第20話 勤務7日目(2)

「ここで?」

「あら守衛さん、きのうのこと憶えてないの?」

「恥ずかしいことですが、そうみたいなんです。すいませんが説明してもらえませんか?」

「きのうは私も休みで偶然、ここを通ったんです」

高石の言うことによれば、私は朝からここで居眠りをしていたらしく、偶然にこの門を車で通った彼女がそんな私を見て退屈そうだと思い、守衛室まで来た。

そして昼食でもということで、喫茶店『ゆったり』へ彼女の妹と三人で一緒に行った。

もちろんその喫茶店で妹の紹介もした。

私はスパゲッティとカレーを食べた。

昼食が終わってここへ戻って来て、その後彼女と妹は車で帰って行った、ということだった。

「はあ、そうでしたか。いや、お忙しいのにすいません。もうわかりました、どうぞ会社へ」私はすまない気持ちで高石に言った。

「いいえ、いいんです。きっと暑さと退屈さのせいです、お気になさらないでね」

そう言うと高石はビルの方へと歩き去った。

コンビニの店長、そして高石の話から、私自身のきのうの行動を推理するとこうなる。

(どうして自分の、それもきのうの行動を自分自身で推理しなくてはならんのだ?!)

おそらく私は朝何時かは不明だが、起きると休憩室からここの椅子に移動して座った。

そしてなぜか、また眠ってしまい夢を見た。

夢では、自転車に乗ってコンビニへ行き朝食を買い、駅とは逆方向に走り神社に行った。

ここまでは完全な夢ということになる。

そしてなぜか夢と現実が複雑なパズルみたいに混ぜ合わさった半夢・半現実を体験した。

この守衛室から高石と妹の車に乗り、『ゆったり』へ行き、そこで食事をして、ここに戻って来た。

この部分は現実ということになる。

だが、夢では自転車で『ゆったり』へ行き、そこで高石と妹に会ったことになっている。

とすれば、現実では私は寝ぼけながら高石と妹の車に乗り、その時、自転車で走ってる夢を見て、『ゆったり』で爆食いして、また寝ぼけて車に乗ってここへ戻り、その時も自転車で走ってる夢を見ていたわけだ。

その後やはり寝ぼけながら休憩室のベッドへ移動して寝入った。

そして今朝、悪夢を見て飛び起きた、ということになる。

(こ、こんな、こんな、バカバカしいことが信じられるか?)

暑さと退屈さのせいで、人間はこんな器用ともいえる半夢・半現実を体験するものなのか?

いくら何でも、あり得ないだろう。

そんなことを考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。

●十二時:コンビニに、電話で昼食配達をお願い

メニューは梅と昆布のおにぎり、コーンサラダそして冷たい紅茶だ。

待つこと十分。配達夫が自転車でやって来た。

「毎度、今朝はどうもすいませんでした」と配達夫は頭を下げて言った。

「今朝は徒歩、昼は自転車か。朝よりは忙しくなってるようだね」

「おかげさまで。ところでやはりきのうは、自転車で走ったんですか?」

「いいや。出掛けたのは事実だが、その、まだよく自分でもわからないんだ」

「そうですか。それじゃぼく、次がありますから」

配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。

まだ外出しないところを見ると、どうやら高石はきょうもお弁当らしい。

●午後一時:守衛室

きのうの一件があったため、まったく眠くない。

(どういうことだ?一体、私自身に何が起きているんだ?)

きのうの件を個人日誌に、じっくりとまとめてみる。

まとめたからと言って、どうなるものでもないが、後で何かの糸口が見つかった時、役立つかもしれない。

そう思いながら追記していたら、時計はもう三時を指していた。

●午後三時:守衛室

きょうは悪い一日になると思っていたが、そういう意味で予感は的中した。

私自身にとっては大変な大問題が持ち上がっているのだ。

仕事が終わったら、精神病院へ行った方がいいだろうか?

いや、行く場合は本当に他人に迷惑を掛ける場合じゃないのか?

いまのところ、私がおかしいのはきのう一日だけだ。

こんな変な状態、変な記憶のままで、実際にビルで何か事件でも起これば私の精神が保つだろうか。

病院へ行くのは、もう少し様子を見てからでも遅くはない。

きっと勤務のある日は問題ないのだ。

問題は休日だ。

それだけだ。

●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする

メニューは鮭弁当と麦茶にする。

待つこと十五分。

配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。

「毎度、どうも」と配達夫。

「きょうも配達速いね。明日も頼むよ」と私。

「ありがとうございます」

そう言うと配達夫は帰って行った。

●午後八時半:アイラボ社員帰宅

高石が守衛室にやって来た。

「どうですか、仕事の調子は?」と私。

「ええ、おかげさまで。かなり仕事が進みました」と高石。

「それは良かったですね。それでも毎日、帰りはこの時間ですか?」

「いいえ、明日からはもう少し早く帰れそうです」

「ああ、それは良かったですね」

「守衛さん、大丈夫ですよね?今朝、私が言ったこと気にしてないですよね?」

「ええ、もちろんです。まあそんなこともあるかな、程度ですよ」

(そんなわけ、ねーだろうーが!)

「よかった。はい、じゃこれお願いします」

高石は入出者ノートに記入すると、鍵を置いた。

ちょうどその時、門の外にスポーツカーが停車した。

高石は鎖を潜り門の外へと出ると車に乗り込み、車はやがて走り去った。

●午後十時半:二回目の巡回開始

いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。

次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。

懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。

いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。

五階を巡回し終え、チェックシートに記入して西側の階段で一階へと下りた。

その時だった。

(ん?)

またトイレの水が流れる音が聞こえる。

きょうは一階のようだ。

先ほどはそんなことはなかったのだが。

再び一階の女子トイレへと向かう。

中を覗くと、奥にあるトイレの水が流れっぱなしになっている。

一昨日は三階できょうは一階だ。

(なぜ二階じゃないんだ?三階から一階は飛び過ぎだろう)

いや、昨日は休日だった。

きっと昨日は二階だったのだ。

少しの間、耳を済ませた。

先ほどまで、勢いよく水が流れる音がしていたのに、ピタリと止んでシーンとした静けさになった。

(またも勝手に直ってくれた)

水槽タンクに異常がないことを確認すると、女子トイレを出て出入口へと向かった。

トイレの故障は五階から始まった。

(これではっきりした。原因は不明だがトイレの一時的な故障が一階ずつ下がっている。次はどこだろう?)

私はさらに嫌なものを感じる。

非常用出入口から外へ出て鍵を掛ける。

時刻は午後十一時十五分である。

●午後十一時十五分:二回目の巡回終了。異常あり

守衛室へ戻ると、日誌にきょうのことを書き込む。

(①1F女子トイレ、奥のトイレで水が流れて止まらず。だが勝手に直った)

とにかく一見、正常に見えて正常じゃない。

このビルのトイレ故障も、私自身に起こった様々な一連の夢の件も。

私は少なくとも正常な人間として、ここへやって来た。

(このビルには絶対に何かある。でなきゃ説明がつかない)

その時、私の脳裏に夢で見たアイラボが呪詛の会社だ、という会話が浮かんできた。

(どこかで、そういう変なことをやってるのかもしれない)

●午後十一時三十分:シャワー

(ん?)

シャワーの勢いがもの凄く強くないだろうか?

気のせいじゃないと思うが、でも何とか我慢できるレベルだ。

●午後十二時:就寝

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