第5話、直治
巡り逢わせ地蔵の話しは、近隣諸国に知れ渡り、名も無かった峠は、いつしか『 地蔵峠 』と呼ばれるようになった。
石段の前には、村人により賽銭箱も寄贈され、賽銭の管理は、新たに茶屋の主人となった清十郎が、村人より委託された。
賽銭箱は、1年に1度開けられ、それに清十郎が寄付した金銭で、峠道の整備に充てられた。
そして、時は流れていった・・・
「 地蔵様・・・ 供えモンが、ねえよ・・・ ドングリ、拾って来たから、置いとくね 」
8歳くらいの男の子が、ドングリの実を3体の石仏の前に置く。
裾が擦り切れた粗末な着物に、素足。 帯は無く、麻紐を腰に巻いている。
男の子は小さな手を合わせ、合掌した。
「 なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・ 腹いっぱい、白いメシを食ってみたいよ・・・! 」
男の子は、トボトボと、峠を下って行った。
「 ・・・・・ 」
「 起きてるか? 弥助 」
太一が、尋ねた。
「 ああ。 ひもじそうだな、あの子・・・ 何て名だ? 」
「 お千代ちゃんの、娘の息子だ。 確か・・ 7人兄弟の、1番下の子じゃなかったかな? 名前は、直治だ 」
茂作も起き、あくびをしながら言った。
「 今、何年だ? ふぁ~あ・・ 」
「 天明7年だ 」
太一が答えた。
肩に積もったホコリを払いながら、茂作は言った。
「 お千代ちゃんがいた頃に比べると、えれえ変わりようだな・・・ 」
弥助も、頭にかかったクモの巣を払いながら、言った
「 この前、起きたのは・・ お千代ちゃんが、嫁に行く時だったからなあ~ 今はもう、茶屋も無いのか・・・」
かつて、茶屋のあった方角を見やる弥助。
土台石のみが、その跡を留めている・・・
太一が言った。
「 ここ7~8年、飢饉でな。 村じゃ、食うモンが無くて・・ 皆、宿場の方へ、人足なんかの出稼ぎに行ってら。 隣村じゃ、死人の肉まで食ってるって話しだぜ? 」
「 そりゃ、ヒサンな話しだな・・・! 」
頭の上から、糸を引いて降りて来たクモを、フッと吹き飛ばしながら、弥助が言った。
太一が続けた。
「 東北なんざ、もっとヒドイって話しだぜ? ここいらでも・・ あちこちで、打ち壊しや、百姓一揆が起きてら 」
「 世も末かのう~・・・ 」
しばらくすると、数人の男たちが、峠を登って来た。
皆、ボロをまとい、骨と皮にヤセ細っている。 しかし、刀を持った男たちもいる。 百姓ではないようだ・・・
「 峠だ。 一休みしようぜ 」
貧弱な鎧を着た、頭目のような男が言った。
数人が、地蔵の前の地面に、胡坐( あぐら )をかいて座り込んだ。
その内の1人が、吐き捨てるように言った。
「 ちっ・・! やっぱ、何にも無かったな。 牛も馬も、全部、食っちまったらしい 」
・・・どうやら、野武士の集団だ。
とは言っても、山賊と変わりは無いだろう。 力の無い百姓たちの家を襲い、食べ物や着物を強奪しているのだ。 更には、女子供をさらい、宿場の人足用達人に、売り飛ばしたりもしている。
ひさしの取れた兜を被っていた男が、言った。
「 そのガキは、使えそうなのか? 」
ヒゲを生やした男が答える。
「 ヒョロヒョロだが、ナンか食わせれば大丈夫だろう。 いくらかの米にはなる。 」
両手を麻縄で、後ろ手に縛られた男の子がいる。
太一が、小さな声で、弥助に耳打ちした。
「 ・・おい・・! ありゃ、直治じゃねえか・・・! 」
「 シッ・・! 」
頭目のような男が、言った。
「 さっきの村はずれに、井戸があったな・・・ この次の村は、井戸が枯れているらしい。 水筒の水を、確保しておいた方が良さそうだな・・・ おい、ガキを、そこの地蔵に縛り付けろ。 一旦、村へ戻るぞ 」
ヒゲを生やした男が、直治を、茂作の体に縛りつけた。
「 母ちゃんトコへ、戻してくれろ・・! 連れてっちゃ、ヤダ! 」
直治が、泣きながら叫ぶ。
ヒゲの男は言った。
「 どうせ村に戻っても、食っていけんだろ? 宿場に行きゃ、おめえにだって駄賃をくれる仕事があんだぜ? 坊主 」
「 ヤダ! 母ちゃんトコがいいっ・・! 」
ヒゲの男のゲンコツが、直治の頭に飛ぶ。
「 うるせえっ! てめえは、オレらの飯のタネなんだよ! 黙っとれ! 」
・・・太一の錫杖が、プルプル震えている。
しゃくり上げながらも、沈黙する直治。
男たちは、直治を茂作に縛り付けると、峠を引き返して行った。
茂作に縛り付けられたまま、肩を引き上げ、声を殺して泣き続ける、直治・・・
「 泣くな、直治。 男だろ? 」
太一が、直治に言った。
「 ・・・!? 」
その声に、直治はピタリと泣き止んだ。 不思議そうに、辺りをキョロキョロと見渡している。
「 全く・・・ しょ~もねえヤツらだな・・・! 」
台座から下りる、太一。
直治は、びっくりして声も出ないようだ。
・・・そりゃ、そうだろう。 石の地蔵が、平民言葉を呟きながら、動き出したのだから・・・!
