お水は嫌い!

 部屋の掃除も終わったし、次は洗濯だ。


 洗濯機の中をのぞきこむと、ごちゃごちゃと白いワイシャツがたくさん詰まっている。それを見て、さくらはそういえば、と思いついた。京一郎が着ているワイシャツも洗ってあげなくちゃ。


 さくらは京一郎の寝ているベッドに飛び乗った。

 京一郎の着ているシャツを、ぐいぐい引っぺがす。さくらは手先が器用でないから、ボタンをはずすのがもどかしい。京一郎を起こさないように、そっと、でも明らかに強引にさくらはワイシャツをはぎとった。

 自分でやっておいてなんだが、あらわになった京一郎の裸体に、さくらはちょっとドキドキした。寝顔は間抜けだけど、スーツを着こなして眼鏡をかけて、難しい本を読んでいる京一郎はとてもとても格好いいのだ。


 さくらは、はぎとったシャツを洗濯機に放り込む。洗剤を入れようとしたらうまくいかなくて、ひっくり返って、さくらも箱ごと洗濯機の中に飛び込んだ。洗濯槽から這い出しながら、でもまあ、洗剤は入ったのだからいいか、と思うことにした。いつも京一郎がやっているのを真似てでたらめにボタンを押す。洗濯機はゴウンゴウンとうなりだした。



 洗濯が終わる前に、トイレも掃除してしまおう。

 小さな体をうんと伸ばして、何とかトイレのノブをひねる。この家にはトイレが二つあるけど、京一郎がいつも使うのはこっち。


 トイレの前に立って考えた。これって、どうやって掃除するんだろう。洗剤を使うのは知ってる。テレビのCMでよく見るから。

 青いトイレ用洗剤を便器にぶちまけた後、さくらは困った。さすがに手でこれをこするのはばっちい気がする。

 何かちょうどいいものはないかな、と考えてさくらの目はトイレットペーパーに留まった。これを使えば、汚れなくて済むかもしれない。


 ところが、トイレットペーパーはいくらつぎこんでもどんどん水に溶けてしまうだけで、ちっとも手で拭けるような感じにはなりゃしない。

 ロール一本を丸々使いきったところで、ようやくさくらは観念した。しかたなくジャンプしてレバーを引いて水を流した。洗剤も使ったし、水も流したし、きっときれいになった。そうに違いない、と思う。



 次はお風呂掃除……なのだけれど、さくらはこればっかりは気がすすまなかった。さくらはお風呂が大嫌いなのだ。無理矢理体を洗おうとする京一郎と追いかけっこをして、部屋中を泡だらけにしてしまうこともしょっちゅうだった。


 本当のところを言えば、お風呂なんてなくなっちゃえ、と思ってもいる。くすぐったくて嫌なのだ。水でびちょびちょになるのも嫌いだ。京一郎が体をタオルでごしごし拭いてくれるのも、ちょっと痛いから嫌だ。撫でられるのは好きなのに。


 さくらがお風呂場に顔をのぞかせると、さっき止めそこねたシャワーが、じたじたと水を吐き続けていた。やっぱり、あれに濡れるのはもう嫌だ。

 だいたい、体を洗う場所を洗うなんて間違ってる。そんなところ、きれいに決まってるのに。きれいなところを洗うなんて、おかしくない? おかしいでしょ。

 ちょうどそのときに、洗濯機が音をたてた。洗濯が終わったのだ。さくらはやっぱりお風呂は後回し、と脱衣所を出た。


 洗濯槽をのぞくと、脱水が終わったばかりの衣類がしわくちゃになって内側にはりついていた。引っ張り出すと、まだ水で濡れている。

 さくらは、あれ? おかしいな、と思う。


 乾燥機能付きの洗濯機なので、京一郎は洗濯機から出した服をすぐにたたんでしまうのだが、何を間違えたのかどうやら脱水までで終わってしまったらしい。


 でも、すぐにたたんでしまう京一郎の姿しか知らないさくらは、たいして違わないだろうと水に濡れたままの服を小さな手で懸命にたたんでタンスにしまった。二段目までしか手が届かないので、入りきらない服がちょっとあふれてしまった。



 さあ、今度はアイロンだ。アイロン台を引っ張ってきて、水浸しのワイシャツを乗せた。

 京一郎はいつも楽しそうにアイロンをかける。折り目正しい性格だからだろう。

 ところが、さくらがやってみてもちっとも楽しくない。どんなにぐいぐいアイロンを押し付けても、ワイシャツはしわくちゃのままだった。


 変だなあ、と思っていると、次第にアイロンが熱くなってきた。水をふくんだシャツから湯気がたって、さくらは熱くて触れなくなってしまった。


 うー、全然ちっとも楽しくない。

 さくらはぷい、とすねてしまって、別のことをすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る