第12話、恋路、遥かに

 思ってもみなかった展開に、一樹は、しどろもどろになった。

 自転車を降りたさゆりが、息を弾ませながら言った。

「 ごめんなさい。 委員会があって遅れちゃったの・・! 急いで来たけど・・ 1時間も遅刻ね。 ごめんなさい 」

「 ・・あ、ああ、そ、そう・・? 大変だね 」

 一樹の声が、かなり上ずっている。

 太一が、弥助に言った。

『 ・・アカンぞ、こりゃ・・・ ヤツ、完全に舞い上がっとるわ 』

『 余計な手を出すんじゃねえぞ? しばらく、様子を見よう 』

 茂作が言った。

『 オレに、いい考えが・・ 』

『 要らんっ! 手を出すなっちゅうんじゃ! おめえの作戦は、たいていが、いい加減だ。 ヤツ自身で、告白させんじゃ 』


 さゆりが言った。

「 ・・一樹クン・・・ お手紙、ありがとう。 メールばっかりだから、手紙なんてもらった事無いし・・・ 何て言うか・・ 嬉しかった 」

 一樹が答える。

「 ぼ、僕も・・ 手紙なんて書いたコトなかったし、字、ヘタだから・・・ 迷惑かと思ったんだけど・・・ 」

 少し、顔を赤らめ、さゆりは言った。

「 ううん・・ あたしの事を思ってくれてる一樹クンの気持ちが、とってもこもってて・・ 」

 恥ずかしそうに俯く、さゆり。 語尾は、ハッキリした口調になっていない。

 これは、どう見てもイケそうである。 さゆりの心情が見える弥助たち以外の者であっても、イケそうな雰囲気である事は明白だ。

 弥助は言った。

『 行け・・! 告白せい! 』

 太一も言った。

『 男を見せい、一樹! キスの1つでもせんか 』

 茂作が言う。

『 押し倒せえ! 1発、キメんか! 』

 その時、一樹の携帯が鳴った。

「 ・・あ、っと・・ 」

 ズボンのポケットから、携帯を出す一樹。 開くと、『 バキューン 』と、ピストルの音が鳴った。

「 もしもし? 吉村・・? どうしたんだ? 」

 弥助が言った。

『 吉村だと・・? しまった! 目を覚ましやがったな? 』

 一樹が、さゆりを見ながら続ける。

「 ・・はあ? 道から、おっこちたぁ~? ナニやってんだよ、お前・・! 実は、お前が通り掛るのを待ってたんだぞ? 今、どこだ? 」


 ・・・とんだ邪魔が、入ってしまったようだ。

 この、一樹という男子生徒の性格から見て、これから吉村の救出に向かう事だろう。 となれば、さゆりへの告白は延期だ。


 一樹が、吉村との会話を続ける。

「 足を挫いてるのか・・・ 場所は、神社の看板の手前だな? よし、分かった。 今から行くから、待ってろ。 動くんじゃないぞ? いいな? 」

 携帯を切った一樹に、さゆりが尋ねた。

「 ・・吉村クンって・・ 3組にいた、吉村クン? 陸上部だった 」

「 そう。 ちょっと下で、道からおっこちたらしい。 足を挫いてるらしんだ。 ・・さゆりちゃん、自転車、貸してくれない? 僕のは、チェーンが切れちゃってて・・・ 」

 傍らにあった自転車に目を向けながら、一樹は言った。

 さゆりが答える。

「 いいわよ? てゆ~か・・ あたしも行く! 神社の近くなら、親戚の叔父さんの家があるから、そこで手当てしてもらおうよ! 叔父さん、整体師なの 」

「 そりゃ、好都合だな! 早速、行こう! 僕が、漕ぐから 」

 さゆりの自転車を借り、それにまたがる一樹。 さゆりが、一樹の肩に手を置き、後輪の車軸に足を掛ける。

「 いいか? 行くぞ? 」

「 OK! 」

 一樹の両肩に両手を置き、さゆりは、車軸に立ったまま答えた。

 状況的に、超接近の2人・・・! お互い、顔を赤らめているようだ。

 一樹は、ペダルを漕ぎ出した。


 峠を下る、自転車。

 時々、ブレーキを掛け、あまりスピードが出過ぎないように調節をする一樹。


 ・・・背中に、さゆりの、胸のふくらみを感じる・・・


 揺れる度、その感触は、より具体的に感じられるようである。

 ドキドキしながら、一樹は思った。

( さゆりちゃん・・ ワザと、押し付けているような気がするんだケド・・・? )

 

