第7話 勤務3日目(1)

・勤務三日目

●六時:起床

きょうは六時過ぎに起床した。

きのうより十五分遅い。

慣れてきたのか、ダレてきたのかわからない。

十五分あれば間に合うから早く、と自分に言い聞かせる。

窓から見渡す山々は、きょうも緑豊かで素晴らしい。

だが、いつまでも眺めていられない。

私は急いで洗顔、身支度を整える。

●六時半:一回目の巡回開始

何とか時刻に間に合わせることが出来た。

三日目のきょうも重いリングを腰に下げ、巡回勤務開始。

きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。

カチッ。

ほとんど数回のエラーだけで鍵を見つけられた。

まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社用のオフィスの中も見て回る。問題なし。

一階の一番奥のエレベーターをチェックする。

謎は解いたはずだが、なぜか気になる。

一階で停止していた。

(この件も三階の首吊りと同じく、もう忘れよう)

だが私は、なぜか三階の踊り場に差し掛かった時、そこをチェックしている自分に気付いた。

(ん?何か変だな)

どこがおかしいという、明確な手応えがあるわけではない。

だが、きのうの朝そして夜の時と違う気がする。

何気なく階段の手摺りに光を当てた時だった。

(むっ?)

四階へと続く階段の手摺りの塗装が、一部だが剥げている。

よく見ると、剥げている形が何か帯状の物のように見える。

(ふん、まさか)

一笑に付してみたものの、もしここで首を吊るなら確かにその部分が最適な位置に思える。

首吊りだから天井だとばかり勝手に思い込んでいたが、よく考えると天井までは優に三メートルはある。

椅子を使ったとしても、帯や紐をどうやってあのノッペラな天井に結べるのか。

そう、天井なんかではないのだ。

とすれば、あそこの手摺りに帯か紐を結んで首に掛け、体を下の階めがけて落とすようにすれば確実だろう。

(おいおい、巡回中だぞ)

私はその場で考え込もうとする自分を叱責した。

(考えるのは西側の階段も見てから、巡回終了後でも出来る)

思い直して最上階である五階まで巡回し、きのうと同じようにチェックを済ませると、西側の階段で下りて行く。

三階の踊り場も同じように見てみた。

手摺りに特に変わった様子はない。

(もし噂が本当だとしたら、間違いなく東側だな。まさかだろうけど)

私は一階へと下りた。

隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。

自動ドア機能が作動した。

きょうもビルの一日がはじまったのだ。

●七時二十分:一回目の巡回終了

腕時計を見ると七時二十分。

巡回終了がきのうより五分遅い。

やはり、あの踊り場での発見が原因だ。

(我ながらバカみたいだ。たまたま塗装が剥げたのが、そういう形に見えただけだ)

つまり五分くらい、私はあの場でいろいろと考えていたことになる。

私は大きく伸びをし頭を振ると、ビルを出て守衛室へと戻った。

●八時:朝食の配達依頼

きょうも電話で朝食配達をお願いする。

メニューはコロッケパン、コーンサラダ、アイスコーヒーだ。

きょうは待つこと十五分でコンビニ配達夫がミニバンでやって来た。

「今朝はやっとミニバンかい」と私は言った。

「はい、きょうは申し込みが多いもんで」

「ほお、そりゃ良かったねえ」

「このコロッケパン、なかなか美味しいです。お客さんにも評判なんですよ」

「おお、そうかい。そりゃいい」

カレーコロッケになっているせいか、確かに美味しい!

シロップを入れて甘くしたアイスコーヒーにピッタリの味だ。

朝食を済ませると、すでに日課となってしまった個人日誌を書いた。

やはり三階の踊り場、剥げた塗装のことが頭を過ぎる。

●十時:アイラボの社員出勤

アイラボの男性社員が、いつものように自転車を押しながら守衛室に来た。

「おはようございます」

「おはようございます」

「で、調べたんですか?踊り場を」と社員。

「ええ。ところで首を吊ったのは天井ですか?」と私。

「いいえ、噂ですからよく知りませんが、手摺りで首を吊ったらしいです」

社員は首吊りをジェスチャーで示しながら言った。

(え?じゃあ、やっぱり?)

「もしかしたら、何か見たんですか」と興味深々な顔で社員が訊いた。

「あ、いいえ別に。ただ」

「ただ、何ですか?」

「四階へ上る途中の手摺り、そこの一部のペンキが剥がれてましてね」

社員の顔色が一瞬、変わった。

「どうかしたんですか?」と今度は私が社員に訊いた。

「じゃあ、たぶん、本当なんですね、首吊り。嫌ですねホントに」

「ははは、まさか。偶然ってこともあります。たまたまペンキが剥がれただけとか」と社員を励ますように私は言った。

「偶然はないでしょ。だって手摺りの他の部分は剥がれてなかったんでしょ?」

「そうです」

「うわっ、訊かなきゃよかった。気味悪いから、きょうは五時くらいで帰ります」

「御札があるじゃないですか」と私は歩き去る社員の背中越しに声を掛けた。

男は振り返ることもせず、ビルの中へと消えた。

(うーん、正直に言い過ぎたかな。それにしても臆病な奴だな。陰陽師からもらった御札があるだろうに)

そんなことを考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。

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