第5話マイ フィロソフィ1−5
毎度岡山に瀬野(せの)に来る度にいつも思う事なのだが、ここは本当に山が多いなと思う。
叔父の車から田んぼや電車の路線とか田舎の町並みとかもよく映るが、やはり、山が迫ってくるような感じが覚えるほどここの山が近いと感じるのだ。
実際駅から叔父の家に着くまでの間そこそこ勾配(こうばい)な道路なのだ。
ほどなく僕たちは叔父の家に着いた。叔父の家は周りを田んぼに囲まれた中建てられたマイホームだった。元々は紺の屋根と白い壁だったのだろう。だが、今は屋根は色あせているし壁もくすんで灰色の壁になっている。
ちなみに説明を四と置かなければならないだろうが、僕のお父さんの実家とは、またおじさんの言えとは別な所にある。
といってもすぐ近くだが、
僕たちは車から降りて叔父の家の扉を開ける。
「おじゃましま〜す」
母が言って叔父の家に上がり込む。そして、それを僕たちが、おじゃましますと言いながら上がり込むのだ。
リビングに入ると中年のおばさんが顔を出してきた。
「あらあら、いらっしゃい。まあ、楽にしててね」
「いえいえ、康子さん、私に何か手伝える事はないかしら?」
「いいえ、お客様に手伝わせるわけにはいきませんよ。静子さんはゆっくりしててくればいいのだから」
この康子さんと呼ばれた人が和也さんの奥さんにあたる人だ。つまり僕のおばさん。
康子おばさんは明るくて気さくなおばさんだ。明るくて気さくだけど一気にしゃべらず、適度をわきまえている、『おばさん』の理想的な姿と言ってもいいと思う。
康子おばさんが僕らを迎えうための料理をもうすでにしていた。東京からこちらに新幹線で来るのに半日はかかったのでもう今は夕刻の時刻を過ぎているのだ。それだからもう夕食の時間なのだ。
その後、僕たちはおばさんの作った料理を食べて就寝した。
家族達がいる三日間はとうに過ぎて僕は叔父さんのところにいた。今は8月5日で、予定では夏休みが終わる一週間前に帰るのだ。後藤先生達からだされた宿題の残りもこちらにもってきた。ここで夏休みを過ごすために。
お昼時、閑散とした明るさが場を包む。僕が居間で寝そべっていた。岡山はやはり東京都は何かが違う。光や空気が濃密な気がする。もちろん東京も暑かったけど、ここの暑さは東京のようにじめじめとした暑さではない。もっとねっとりとした暑さが自分を包み込んでくる。そういう暑さに身を包まれると何か、何もする気がなくなる。まあ、理由はそれだけでなくて今日の分の宿題が終わったから、思う存分ぐったりしているのだが。そうやって寝そべってると声が聞こえた。
「あら、一樹君。お疲れ?」
「………いつも疲れています」
「あらあら、それは大変ねぇ。若いのにそれはもったいないわ」
ある意味で嫌みに聞こえる台詞だが、なぜか康子さんの丸い声から言われるとそれほど嫌みに感じられない。むしろ、しんどさが軽減されるように感じられる。
「康子さんは…………」
「ん?私が何?」
僕は思わず出かけた言葉に、でもこれを聞くのは何か、唐突な気がしたやはり言うのをやめようとした。
「い、いえ、なんでもありません」
「ダメよ、一樹君。一度言いかけた言葉は言わなくちゃ」
「え、でも…………」
「ほら、おばさんにいいなさい」
ならば、僕は言おうとした言葉を口に出した。
「康子さんは生きていて楽しい?」
「あらあら、なにを言うかと思えばそんな事言うなんてね」
康子さんは驚いたように目をぱちぱちさせていた。
やはり言うべきではなかったかな。僕は思う。あまりに唐突(とうとつ)だよな、こんなあまり会った事のない甥(おい)からこんな言葉を受けるなんて。でも、何となくふっとわいた言葉だったのだ。
康子さんはまだ驚いてる。
「一樹君が言った事、いままで考えた事なかったわ、正直言って。…………一樹君は生きるのは楽しくないの?」
「……ええ」
康子さんは少し考えるそぶりを示してから言った。
「なるほどね。まあ、私もそんなに毎日が充実してるわけではないけどね。日々の仕事をしていたらいつの間にかこんな年になったという事だけの事なの。…………一樹君はそんな事ばっかり考えるの?」
「ええ、こんな事ばっかり考えます」
「まあ、私なんかの助言じゃあ心もとないかもしれないけど、まあ、何とかなるわよ。私はこれまでこうして生きたからこれしか言えないの。こんな答えで言いかしら?」
「いえ、康子さんの答えなら安心できます」
本当に康子さんなら何となく安心できた。こういう言葉は書物とかで読んでも反発するだけだが、立派な人が現前(げんぜん)して言うと何となく説得力をもつようになるのだ。
「そう?それならいいのだけどね」
これが僕と康子さんの初めて二人っきりで話した内容だ。家族以外の人とまともに話したのはこれが最初な気がする。
康子さんを思い出すときはなぜか(一度も行った事がないけど)湿原を思い出す。ひんやりと涼風を運んでくる青い存在。康子さんにはなぜかそういうイメージがあるのだ。
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