第17話 休日(2)

●八時四十分:守衛室の先にある風景(2)

ふと時計を見ると、あのビルから自転車で走って約一時間近くが経過している。

(ん?)

国道沿いに何かの看板がある。

その看板に近付いてみる。

『大鋸町神社はこの道を300メート先』

と書いてある。

(ま、行ってみるかな)

私はまだ時刻が早いこともあり、面白そうだと自転車をその神社の方向へ走らせた。

●九時十分:大鋸町神社

いざ近付いてみると、神社とは名ばかりだった。

あまり大きくない鳥居の半分まで雑草が生い茂り、荒れ果てているという印象を受ける。

本来なら、この鳥居を潜って中へと入るのだろうが、逞しく茂った雑草のためにここより先へは進めない。

(ん?)

鳥居の少し手前に掲示板らしきものが見える。

近付いてみる。

背の高い雑草を掻き分けると、一部だけだが何とか読めそうだ。

『この神社は”鋸引き”という極刑を受けて亡くなった人々を供養するために建てられた神社です』

鋸引き。

土に埋まって首だけ出している受刑者の側に、竹製の鋭い鋸が置かれている。

そこを通る人々は関税を免除される代わりに、その鋸を受刑者の首に当てて長い鋸の端から端まで引かねばならない。

つまり受刑者は瞬時に斬首されるのではなく、生きたままじわじわと首を切られていくという、非常に残酷な刑罰だ。

この神社は、そういう残酷な刑を受けて死んだ人々を弔う神社ということらしい。

(おや?)

私がその掲示板を読んでいると、雑草で半分まで覆われた鳥居の、はるか奥の方から何かの音が聞こえた。

いや、音のようでもあり、人の声だといえば、そのようにも聞こえる。

『ここに、、、、のは殺さ、、、、ぐにたち退け』

風が奏でる微妙なサウンドなので、敢えて人の声として解釈するなら、そんな風に聞こえないこともない。

そして、そのサウンドは一定間隔で何度も私の耳に届くのだ。

一瞬だが日中の光が全て消え失せ、私は暗黒の深夜にここに立っているような感じになった。

(こ、これは?)

何かが私に覆い被さって来たのか?

束の間だったが私の体内に何トンもの鋼鉄が入り込み、自分自身で潰れてしまう感覚に襲われた。

だが、すぐに夏の朝のよくある風景に戻った。

(ここから出よう)

こんな体験をしたら、誰でも同じ行動をするだろう。

私はその神社から出て、国道へと戻った。

(ん?気のせいかな?体が少し重いな)

もちろん気のせいだ、と私は自分に言い聞かせてさらに先へと走った。

それからさらに一時間ほど走ると、隣街Kの境目に出た。

(もう隣街まで来てしまったのか)

いままでの田舎風景から少し変わって、アスファルト道路の信号機のある広い十字路へと出た。

なぜか文明の地にやっとたどり着いた気がする。

その十字路の一角に、『ゆったり』という名前の西洋風のちょっぴり洒落た喫茶店が目に留まった。

●十一時四十分:喫茶店『ゆったり』

腕時計が示す時刻は十二時少し前だった。

そろそろ昼時になったので、私はそこへ入ることにした。

自転車を駐車場の片隅に留め置く。

昼近くだというのに駐車場には車が一台もない。

この後から混むのだろうか。

私は窓際の奥にある広いテーブルに座った。

(おや?)

明るい店内なのだが、装飾が妙に変わっている。

(く、黒魔術、かな)

十字架がひっくり返っていたり、マリア像に赤いペンキでバツ印が描かれたりしている。

それら装飾物を挟んだ先には、窓の無い暗い空間がありテーブルが四席ばかり見える。

その中のテーブルの一つには蝋燭が灯っていて、一人の老人がサンドイッチを食べながら、テーブル上で何かをやっていた。

(占い、かな。ん?まだ他にも客がいたのか)

暗くてよく見えなかったが、確かに暗い空間のテーブルの二つが人影で埋まっている。

人影は全部で三つ見える。

つまり三人、あの老人を含めると四人になる。

(おかしいなあ)

私は首を傾げた。

駐車場には一台の車もなかったのだ。

(彼らは歩いて来たのだろうか?)

それ以外には考えられないのだが、この周囲から徒歩でこの店へ来るということは相当な距離を歩くはずだ。

若い私でも一時間は掛かりそうだ。

少なくとも、あの奥の老人にはかなり厳しいだろう。

そんなことを考えていると、メイド風の衣装を着たウエイトレスがやって来て、メニューを差し出した。

「ご注文が決まったら、お呼びください」

このウエイトレスだって、どうやってこの店に来ているのだろうか。

「あ、あの」

「あ、はい。何でしょう?」

「君やあそこの人たちは、どうやってこの店に来てるの?駐車場には車一台もなかったけど」

「ああ、裏に専用車を停めてあるんです。あの人たちはこの店の関係者なんです。私も乗っけてもらってます」

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