第11話、お騒がせキューピット
『 ナンと・・ 2人は、両思いかよ・・・! 』
弥助の声に、茂作が言った。
『 呪ってやろうか? 』
『 人の恋路を、邪魔すんじゃねえよ! なんちゅうホトケじゃ、てめえ 』
『 だって、悔しいじゃねか。 万博だって行ってねえんだぞ? オレは 』
『 どういうカンケーがあるんじゃ、てめえ! サッパリ、ワケ分からんわ。 いっぺん、死ね 』
委員会で下校が遅れた、さゆり・・・ 電車に1本、乗り遅れてしまったようだ。
長い髪を、後で1つに縛り、薄いピンクのヘアバンドで留めている。 前髪を目の辺りで切り揃え、清楚な感じだ。
時刻表で、次の電車時間を確認した後、手首の裏の腕時計を見ながらプラットホームに立ち、落ち着かない様子である。
その頃、峠では、何も知らない男子生徒が自転車にまたがり、ペダルに力を入れた。
『 ・・ち、仕方ねえな・・・ 』
太一が呟く。
次の瞬間、男子生徒の自転車のチェーンが外れた。
スカッと、空を漕ぐペダル。 男子生徒は勢い余って倒れそうになり、慌てて、ハンドルにしがみ付いた。
「 ・・ととっ・・! チェーンが、切れたのか・・・? 」
自転車を降り、スタンドを立てて、垂れ下がっているチェーンを見る。
「 ありゃ~・・ 見事に外れてるな・・! ついてないや・・・ 」
そのまま、しゃがみ込み、カバンの中からティッシュペーパーを出すと、チェーンを摘み、修理に取り掛かった。 歯車に引っ掛け、ペダルを手で回しながら、外れたチェーンを戻そうとする男子生徒。
『 コイツ、慣れてるな? すぐ、直しちまいそうだぞ? 』
弥助が、そう言うと、太一が聞いた。
『 どのくらい、時間を稼げばいいんだ? 』
茂作が答えた。
『 今、電車が来たトコだ。 あと、30分くらいだな 』
『 そんじゃ・・ 』
ペダルに力を入れ、ぐっと回す、男子生徒。 次の瞬間、チェーンは切れてしまった。
「 ・・え? あっ、切れちまった! あっちゃ~・・ どうすんだよォ~・・! 」
ペタンと地面に座り、途方に暮れる男子生徒。
「 ラグビー部に入ってる吉村は、いつも帰りが遅いな・・・ ヤツが通り掛るのを待つか・・・ 2ケツ、させてもらおう 」
男子生徒は、友人が通り掛るのを待つ事にしたようだ。
『 吉村、吉村・・ と・・・ 』
男子生徒の友人らしい吉村、と言う生徒を探索する太一。
『 げえっ・・! すぐソコまで来とるがや・・! 』
太一の目に、峠を自転車で登って来るスポーツ刈り頭の男子生徒の姿が映った。
『 う~ん・・ 仕方ねえな。 悪く思うなよ? 』
・・・イキナリ、彼の乗っている自転車の前輪が外れた。
「 はあアっ・・?! 」
友人の恋路の為とは言え、強制的に、その殉教者にされた可哀想な彼・・・
そのまま彼は、道端の草むらに、自転車ごと突っ込み、放り出された。
「 うわ、うわっ・・ ちょっ、ちょっ・・・! 」
峠道下にあった、水の枯れた小さな用水路にはまり込み、その角で、後頭部をしたたか打ち付ける。
「 うごげっ・・! 」
・・・彼は、気を失った。
『 おめえも、メッチャメチャか・・・? 吉村クンが、可哀想になるわ 』
弥助が言った。
太一は、鼻先を右手で擦りながら答えた。
『 仕方ねえじゃんよ。 大丈夫だ。 気を失ってるだけだ。 ・・お? また、誰か来たぞ? 』
峠を、軽自動車が登って来る。 運転しているのは、中年の女性のようだ。
茂作が言った。
『 ありゃ・・ さゆりちゃんチの、隣のオバはんだ 』
男子生徒とも、顔見知りであろう。 声を掛ければ、乗せてしまうに違いない・・・!
