第6話、維新の波
「 お地蔵様・・・ 今度、新之助さあが、京へ行くと申しております。 新之助さあの無事を、どうかお守り下さいませ・・・ 」
16・7くらいの娘が、弥助たちに手を合わせ、拝んでいる。
のどかな、とある春の日。
木々には、新芽のふくらみが見え始め、ウグイスの声が聞こえる。
枯草の間からは、つくしが、頭を出し始めていた・・・
峠を下りて行く娘。
その後ろ姿を見送りながら、太一が言った。
「 村の若造が、新撰組に入りたいんだとよ・・・ 」
「 新撰組? ああ、浪士隊の事か。 お上の威厳も、地に落ちたからなあ~・・ 薩摩や長州が、天下を取って代わろうとしてんだろ? 」
台座の上に、あぐらをかきながら、弥助が答える。
起きたらしい茂作が、あくびをしながら言った。
「 もう、飢饉は過ぎたのか? ふあ~あ・・・ 」
弥助が答えた。
「 とっくに、過ぎてら。 今は、慶応2年だ。 まあ、百姓の生活は飢饉の時と、そう変わらねえがな・・・ 」
茂作が言った。
「 よう、弥助。 おめえの顔、随分と磨り減って来てんじゃねえか? 能面みてえに、起伏がねえぞ? 」
弥助が答える。
「 てめえだって、一緒じゃねえか。 それ、衣か? 丸裸みてえだぞ? 」
太一が言った。
「 300年くれえ、経ってるからな・・・ 雨ざらしの時があったんで、そん時の浸食が効いてるわな。 ま、風格が出て、いいんじゃねえのか? 」
石組みの囲いにもコケが付き、確かに歴史あるように見受けられる。 しかし、屋根は、かなり老朽化しているようだ。
茂作が言った。
「 さっきの・・ 新之助ってのは、誰だ? 」
太一が、鼻クソをほじりながら答えた。
「 直治の息子の・・ その長男の子だよ。 武士になりてえんだと。 今日日、お武家様なんざ、行く末がねえぜ・・・ なるんなら、商人を目指せばいいのによ 」
茂作が、背中をボリボリかきながら尋ねた。
「 あの、娘っ子は? 」
太一が錫杖で、肩をポンポン叩きながら答えた。
「 聞いて驚くな? ナンと、権兵衛の末裔だ・・・! 名前は、およねだ 」
弥助が言った。
「 あの、クソ垂れのか? ・・信じられんな。 えらい、べっぴんさんだったぞ? 混ざった血筋が、良かったのかな 」
太一が答えた。
「 お千代ちゃんの血筋も、入ってるからな・・・ どことなく、おつうに似てねえか? なあ、弥助よ 」
「 イキナリ、300年も前の名前、出すんじゃねえよ。 からかってんのか? 」
「 遊んでんに決まってんじゃねえか。 ヒマだしよ 」
・・・その時、1人の若者が、峠を登って来た。
こざっぱりとした着物に、袴。 風呂敷に包んだ荷物を袈裟懸けに掛け、腰には木刀を挿している。
どうやら、その、新之助という若者らしい。
弥助たちの石段に近寄ると、手を合わせ、拝みながら言った。
「 京に出て、お上の為に、頑張って来ます・・・! 」
「 ・・やめとけ・・・ 」
「 !? 」
顔を上げ、辺りを見渡す新之助。
「 い・・ 今・・・ 声が聞こえたような・・・? 」
しかし、辺りには誰もいない。 ウグイスの声が、聞こえるだけである。
「 ・・・・・ 」
じっと、3体の地蔵の顔を見比べる、新之助。
「 気のせいか・・・ 」
くるりと背中を見せ、峠道へ行こうとすると、また声が聞こえた。
「 やめとけ 」
慌てて、地蔵を振り返ると、新之助は叫んだ。
「 誰だっ・・! 」
腰に挿した木刀を抜き、構える。
ナンと、太一は、片腕を祠の柱に寄り掛かせて錫杖を肩に担ぎ、弥助は、台座にあぐらをかいている。
茂作は・・・ 背中を、ボリボリかいていた。
「 げえええっ・・! 」
次の瞬間、3体は、元の体勢に戻った。
「 ・・! ・・! ・・? 」
目を擦る、新之助。
再び、よくよく地蔵を見る。
見慣れた地蔵が、見慣れた体勢で立っている・・・
「 ・・・目の錯覚か・・・? 今、信じられんような格好で、地蔵様が・・・ 」
とりあえず新之助は、木刀を納めた。
「 武者修行を前に、気が高ぶっているのか? 」
新之助は、懐から、竹の皮の包みを出した。 その中に包んであった握り飯を手に取り、それを小さく3つに分けると、弥助たちの足元に置いた。
もう1度手を合わせ、拝む。
「 京に着く前から、こんなんではイカン。 もっと、肝を据えにゃ・・・! 地蔵様、オレに力を与えてくれ 」
顔を上げ、再び背を向けると、意を決したように新之助は、峠道の方へと歩き出した。
また、声がした。
「 やめとけ、っちゅうに 」
「 ! 」
振り返る、新之助。
ナンと・・ 3体とも、しゃがみ込んで飯を食っている。
「 ・・うだっ、ご、ごごわっぷ・・! 」
