狂想曲

「これから何処へ行くの?」


 と、椛が鳴いた。


「これから私の大切な友達の所に、お別れの挨拶をしに行くの」

「友達?」


 そう…。

 私がまだ椛に会う前、よく遊びに行っていた少女が住む場所。


 しばらく飛んでいると、濃い霧に包まれてしまった。

 楽園を去る最後の日みたいな暗い霧。

 …でも、私は絶対に迷わない。

 だって、もう私達は飛べるから。

 あの時とは違って、何処にでも何処へでも。

 それに、今回は頼もしい精霊達が一緒だから心強い。


 霧がいっそう濃くなっている場所をめがけて飛んでいく。

 今の私達にとっての一番星。

 それは、紛れもなく彼女だった。

 彼女の近くにふわり、と降り立つ。


「お久しぶりですね、椿つばき


 少女は、いつの間にか大人の女性になっていた。

 姿は変わらないけれど、あの時よりも…。

 シロツメクサの花冠を編んでいたみたい。

 あの頃と違うのは、隣に蛇が居ない事くらい。

 どこか虚ろに見える彼女の瞳には私達は映っていない。


 私と椛は、彼女と言の葉を交わすこともなく、両の頬に口付けをした。


「この子は椛。私の大事なお友達です」


 此処は変わってしまいましたね…。

 虹輝が居なくなってしまったこの園で、貴女はずっとそうしているんだね。


「愛することをやめてしまった貴女は、この園に誰も来れない様にしてしまった」


 でもね、少しづつ変わっているんだよ。

 外の世界も、私達のせかいもね…。


「貴女を此処から連れ出してくれるのは、私じゃないから」


 彼女椿は、きっとまだ気づいていないの。

 箱庭楽園に閉じ込められているのは、大切にされている証拠なのだと。

 それは、意地悪な蛇も同じことだけど…。

 昔、私が愛した人はもう何処にもいないのかもしれないけれど、こうして人間として歌える事は望んでいた事。

 また、私は『本』になるのかしら。

 …それともただ、『本』に帰るだけなのかしら。

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