交声曲 第三幕

 ある日、林檎の香りがしないので公園に行く事にした。

 ベンチに座り、金平糖を口の中で溶かしながら…今日も彼女の声を聴く。


『何にも染まらぬ鳥になりたい

 そして、また自由に歌いたい

 例え、貴方にこの想いが伝わらなくても構わない

 ただ、貴方が私の拙い歌を、心地の良い囀りだと思ってくれるのならば

 それだけで私は幸せなのだから

 けれど、もしも神様が私の我儘を聴いてくれるのなら

 いつか私の想いを"言の葉"に乗せて、貴方に伝えたい…』


 今日の歌は、どこかで聞いた事が…いや、見たことがある気がする。

 何処で見たのか思い出そうとしていると、目の前に2人の男女が立っていた。


「よぉ、元気にしてるか?」


 少年は、私に声をかけてきたので、ヘッドフォンを耳からどかす。

 …彼等とは初めて会うと思うのだけど……。


朱杏しゅあん、彼女は私達とは初めて会うんですよ。」

「あれ…そうだっけ?でも、あの時楽園で…。」

「えっと…はい。多分、私は初めてだと思います」

「初めまして。私は仁紫にしきと申します。」

「私は、辻野哀歌です」


 朱杏の後ろに立っていた少女が、深々と挨拶をしてくれた。

 私と仁紫の会話を黙って聞いていた朱杏が、首をかしげながら尋ねる。


「お前もしかして、まだもみじに会ってないのか?」

「……もみじ?」

「そのヘッドフォンから聴こえる歌を歌ってるやつだよ。」


 この歌は、椛という女性が歌っていたのか…。

 会った事どころか、たった今名前を聞いたばかりなので首を横に振る。


「そっか…。じゃあ、お前はあの広い小屋の中で独りなんだな。」

「あの時とは、もう皆違う道に居ますからね。」


 2人は、いったい何をしに来たのだろうか…。

 立ち去る際に、『ずっと独りだと暇だろ?』と言い薄黄色のテープが数個入った袋をくれた。


「そのテープを、小屋の壁に好きなように貼ってみてください。」

「もしかしたら、お前が探しているモノが見つかるかもしれないからな。」


 仁紫は、また深々とお辞儀をして先を行く朱杏を追いかけて行った。

 勝手にテープを貼って…怒られないのだろうか……。



 劇場に戻り、試しに小さく切ったテープを柱の根元にペタペタと貼ってみる。

 すると、テープがほのかに光っている。

 ステージの横に置いてあった梯子を使い、少し高い所の壁にもペタペタと貼る。

 しばらくして床に降りて見上げると、まるで満天の星空みたいだった。

 その日は、星空を見上げながら眠ることにした。



 ————————



 数日後、また林檎の香りがしたので喫茶店のドアを開けた。

 すると、またお店には誰も居なかった。

 虹輝はあまりにも無防備すぎる気がする…。

 私は、ヘッドフォンを首にかけると、言の葉を紡ぐ……


「——ひとつ 私の鼓動

   ふたつ 君の鼓動が

   みっつ 重なりあえば

   よっつ 鐘が鳴るだろう」


 ドアの開く音に驚いて、歌うのを途中でやめてしまった。

 開けたのは実喜ちゃんで、虹輝は目の前のカウンターで目を閉じていた。

 もしかして…今の歌をずっと聞いていたのだろうか。


「哀歌さんは、いつもどんな曲を聞いてるんですか?」

「何も…何も聞いてないよ」


 私は、実喜ちゃんの耳にヘッドフォンを着ける。

 少し困った様子の表情を見て、『あぁ、やっぱり彼女の声は聞こえないんだな…』と、少し悲しくなった。


「このお店は少しイジワル。ヘッドフォンの音を消しちゃうの」


 実喜ちゃんからヘッドフォンを受け取りながら声をかける。

 そして、頭を撫でると虹輝を少し睨んだ。


「本当は、ヘッドフォンから何の音楽が聞こえていたんですか?」

「……知りたい?」

「はい。だって、最近音楽とかって聞いてないから気になるんです」

「そうだね…。いつか、きっと近いうちに彼女の声を実喜ちゃんも聞けると思うよ」


 なんだか、急に彼女の声が…椛の声が聴きたくなって店を出た。



 自分で作った星空を見上げながら横になると、ヘッドフォンから椛の声が聴こえてくる。

 今日の歌は、以前街で聴いた小さなお星様の歌だった。

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