第14話 勤務6日目(1)

・勤務六日目

●五時半:起床

きょうは何と五時半に起床した。

きのうまでの二日間、多少ダラけていた。

それは事実だ。

だからというわけじゃないが、ここらで気を引き締めて業務に専念したい。

早いこともあり、この二日間に朝の日課となったコーヒータイムとする。

私はポットで湯を沸かしコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めた。

見渡す山々は、きょうも緑豊かでいい一日になりそうな気がする。

やはりコーヒーは香りが一番だ。

(今後の朝も、やっぱりこの時間でいくかな)

朝なのに、ゆっくりとした時間が過ぎていく。

私は時計を見た。

六時過ぎである。

●六時半:一回目の巡回開始

本来の巡回時刻だ。

重いリングを腰に下げ、巡回勤務開始だ。

きょうの私は、なぜか集中力がある。

きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。

カチッ。

すぐに鍵を見つけられるのが当たり前になった。

まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社のオフィスの中も見て回る。問題なし。

一階の一番奥のエレベーターをチェックする。

最上階である五階まで来ると、私は耳を澄ませた。

またトイレが故障してるかもしれない。

だが、トイレは水は流れておらず、正常である。

私は五階の全てのチェックを済ませると、西側の階段へ移動し、各階で耳を澄ませながら一階へと下りた。

隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。

自動ドア機能が作動した。

とりあえず一回目の巡回は終わった。

そして、きょうもビルの一日がはじまったのだ。

●七時十五分:一回目の巡回終了

腕時計を見ると七時十五分。

巡回終了は本来の時刻だ。

早起きしてよかったな、という思いが湧き上がる。

私は大きく伸びをすると、ビルを出て守衛室へと戻った。

●八時:朝食の配達のお願い

電話で朝食配達をお願いする。

メニューは卵とツナサンド、それにアイスコーヒーにする。

待つこと十分でコンビニ配達夫がミニバンでやって来た。

「よお、毎日ご苦労さん」と私は言った。

「こちらこそ、毎度ありがとうございます」

「このサンドも大好評なんだろ?」

「はい、おかげさまで」

配達夫はいつものようにミニバンで去って行った。

他のところへも寄るのだろう。

私はツナサンドの袋を開け一切れ目を食べた。

うん、確かに美味しい!

シロップを入れたアイスコーヒーにピッタリの味だ。

(確かに美味しいが、大評判という程でもないだろう)

朝食を済ませると、すでに日課となってしまった個人日誌を書く。

●十時:アイラボの社員出勤

きのうと同じように、ビルの門の前にスポーツカーが停車した。

車から高石が降りてきた。

高石が降りると車は走り去った。

高石は鎖を潜り、守衛室にやって来た。

「おはようございます」と高石。

「おはようございます。ところで高石さん」

「はい、何ですか?」

「ビルの設備会社に連絡は取れたんですか?」と私。

「ええ、きょうの午後に蛍光灯の交換に来ることになっています」

「それは良かった。やはりキツイでしょうからね、あれじゃ」

「そうですね、蛍光灯を消して夕方までしか仕事ができませんから。業者の人が来たら、よろしくお願いします」と高石は言った。

「はい、もちろんです」

私がそう言うと、高石は鍵を持ってビルへと入って行く。

どことなく浮き浮きした感じがした。

高石の言葉によれば、アイラボはデザイン会社なのだという。

デザインなんて、そう簡単に出来るものじゃなさそうだから、やはりある程度の勤務時間が必要なのだろう。

高石が浮き浮きして見えた原因を、私はそのように考えた。

確か、広義のデザインとか言っていたが。

広義のデザイン。

どういう意味なのか。

人によって程度の差はあろうが、人間には想像力という他の動物にはない能力が備わっている。

しかし、それを駆使してもデザインというジャンルを門外漢の私は推測しかねた。

私の想像力は貧しいのだろうか?

(え?想像力?)

生まれてきょうまで、想像力という言葉さえあまり意識したことがなかった。

それが今回の、それもアルバイトで意識することになろうとは。

(ま、いいか。私はただの巡回アルバイトだし)

そのとおりだ。

私の門外漢のジャンルなど考えたところで、何もならない。

そんなことを考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。

●十二時:コンビニに、電話で昼食配達をお願い

メニューは肉まん、そして冷たい紅茶だ。

待つこと十分。配達夫がきょうも自転車でやって来た。

「毎度、どうも」と配達夫は頭を下げて言った。

「きょうも自転車か」

「はい、昨日も少なかったですよ」

「じゃ、きょうもアイラボさんに配達はないの?」

「きょうもありません」

配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。

(きょうも高石さん、外食かな)

ふと、高石の私生活はどんなものだろうかと気になった。

どんなデザイナーかは知らないが、あのスポーツカーの送り迎えから察して、かなりの年収がありそうな気がする。

スポーツカーを運転していた女性は友人か家族か?

あるいは彼女の家族の中に、稼いでいる人がいるのだろうか。

そんなことをぼんやり考えていると、正門の前に小型のワゴンが停まった。

車から制服を着た、いかにも私は業者です、といわんばかりの男が出て来た。

「すいません、車を中に入れてもいいでしょうか?」と制服の男が言う。

「業者の方ですか?」

「はい、そうです。蛍光灯の交換に来ました」と男。

「行き先はどこですか?」

「アイラボという会社ですが」と男が答えた。

「わかりました、いま開けます」

私は食べかけの肉まんを急いで平らげると、門の鎖をフックからはずし鎖を反対側に巻いて置いた。

「ありがとうございます」と男が運転しながら軽く会釈した。。

小型ワゴンが門の中に入り、駐車区間にピッタリと停車した。

再び制服の男が降りて来て帽子を取り、小走りに守衛室まで走って来る。

「じゃ、このノートにきょうの日付け、会社名、名前、行き先、入場時刻を書いてください」と私。

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