第11話 勤務4日目(3)

「別にそうでもないですよ」

「守衛さん、いつまでのバイトですか?」

「二十日ほどです。ところで私からも訊いていいですか」

「ええ、どうぞ」

「あなたやアイラボっていう会社、どんな仕事なんですか?まだ一度も訊いてませんでした」

「ジュソ関係です」

「ジュソ?それは何ですか」

「呪いです」

「ジュソって呪詛のこと、ですか?」

「ええ。私含めて呪術師の集団、それがアイラボです」

「じゃあ、上田さんも」

「ええ。あの男、実は呪い返しを喰らいましてね。ま、もう死んでるわね。上田も前職は、守衛さんみたいなIT関係のプログラマーだったそうでね」

(あの、全然違うんだけど)

「私たちの呪術会社には、結構インテリが多いみたい」

(呪術会社ときたか。それってどんな会社だ?)

「守衛さん、あなたに術を掛けようと思えば、私なら簡単に掛けれるのよ」

「あ、それは勘弁してください」

「ごめんなさい、もう掛けてしまったわ!」

「え?」

「ははははははっ!」と高石は狂ったように笑って電話を切った。

●午後六時:守衛室

「守衛さん、守衛さん!」

私は勘高い声で目を覚ました。

守衛室の窓の外にアイラボの高石が立っていた。

「う、うわーっ!」

「どうしたんですか、びっくりさせないで。ぐっすりお休みでしたよ。何度も内線電話掛けたのに、一度も出ないんですもの、心配しましたよ」

どうやらかなりの時間、眠り込んだらしい。

(何だ、夢だったのか)

「はい、鍵をお返しします。きょうはこれで帰ります」

「あ、明日もいらっしゃいますか?」

「ええ、もちろん。お休みなさい」

高石は鎖を潜ると門の外へ出た。

一、二分で午前中に見たのと同じスポーツカーがやって来た。

高石が乗り込むと、どこかへ走り去った。

頭が少しボーッとしている。

いつから眠り込んだのだろうか。

どこまでが現実で、どこからが夢なのか整理してみる。

高石によれば、私は一度も内線電話に出なかったという。

とすれば、内線電話に出たのは全て夢ということになる。

(うとうとしたのは午後一時過ぎくらいか、だとすると)

少なくとも午後二時には深く眠り込んだと思われる。

(ということは)

そう、ぐっすり眠り込んだ時間は約四時間だ。

(居眠りし過ぎだな)

私は苦笑した。

●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする

メニューはきょうも鮭弁当と冷たい麦茶にする。

待つこと十分。

配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。

「きょうは仕入れが遅れて」と配達夫。

「そうかい、その割には速いね」

「ですから、今夜はお客さんを一番先にしたんです」

「ってことはいままでは一番先じゃなかったんだね」

「いいえ、そういう場合もあれば違う場合もありますよ」

そう言うと配達夫は帰って行った。

●午後十時半:二回目の巡回開始

いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。

次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。

懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。

いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。

もう各場所や各オフィスの鍵は、ほぼ一回で探せるようになっていた。

五階まで巡回に来た時、私の脳裏に昼間の夢が鮮明に展開された。

かなりリアルな夢だった。

本当に体験したかのように感じられた。

アイラボのドアの前に立ち、鍵を取り出してドアを開ける。

懐中電灯の明かりに照らし出されているのは、いつもと変わらない無機質な感じのするオフィス風景だ。

呪術だか呪詛だか知らないが、そんな迷信めいたものとは無縁の風景である。

(あ、そうだ)

私はオフィスの蛍光灯のスイッチを探した。

あった。

スイッチを入れる。

(ん!)

蛍光灯の二ヶ所が、激しい点滅をしている。

オフィスがまるでストロボを当てられたような風景となっている。

(夢で高石が言っていたとおりだ)

これなら蛍光灯は点けない方がいいくらいだ。

実際には高石は帰り際、蛍光灯のことは何も言わなかった。

(いや、高石は何度も守衛室に内線電話したと言っていた。このことではないのか?)

私が居眠りから覚めたばかりだったので、何も言えずに帰ったのではないか。

(ん?)

五階のトイレから突然、激しく水が流れる音が聞こえて来た。

女子トイレからだ。

オフィスの蛍光灯を消して鍵を掛け、トイレへと向かう。

中を覗くと、一番奥のトイレの水が流れっぱなしになっている。

(いきなり水槽タンクが故障したのか?)

確率は低いが、そう考えなければ辻褄が合わない。

すぐに業者を呼ばないといけない。

だが、もう夜十一時近いから営業時間は終わっているだろう。

それにバイトである私の職務外だ。

(これも夢の中で高石が言っていたとおりだ)

蛍光灯といい、トイレの水といい、これらをどう解釈するべきなのか。

こういうのを正夢と呼んでいいのだろうか。

(しかし困ったな)

この調子で明日まで流れ続ければ、大変な水量になるだろう。

そう考えて立ち尽くしていると、ふいに水は止まった。

(ん?)

少しの間、耳を済ませた。

先ほどまで、勢いよく水が流れる音がしていたのに、ピタリと止んでシーンとした静けさになった。

(な、何だったんだ?いったい)

私は水槽タンクに異常がないことを確認すると、女子トイレを出て五階の残りを見廻る。

五階を巡回し終え、チェックシートに記入して西側の階段で一階へと下りた。

非常用出入口から外へ出て鍵を掛ける。

時刻は午後十一時二十分である。

きのうより五分遅いが、あの蛍光灯とトイレの水の一件で遅くなったのだ。

●午後十一時二十分:二回目の巡回終了。異常あり

守衛室へ戻ると、日誌にきょうのことを書き込む。

(①5F会社名アイラボ、蛍光灯の2箇所が点滅、②5F女子トイレ、一番奥で水が流れて止まらず。だが勝手に直った)

●午後十一時三十分:シャワー

きょうはいろいろあった。

昼の夢と先ほどの巡回の五階での出来事。

これは明日、考えよう。

●午後十二時:就寝

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