第13話、ウェルカム、合掌
一樹は、アセっていた。
告白出来るチャンスは、今だ・・・!
周りには、誰もいない。 さゆりと、2人きりだ。
( 俺の気持ちは、手紙に書いた。 今日、来てくれたってコトは・・ その気があるって事だよな・・・? でも、優しいさゆりちゃんの事だし・・・ 断るのも、ちゃんと口で言って断るつもりなのかも・・・ )
さゆりも、平静を装っている表情とは裏腹に、激しく動揺していた。
( 本来なら、あたしからOKの意思表示をしなくちゃいけないわよね・・・? でも・・ 何となく、機会を逸しちゃったし・・・ 何と言って切り出せばいいのかしら。 あぁ~ん・・! グズグズしてたら、峠に着いちゃう・・・! )
その時、道端の草むらが揺れた。
「 ? 」
気付いた一樹が、道端を注視する。
やがて、暗闇の中に、黒い陰が立ち上がった。
「 え・・? 何? 犬? 」
さゆりも気付き、言った。
何と、そこには・・ 額と鼻から血を流した、あの軽自動車のオバちゃんが立っていた・・・!
髪はボサボサで、草木を絡ませ、擦ったルージュは頬まで伸び、鼻血で汚れた服には、白菜の切れ端が引っ掛かっている。
彼女は、呆然とした( 恨めしそうな )目で、じっと一樹たちを見つめていた。
暗闇の中、月の光に照らされた、むごい( ヒドイ )顔・・・!
「 きゃあああああ~~~~ッ! 」
バケモノかと思わせるような、あまりの様相に、さゆりは叫び声を上げた。
「 う、うわっ・・! 」
一樹も、一瞬、足を引く。
さゆりは、そのまま、ふっと意識を失った。
「 え? あ・・! さゆりちゃんっ・・! 」
倒れ込むさゆりを、抱き止める一樹。
気を失った人間は、女性でも驚くほど重い。 一樹は、さゆりを支えながらも、道に倒れ込んだ。
さゆりを、かばいつつ、出現した『 バケモノ』に向かって叫ぶ、一樹。
「 ・・だっ、誰だッ・・! 」
バケモノは、どうやら疲労困憊の様子だ。 ガクンと両膝をつくと、ボテッ、と草むらに倒れ込み、言った。
「 ・・JAF、呼んでえぇぇ~・・・ 」
「 は・・・? 」
あお向けに倒れたバケモノを、改めて見る、一樹。
月明かりに照らされ、その醜い・・ いや、無残な顔は、より一層、ブキミである。
両手には、車のハンドル( ヒョウ柄のカバー巻き )が、しっかりと握り締められていた。
一樹が言った。
「 き、木本さんの・・ おばさんじゃないですか・・! どうしてそんな顔・・ いや、そんな格好で・・・! 」
バケモノ・・ いや、おばさんが言った。
「 車が・・・ 車が外れて・・ いや違う、タイヤが落ちちゃって・・・ 違うわ、ダイコンの汁が目にしみるの。 そんなコト、どうでもいいわ・・・! とにかく・・ とにかく、大変なのよおぉ~~・・・! 」
大変なのは、見れば分かる。
どうやらナマハゲ・・ いや、彼女は、気が動転しているらしい。
両手に握り締められたハンドルを見て、一樹は、彼女が車ごと、道から転落したのだと理解した。
「 すぐ、救急車を呼びますからね! しっかりして下さいよ? 」
携帯を出しながら一樹が言うと、般若・・ いや、彼女が答えた。
「 ・・白菜も、飛んでね・・・ ダイコンが・・ ダイコンが最近、高くて・・ アタマ来るのよ・・・! 」
意味不明な事を呟きながら、持っていたハンドルを無意識に、左右に回す彼女。
「 しっかりして、おばさん! 」
やがて彼女は、ハンドルを『 左 』に切ったまま、気を失った・・・
・・・月明かりの峠道に、2人の気絶者・・・
腕の中の、さゆりの顔を見つめ、一樹は呟いた。
「 ・・今日は、一体・・ どうなってんだ・・・? 」
月明かりに照らされた、さゆりの顔・・・
こちらは、眠れる森の美女のように美しい。
手入れされた綺麗な黒髪の感触が、一樹の腕に触れる。 透き通るような白い頬が、青白い月の光に照らされ、甘美なまでの美しさをかもし出していた。
薄いピンクの、可愛らしい唇・・・ わずかに開かれた、つぼみのような唇の間からは、白い歯がのぞいている・・・
