをゆっくり元に戻す。
(間違いない。この会社、デザイン会社なんかじゃない。やはり呪いの集団だ!)
そう思い至った瞬間、真夏だというのに私の全身に鳥肌が立った。
(ん?)
その時、ささやく低い声のようなものが、どこからか聞こえて来た。
よく聞くと念仏というか呪文というか、そういう類の声だ。
部屋の壁が小刻みに振るえはじめた。
低い声が大きくなってきた。
(う、うわあああ!)
私は廊下に飛び出すと、すぐに鍵を掛けた。
チェックシートに急いで記入して西側の階段で一階へと駆け下りた。
非常用出入口から外へ出て鍵を掛ける。
肩で大きく深呼吸する。
(怖ろしい会社だ)
時刻は午後十一時三十分である。
●午後十一時三十分:二回目の巡回終了。異常なし
守衛室へ戻ると、動揺する心を抑えて日誌にきょうのことを書き込む。
会社の中身は異常でも、巡回には異常はないのだから、異常なしと書く他はない。
あの会社は、正常に見えて正常じゃない。
やはり私があの時、勤務中に見た夢は当たっていたのだ。
(もしかしたら、あの高石という女、私に呪いでも掛けているのか?)
そうだとすれば、怖ろしい女だ。
●午後十一時四十分:シャワー
(ん?)
何かシャワーのお湯がぬるぬるする。
見ると水ではなく血だった。
(う、うおおおおおっ!)
シャワーの穴全てから、真っ赤な液体が放出されている。
(うおおおおっ!ん?)
だが、すぐに消えてふつうのお湯になった。
私はやはり呪われたのだろうか?
●午後十二時:就寝
寝付けそうもないが、ベッドに転がる。
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