第18話 休日(3)
「あ、ああそういうことか」
(やれやれ、バカみたいだ。そんなこと気付かないなんて)
ウエイトレスは納得した私の顔を見ると、厨房の方へ戻って行く。
私は厨房へ戻って行くウエイトレスの衣装を、妙な感覚で見つめた。
まるで東京のアキバガールズみたいだが黒魔術的な装飾といい、この店のオーナーの趣向なのだろうか。
(まずは腹ごしらえだ)
喫茶店なのだから、あまりボリュームのある料理は期待できない。
そう思ってメニューを開く。
やっぱりだ。
サンドイッチなど軽食がほとんどで、他にはスパゲッティ、カレーくらいしかない。
それでもスパゲッティとカレーがあるのはマシだろう。
私はその二つを注文した。
運動したから腹が減るのか、元来が食いしん坊なのか自分でもわからない。
「カレーセットとスパゲッティセットです」とウエイトレスが料理を運んでくる。
セットが二つも私の目の前に並んだ。
どちらもミニサラダと小さなヨーグルトが付いている。
私が食べるのは二人分の量だ。
すぐにガッツイて食べる。
(あ、ありゃあ!)
二セットを食べ終わった頃、何と、あの高石が同伴の女性と一緒に入って来た。
高石も私に気付くと、おお、という表情を顔に浮かべた。
(そうか、彼女が先日お昼に外出した場所は、ここだったのか)
車だったら、あのビルからここまでは三、四十分くらいだろう。
窓から外を見ると、やはり駐車場にあのスポーツカーが停車していた。
「あら、守衛さん」
「ああ、高石さん」
「紹介します、私の妹です」
「恵、こちら私の会社の守衛さん」
「あ、どうもはじめまして」と妹。
「はじめまして。ところで高石さん、この先に何か面白い場所なんてありますか?」
「そうね、見物するような所はないわね。ここからずっと先にあるのはショッピングセンターくらいね」
私は落胆した。引き返して六日前に着いた無人駅周辺でも探索するか。
「そ、そうですか。ところで、これからお昼ですか?」
「ええ、外出のお昼はだいたいここね」
高石と妹は軽く会釈すると、私の二つ先の窓側に座った。
私は席を立つと、それでは私はこれで、と言って店を出た。
自転車に跨り、店の周囲をぐるりと走ってみる。
(ん?)
店の周囲に専用車など一台もないではないか。
あるのは駐車場の高石のスポーツカーが一台だけだ。
(どういうことだ?あのウエイトレスが嘘を言ったとも思えないが)
私は先ほど来た道を、引き返すことにした。
大鋸町神社を通過し、左右が田んぼ地帯、無人のたばこ屋を通り過ぎ、あの守衛室があるビル、今朝寄ったコンビニを通過し、あの無人駅へたどり着いた。
●午後二時十分:無人駅
六日前のタクシーの姿はない。
自転車を貸してくれた店も、シャッターが降りていて人の気配がしない。
そう、ここへ来た時の印象そのままだ。
私は駅周辺に掲示板などが無いか見回したが皆無である。
駅前の小さなロータリーからまっすぐ舗装のされてない道が延びているが、左右はひっそりとした古ぼけた家々が数件あるだけだ。
(まあ、走ってみるか)
私はペダルを踏んで、そのまっすぐな道をゆっくりと走ることにする。
古ぼけた家々を通り過ぎた時だ。
(ん?)
T字路になっており、そこに小さい標識がある。
近付いてみると、何と先ほど行った『大鋸町神社』の方向が矢印で示されている。
それが示す方向つまり右方向は、いま私が来た方向とは逆ではないか。
(ほんとに、ここの田舎はどこかおかしい)
時間が十分にあるので、騙されたつもりで走ってみることにする。
右方向に走っていくと、突然、うっそうとした木々が姿を現した。
木々から日の光が漏れてくるのだが、午後二時過ぎの時間帯にしては暗い。
矢印が示すのは大鋸町神社の分社なのだろうか。
あるいは、午前中に行った大鋸町神社が分社なのか。
そんなことをぼんやり考えながら、のんびり自転車を走らせる。
(おかしい、何だ、この感覚は?)
私は妙な感覚に襲われはじめた。
何かに無理やりにペダルを漕がされているような感覚。
太ももがパンパンに張るが、自分でもどうすることもできない。
どのくらい時間が経ったろうか。
突然、目の前に大鋸町神社があった。
(こ、こ、ここは)
そこは私が午前中に行った大鋸町神社の反対側だった。
だが方向は反対方向のはずで、午前中に行った神社であるはずがない。
だが、多少の雑草が生えているものの小さな本殿があり、その背後には背の高い雑草の塊が裏側へと延び、その先に午前中に私が読んだ掲示板が見える。
間違いない。午前中に行った大鋸町神社の反対側だ。
あるいは、ぐるりとどこかで道が繋がっているのだろうか。
頭が混乱しはじめる。
その本殿の扉が振動しはじめた。
最初は風で揺れているかと思ったが、誰かが中から揺らしている。
閉じ込められた人間が、ドアを叩くように。
(うっ!)
扉が開き、カビのびっしりと生えた腕が扉からにゅっと伸びた。
バサバサに伸びた髪が、ゆっくりと私の存在に気付いたようにピタリと停止した。
一気に扉が開いた。
その腐った顔が私めがけて飛んできた。
(ぐわあああーっ!)
私はベッドから飛び上がって目を覚ました。
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