第13話 勤務5日目(2)
もはやこれをタダの偶然、なんていえない。
そんなことを考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。
●十二時:コンビニに、電話で昼食配達をお願い
メニューは肉まん、そして冷たい紅茶だ。
待つこと十分。配達夫が自転車でやって来た。
「毎度、どうも」と配達夫は、ペコリと頭を下げて言った。
「自転車か」
「はい」
「きょうは、このビルでもう一軒配達はないの?アイラボさんに」
「きょうはありません」
配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。
(きょうは高石さんは、弁当持参かな)
休憩室で肉まんを食べていると、守衛室に高石がやって来た。
「あ、すいません。ちょっとお昼に行って来ます。電気も消して鍵も掛けましたから」
そう言うと、鍵を置いて門の鎖を潜って外へ出た。
スポーツカーが高石を乗せ、どこかへ走り去った。
考えてみれば、私はこの田舎の土地をまったく知らない。
あの無人駅の風景から考えて、この街に外食できるようなレストランが何軒あるだろうか。
あるいは車だから隣街まで足を延ばすのか。
(まあ、休日になったら街の周囲でも調べるか)
●午後一時:守衛室で待機
一度読んだ漫画雑誌だが、読んでない作品もあったので読み直す。
(もう一時半過ぎだが、まだ高石さん戻らないな)
高石は一時四十分になっても戻って来ない。
読んでるうちに、また睡魔に襲われる。
うとうとする感覚がいい。
目が覚めるたび、漫画を読もうとするが、またうとうとする。
そんなことを繰り返して、時計は三時を指していた。
●午後三時:守衛室
(高石さん、どうしたのかな)
そんなことを考えていると守衛室の外線専用電話が鳴った。
「はい、ドイナンカビル守衛室ですが」
「アイラボの高石ですが」
「あ、高石さん」
高石だったためか、あまり緊張感はない。
「すいません。きょうはもう戻りませんので、後はお願いします」
どこから掛けているのか、モバイルからだろうがノイズがひどい。
ノイズというか人の笑い声の集合体みたいな音が聞こえて、聞き取りにくい。
「そ、そうですか。わかりました」私はそれだけ言うのが精一杯だった。
電話が切れた。
(戻って来ないのは、あの蛍光灯が原因なのかな)
あの状態では、いくら外が明るい夏といっても仕事をするのは厳しいだろう。
私は高石からの電話の理由を、そう考えた。
●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする
メニューはスパゲッティーとアイスコーヒーにする。
待つこと十分。
配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。
「毎度、どうも」と配達夫。
「このスパゲッティーも大評判なんだろ?」と私。
「はい、そりゃもう」
「明日も頼むよ」と私。
「ありがとうございます」
そう言うと配達夫は帰って行った。
●午後十時半:二回目の巡回開始
いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。
次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。
懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。
いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。
さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。
もはや各鍵は、一回で探せるようになっていた。
五階まで巡回に来た時、アイラボのドアの前に立ち、鍵を取り出してドアを開ける。
懐中電灯の明かりに照らし出されているのは、いつもと変わらない無機質な感じのするオフィス風景だ。
今夜は蛍光灯のスイッチは入れない。
まだ直っていないからだ。
他には異常なし。
オフィスを出て鍵を掛け、五階の残りのチェック箇所を見廻る。
五階を巡回し終え、チェックシートに記入して西側の階段で一階へと下りて行く。
その時だった。
(ん?)
またトイレの水が流れる音が聞こえる。
だが今回は、四階のようだ。
四階の女子トイレへと向かう。
中を覗くと、一番手前のトイレの水が流れっぱなしになっている。
(またか?)
昨日は五階で今度は四階だ。
(困ったな。また勝手に直ってくれないかな)
そんなことを考えて立ち尽くしていると、ふいに水は止まった。
(ん?)
少しの間、耳を済ませた。
先ほどまで、勢いよく水が流れる音がしていたのに、ピタリと止んでシーンとした静けさになった。
(ふー、また勝手に直ってくれた)
私は水槽タンクに異常がないことを確認すると、女子トイレを出て西側の階段で一階へと下りた。
非常用出入口から外へ出て鍵を掛ける。
時刻は午後十一時二十分である。
きょうも五分遅いが、あのトイレの水の一件が原因だ。
●午後十一時二十分:二回目の巡回終了。異常あり
守衛室へ戻ると、日誌にきょうのことを書き込む。
(①4F女子トイレ、一番手前で水が流れて止まらず。だが勝手に直った)
●午後十一時三十分:シャワー
きょうもいろいろあったが、もう寝よう。
●午後十二時:就寝
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