第7話、詐欺師

 明治16年。

 弥助たちの祠は、新之助の手により、立派に改装された。

 古い石段と台座は、そのままであったが、それを囲うように、仏閣を思わせるような大屋根が出来たのだ。

 朽ちかけていた賽銭箱も、ヒノキ板に金具を付けた立派なものに替えられ、石燈篭の常夜灯も、2基、設置された。


「 村が、生糸で潤ったのは、新之助さんのおかげだ 」

「 儲け方を、村中に教えて下さるなんてなぁ・・ 有難いこっちゃ 」

「 峠の地蔵様のお告げだ、ちゅう話しじゃぞ? 」

「 なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・ 」


 新之助が、事あるごとに地蔵を大切にした為、村人もそれに倣い、峠の地蔵は、村の宝のように扱われた。


 それから、また時は流れる・・・


 祠の脇の峠道を、1台の自動車が、ガタゴトと通り過ぎて行く。

 それを見て、太一が言った。

「 おいっ! 今の、見たか・・? 大八( だいはち:荷車の事 )が、1人で走って行ったぞ・・・! 」

 弥助が言った。

「 自動クルマだよ。 油を燃やして、走るんだと 」

「 なにっ? 油を燃やすだと? 火事になっちまうじゃねえか 」

「 細けえコトは、知らねえよ! とにかく、西洋から入って来た機械だ。 都会じゃ、結構に走ってるらしいぜ? 」

「 ふ~ん・・ 初めて見たな。 まあ、馬と違い、飼い葉をやらなくても済むから、便利だな。 道に、クソも落とさねえしよ 」

「 この辺じゃ、まだ珍しいな。 オレも、3年くらい前か・・・ 前に止まってたのを見たのが最初だからな 」

 太一が、身を乗り出して言った。

「 なにっ? 目の前にいたのか? てめえ、ナンでオレを起こさん! 1人だけで楽しみやがって 」

「 呼んだのに、起きなかったじゃねえか 」

「 そんなん、知らねえぞ! 」

 茂作も起きたらしく、言った。

「 ・・うっるせえなあ~、もぉう・・・ おつうが、どうしたって・・? 」

 弥助が言った。

「 ナニ、すっトボケた事、言ってんだ、おめえは。 つうなんざ、350年くらい前に死んどるぞ? 今は、大正6年だ 」

 その時、先ほど通り過ぎて行った自動車が戻って来た。 峠道を反れ、弥助たちの祠の方へ入って来る。

 茂作が、ウロたえて言った。

「 ・・う、うわっ! ナンじゃ、ありゃ? コッチに来る・・・! 」

 弥助が、茂作を制する。

「 オタつくな・・! 自動クルマと言う、新型の機械だよ。 人を乗せて動くんだ 」

 自動車は、祠の前で止まった。 ブルン、ブルン、と言うエンジン音も止まる。

 運転席から、1人の男が降りて来て言った。

「 やはり、隣村の手前の道が、細くて行けんな・・・ 地図を見せてくれ 」

 助手席から、鼻ヒゲを生やした男が、地図を片手に降りて来た。

 2人とも、ハイカラーのワイシャツに、スリーピースの背広を着ており、役人のようである。

 ヒゲの男が、車のボンネットの上に、地図を広げ、言った。

「 やはり、そこの斜面を均した方が、良いかと存じますぞ? 」

 運転していた男が答える。

「 う~む・・・ なるべく、隣村との境にあった方が、ドッチから来るにも良さそうだしな・・・ 見たところ、なだらかな斜面は、そこしか無さそうだ。 よし、早速、測量をさせよう 」

 弥助たちの後ろ辺りに立ち、男らは、景色のあちこちを指差しながら検討していたが、やがて、再び車に乗り込むと、峠を下って行った。


 ・・・どうやら、何かを建てるらしい。


 太一が、弥助に聞いた。

「 何が、おっぱじまるんだ? 」

 弥助が答える。

「 よく分からんが・・・ 役人のようだったな 」

 茂作が言った。

「 銭湯でも、建ててくれねえかな? 出来れば、露天がいい 」

 弥助が答える。

「 温泉ならまだしも、銭湯なんざ、こんな峠に出来るか 」

 その時、1人の男が来た。 ・・いや、現れた。

「 お久し振りです。 弥助さん、太一さん、茂作 」

「 てめえっ! ナンでオレだけ、呼び捨てなんだよ! 」

 現れたのは、2年前に亡くなった、新之助だった。

 新之助が言った。

「 だって、茂作・・ オレの葬式の時、棺でココを通ったら、言ってくれたじゃないか。 『 これからは、ダチだ。 遠慮無く、タメでいこうぜ 』って・・・ 」

「 それとコレとは、話しが違わい! てめえは、おっ死んで、まだ2年だぞ? オレたちゃ、300年以上経ってんだ。 年季、ってモンを考えんか! 」

 弥助が言った。

「 あまり、イバる事じゃねえと思うが・・・? 」

 仕方ない、と言うような表情で、新之助は言った。

「 分かったよ、茂作さん・・ コレで、イイか? 」

「 おう、分かりゃイイんじゃ。 ・・・んで、ナニしに来た? もう、天界が退屈になったのか? 」

 太一も言った。

「 真っ昼間に、出て来るとは、どういう了見よ? 」

 新之助が答える。

「 今の、役人の件だよ。 実は、そこの斜面を平らにして、学校を建てる事になったんだ 」

「 学校・・・? 寺子屋か? 」

 太一の問いに、新之助は答えた。

「 尋常小学だよ。 これからは、百姓も勉学が出来るんだ。 都会じゃ、あちこちに出来てるが、ここは田舎だでな・・・ 隣村と合同で、やっと出来るんだ 」

「 ふ~ん・・・ で? ナンでお前が、ワザワザ出て来たんだ? 」

 弥助の問いに、新之助は答えた。

「 実は、そこの土地は、オレのモンだからよ 」

 太一が言った。

「 なにっ? てめえ、そんな土地持ちだったんか? 」

「 そうだよ? 茂作さんの言う通り、生糸を始めて、エライ儲かったでよ。 あちこちの山、買ったんだわ。 その山も、そうだし・・ 向こうの山も、そうだでよ 」

 弥助たちの、後ろに見える山々を指差し、新之助は答える。

 太一が言った。

「 ・・てめえ~・・ 随分と、羽振りが良かったみたいだな・・! アッチの山にゃ、アカマツの林があってよ。 マツタケが、ボコボコ生えとる。 今度、一緒に採りに行くか? マツタケ汁、うめ~ぞ? 」


 ・・・地蔵が、マツタケを採る姿も見ものだが、ナベでマツタケを煮ている姿も、なかなかブキミである。


 茂作が言った。

「 ついでにワナ仕掛けて、イノシシでも採るか。 シシ鍋も、オツだぞ? 」

 弥助が、たしなめる。

「 おめえら、なんちゅうホトケじゃ。 殺生する地蔵なんか、聞いたコトねえぞ? 弥勒様が現れなすったら、おめえら、2人とも地獄行きじゃ 」

 茂作が言った。

「 昔、山賊を、退治したじゃねえか 」

「 ありゃおめえ、天誅じゃ 」

 太一が言った。

「 よし、じゃあ、とりあえずマツタケ、採りに行くか! 新之助、付いて来い! 」

「 たわけ! ナンで、そうなるんだよ! 新之助の、話しを聞くのが先だろ? 」

 再び、たしなめる弥助に、茂作が言った。

「 仕方ねえな・・・ んじゃ、オレは、ワナ作るでよ 」

「 違うっちゅうに! 意味の分かんねえコト、言ってんじゃねえよ! ナニが、『 仕方ねえ 』んだ? てめえは! 」

 新之助が、ボソッと言った。

「 相変わらずじゃのう・・・ 」


 新之助が言うには、役人は、騙されているとの事である。

 山の所有権を持っているように見せ掛け、不動産代金を、騙し取ろうとしているのだ。 どうやら、先ほどの鼻ヒゲの男が、詐欺師のようである。

「 山の所有権を持っているのは、オレしか知らないコトなんだ。 倅( せがれ:自分の息子の事 )に継がせようとしてたんだけど・・ オレ、心臓発作で急死しちまったから、誰にも話していないんだ。 あの詐欺師・・ オレが山を買った不動産屋と、顔見知りだからな・・・ 不動産屋から、話を聞いたんだろう 」