『 ちいいっ・・! 』
太一が舌打ちすると、またしてもイキナリ、軽自動車の右前輪が外れた。
ガクン! と、振動が伝わり、車体がアスファルトに擦れる音が、ガリガリと聞こえ始める。
「 ・・え? ちょっ、ちょっとおおおォ~! 何、何、何、何、何、何、ナニぃ~~~ッ? 」
彼女の目に、外れて楽しそうにコロがって行くタイヤが目に映った。
「 はぁあああ~~~~っ??? 」
車は、そのまま峠道を脇に反れ、草の生い茂る斜面を激走し始める。 バコン、バコンという衝撃に髪を振り乱し、ハンドルを握ったまま、女性は叫んだ。
「 いぎゃああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~!!! 」
車内で飛び交う、買い物のダイコンや白菜・・! 木の枝が、窓からムチのようにしなって進入し、女性の顔面を叩いた。
「 ばぶっ・・! 」
一瞬、顔を真上に上げた中年女性。 車体がジャンプした弾みで、そのまま天井に顔を押し付ける。
「 むぎゅ・・! 」
天井には、真っ赤なルージュの跡が付いた。
のり面を下り切った所で、車は竹ヤブに突っ込み、急停止。 弾みで、フロントガラスに、おでこを激しく打ち付ける。
「 うぎゃっ・・! 」
そのまま、女性は気を失った・・・
弥助が、ため息をつきながら言った。
『 ・・また、メッチャンコするな、おまえ・・・! ナンか、楽しんでないか? 』
太一が答えた。
『 緊急事態じゃ。 許せ、者共 』
『 下界 』で起こっている不幸な事故の事などつゆ知らず、男子生徒は石段に座り、両膝に付いた頬杖にアゴ先を乗せ、ぼんやりと峠道を眺めていた・・・
『 さゆりちゃんが、駅に着いたぞ? ・・ん? 誰だ? アイツ 』
茂作の声に、弥助と太一が、透視を始めた。
駅に着いたさゆり・・・ 自転車置き場から出て来た所へ、別の男子生徒が近付き、声を掛けている。
「 よう、森川! 久し振りじゃんよ 」
「 あら、内藤クン・・! 久し振りね。 今、帰りなの? 」
中学の同級生らしい。
茶髪の髪に、ピアス。 ダボダボの学生ズボンを履いている。
内藤と言う男子が言った。
「 ああ。 ちょっと、ソコの本屋に寄っててよ 」
親指で、後を指す。
さゆりが言った。
「 あ・・ 最近、出来た本屋さんね? 行ったの? どう? 」
内藤は、頭をかきながら答えた。
「 どう? って・・ オレ、本なんて、あんま読まねえから・・・ 雑誌を、ちょっと見てただけだよ。 とりあえず、新しく出来た店なモンでさ・・ 」
太一が、状況を推察して言った。
『 ・・コイツ・・・! さゆりちゃんを、待ち伏せしてやがったみたいだな・・・! 』
弥助が答える。
『 偶然を装ってるワケか。 涙ぐましいねえ~・・・ 』
さゆりが言った。
「 ごめん、内藤クン。 私・・ 今日、急いでるの。 また、携帯にでも連絡してね 」
自転車に乗り、すまなそうな表情で行こうとする、さゆり。
「 ・・あ、オレも帰るよ 」
慌てて、自分の自転車を取りに行く内藤。 彼の心を読んだ太一が、弥助に言った。
『 野郎・・! 告る気だぞ・・・! しかも・・ イザとなったら、さゆりちゃんを押し倒そうって腹だ。 うらやましい・・! 』
『 ・・ナンか、言ったか? おめえ・・・ 』
『 耳鳴りだ。 聞き流せ 』
茂作が、ウキウキしながら言った。
『 ナマか? お? ナマか? 見物出来るんか? おお? 』
弥助が、キレる。
『 いい加減にせんか、てめえらっ! ナニ期待しとんじゃ! ったく、なんちゅうホトケ共じゃ・・! 』
ボソッと、茂作が言った。
『 ・・パンツ、白かな? 』
『 ボコすぞ、てめえっ! 』
茂作は、宙を、ボ~っとした目で彷徨わせながら追伸した。
『 オレ・・ ビミョーに、ブルーで、ボーダー模様だと思うんだがよ・・・? 』
『 だあっとれっ! ナンか? その細かい設定想像はッ・・! 』
石段に座った男子生徒の、後ろの祠の中。
2体の地蔵が、再び、ゴトゴトと揺れ出した・・・
自転車を立ち漕ぎし、急いで峠に向かう、さゆり。 腕時計を見て、時間を確認する。