弥助も、台座から下りて言った。
「 そうコワがるな、直治 」
「 ・・じ、じ、じっ・・ 地蔵様たち・・・ 生き地蔵だったんか・・・? 」
「 よっくらしょ・・ 」
茂作も、縄をまたいで台座を下りる。 訳も無く、縄はほどけ、直治の体は自由になった。
「 ・・・・・ 」
ぽかんと、口を開けたままの直治。
弥助が言った。
「 いいか? 直治。 この事は、誰にも内緒だぞ? いつも、供え物を済まんな。 早く逃げろ 」
「 ・・地蔵様・・・! 」
太一が言った。
「 ちょっと待て。 今、村に帰ったって・・ また、あの連中に、見つかってまうわ。 しばらく、その辺の草ン中に隠れて、連中をやり過ごせ 」
弥助も同意した。
「 その方がいいな。 ・・よし、オレに考えがある。 直治、そこいらから、大きめの木切れを拾って来てくれ 」
「 き・・ 木切れ・・? 」
「 ああ。 それをさっき、直治が縛られていたように縛るんだ 」
茂作が言った。
「 つまり・・ 直治が、木切れになったように見せかけるんか? おもしれえな、ソレ。 連中の顔が、目に浮かぶようだぜ 」
直治が、近くを探し、倒木の切れ端を持って来た。
「 これでいいか? 地蔵様 」
「 おう、おあつらえ向きじゃねえか。 コレを、こうして・・ こう縛るんだな? 」
太一が、茂作の体に木切れを縛りつける。 準備は万端だ。
弥助は、直治に言った。
「 今度、お前さんが、ココに来ても・・ 多分、オレらは、何も動かねえし、喋らねえ。 だけどな、いつも見守ってるぞ? オレら。 子供の願いを叶えるのが、オレらの使命だからな・・! 」
「 うん、分かった。 有難う、地蔵様たち。 オラ、今日の事は一生、忘れねえ・・・! 」
やがて、野武士の一団が戻って来た。
直治は、地蔵の石段脇の草むらに身を隠し、事の成り行きを見守った。
「 ガキを連れて来い。 今日中に、隣村まで行くぞ! 」
頭目の男に言われ、地蔵に近付く、ヒゲの男。
「 ? 」
茂作には、木切れが縛り付けられている。
「 ・・・・・ 」
段々と、顔が青ざめていく、ヒゲの男。
「 ナニしてんだ。 さっさとせんか! 」
ひさしの取れた兜の男が、近寄りながら言った。
「 ・・・・・ 」
兜の男も、ヒゲの男の横に立ち尽くしたまま、無言となる。
「 おいおい、ナニ、突っ立ってんだよ、てめえら! 」
頭目の男以下、皆が地蔵に近寄り、その光景を見た。
「 ・・・・・ 」
ヒゲの男が、言った。
「 が・・ ガキが・・・ 木になっちまった・・・! 」
兜の男も言う。
「 こ・・ この地蔵は・・・ その昔、山賊退治をしたって言う、いわく付きの地蔵だぜ・・・? 」
一同の背中に、悪寒が走った。
冷たい冷や汗が、各自の背中を伝う・・・
「 ・・お・・ オレは、イヤだ・・・! 木なんかに、されてたまるかよおォ~・・! 」
後退りしながら、ヒゲの男は言った。 兜の男も後退りし、叫んだ。
「 に・・・ 逃げろ、みんなっ・・! 木にされちまうぞ! 」
「 うっ・・ うわああぁ~っ・・! 」
頭目の男も含め、皆、一目散に駆け出し、峠道を下りて行く。
どうやら弥助の作戦は、思いのほか、効果があったようである。
やがて、草むらから、直治が出て来た。
「 ・・行っちまった・・・! 有難う、地蔵様。 これでオラ・・ 母ちゃんトコ、帰れるよ・・・! 」
石の地蔵たちは、何も無かったかのように、立っている。
地蔵たちに、ぺこりと一礼すると、直治は、村への峠道を駆け出して行った。
その後・・・
人さらいから子供を救った『 身代わり地蔵 』として、話しは、村に語り継がれていった・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます