第10話、世代の子ら
山ばかりしか見えなかった峠にも、遠くにかすんで見える下界の平地に、近代建築の家が立ち並ぶようになった。
ジャリ道だった峠道も舗装され、電信柱が立っている。
常夜灯の脇には、街路灯や県道表示板も設置され、真っ暗だった昔の面影はない。
峠を、少し入った所に立てられた尋常小学は、町立の小学校と改められ、朝夕、弥助たちの前を、はしゃぎながら登下校して行く児童たちの姿が見られるようになった。
太一が、弥助に言った。
「 見ろ、弥助。 子供らが、耳に綿の塊をつけているぞ? 」
弥助が答える。
「 防寒具の一種だよ。 暖かそうだな 」
「 耳ン中に、ヒモを入れてるヤツもいるぞ? 新種の、耳掃除機かな? 」
「 小型の蓄音機だよ。 こないだ、足元の石段で、数人の子たちが聴いてたろ? 」
「 あんなモンで、聴こえるのか? う~む・・ 時代の波は、激しいのう~・・! 」
右隣に立っている茂作を見やり、弥助が言った。
「 ・・・まだ寝とる。 コイツ、前に起きたのはいつだ? 」
太一が、大きな伸びをして答えた。
「 大阪万博のあった年だ。 行きてえって、わめいてたからな・・・ ふあぁ~あ・・ 」
首をコキコキ鳴らしながら、太一が続けた。
「 そう言えば、亮太・・ ガンだったらしいな 」
「 亮太? ああ・・ 鼻ヒゲ男の孫か・・・ 享年、65歳は、ちい~と早いな。 親父の水団屋は、随分と繁盛して良かったじゃねえか 」
「 おう。 えれえ繁盛振りだったな。 今じゃ、ビキニのチェーン店本店だしよ 」
「 ビキニじゃねえ! コンビニだ。 間違えんな。 しかも、その呼び方・・ どこにも共通点が、ねえぞ? 」
ビキニのチェーン店・・・ 想像するだけでも、楽しそうではある・・・
弥助たちの話し声で起きたらしい茂作が、突然、わめき出した。
「 オレも、アメリカ館・・ 連れて行け、コラ! 」
弥助が言った。
「 ・・相変わらず、ナニを寝ボケとんじゃ? てめえは 」
「 ロボット館でもいいぞ? お? コラ 」
「 大阪万博は、30年以上前に、閉幕しとるわっ! 落ち着かんかいっ! しかも、何気に凄んどるんじゃ、たわけ! それが、人にモノを頼む態度か? 」
「 ・・・終わってまったのか? 万博 」
「 おう。 太陽の塔だけは、残っとるぞ? 」
「 コロンビア館の・・ あの、木のてっぺんまで、登ってみたかったのに・・・! 」
「 マニアックな名前が、出て来おったな・・・ まあ、無理だと思うが、実現してたら、すっげ~、違和感ある図になっとったろうな 」
太一が、弥助に聞いた。
「 そう言えば・・ 世間に、もてはやされとった桃色娘・・ アレは、どうしてんだ? 」
「 ・・・ダレの事だ? それ 」
摩訶不思議な名前に、弥助が尋ねた。
太一が言う。
「 子供たちが、振り付けのマネして、よう遊んどったがや。 ゆぅ~っほ! とか言ってよ 」
しなを作って、頭の上に掌を開いて見せる、太一。
「 ・・・・・ 」
「 ぽっちゃりしとった娘の方が、好きだったな~ 」
「 もう解散して、おらんわ・・・ 」
「 なにっ? 何でだっ! 」
「 知らんわっ! 」
横スレ状態で、イキナリ、茂作が叫んだ。
「 何だとっ? ひばりは、グループを組んどったんかっ? 1人の方が良いのに! 」
「 ナンで、てめえの記憶は、逆行すんだよっ! 」
空を見上げ、思い出すようにして茂作は追伸した。
「 ごめん・・ ピンキーとセラーズの事か・・・ 」
「 ・・ダレも分からんぞ? その名前・・・! おまえ、メッチャクチャだな・・・ 」