( 1時間も遅れてる・・! 一樹クン、帰っちゃったかも・・・ あ~ん、最悪・・! やっと、告白してもらったのに~・・! )
さゆりの後を追うように、内藤も自転車を走らせる。
( や・・ やったる・・! やったるぜ・・! そのケツに・・ へ、へへ・・! うぇへへへへへへ・・! )
・・・とても、同じ高校生の心情とは、思えない。
押さえていた気持ちが逆上し、あらぬ方向へと展開しているようだ。 若さゆえの暴発、とでも表現しようか・・・ その行動と想像は、本人にも制御出来ないようである。
( さゆり・・ さゆりいぃ~~~・・! もうすぐ、オレのモンだ。 もうすぐな・・! へ・・ へへへ・・・ うぇへへへへへへへへへへへへへ・・ )
次の瞬間、道路脇の側溝のコンクリート製のフタが、イキナリ外れた。
「 へへへ・・ へばっ・・! 」
側溝に、前輪を落とし込んだ内藤の自転車は急停止し、内藤は、前に投げ出された。 路上をコロがる、内藤。
「 うわだ、たたたたたた・・! 」
酒屋の前に立っていた、懐かしい赤塗りの郵便ポストに激突する。
『 ドゴゴンッ! 』
「 ごはっ・・! 」
向こうから走って来た、幼児の乗った自転車が、その補助輪で内藤の右手をミシッと踏んだ。
「 あぎえっ・・! 」
幼児は、何事も無かったように、楽しそうに走り去って行く。
酒屋の老婆が出て来て、内藤に声を掛けた。
「 ・・大丈夫かね? あんた 」
「 ガキに・・ ガキに、ひき逃げされたァ~・・! ちっくしょォ~・・! 痛てえぇ~・・! 」
「 あたしから見りゃ・・ あんたも、ガキだがね・・・? 」
『 ・・ま、ざっと、こんなモンよ 』
自慢気に言う、太一。
弥助が、透視を続けながら答えた。
『 人を窮地に追いやる手法は、絶品だな、お前・・・ 』
太一の協力を知る由も無く、一樹という男子生徒は、諦めたように立ち上がり、呟いた。
「 ・・誰も来ないな・・・ もう、歩いて帰るか・・・ 」
『 オレに任せておけ・・! 』
茂作がそう言うと、突然、一樹が、顔をしかめ始めた。
「 痛ててて・・・ 突然、腹が・・・! 」
茂作が、弥助に言った。
『 どうする? 漏らさせちまうか? 』
『 やり過ぎだ。 座らせておくぐらいにしとけや 』
茂作は、ニヤニヤしながら言った。
『 でもよ~・・ 漏らした方が、脚本的には面白れえぜ? 』
『 要らん脚本を、書かんでもいい! てめえは、疫病神か 』
『 じゃ、台本だけでも・・ 』
『 要らんっちゅうに! 』
『 でも、原作は・・ 』
『 ンなモン、ねえっ! 』
一樹は、両手で下腹を押さえ、座っていた石段にうずくまった。
「 ナンか・・ 変なモンでも食ったかな・・? 痛ててて・・・! 困ったな~・・ さゆりちゃんにはフラれるし、チェーンは切れるし・・ 今度は、トイレかよ。 弱り目に祟り目とは、この事だぜ、全く・・! 」
やがて、さゆりが、峠道に差し掛かった。
( あ~ん、もう・・! 携帯番号、聞いておけば良かったわ・・・! もう、帰っちゃったかなあ・・・! )
立ち漕ぎをしたまま、峠道に入る、さゆり。
その道端の草むらでは、吉村が白目をむき・・ その下の竹ヤブには、隣のオバちゃんが鼻血を出し・・・ 自分の為に、無残な姿になった知人がいようとは、つゆ知らず、先を急ぐ、さゆり。
弥助が、茂作に言った。
『 よし、茂作! もういいぞ! 』
『 漏らすのか? よし来た! 特盛りのゲリピーを・・ 』
『 たわけっ! ええ加減にせえや、てめえっ! 』
『 ほんじゃ、チビっとだけ・・ 』
『 要らんっちゅうにっ! てめえは、権兵衛の末裔か! 』
立ち漕ぎをしたまま、さゆりがやって来る。
下腹の痛みから、急に開放された一樹。
「 ・・あれ? 腹の痛みが取れたぞ・・・? 丁度いいや、今の内に帰ろう 」
「 一樹クンっ・・! 」
声がした方を振り向く、一樹。
「 さ・・ さゆりちゃん・・・? え・・? さゆりちゃんなの・・・? 」
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