第8話、改心への導き

 1台の荷馬車が、峠を登って来た。

 馬に引かせた大八車に大きなノコギリなどの道具を積み、薄汚れた作業着を着た4人の男たちが、大八の後から続いて登って来る。 男たちに混じって、あの鼻ヒゲの男もいた。

 時刻は、昼を少し過ぎたところだろうか・・・ 鼻ヒゲの男が言った。

「 ようし、ここだ。 とりあえず、地蔵さんの周りから始めてくれ。 工事が始まれば、資材置き場なんぞが必要になる。 邪魔な木は、片っ端から切ってくれ 」

 鉢巻を頭に巻いた男が、尋ねた。

「 この木は、地蔵さんの木じゃねえのかい? いいのかねえ~、切っちまっても・・・ 」

 鼻ヒゲ男が言う。

「 オレの土地なんだから、構わないよ。 ・・でも、ちょっとコワイな・・・ う~ん・・ フチの方から、やってもらおうか 」

 傍らにいた若い男が、鉢巻の男に言った。

「 親方・・ 祟りがあるかもしんねえよ? この地蔵様は、昔から、いわれのある地蔵様だしよ・・・! 」

 心配顔になる、鉢巻の男。

「 ・・う~む・・ 気が進まんな・・・ 」

 鼻ヒゲの男が、せかすように言った。

「 とにかく、やってくれ! 駄賃は、弾むからよ。 頼むよ 」

 渋々、辺りにあった大きな楠木に着手する男たち。

 鉢巻の男が言った。

「 谷の方へ倒そう。 間違っても、地蔵様の方へは倒すなよ? 」

「 あいよ! 」

 大八の荷台から持って来た大きなノコギリを楠木に当て、作業に取り掛かる。

 男が、ゴリッと、ノコギリの歯を引いた。


『 痛てっ・・! 』


 どこからともなく、声が聞こえる。

「 ・・・・・ 」

 ノコギリを引いた、男の手が止まった。

「 どうした? 」

 傍らにいた、ハゲ頭の男が聞く。

「 ・・いや・・ 気のせいか・・・ 」

 もう1度、ノコギリを引く。


『 痛ててっ・・! 』


「 ! 」

 ノコギリの柄から、慌てて手を離す男。

 ハゲ頭の男が、再び、聞いた。

「 おい、どうしたんだよ? 」

「 いいい・・ い、今・・ 聞こえたろ・・・? 」

「 何が? 」

「 何がって・・・ 痛いって、言ったぞ? この木・・・! 」

 男の顔は、真っ青である。

 ハゲ頭の男が、一笑しながら言った。

「 ははは! 何をバカな事、言ってんだよ・・・! 」

 代わって、ノコギリの柄を掴み、歯を引こうとするハゲ頭の男。 はたして彼の耳にも、声は聞こえた。


『 痛いって、言ってんだろ? ハゲ! 』


「 ! 」

 ビクッとして、慌てて辺りを見渡す、ハゲ頭の男。


 ・・・辺りには、当然、誰もいない・・・


 傍らに立っていた、鉢巻を頭に巻いた親方を見ると、親方は、顔面蒼白になっていた・・・

 ハゲ頭の男が言った。

「 き・・ 聞こえたか・・? 親方も・・・ 」

 ・・・無言で頷く、親方。

 ハゲ頭の男は、ゴクリと生唾を飲み込むと、後方で、大八の荷台に広げた地図を見ていた鼻ヒゲの男に言った。

「 ・・あ・・ あンのぉ~・・・ アッチの木から、やって・・ いいかね・・・? 」

 地蔵の、横の方にある柿の木を指しながら言うと、鼻ヒゲの男は、地図を見たまま答えた。

「 んん~・・? ああ、いいよ。 早くやってくれ 」

 気を取り直して、柿の木に取り付く男たち。

 ノコギリの歯を柿木に当て、ハゲ頭の男が言った。

「 ・・い、いいか・・・? やるぞ・・・? 」

「 お・・ おう。 やれ・・・! 」

 ノコギリの柄を、ぐっと握り締め、構える。


『 柿が、食えなくなるのう~・・・ 』


 また、声が聞こえた。

「 ・・ひえぇっ・・! 」

 慌ててノコギリの柄を離し、その場を飛び退く、ハゲ頭の男。 ぺたんと、しりもちを着き、口をパクパクさせている。

「 ・・しゃ、しゃ、しゃ・・ 喋りおった・・・! この木も・・・! 」

 若い男が言った。

「 や・・ やっぱり、祟りがあるんだよっ・・! 言い伝えじゃ、その昔・・ この地蔵様は、山賊を退治したり、人間を木に変えたりしたそうだぞっ・・? 」

 親方は、歯の根が合わないくらい、歯をガチガチと鳴らしている。

 ハゲ頭の男は、ノコギリを放り出し、地蔵の祠の前へ走り寄ると手を合わせ、念仏を唱え出した。

「 はああぁ~~・・ なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだぶうぅ~~~~・・! 地蔵様ァ~、オレたちゃ、山賊でも何でもねえ~! 木に、変えねえでくれえぇ~・・!」

