第12話 勤務5日目(1)
・勤務五日目
●六時半:起床
きょうも六時半に起床してしまった。
きのうと違って故意にではない。
簡単にいえば寝坊だ。
昨夜、寝る時に夢と巡回での出来事を考えていたのだが、いつの間にか眠ってしまった。
夢と巡回の出来事を考えてしまうと時間が経ちそうだ。
頭を切り替えることにする。
寝坊しちゃったのだからと開き直り、きのう同様に私はポットで湯を沸かしコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めた。
見渡す山々は、きょうも緑豊かでいかにも夏の田舎らしい。
コーヒーの香りがいい。
(今後の朝は、この調子でいくかな)
私は時計を見た。
七時過ぎである。
●七時半:一回目の巡回開始
きのうと同じで一時間も遅い。
重いリングを腰に下げ、巡回勤務開始。
きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。
カチッ。
すぐに鍵を見つけられるようになった。
まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。
そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社のオフィスの中も見て回る。問題なし。
一階の一番奥のエレベーターをチェックする。
これは、もう癖になってしまった。
ちゃんと一階で停止していた。
最上階である五階まで来ると、私はアイラボに入り、窓をカーテンで閉め切り再び蛍光灯のスイッチを入れた。
昨夜と同じくストロボ状態である。
トイレは水は流れておらず、正常である。
高石が来たら、蛍光灯そしてトイレの件を訊いてみなくてはならない。
同じようにアイラボや高石の業務内容も訊いてみよう。
私は頭を切り替え、チェックを済ませると、西側の階段で一階へと下りた。
隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。
自動ドア機能が作動した。
とりあえず一回目の巡回は終わった。
そして、きょうもビルの一日がはじまった。
●八時十五分:一回目の巡回終了
腕時計を見ると八時十五分。
巡回終了がきのうと同時刻。
当たり前だ、寝坊したのだから。
私は大きく伸びをすると、ビルを出て守衛室へと戻った。
●八時半:朝食の配達のお願い
きょうも電話で朝食配達をお願いする。
メニューは焼きそばパンとアイスコーヒーにする。
待つこと十分でコンビニ配達夫がミニバンでやって来た。
「よお、毎日ご苦労さん」と私は言った。
「こちらこそ、毎度ありがとうございます」
「この焼きそばパン、これも大好評です」
「へえ、何かどれも評判いいようだね」
「はい、おかげさまで」
食べてみると確かに美味しい!
シロップを入れたアイスコーヒーにピッタリの味だ。
きょうも朝食を済ませると、すでに日課となってしまった個人日誌を書く。
特に夢と現実の附合、この件を一ページ以上割いて書き込む。
●十時:アイラボの社員出勤
守衛室に座り、私は高石を待った。
きのうと同じく、ビルの門の前にスポーツカーが停車した。
そして車からきれいな若い女性が降りてきた。
高石だった。
高石が降りると車は走り去った。
高石は鎖を潜り、守衛室にやって来た。
薄いワンピースという軽装で首にきのうとは違うスカーフを巻いている。
「おはようございます」と高石。
「おはようございます。あ、高石さん」
「はい、何ですか?」
「きのうは居眠りしててごめんなさいね。内線電話してきたのは蛍光灯の件でしょう?」と私。
「ええ、そうです。私こそごめんなさい。ビルの設備会社がきのうまで休みで、思わず守衛さんに電話したんです。きょう連絡してみますから」
「電話は蛍光灯の件だけですか?」私は高石の端正な顔立ちを見つめて言った。
「ええ、そうですけど。他になにか?」
「あ、いえ、何でもありません。もう一つだけ訊きたいんですが」
「はい、どうぞ」
「アイラボってどんな業務をしてるんですか?」
「どんなって、広い意味でのデザインですけど、それが何か」
デザインと聞いて、少々がっかりでもありホッともする。
決して平凡な仕事ではないだろうが、もっと異質な答えを内心、どこかで期待していたのだ。
(もっと、あっと驚くような業務だったら面白いのになあ)
「いいえ、ただ興味を持っただけです。だって上田さんの件もありましたので」
私は、がっかりしたことが悟られぬように取り繕って言った。
「あの、もう行ってもいいですか」と素っ気なく高石は言った。
「すいません、呼び止めて。どうぞ」私がそう言うと、高石は鍵を持ってビルへと入って行く。
どことなく急いでる感じがした。
私は考え込んだ。
私がきのう、ここで居眠りして見た夢が様々な意味で現実だった。
まず蛍光灯の件は、すでに起こっている事実を夢で見たわけだし、そしてトイレの件は未来に起こる事実を夢で見たことになる。
特に蛍光灯の件は高石が内線電話をしてきたという、夢と現実とがほとんど同じだったわけだ。
ただ現実と違うのは私が電話に出なかったことだけだ。
もし現実に私が電話を取っていたら、夢と同じような会話になっただろうか。
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