 さゆりも、ドキドキしていた。

( 告白もしてないのに・・ こんなに接近しちゃってる・・・! 恥ずかしいけど・・ 嬉しいな・・・! )


 峠で、2人の透視を続けている3体・・・

 茂作が言った。

「 ・・イイ感じじゃねえか、おい。 野っ郎ぉ~・・ さゆりちゃんの、乳の感触を楽しんでやがるな? 」

 弥助が、呆れたように言った。

「 ナンでおめえは、動物的本能でしか、物事を観察出来ねえんだ? 」

「 オレは、ヤツの本音を代弁してるだけじゃ 」

「 ストレート過ぎるんだよ! おめえは 」


 吉村の近くに近付く、一樹たち。

 太一が、透視を続けながら言った。

「 どうすんだよ? 邪魔モンが入っちまったら、告白なんて出来ねえぞ? 」

 弥助が言った。

「 まあ待て。 そのうち、邪魔モンは消える・・・ 」

「 何っ? 消すのか? ・・ヤルな、お前。 どうやって殺るんだ? 暗殺か? 」

「 たわけ! 物騒なコト、言ってんじゃねえよ。 さゆりちゃんの親戚ンちへ行ったら、吉村の親を、迎えに来さすだろうが? そうすりゃ、帰り道は、また2人っきりだ・・・! 」

 茂作が言った。

「 なるほど・・ そこで、じっくり押し倒すってワケか! 」

「 せんわっ! ナニが、じっくりじゃ、てめえは! 」

 太一が言った。

「 でも・・ 吉村の親が、ついでに送って行ってやる、って言う可能性もあるぞ? 」

 弥助が答える。

「 そんときゃ、おめえの出番じゃねえか。 とにかく、2人だけしかいない状況に、うまいコト持ってくんだよ 」

「 赤鬼・・ 出してもいいか? 」

「 ・・お前・・ それ、趣味? 全く、意味無いんだがよ・・・? 」

「 いや、やっぱ、ストーリーティングとしては、ナンかこう・・ パンチに欠ける、って言うの? もっと、サプライズ的にさ~・・ 」

「 赤鬼の、ドコがサプライズなんだよ! アンビリバボーだわっ! 」

 茂作が、口を挟む。

「 あ、じゃあさ・・ 」

「 つう似の、ろくろ首も要らんっ! 」

「 ・・やっぱり・・・? 」


 一樹たちが、吉村の落ちた辺りに来た。

「 吉村~? ドコだ~? 」

「 おお~、ココだ、ココだ~! 」

 道の下の方から、声がする。

 自転車を止め、道脇の草むらに分け入る一樹。

「 さゆりちゃんは、そこで待ってて・・ お~い! 吉村ぁ~? 」

「 コッチ、コッチ! 痛ててて・・・ 」

 ほどなく、吉村を見つけた一樹。 彼を道に引き上げ、前輪が外れた自転車も引っ張り上げた。

「 ナンで、前輪が外れたんだ? 」

「 知らねえよ、そんなん。 イキナリ、外れやがってさあ・・・! 」

 さゆりが、道端にコロがっていた前輪を見つけ、持って来て言った。

「 はい、コレ。 でも、前輪が外れたなんて、聞いた事ないわね 」

 吉村は、さゆりを見とがめ、尋ねた。

「 ・・あれ? あんた・・・ 2組だった、森川か? 」

 どうして、さゆりが一樹と一緒にここへ来たのか、シチュエーションが理解出来ず、不思議なようだ。 一樹も、まさか告白する為に、さゆりを呼び出したとは言えず、慌てて話を繕った。

「 いや、あの、その・・ じ、地蔵さんのトコで、俺の自転車のチェーンが切れちまってさ・・・! 困ってたら、偶然、通り掛かったんだ 」

 言った後で、さゆりと目配せする一樹。 さゆりも、再び顔を赤らめ、頷くと言った。

「 この峠、少し下ったトコに、あたしの親戚があるの。 整体師をしてる叔父さんがいるのよ。 そこへ連れて行った方が良いと思って・・・ 」

「 そりゃ、いいな。 悪ィが、世話になるわ。 痛てて・・・ 」

 状況に納得した、吉村。

 一樹が吉村に肩を貸し、吉村が外れた前輪を持ち、さゆりが自転車を引いて、峠を歩き始めた。


 さゆりの親戚、と言う整体師の家は、すぐ近くにあった。 小さな看板のみの、民家を改築した診療所だ。

 辺りは薄暗くなって来ており、近所の家からは、夕飯の支度の音に混じり、味噌汁の香りも漂って来ている。 街路灯が、2・3回、チラつき、点灯した。

「 道から、落ちたって? どれどれ・・・ 」

 さゆりが、携帯を入れて連絡してあった為、さゆりの叔父という整体師は、診療所を開けて待っていてくれた。 白髪の混じった、50代後半の男性である。

「 ・・捻っただけだな・・・? 吉村さんチは、バアちゃんが、ここに通院してるからね。 よく知ってるよ。 自宅の方には、電話を入れておいた。 親父さんは、まだ仕事だから、奥さんが迎えに来てくれるそうだ。 ただし、夕飯の支度をしてから来るそうだから、しばらく、ここで待ってなさい 」