太一が言った。
「 最近の子供らは、ブロマイドを持っとらん。 オレらは、テレビを見れんから、よう分からんわ・・・ そう言えば、キャラメルーズはどうした? 」
弥助が、ため息をつきながら答えた。
「 名前が全然違うが・・ おまえの想像しとるグループも、解散したわ・・・ 」
「 なにっ? ・・じゃ、北海道出身で、長髪で、サングラスかけとったヤツはどうした? ♪長ああぁ~いぃ~・・ とか言って、歌ってたヤツ 」
「 ・・今もおるが、髪の毛が無い 」
「 何と、不気味な・・! じゃ、フリフリの衣装を着て、ブリッ子しとった女子( おなご )は? 珊瑚礁とか、ペンギンのアニメとか・・ パラソルが、どうのこうのとか、歌っとったろうが? 」
「 その娘が、歌ったりCMに出とったが、もう死んだわ 」
「 ・・・・・ 」
沈黙モードに入る、3人・・ いや、3体。
下校途中らしい数人の子供たちが、弥助たちの祠の方へとやって来た。 2人は男の子。 1人は、女の子だ。
女の子が言った。
「 え~? じゃ、ツヨシ君、マリオカード、先生に取り上げられちゃったの? 」
「 ツヨシだけじゃないって! 安藤や、村上だって取られちゃったんだ 」
太っちょの男の子が、答える。
傍らの、小さな背丈の男の子が、口をとがらせながら言った。
「 あの先生、ゲームオタクなんだって! オレらから取り上げたカード、自分のコレクションにしちゃうんだわ、きっと。 彩香ントコは、どうなんだ? 」
「 あたしのクラス? そんなん、取り上げなんてコトはしないよ? 怒られるコトは、あるけど・・・ 」
彩香と呼ばれた女の子は、石段の囲いに腰掛けると答えた。
太っちょの男の子が、石段の上にランドセルを置き、座り込むと言った。
「 なあ、重樹・・ 学校に、カード持って来んのはイカン事だけど・・ 取り上げは、ひどくないか? だって、他にも、ケータイやマンガ持って来るヤツいるけど、あの先生が取り上げるの、カードだけだぜ? 」
重樹と呼ばれた、小柄な男の子が答えた。
「 だからさ、オタクなんだってば・・! あの先生、アニメ同好会の会員なんだぜ? 吉田に話してた、って、コウイチが言ってたもん 」
太っちょの男の子が尋ねる。
「 吉田? あの、アニメ狂の? 」
「 そう! 」
『 学校へは、持って来るんじゃないぞ 』
そんな声に気付いた、重樹が、辺りを見渡す。
太っちょの男の子が言った。
「 どうした? 重樹 」
「 ううん・・? 今、誰かの声がしたような・・・ 」
彩香が、太一の足元に、何かが置いてあるのに気付いた。
「 ? あれ? ナニこれ・・・? 」
彩香が、手にしたものを見て、重樹が叫んだ。
「 カードじゃん・・! 」
太っちょの男の子も、立ち上がり、彩香が手にしたものを見て言った。
「 これ・・ 安藤のじゃん・・・! 村上のもあるぞ! 」
重樹が、数枚を手にして言った。
「 これ、ツヨシのだよ・・・! 」
ぽかんと口を開けたまま、地蔵を見つめる、3人。
重樹が言った。
「 お地蔵さんが、取り返してくれたのかな・・・? 」
彩香が、一笑しながら答える。
「 まさか! きっと、誰かが忘れて行ったものよ 」
「 でも・・ 枚数も合うし・・・ 」
腑に落ちない様子の、重樹。
太っちょの男の子が言った。
「 とにかく、あいつらに返してやろうぜ! それからもう、学校に持って来るのはヤメにしよう。 何か、あの先生のコレクション、増やすのを手伝ってるみたいだしさ。 な? 」
石段の上に置いてあったランドセルを取ると、その中にカードをしまった。
