鎮魂歌

 楽園ふるさとへと向かう途中で、甘い林檎の香りがして減速する。

 そういえば、実喜ちゃん達にも挨拶をしなくちゃ…。

 林檎の香りがする建物は、もちろんいつもとは違う入口なのに、それでもいつもと同じ林檎の香りがした。

 ドアノブに触れると、精霊の一人が声をかける。


『私達は、此処で待っています。この中には入れませんので』


 と、4人の精霊に手を振られながらドアを開けた。

 今日の香りは、ほんの少しだけ酸味が感じられた。


「そういえば、私ってこのお店に入れるのね。」


 確かに、椛ってこのお店に来たことないんだっけ…。

 …と言っても、そもそもあの蕾の中にずっと居たから、どこにも行けなかったんだけど。


 ドアノブを捻ると、笑顔の蛇が出迎えてくれた。

 先程感じた酸味は、寂しそうな虹輝の笑顔かもしれない。


「そういえば、君とは初めましてだったよね…とり?」

「そうね虹輝へび。私はこの子あいかと違って、歌う事を続ける選択をした未来だからね。」

「…なんだか、嫌味に聞こえるよ椛…。確かに私は逃げたけれど」


 カウンターでは実喜ちゃんが眠っており、その横には紅茶が2つ置かれていた。


「それにしても、すごい衣装だね」


 虹輝は私達の姿を上から下までじっくりと眺めている。


「全部思い出したから…帰る事にしたの」

「私達は、貴方へびと違って飛べるからね。」

「椛…あまり煽っちゃだめだよ。…でも、私達は行動の自由は与えられても…貴方と違って、誰からも護られることはなかったけれどね……」


 私と椛は、椅子に座り紅茶を飲む。

 記憶を取り戻した今となっては、創作物つくりものである私に飲食しょくじは必要ないのかもしれないけれど…。


「そうだ。今日は、君達の…特に椛への出所祝いという事で」

「しゅっしょ……?」

「僕から君達に、ささやかな贈り物を捧げたいと思うよ」


 虹輝は瞼を閉じて静かに息を吸うと、言の葉を紡ぎ始めた。


 ———

 ひとつ 私の鼓動

 ふたつ 君の鼓動が

 みっつ 重なりあえば

 よっつ 鐘が鳴るだろう

 いつつ 赤子舞い降り

 むっつ 手に握りしめ

 ななつ 神の御加護を

 やっつ 永遠に願うなら

 ここのつ 身も軽くなり

 とお またきっと逢えるから

 ———


 虹輝が紡ぐ言の葉は、以前私がこの店で謳ったものだった。

 誰かが書いた詩ではなく、本から抜け出した“わたし”が初めて謳ったうた


「なぜ、僕がこの曲を歌ったと思う?」

「さぁ…なぜかしら。」

鎮魂歌レクイエムって知ってるかい?」

「さぁ…なんですか?」

「鎮魂歌っていうのは、死者の魂を慰めるために…天国にちゃんと行けるようにっていう音楽のジャンルなんだよ…人間はそういう風に定義付けてるらしい」

「へぇ…。でも、その曲は私が作った歌で、そんな意図はないんですけど…」

「大丈夫。むしろ十分なんじゃないかな?この曲は、人生を謳歌したものだろ?まさか、言葉通り歌にするなんて思わなかったけどな」


 確かにその数え歌は、産まれてから死ぬまで…死んだ後を謳っている。

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