 吉村の足首に、シップを貼りながら、彼は言った。

 一樹が、彼に尋ねる。

「 すみません、ラジオペンチ、ありませんか? 僕、峠の地蔵さんのトコで、自転車のチェーンが切れちゃって・・・ 」

「 ああ、あるよ。 持って行きなさい 」

「 有難うございます。 明日、学校へ行く時にお返し致します 」

「 直るんかね? 」

「 オーリングを外して、チェーンを1個、抜きます。 だいぶ減っていたから、調整しようと思ってたんです 」

 彼は、吉村の足を治療しながら、さゆりを見ると、意味ありげにウインクして言った。

「 器用なカレだな、さゆりちゃん。 中々、頼もしいじゃないか 」

「 ・・そんな・・ もぉ~う、叔父さん・・・! 」

 顔を真っ赤にして答える、さゆり。


 診療所を出る頃には、辺りは暗くなっていた。

 再び、さゆりを後ろに乗せ、峠道を自転車で登る一樹。

 何とか、弥助たちが望んでいた通りの状況になった。 一樹とさゆり、2人きりである。


 1人でもキツイ峠道を、一樹は、ハアハア言いながら自転車を漕いだ。

 さゆりが言った。

「 一樹クン、いいよ。 降りて歩こうよ。 この坂、2人乗りで登るなんて無茶よ 」

 自転車を止め、肩で息をしながら、一樹が答える。

「 そ・・ そうしてくれる? キッ・・ツうぅ~~~っ! ヘタしたら、さゆりちゃんの自転車のチェーンまで切れちゃうよ・・・! 」

 後輪軸から降りた、さゆり。 一樹も、サドルから降り、自転車を押して歩き始めた。


 所々、電柱に取り付けられた街路灯が、道を照らしている。

 虫の声が聞こえる、静かな峠道・・・ 一樹とさゆりは、お互い、話しのきっかけを模作しながら歩いているようだ。


 無言で歩く2人を透視していた太一が、イライラしながら言った。

「 ・・じれったいな~、もう~・・・ 」

 太一の様子を見た弥助が、注進する。

「 赤鬼は、要らんぞ・・・? ほのぼのとしてて、良いじゃないか。 微笑ましくなるぜ 」

 茂作が言った。

「 だけど、どう見ても奥手だぜ? 2人とも 」

「 このまま、ナニも無く終わるってか? だとしても、押し倒すような風にゃ、持って行くんじゃねえぞ? つう似の、ろくろ首も・・ ぬらりひょんも要らねえからな? ついでに、河童もな 」

 弥助が、茂作をたしなめる。

「 分かってらァ・・ お? 一樹が、何か言うぞ・・・? 」


 ・・・思い詰めたような表情の一樹。 やがて、さゆりに言った。

「 お腹・・ 減ったね・・・? 」

 期待外れの言葉に、太一が、ため息を尽きながら、額に手をやった。

 今度は、さゆりが一樹に言った。

「 あの・・ 一樹クン・・・ 」

 お? という表情で、注視する3仏・・・!

「 ・・何が、好物・・・? 」

 だーっ、と、弥助たちは一斉に、ため息をついた。

 一樹が答える。

「 ・・エビフライ( ぼそっ )・・・ 」

 太一が、足元にあった小石を蹴りながら言った。

「 かアアァーッ! ブッたるんだコト、話してんじゃねえよっ! エビフライなんざ、どーでもええっちゅうんじゃ、コラ! 」

 一樹が追伸する。

「 あと・・ グラタンも好きかな? 」

 茂作も、頭をかきむしりながら言った。

「 ぬああァ~~っ! ムードもナニも、あったモンじゃねえなコイツら! やっぱ、押し倒せ! 男だったら、イカんかいっ! 野獣のようになっ・・! 」

 さすがの弥助も、心配になって来た。

「 う~む・・ 現代っ子にしては、強烈に奥手だな・・・! 何か、手を打たねば・・・ 」

 しかし、これと言って、打開策は見つからない。


 ・・・再び、沈黙した2人。

 その後、2人は、無言のまま歩き続けた・・・

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