 親方は、我を忘れ、柿の木を見つめたまま、立ち尽くしている。

 若い男と、もう1人の男も、ハゲ頭の男の横に走り寄り、一緒に、念仏を唱え出した。

「 なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・! 」

 ふと、若い男が地蔵を見上げると、太一が、祠の木格子に両手で取り付き、じっと若い男の方を見ていた。

「 ・・ひ、ひゃあああっ・・! 」

 後に飛び退き、驚く男。

「 ど、どうした? 三郎・・・ ん? うっ、うわ、うわわわわわわわわっ・・! 」

 ハゲ頭の男も、太一の姿を見て、叫び声を上げた。 もう1人の男は、恐怖に顔を引きつらせ、口を開けたままだ。 ・・ふと、茂作を見た。


・・・背中をかいている、茂作・・・


「 あわ、あわ・・ あわわわわわ・・・! 」

 逃げ出そうとしたが、腰が抜け、3人とも立てないようだ。 柿の木を見つめたまま、立ち尽くしている親方の方へ、四つん這いになり、這いずって行く3人。

「 お、おや・・ おや・・かたっ・・! たっ・・ 大変だっ・・! 地蔵様が・・・! 」


 ・・・親方は、失禁していた。

 ついでに、流動タイプの脱糞も、していた。


「 うわ、汚ねえっ・・! 漏らしちまってるわ・・! 」

「 親方! 帰るぞっ! ここは、荒らしちゃイカンのだて。 地蔵様の敷地なんだわ・・・! 木を切り倒して、資材置き場にするだなんて・・ とんでもねえこった・・! 」

 放心状態の親方の袖を掴み、帰ろうとして振り返った3人。 何と、その前には、台座を下りた、3体の地蔵が立っていた。

「 どっ・・ どぅわああああ~~~っ! 」

 騒々しさに、見ていた地図から顔を上げ、鼻ヒゲの男が言った。

「 どうした・・? 何やってんだ? おまえら 」

 4人の男たちが、血相を変えて、こちらに走って来る。

 そのまま、鼻ヒゲの男の横を走り抜けた。

「 お、おい、こら・・! ドコへ行くっ! 待たんか、おまえらっ・・! 」

 4人の男たちは、鼻ヒゲの男には目もくれず、一目散に、峠を下りて行った。

「 何だ、あいつら・・・! 」

 鼻ヒゲの男の横に来て、逃げて行く4人を見送りながら、太一が言った。

「 やれやれ・・ 人足に、逃げられちまったのかい? 」

 チラっと、太一を見た鼻ヒゲの男が言った。

「 ・・そうらしいな。 参ったよ・・ って、おぅわあああっ・・! 」

 地図を放り出し、しりもちを着きながら叫ぶ。 転んだ男の横で、茂作が言った。

「 オレらで良ければ、手伝おうか? 」

 茂作の方を見ながら言う、鼻ヒゲの男。

「 ・・え? そりゃ、助かるわわわああああああ~~~ッ! 」

 男の脳天に、錫状が振り下ろされた。

『 ゴゴンッ! 』

「 うぼっ・・! 」

 男の後ろから、錫杖を掌でポンポンと叩きながら、弥助が言った。

「 ・・・あそこの土地は、新之助のモンだよな? 」

 頭を押さえながら、男は言った。

「 ひええ・・! い、いや、あの・・ ち・・ 違うて! お、お、お・・ オレんだて・・・! 」

 太一が言う。

「 ウソこけ、コラっ! 証書見せてみい! 」

「 しょ・・ しょしょしょ、証書は・・ こっ、こっ、コレだ・・・! 」

 鼻ひげの男は、上着の内ポケットから、証書らしき書類を出して見せた。


 ナニやら、難しい文章が書いてあるが、どうもウサン臭い・・・


 弥助が、覗き込みながら言った。

「 ・・・知事のハンコが無いぞ? 」

 アセりながら答える、男。

「 あ・・ 多分、忘れてまったんだわ 」

「 トボケんな、コラァっ! ンなモン、忘れるか! おお? こらァ! 」

 茂作が凄む。 相変わらず、そこいらのゴロつきのようである。

 男は、地面にひれ伏すと、鼻先を、地面に擦り付けながら謝った。

「 す、すすすっ・・ すいませんでした! カカカ・・ カッ、カッ・・ カンベンして下さい! お願いしますぅ~、地蔵様あァ~・・・! 」

 無言の3人・・ いや、3体。

 しばらく、沈黙が流れた・・・


「 ・・・・・ 」


 あまりに長い沈黙の為、恐る恐る、顔を上げる男。

 地蔵は、元通りに祠の中に立っている・・・

「 ・・・・・ 」

 ゆっくりと立ち上がる、男。

「 ・・ゆ・・ 夢を見ていたのか・・・? 」

 頭に手をやると、後頭部には、しっかりとタンコブが出来ていた。

 地蔵は、何も無かったかのように、整然と鎮座している・・・

 鼻ヒゲの男は、呟いた。

「 新之助は・・・ この地蔵から導きを受け、財を成したと言ってたな・・・ 」

 服の汚れを払い、地蔵の祠に近付く。


 ・・・地蔵は、動かない。


 恐る恐る、祠をのぞき込む男・・・

 地蔵には、何も変わりは無い。

 長い年月によって風化した、起伏の薄い顔・・・ 赤い頭巾・・・


 耳違いの地蔵に向かって、男は言った。

「 地蔵様・・・ オレを、許してくれるんか? 」

 男は、頭に出来たタンコブを擦りながら、続けた。

「 で~ら~、痛かったわ・・ 地蔵様・・・! オレ・・ 出直すわ・・・ 見とってちょう 」


 その後、男は、名古屋へ出て、金物屋から身を起こし、小さな鉄鋼場を持った。


 やがて、折からの軍需景気で、男の会社は一気に急成長をする。

 小さかった男の会社は、いつしか、大きな鉄鋼所を幾つも有する、地域では有名な、一大鉄鋼メーカーになったと言う・・・

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