何でもおまかせ!

 そうだ、会社のお仕事も手伝ってあげなくちゃ。


 京一郎のかばんから、ノートパソコンを引っ張り出した。適当にボタンを押していると電源がついた。

 画面にへんてこな四角がたくさん浮かんでいる。さくらは画面を何度もつついたけど、何にも起こらなかった。むっとしてでたらめにボタンを押していると、何かのソフトが立ち上がった。

 京一郎は家でも、これを使ってお仕事をしている。とっても働き者なのだ。さくらは難しい文字がいっぱいで何が何やら分からなかったけど、とにかくボタンをたくさん押した。京一郎の真似をして、近くに置いた本と画面をきょろきょろしながら、キーボードをたかたか叩いた。しばらくすると、画面中が楽しげな文字で一杯になった。


 こんなに文字がたくさん出たのだから、きっと明日の京一郎の仕事は半分くらいになったに違いない。さくらは、にまにましながら、最後の仕上げに台所へと向かった。



 朝起きて、ご飯が用意してあったら、きっと京一郎は喜ぶだろうな。

 そう思って、台所に向かったはいいけれど、キッチンは高くて背が届かなかった。そばにあった椅子を運んできたけど、それでもまだ届かない。机の上に置いてあった本を重ねて、やっとこ手が届くようになった。


 炊飯釜にお米をざらざら入れる。そして水もいれずにガシガシといだ。よく分からなかったけど、とにかく京一郎の真似っこだ。お水を入れて、ボタンを押して、ご飯を炊いた。


 ほらね、お料理なんて簡単だ。次はお味噌汁だ。

 お鍋に水を入れて、火をつける。火は怖かったけど、勇気を出した。

 冷蔵庫を両手で開けると、お豆腐と、お味噌と、それからネギがあった。さくらはネギが嫌いだけど、京一郎は好きみたい。がまんして三つとも全部出した。冷蔵庫の奥に、さくらの大好きなツナの缶詰があった。食べたかったけど、がまん、がまん。


 まな板を出して、包丁を出して、ネギを置く。包丁はさくらにはちょっと大きかったけど、両手でしっかり持って振り降ろした。ざくん、ざくんと音がして、ネギはいびつにバラバラになった。さくらはふふん、と得意になる。


 あいたっ。


 包丁を置くときに、刃が手に引っかかって、ちょっとだけケガがしてしまった。

 こういうとき、どうすればいいんだろう。どうすればいいんだろう。全然痛くはないんだけれど、血がにじんでくるのに、さくらはおろおろしてしまった。


 そうだ、ばんそうこうだ。

 キッチンの横の救急箱に気が付いて、さくらは飛びついた。救急箱がひっくり返って、薬が床にばらまかれた。さくらはその中からばんそうこうを見つけて、不器用に包みをやぶいて貼り付けた。右手のばんそうこうは、くちゃくちゃだったけれど、なんだかとても心強く思えた。


 お豆腐のプラスチックのカバーをやぶいて、そのまま煮立ったお鍋に入れた。味噌も、適当にどばどば入れた。それからでっかく刻んだネギも、ぽちゃぽちゃ入れた。ネギのにおいが手にうつって、おえっ、となったけど、がまん、がまん。


 これで、ご飯もお味噌汁もできた。いつもさくらは京一郎にご飯を用意してもらってたから、こういうのもたまにはいいな、と思う。好きな人にご飯を作ってあげるのって、楽しいかも。


 急に、京一郎のことが気になって台から飛び降りる。本が落ちて散らばってしまったけど、さくらはちっとも気にもしないでベッドの方に走った。

 ベッドのすみにちょんと座って、京一郎の寝顔をのぞく。

 京一郎は静かに寝息を立てて眠っていた。さくらは、そんな寝顔を見て、何だか幸せな気がした。

 さくらは京一郎が大好きだ。

 さくらには両親がいない。生きているのかどうかも分からない。母親の顔はうっすらと覚えているけれど、父親の方はたぶん見たこともないと思う。一緒だった兄弟達も、いつの間にかばらばらになってしまった。気が付いたときには、さくらはひとりぼっちになっていた。

 京一郎はそんなさくらをひきとってくれた。ひとりぼっちだったさくらと一緒に暮らしてくれているのだ。さくらは京一郎が大好きだ。



 しばらくそうして京一郎の顔を眺めていると、玄関の方でガタンと音がした。さくらはベッドから飛び降りた。玄関のドアを見ると、新聞が来ていた。さくらはそれを新聞受けから引っ張って、机の上に運んでおいた。気が付けば、もうそんな時間だ。そろそろ空も明るくなる。

 さくらはぴょんと飛びあがって、日めくりカレンダーをやぶいた。一度に三枚も剥がれてしまったけど、気にしない。どうせそのうちやぶるんだもの。

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