第6話マイ フィロソフィ1−6

 ある日の夜の事。僕はやはり蝉(せみ)の声を聞きながら寝そべっていた。普通、新しい場所に行ったらいろんなところに行くのが普通だと思うが、僕はそんなにいろんな場所には行かなかった。

 ある程度は出歩いた。岡山市に行って後楽園とかも見たし、倉敷に行ってチボリ公園にも行った。だけど、僕自身あまり出歩く質ではなかった。それで僕は叔父の家でのんびりしてるところが多かった。

 それでもう全ての宿題も終わって、本格的にだらけている時に叔父が声をかけてきたのだ。

「よう、一樹君、元気か?」

「来た時よりは元気になりました」

「それはよかった。確かに顔色が良くなっているよ」

 その後僕たちは黙った。僕自身、まともに人と話す事はそうなかったので初めて知ったのだが、人と話していると沈黙のときが訪れる事を知ったのだ。特に男性どうしで話すとそのときが多いという事も。

—………………………。

 夜の静けさの中、やはり叔父さんが最初に口火を切った。

「まあ、なんだ……。一樹君が夏休みこっちで過ごすと聞いて,叔父さんはびっくりしたぞ。あんな事言ったけど、本当に来るとは思わなかったからさ……」

「……………………」

 僕は黙った。確かに叔父さんの言う事もわかる。普通、いきなり甥(おい)が家にくると聞けば誰だって驚いてしまうだろう。

 しかし、これでも考えた末の行動、か?考えたというよりも切羽詰まった(せっぱつまった)末の行動と行った方が正確だろう。

「でも、僕だって、なんというか、とにかく何かしなくちゃと思ってここに来たんです。もう、僕はいったいなにをすればいいのかわからなくなっているんです」

 叔父さんは少し表情が変わった。僕の不登校の事は知っているのだろうか?

「それは学校に行ってない事と関係があるのか?」

「はい、もちろん大ありですよ。学校はすごく苦痛だし、それで行くのやめたけど行ってない事もすごく苦痛だったのです。もう、なにがなんだかわからないんですよ、本当に」

 語りだすうちに熱がこもってくる。この話は誰にもできなかった。そして誰も聞こうとしなかった。当時は家族に聞いてほしかった。今はそういう事は期待していないし、家族ともできるだけ関わりをなくそうと思う。そして、それでいいのだ。

 叔父さんは首を小刻(こきざ)みに動かしていた。僕は僕の話をしっかり聞いてくれているという感覚に初めて満たされた。

「その、なんだ。今もつらいよな」

「はい、つらいです」

 叔父さんは何か思い切った事でもあるのか、座り直してあることを言う。

「それで今学校に言ってない事がつらいなら、これから学校に行く気はあるか?」

「……………………」

 僕は何度もその事を考えたけど、やはり怖いのだろう、途中で思考が止まってしまうのだ。

「僕も考えましたけど、途中からいきなり学校にはいる事はちょっと、ダメです。もう、中学3年の事ですし、今からじゃあ、無理です」

 僕の顔色が悪くなったのだろう。叔父はせき止めるように慌(あわ)てていった。

「そうか、わかったよ」

 それから叔父は少し考えだした。

「じゃあ、今から学校に行くのは難しいとして…………どうするかな?」

 考えだした叔父に僕は少し挙手していった。

「あの……。少し、これからの進路についての考えがあります」

「ん?何かな」

「今、僕は家庭教師に勉学を教えてもらっています。両親にはまったく感謝できないけど、これだけは感謝しています。だいたい、中学の基礎はなんとか押さえていますから、中学が終わったら、高校に行きたいと思います。どうなるかわからないけど、やはり学校には行きたいですから」

 叔父は訝(いぶか)しげな表情を作った。

「一樹君は高校にいけれるの?」

「それは…………わからないけど、でも、行かないといったいなにをすればいいのか。よくわかりません」

「まあ、それはね。不登校専門の学校言ったり、予備校で大検とったりいろんなやり方があるよ」

「はぁ、そういう道もあると思います。だけど、予備校は友達ができる場所ではいとおもうからあんまり行きたくないです。やっぱり高校に行かないと友達はできないと思いますから、だからまず、高校に挑戦したいです。叔父さん、僕の考えはどうですか?」

 僕は叔父を一心(いっしん)に見た。叔父も僕の視点をじっと受け止めてくれた。

「いや、一樹君が行きたいなら止めはしないよ。そうか、高校にね。まあ、確かに一度は挑戦した方がいいな」

 叔父は納得してくれたようだ。それで僕は思い切ってあの事を言ってみた。

「あの、叔父さん。実は折り入って相談が……」

「なんだい?」

「実は高校に行く時に僕の実家ではなくここから高校に行かせてほしいのです」

 僕の台詞に叔父さんは驚いていた。

「それはまたすごい事言ってきたね。なんでここの高校に行こうと思ったんだ?」

「はい、それは実家が嫌いだからです」

「親の事を嫌いと言っては行けないよ。せっかく育ててくれたのに」

 叔父は少し顔をしかめていった。

「でも、嫌いですよ。まあ、それは置いといて、他には立川(たちかわ)の高校は人が多い。立川(たちかわ)の高校には行きたくないというのが二つ目の理由です」

 そういうと叔父は苦笑していた。

「ここの高校もかなり人がいるよ。まあ、400人ぐらいはいたか。それでもだいじょうぶなの?」

「立川(たちかわ)よりはましでしょう。あそこは800人ぐらいいますから」

「確かに」

 それから、叔父さんは考えだした。

「どう……ですか?」

 叔父は顔を上げた。

「いや、そんなにすぐ決められない。まあ、確かに子どもが巣立っていったから空きはあるが、何ともいえないな。まず、親の同意を得てからだね」

「…………。そうですか」

 僕は頷いた。そんなものだと思っていたが、やはり叔父さんの出された結論にこういっては伝わるかどうかわからないが疲労を感じた。

 失望は感じていない。こんなものだと思っていたから。ただ、予想通りに物事が進んで、予想された事の到達を確認した時に、ああ、またこうか、と思っただけだ。

 僕が黙っていたら叔父さんが僕の目を覗き込んできた。

「これじゃあ、不満か?」

「いえ、不満はありません。確かに親の許可が必要ですから」

「そうか…………」

 叔父さんは黙った。それから口を開いたのだ。

「ごめんな、一樹君が苦しんでいるのに何もしてあげられなくて……」

「いえ、こちらこそ。無理難題を聞いてくれてありがとうございます」

 このあと僕たちは礼をしてわかれた。

 僕はその後布団に横になって叔父さんの話を思い出していた。初めて、人の暖かさに触れた気がした。親との暖かさとは違う。あの親は何かおかしい。確かに優しいけど生身で話し合うという事をまったくしてこない。それに比べて叔父さんは生身でふれあってきたのだ。そういうのが人間の暖かさだろうと僕は思うのだ。

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