重樹は、石仏をチラっと見ながら答えた。
「 ・・そうだね。 じゃ、帰るか 」
祠を離れる、3人。
重樹は、もう一度、祠の石仏を振り返ると立ち止まり、小さく手を合わせて言った。
「 お地蔵さん、ありがとう・・・! 」
2人の後を、追い掛けて行く重樹。
その後姿を見ながら、弥助が言った。
「 おせっかいは、ドッチだよ、太一・・・? 」
太一は、台座の上にあぐらをかくと、答えた。
「 だってよ~・・ 大人のクセに、子供からモノを巻き上げてコレクションにするのは許せねえだろ? アイツの家に、たんまりとあったぜ? あのカード。 ナニが、そんなに面白えんだろね~・・・ 」
茂作が言った。
「 ペコちゃん人形も、大小、いくつかあったが・・ ありゃナンだ? 魔除けか? 」
太一も言う。
「 リカちゃん人形や、バービーもあったぞ? しかも、未開封・・・! もしかして、筋金入りのコレクターじゃねえのか? 」
弥助が、2人・・ いや、2体を制した。
「 シッ・・! また、誰か来たぞ・・・! 太一、早よ立て 」
高校生くらいの男子生徒が、自転車でやって来た。
隣町の駅から、近くにある街の高校に通っている生徒らしい。
男子生徒は、自転車を祠の脇に止めると、腕時計を見た。
小さなため息をつき、自転車を降りる男子生徒・・・
ポケットからサイフを出すと、中から小銭を取り出し、賽銭箱に入れる。
手を合わせると、願掛けを始めた。
『 ・・プッ! コイツ・・ 恋文を出した相手と、ココで待ち合わせらしいぞ? 』
太一が、弥助に言った。 ちなみに、この声は、人間界では聞き取れない。
弥助が言った。
『 茶化すな。 ヤツはマジだ・・・ さゆりって、誰だ? 』
茂作が答える。
『 峠を下った、右側の家の子だ。 すんげ~血は薄いが、お千代ちゃんの末裔だ。 ちなみに、この男子生徒は、亮太の叔母の、娘の次男だ 』
弥助が言った。
『 ふ~ん・・ おめえ、そういうコトだけは、詳しいんだな 』
『 ・・バカにしてんな? 』
『 たわけ、感心してやってんだろが 』
『 今、たわけって言ったがや! オレは、たわけじゃねえぞ! てめえ、ちょっと万博行ったからって、威張りやがって! 』
『 ワケ分かんねえコト、言ってんじゃねえわっ! ナンで、万博が出て来んだよっ! しかも、行ってないし! 』
『 オレは、空中ビュッフェに乗りたかったんだよ、てめえっ! 』
『 知るか、そんなモン! おめえも、マニアか 』
『 松下館には、タイムカプセルもあったんだぞっ! 丸くてな~・・ フタが、パカッと開くんじゃ! どうだ、てめえ! 』
『 だからどうしたっ? 意味不明だわ、お前! ついでに、意識不明にしたろか? 』
・・・2体の石仏が、ビミョーに、ゴトゴトと動いている・・・
石段に、腰を下ろしていた男子生徒が、また腕時計を見た。
再び、小さなため息・・・
太一が言った。
『 待たされてるな・・・ 』
再び、腕時計を見る、男子生徒。
「 ・・やはり、来ない・・・ か・・ 」
そう呟き、立ち上がった男子生徒。
太一が、相手の『 さゆり 』という女性を探す・・・
『 ・・遅れているみたいだぜ? 電車に、1本乗り遅れてる・・・ 』
茂作とのコントを中断し、弥助が言った。
『 その気があるのか? その、さゆりっていう子は 』
太一は言った。
『 探ってみな。 結構、面白いぜ? 』
そう言われ、さゆりを探し始める、弥助。 茂作も、加わった・・・
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