第5話 勤務2日目(1)

・勤務二日目

●六時:起床

この日も六時に起床した。

というより、それより遅れると巡回時刻が遅れる。

守衛室の窓から見渡す山々の景色は、きょうも素晴らしい。

少し外に出て体を軽く動かした。

●六時半:一回目の巡回開始

六時三十分になったので二日目のきょうも鍵束のリングを腰に下げ、巡回勤務開始。

きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。

カチッ。

きのうよりも早く鍵を見つけられた。

まず入り口にもっとも近い、通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社用オフィスの中も見て回る。問題なし。

さて、いよいよ一階の一番奥のエレベーターをチェックする。

やはり一階に停止したままで、昨夜と変わりない。

(ほーら、やっぱりだ。昨夜、アイラボの社員はこいつで一階へ下りたんだ)

考えてみれば当たり前の話だ。

きのうの朝、エレベーターが五階に停止していたのは、一昨日の夜はアイラボ社員が帰る時に階段を使ったからだ。

私は最上階である五階まで巡回し、きのうと同じようにチェックを済ませると、階段で一階へと下りた。

隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。

自動ドア機能が作動した。

きょうもビルの一日がはじまったのだ。

●七時十五分:一回目の巡回終了

腕時計を見ると七時十五分。

きのうよりも暑さを感じる。気のせいだろうか。

私は大きく伸びをすると、ビルを出て守衛室へと戻った。

●八時:朝食の配達依頼

きょうも電話で朝食配達をお願いする。

メニューはツナマヨ、梅干のおにぎり、コーンサラダ、冷えた麦茶だ。

きょうも待つこと十分でコンビニ配達夫が自転車でやって来た。

「今朝はミニバンじゃなく自転車かい」と私は言った。

「はい、きょうは申し込みが少ないもんで」

「ほお、そうかい。やっぱり、その日によって違うもんか」

「そりゃそうですよ。朝食くらい、どこでも家で摂るでしょうし、朝食抜きって人も多いですからね」

「なるほど。私は朝食抜きってのはダメなんだよね」と私。

「ぼくもです。朝は必ず例えパン一切れでも食べますよ」

「その方が太らないし、体にいいらしいね」

配達夫はあまり話し込むと店長に怒られるとのことで、すぐに帰って行った。

朝食を済ませると、すでに日課となりつつある個人日誌を書いた。

●十時:アイラボの社員出勤

アイラボの男性社員が、きのうと同じく自転車を押しながら守衛室に来た。

「おはようございます」

「おはようございます。あ、すいませんが一つ訊きたいんですが」と私。

「あ、はい、何ですか?」

いきなり私に質問されて、アイラボの男性社員はちょっと驚いた顔をした。

「一昨日の夜なんですが、帰る時に階段で一階まで下りましたか?」

「一昨日?階段ですか?いいえ、とんでもない。エレベーターを使いましたよ。いつもそうです。それが何か?」

私はぎょっとした。

「あ、いいえ、大したことじゃないんです。ただ、ちょっと」と私はお茶を濁した。

(な、なんだって?じゃあ、きのうの朝の、あれは何なんだ?)

「そりゃ階段も使えないことはないですけど、何だかこのビルの階段って、薄気味わるいんですよ。ここだけの話ですが三階にオルフェイスって会社があったんです」

「はあ、そうなんですか」

「言っていいのかわからないけど、そこの社員が首吊り自殺したそうです、二年前」

「ほ、本当ですか、それ?」

「いえ、あくまで噂ですけどね。場所は三階の階段の踊り場だそうです。で、ぼくもそこは通らないようにしてるんです。じゃないとぼく一人で出勤なんて出来ません」

(三階?首吊り自殺?それも怖いがエレベーターの件はどうなるんだ?三階で自殺した話と関係性があるのか?)

「そうですよね、ま、噂は噂でしょ。それより、そんなビルに出勤してるんですから、あなた勇気ありますよね」と私は心からそう言った。

アイラボの社員は、鞄から小さな御札を取り出した。

「いいえ、ぼくの知り合いが昔でいう陰陽師で、この魔よけの札をくれたんです。魔よけとなってますが、邪霊、悪霊にも効果があるそうなんです」と社員。

(何だ何だ?三階の首吊り自殺、エレベーター。これだけでも因果関係が混乱して面倒なのに、さらにぼくの知り合いが陰陽師だと?)

「外出の時はこうやって鞄なんかに入れてますけど、家やオフィスに入った時は首に掛けてるんです」と社員。

「え?それ、職場でも掛けてるんですか?」

「そうですよ。最初は笑われましたけど、もはや私のトレードマークみたいになっちゃいました」

「なーるほど。あ、もう結構です、すいません時間取らせて」と私。

その男はビルへと入って行った。

こういう怪談めいた話はよくある。

特に、こんな田舎ではちょっとしたことに尾ひれがついて噂となり、いつしか都市伝説みたいになったりする。

(そう、考え過ぎだ。三階の階段の踊り場で、どうやって首吊りができるというのか。今朝も見回ったが天井にもどこにも異常はなかったはずだ)

私はそう思った。

まあ、こういう話はのんびりした田舎のビル警備にはいい刺激になる。

(三階の首吊り自殺は噂だとして、だが五階のエレベーターはどう説明する?あの男が言ったことが本当なら、一階で停止してなければおかしいではないか)

そこまで考えた時、さらに私はハッとした。

(いや、あの時、エレベーターは一瞬だったが三階に停止してたんじゃなかったか?それに天井を本当によく見たのか?)

私はすぐにきのうの記録を読んだ。

もちろん三階に停止していたとは書いてないし、天井のことは何も書いていない。

(とにかく三階の件は忘れよう、ただの噂だ。天井は次の巡回の時にチェックすればいい。問題は五階だ、五階)

記録を書きながら、そして五階の件を考えていると空腹を感じた。

時計を見ると十二時五分前だ。

●十二時:電話で昼食配達をお願い

メニューは肉まん二個、そして冷たい紅茶にした。

待つこと二十分。コンビニ配達夫が徒歩でやって来た。

「遅くなってすいません」

配達夫は、ペコリと頭を下げて言った。

「いいんだよ、それよりどうかしたの?歩きじゃ結構、距離があるでしょ」

「自転車が盗まれましてね、ミニバンも店長の用事で使われてしまって」

「でも昼時は混むんでしょ?」

「ええ、ですから外は店長が廻ってくれてます。他にも店員が二名います。ぼくはこれを渡したら、すぐ店に戻らないと」

配達夫は特殊な鞄から熱々の肉まん、そして別の鞄から冷えた紅茶を取り出した。

「ありがとうございます」

配達夫はまたペコリと頭を下げると、料金を受け取って急いで帰って行った。

(のんびりしてる田舎とはいえ、急ぐ場合もあるわけか)

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