第9話、水団汁
真っ暗な星空・・・
遥か南の夜空が、赤く染まっている。 火事のようだ。 それも、かなり規模が大きい・・・!
「 起きろ、弥助・太一! 見ろ、あれ! どえりゃー火事だに 」
茂作の声に、弥助が答えた。
「 ・・空襲だよ。 アメリカって国の飛行機が、名古屋の街に爆弾を落としてるんだ 」
茂作が尋ねた。
「 あめりか・・ って、どこの国じゃ? 阿波の国辺りか? 」
「 たわけ、外国だよ 」
「 なにっ? 異国に、ヤラレてんのか? そりゃ、エゲレスや・・ ポルトガルより強ええんか? 」
「 ・・・おめえ、たまには起きろ。 浦島太郎状態になってんじゃねえかよ 」
茂作が、弥助に尋ねた。
「 今、何年? 」
「 昭和20年だ 」
「 またまた、聞いた事のねえ年号だな・・・ ひこーき、って・・ ナンか? 」
「 空飛ぶ機械だよ。 人とか、荷物とか載せてよ・・ 外国まで、ひとっ飛びじゃ 」
「 なにっ? そんな凄げえモンがあるんか? オレにも乗させろ!」
「 地蔵が乗れるか! 」
太一が、あくびをしながら言った。
「 ふああ~・・ その、飛行機のデカイやつで、空から爆弾、落としてんだよ・・ 」
茂作が納得して言った。
「 なるほど。 頭、良いのう~! 」
弥助は言った。
「 感心してる場合か。 そのうち、我が国は全部、焼き払われるぞ? 」
太一が、赤く照らされた南の夜空を見ながら言った。
「 名古屋は、ほぼ全滅だな・・・ 江戸時代からあった徳川さまのお城も、焼け落ちたようだ 」
心配そうに、茂作が言った。
「 その、アメリカって国の雑兵どもが、この峠まで来る事は、ねえだろうな? 」
弥助が答える。
「 こんなトコ来たって、何もねえじゃねえか 」
弥助は続けた。
「 ・・まあ、都会にゃ、攻めて来る可能性はあるな・・・! 」
じっと、目を瞑っていた太一が言った。
「 ・・おい、あの鼻ヒゲ男の息子・・・ 火の中を逃げ惑ってるぞ? 」
どうやら、名古屋市内を透視しているようだ。
弥助・茂作も、目を閉じ、遥か南の街の中を探し始めた。
太一が言った。
「 飛行機を作っている、でっかい工場の近くだ・・・ 見えるか? 空から、爆弾が降って来てる。 一緒に逃げてるのは・・ 嫁と子供のようだな・・・ 」
弥助が答えた。
「 ああ、見える。 凄い火事だな・・! 逃げ場なんぞ、ありゃせんぞ・・・? 」
茂作が言った。
「 ・・ナンだ? ヤツの工場の脇に、地蔵があるぞ? 3体あるな 」
太一が説明をする。
「 改心して、商売が成功したのは、オレたちのお陰だと思ってるらしい。 あの、鼻ヒゲ野郎が、自分ちの工場敷地内に建てたのさ。 ヤツ自身は、随分前に死んでるが、息子共は感心にも、毎日拝んでら。 結構、立派なモンだろ? 洗い手場まである 」
弥助が叫んだ。
「 ・・ソッチは、ダメだっ! 爆弾が落ちて来るぞ! ・・たわけ! ソッチは、火の手が・・・! その、洗い手場の石の下に潜り込めッ! 洗い手場だっ・・! 手洗い場の石の下だっ! そうそう・・! しばらく、そこでじっとしてろ 」
太一が言った。
「 助けたのか? おめえは、お人良しじゃのう~ 」
「 確かに、鼻ヒゲは詐欺師だったが、改心したじゃないか。 それに、ヤツの息子や、嫁・孫たちには、何の罪も無い 」
茂作が言った。
「 あの嫁さん、つうに似てるな・・・ 」
「 てめえは、ソレばっかだな! いい加減にせえや! 女を見ると、つうに見えるんか?おめえ 」
その夜・・・ 名古屋の上空は、夜明け近くまで、赤く染まっていた・・・
「 ・・もう、出て来てもいいぞ。 狭かっただろう? さあ、おいで 」
顔を、すすで真っ黒にした男が、洗い手場の大きな石の下の隙間から出て来て言った。
辺りには、一面に煙が立ち込め、きな臭い。 周辺では、まだ火の手が上がっている。
洗い手場に倒れ掛かって来ていた建築物の残骸を押し上げ、出口を広げると、5歳位の小さな男の子が、石の下から這い出て来た。
「 怖かったよう、お父さん~・・・! 」
「 よしよし、もう大丈夫だ。 ・・民江、良子は大丈夫か? 」
男の子を抱き抱え、石の下に声を掛ける男。