「 なるほど・・ せっかく学校が建つのに、予算が無くなっちまうと、計画も遅れちまうな 」

 車座になって新之助の話を聞いていた弥助が、腕を組みながら言った。

 新之助が答える。

「 せっかく、村の子供たちに教育を教えられるのに・・ これじゃ、子供たちが可哀想だ 」

 太一が、提案する。

「 あの詐欺師、山ン中、迷い込ませて、のたれ死にさせたろか? 」

「 ・・ナンで、おめえの考えは、そう短絡的なんだ? 」

 弥助が、ため息をつきながら言った。

 得意顔をしながら、茂作が言う。

「 オレに任せろ。 呪い殺したる・・・! 」

 茂作の頭を小突きながら、弥助が言った。

「 おめえは、妖怪か、っちゅうの・・! 絶対、任せん 」

 太一が、また提案した。

「 ・・あ、じゃあ、コレはどうよ? 車ごと、谷に落とすってのは 」

「 却下だな・・ 」

 素っ気無く拒否する、弥助。

 太一が、次々と、提案し始めた。

「 じゃあ、岩を落として、ブチ殺す 」

「 却下 」

「 木を倒して、ブッ太い枝で一突き、ってのは? 」

「 それも、却下 」

「 谷から、突き落として、グッチャンコに・・ 」

「 却下だ! 」

「 突然、赤鬼が出て来て・・ 」

「 却ァ~下ッ! 」

「 てめえ、途中で言うなっ! 最後まで言わせんか! 」

「 聞かずとも却下だわっ! ナニが、赤鬼じゃ! しかも、突然って、ナンだ・・? 歩いとったら、『 ほほ~い 』とか言って、出て来るんか? 支離滅裂だがや! 」

 茂作が言った。

「 じゃ、青鬼が出て来てさ、トゲの付いたこん棒で・・ 」

「 却下ッ! 色が違うだけだがや! ・・白鬼も却下だ! ついでに、黒鬼もな! 」

「 じゃ、紫鬼が・・ 」

「 おるか、そんなモン! 勝手に、創作すんじゃねえ! だいたい、キモチ悪りい! 」

「 桃色鬼なら・・ 」

「 やめいっ! そんなモン、桃太郎にも出て来んわ! ・・おめえら、400年近く地蔵やってて、そんな案しか出んのか? 」

 新之助が、また呟いた。

「 ・・相変わらずじゃのう~・・・ 」

 太一が、自信満々に言った。

「 よし! これなら、どうだ・・? 今度、ヤツが来たら、まずオレたちの方に、気を向かせるんだ・・ 」

「 お? ふんふん・・ それで・・? 」

 やっと、マトモな展開で始まった太一の提案に、身を乗り出し、聞き入る弥助。

 太一は続けた。

「 で、イキナリ、ぬらりひょんに化けてビックリさせてよ、ヤツの心臓を止める 」

「 ・・・・・ 」

「 どうよ? 」

「 ・・おめえは、たわけだ 」

「 ナンだと、コラァッ! 」

 茂作が、太一を制し、言った。

「 まあまあ、待て、太一・・! いいか? ぬらりひょんが、いけねえな・・・! やっぱ、ここは、おつう似の、ろくろ首が出て来なくちゃ、話しが面白くならねえ 」

 弥助が、顔を真っ赤にして怒る。

「 てめえも、あと数百年くらい寝とけっ! ナンで、話しを面白くする必要があんだよ! おめえらが、楽しいだけだろうがっ! 」

「 ・・河童の方が、良かったか? おつう似の。 ・・ププッ! 見ものだぜ 」

「 ぶち殺すぞ、てめえはっ! 」

 錫杖の先で、茂作の顔面を小突く、弥助。

 しばらく、小突かれた部分を、片手でさすっていた茂作・・・

 やがて無言のまま、ゆらりと立ち上がると、自分の錫杖を、ヒュンヒュンと振り回し始めた。

 肩から脇へ、後手に取り、横腹へ・・・ 空を切る音が、ボッボッと、鳴る。

 脇下で、ビシッと錫杖を構えた茂作が、言った。

「 ・・来いやっ! 」

 言うが早いか、弥助の錫杖が、茂作の脳天に、躊躇なく炸裂する。

『 ゴキィッ! 』

「 へばっ・・! 」

 意味不明な叫び声を上げ、錫杖を投げ捨てると、頭を押さえ、うずくまる茂作。

「 痛てえ~・・! すっげえ、痛てえぇ~・・! 」

 太一が言った。

「 おめえは、子供か・・? 」

 弥助が注進する。

「 てめえもな・・! ナニが、ぬらりひょんじゃ! 妖怪百変化じゃねえんだぞ? もっと、真面目に考えろ! 」


 新之助は、いつの間にか、眠り込んでいた・・・

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