意味不明の叫び声を上げ、新之助は再び、木刀を構えると叫んだ。
「 おっ・・ おのれェ~っ! さささっ・・ さ、さては、タヌキかキツネかッ・・? 」
太一が言った。
「 さわうんや、あいわ。 わわっをれ 」
弥助が注進する。
「 飲み込んでから喋らんか。 ナニ言っとるんか、ワケ分からんわ、おめえ 」
木刀の先を振るわせながら、新之助が言った。
「 もももっ・・ 問答無用ッ! 物の怪め・・! せ、せ、成敗してくれる。 覚悟せい! 」
茂作が、のっそりと台座を下りた。
首をコキコキと鳴らしながら、のしのしと、新之助に近付き、言った。
「 ほおおォ~う・・? どう、成敗してくれるんだ? あ? やってみい、コラ 」
・・・仏の言葉とは、到底、思えない。 そこいらの、ゴロつきのようである。
ビビリながら、新之助は答えた。
「 ・・い、いや、あの・・・ えへへっ・・・? 」
胸の辺りを、ボリボリとかきながら、茂作は続けた。
「 今更、落ちぶれた武士なんぞになって、どうすんだ? あ? 大志を抱くのも悪かねえが、時代が時代じゃ。 もうちい~と、情勢っつうモンを見定めな。 じきに、次代の波がやって来る 」
のんびり屋の茂作にしては、先見的な発言である。
新之助は、警戒しながらも、茂作に尋ねた。
「 ・・じ、次代の・・ 波・・・? 」
茂作は答えた。
「 ワシらにゃ、遠くでの情勢が、よ~く見えるんじゃ。 ・・土佐藩浪士の坂本という男が、長州のエライさんと薩摩の大将との仲立ちをしとる・・・ そのうち、お上と攘夷派との間で、どえりゃ~戦が起きるわ。 全国規模に発展してな・・・ 5年後にゃ、おめえ・・ 藩も、無くなるわ 」
新之助は、目を丸くして尋ねた。
「 藩が、無くなる? そ、そんな事・・ ホントなのか? 」
茂作は、腕組みをしながら答えた。
「 ああ。 これからは、おめえ・・ 勉学と興業の時代じゃ。 蚕を育てて、生糸を採れ。儲かるぞぉ~? 」
・・・何だか、啓蒙思想の授業のようになっている。
しかし、新之助には、新たな啓示として捉える事が出来たようだ。 茂作の話しに、興味を持ったらしい。
木刀を下げ、言った。
「 ・・ホントに、そんな時代になるんか? ホントに、蚕を飼って・・ 一儲け出来るんか・・・? オレ・・ 父ちゃん母ちゃんに、楽させてえ・・・! 京に上って、名を揚げるしかねえと思ってたんだが・・・ ホントか? 地蔵様 」
「 地蔵、ウソ付かない。 ハオ 」
・・・ナニ人だ?
口の周りに飯ツブを付けた太一も、近寄って来て言った。
「 新之助。 おめえ、よねを嫁にとれ。 あのケツは、よう子供を産むぞ? もう、ボンボン生むでよ~ ま、10人は、イケるな 」
・・・コレも、とても仏の言葉とは思えない。 縁談話を趣味とする、仲人のようだ。
「 ・・・・・ 」
新之助は、木刀を地面に捨てた。
その場に座り込み、腕組をして考え始める。
茂作も、しゃがみ込み、太一も、その脇で、片肘をついて寝転んだ。 弥助も、あぐらをかいて加わる。
ウグイスの鳴く、のどかな春の昼下がり・・・ 1人の若者と、それを取り巻く、3体の石仏の図・・・
・・・ひたすら、ブキミである。
しかも、太一は、寝転びながら片肘をつき、鼻クソをほじっている。
やがて、新之助は言った。
「 分かりました、地蔵様・・・ オレ、村で頑張ってみる。 一儲けして、名を揚げるんだ・・・! 」
太一が言った。
「 そん時ゃ、オレらの祠、新しく立て替えてくれよ? 」
「 分かりました。 立派なヤツにします・・・! 」
茂作も言った。
「 ついでに、女郎屋も建てろ 」
「 は・・・? 」
弥助が、肘で、茂作を小突付きながら、新之助に言った。
「 たわ言だ。 ホンキにすんな・・・! いいか、新之助・・・ 儲かったら、村中のモンにも、やり方を教えろ。 いいな? 」
「 はい。 分かりました。 うまくいったら、村総出で商いを起こします・・・! 」
うららかな春の日差しの中・・・
石の地蔵たちと約束をかわした、新之助。
時は、明治維新。
一気に流入した西洋文化により、日本の生活様式は一変する・・・
その後、生糸で、莫大な財を成した新之助。
村は、日清戦争などの戦争景気に乗り、生糸生産で、大いに沸いた。
石の地蔵が動き、諭されたなどと言う話しは、誰も信じなかったが、成金になった新之助には力があり、彼を変人扱いする者はいなかった。
逸話話は、村人の口伝えで、まことしやかに広められ、各地からの『 参拝客 』で峠は賑わった・・・
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