一樹は、ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
「 ・・イカン、イカン・・! ナニ考えてんだ、俺は・・・! 」
祠の中で、茂作の石仏が、ゴトゴトと揺れている。 隣に立っている弥助の石仏が、持っていた錫杖で、茂作の頭を殴った。
「 さゆりちゃん、目を覚まして・・! さゆりちゃんっ・・・! 」
さゆりの肩を揺すり、叫ぶ一樹。
ふと見ると、さゆりの制服のスカートがめくり上がり、パンツが見えている。 月明かりに照らし出された、薄青いボーダー模様のパンツ・・・
再び、祠の中の、茂作の石仏が、かなり激しく揺れ始めた。
「 うわ・・ と・・・! 」
スカートの乱れを直す、一樹。
太一の石仏が、惜しそうに、指をパキッと鳴らした。 衝撃で指先が欠け、飛んで行く。
さゆりが目を開けた。
「 ・・・・・ 」
「 気が付いた? さゆりちゃん・・・! 」
「 一樹・・ クン・・・? 」
ホッとした表情の、一樹。
「 さっきのは、バケモノじゃないよ? さゆりちゃんチの隣の、木本さんのおばさんだよ 」
「 ・・え・・・? 」
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す、さゆり。 まだ、状況が飲み込めないようだ。
草むらに倒れている、ハンドルを握り締めたままの浮浪者・・ いや、おはさんを見ながら、さゆりは言った。
「 あたし・・ 気を失ってたの・・・? 」
「 そうだよ。 おばさんも、気を失ってる。 きっと・・ 車ごと、道から落ちちゃったんだ 」
携帯で119をダイヤルしながら、一樹は言った。
状況を認識したさゆりが、額の辺りを摩りながら言った。
「 おばさんも・・・? どうして、みんな・・ 落っこちちゃうのかな? 」
・・・君ら、2人の為です・・・
「 慣れた道だから、油断してたのかな? ナニが起きるか、分かったモンじゃないよね 」
携帯を耳に当てながら、一樹が言った。
呼び出し音を聞いている、一樹。 さゆりは、心を決めたように表情を引き締め、言った。
「 こんな情況だけど・・ ナニが起きるのか分からないのなら・・・ 大切なコトは、今のうちに言っておかなきゃ・・! あたし・・ 前から一樹クンの事、好きだったの・・・! お手紙、とっても嬉しかった。 あたしと、お付き合いして下さい・・・! 」
「 え・・? ホ・・ ホント・・・? さゆりちゃん・・・! 」
「 ・・・うん・・・! 」
真っ赤な顔をして頷く、さゆり。
携帯から、声が聞こえた。
『 はい、消防です。 救急ですか? 火事ですか? 』
「 僕なんか、小学校の時から好きだったんだよ・・! 」
『 ・・は? 』
さゆりが言った。
「 そんな前から、見ててくれたの? 嬉しいっ・・・! 」
『 ・・・・・ 』
「 早速さあ、今度の祝日、デートしない? 」
『 ・・・多分、雨ですけど? 降水確率、80%です 』
「 嬉しいっ! あたし、お弁当、作ってくるね! 」
『 タコソーセージなんて、いいかも・・・ 』
「 やったあ~! 最高だぁ~! ね、ね、遊園地とテーマパークと、ドッチがいい? それか・・ ボーリングか、映画館。 そうだ、水族館も行こうか! 」
赤らめたままの顔で、嬉しそうに、さゆりは答えた。
「 1度に廻れないわよ、一樹クン。 少しずつ行こうよ、ね? 待つ楽しみが増えて、いいじゃない 」
「 そっ・・ そうだね! ははははっ! 」
『 ・・・あの~・・・ もう、切っていいですか? 』
あなたの近くに、お地蔵さんはいますか?
たまには、手を合わせてみて下さいね。
もしかしたら、とっても世話好きな、おせっかい地蔵さんかもしれませんよ?
ただし、お供え物は、公平にね・・・!
〔 地蔵峠の三仏 / 完 〕
地蔵峠の三仏 夏川 俊 @natukawa
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