3歳位の女の子が、母親らしい両手に押され、石の下から出て来た。
「 お洋服、汚れちゃったよ? お父さんの顔、真っ黒~! ヘンなの~ 」
妻らしい女性が出て来て、言った。
「 ・・全部、焼けちゃったわね、あなた・・・ 」
男は、女の子と男の子、妻らしき女性を抱き寄せると答えた。
「 家族4人、命があっただけでも良し、としなきゃな・・・! 」
・・・煙が立ち上る工場跡・・・
周りの民家も工場も、全てが破壊し尽くされている。 近くにあった土蔵の窓からは、まだ激しく火が噴き上がっており、傾いた電柱からは、垂れ下がった電線が、燃える導火線のように火を放っていた・・・
それらを眺めながら、妻が言った。
「 ・・この、手洗い石のお陰ね・・・! 私たち、お地蔵様に助けられたんだわ・・・ 」
男も言った。
「 逃げる途中、声がしたんだ・・・ 『 洗い手場の下・・ 手洗い場の石の下だ 』ってな。 あれは絶対、地蔵様の導きに違いない・・! この地蔵様は、親父に悟りを開いてくれた地蔵様の身代わりなんだそうだ。 ・・親父、毎日拝んでいたもんな 」
傍らに立つ3体の地蔵の脇で、辺りの惨状を見渡しながら、男は続けた。
「 跡形も無く、全部、焼け落ちたか・・・ 無一文ってヤツだな・・・ なんか、サッパリしたよ。 親父も、若い頃、犬山( 愛知県北部の町 )の田舎から出て来て・・・ 鍋や、ヤカンを売って、身を立てたんだ。 俺たちだって、頑張れば出来る・・! 俺らには、地蔵様が付いてるんだぞ? ・・頑張ろう。 な? 民江 」
妻は、優しく微笑みながら頷いた。
「 お地蔵様の杖が、無いよ? 」
女の子が、地蔵を指差しながら言った。 きっと、爆風の衝撃で、どこかに飛んで行ってしまったのだろう。 3体の内、向かって一番右の地蔵の手にあった錫杖が無い。
「 コレで、どうかな? お父さん! 」
男の子が、足元に落ちていた鉄製の火箸を拾い、男に渡した。 端には丸い輪も付いており、見ようによっては、錫杖に見える。 男は、輪から片方の火箸を外すと、地蔵の手にある穴に挿した。
何となく、錫杖に見える。
「 しばらくは、コレで我慢してもらおう。 亮太、地蔵様の周りを片付けなさい。 鉄には、触るんじゃないぞ? まだ熱いからな 」
「 うん、分かった! 」
腰のベルトに引っ掛けてあった手拭いを取り、女の子に渡しながら、男は言った。
「 良子、この手拭いで、地蔵様のお顔を拭いてあげなさい 」
「 はあ~い 」
男は、手に残った片方の鉄火箸を見つめ、気付いたように言った。
「 ・・そうだ、鉄を売ろう・・・! 工場の機械も鉄骨も、使い物にはならん。 だけど、鉄には違いない。 鉄は、不足してるはずだから、高く売れるぞ・・! 」
民江が、両手を胸で組み、嬉しそうに提案した。
「 それで、水団( すいとん:水で練った小麦粉を、だし汁で煮たもの )汁を作って、駅前で売りましょうよ、あなた! 小さなお店を持つのって、私、夢だったの 」
「 店か・・・ そうだな。 店だったら、残業してても、一緒にいられるな・・! うん、そうするか! 」
亮太が、嬉しそうに言った。
「 お店屋さん、するの? お父さん! 」
「 ちゃんと、お母さんの事、手伝えるか? 亮太 」
「 もちろんだよ! やったぁ~、いいぞう~! 」
良子も、嬉しそうに民江に言った。
「 お母さん、お母さんっ! おにぎりも作ろうねっ! あたし、おにぎり、握れるよ? 」
民江が、笑いながら答える。
「 お米が、手に入ったらね。 今は、配給制だから、なかなか手に入らないのよ・・・ それより、お団子、作ろうか? 骨せんべいも、良いわね 」
「 あたし、イワシの骨せんべい、好き~! 」
亮太が、良子に言った。
「 お前が食べて、どうするんだよ。 お客さんに売るんだぞ? 」
「 ちょこっとくらいなら、良いでしょ? お兄ちゃんにも、あげる! 」
「 ・・それなら、いいかな? 」
昭和、20年8月。
日本は終戦を迎え、民衆を苦しみ続けた太平洋戦争は、ようやく終結した・・・
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