第4話、父と子
年が明けて、1月。
ある、寒い冬の早朝だった。
樹々の間から差し込む朝日が、立ち込める朝霧に反射し、幾本もの筋を描いている。
息を白く吐きながら、1人の男が、峠を登って来た。
大きな風呂敷包みを背負い、着古した青い着物に、わらじ履き。 縁のほつれた、編み笠を被っている・・・
男は、石仏の方へ近寄ると、石段の下から、少し上の方にある祠の中をのぞき込み、呟いた。
「 ・・ほう、これが、山賊退治の地蔵様か・・・ なるほど、3体あるな。 どれ・・ 」
石段の前で、背負っていた風呂敷包みを置くと、男は編み笠を取り、石段を登って来た。
無精ヒゲを生やし、ぼうぼうに伸びた髪・・・
以前は、髷( まげ:通称、ちょんまげ )を結っていたらしく、月代( さかやき:頭部の前部から後部にかけ、髪を剃り落としていた部分 )の部分の髪だけが、短く分かる。
男は、弥助たちの前に、しゃがんで手を合わせると、願掛けを始めた。
( ・・お千代ちゃんの、お父っつあんだ・・・! )
願掛けの声を聞いた弥助たちは、気付いた。
昼間ならこの後、一休みする為に、茶屋へ寄った事だろう。 だが、まだ朝早く、店は開いていない・・・!
男は、願掛けをした後、再び手を合わせ、念仏を唱えた。
「 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・ 」
くるりと背を見せ、石段を下りる、男。
風呂敷包みを背負うと、そのまま、峠の反対側の下り道へと歩き始めた。
( イカン・・! 行っちまう・・! )
持っていた錫杖を、カシャンと鳴らす、弥助。
「 ? 」
男は、振り返った。 しばらく、弥助たちの方を見ていたが、気のせいと思ったのか、また歩き始めた。
茂作が、錫杖で、屋根の柱をガンッ! と叩く。
「 ? 」
再び、立ち止まり、弥助たちの方を見る男。
しかし、また歩き始める・・・
今度は、太一が、ぶうっと、屁をたれた。
「 ん・・・? 誰か、いるのか? 」
男は言った。
荷物を置き、こちらへやって来る。
( いいぞ、いいぞ・・! しかし、このニオイ・・ ナンとかならんのか・・・! )
臭気に歪んだ顔を、元に戻しつつ、弥助が期待する。
男は、鼻を摘みながら言った。
「 ・・供え物でも、腐っているのか? 地蔵様も、これじゃ臭かろう・・・ 」
男は、弥助たちの裏側などをのぞき込み、異臭の元を探し始めた。
しかし、毎日、千代が掃除してくれている。 ゴミはおろか、チリ一つ無い。
「 別段、何も無いようだな・・・ 」
また、立ち去ろうとする男。
弥助が、カシャンと、錫杖を倒した。
「 ・・ん? 錫杖が・・・ ヘンだな、手から外れたのか? 」
男は、転がっていた錫杖を手にした。
しかし、石仏の手は、丸い穴が開いているだけである。 男は、どうやって外れたのか、不思議がった。
「 元々、外れていたのかな・・・? 立て掛けてあっただけなのかもしれんな 」
男は、錫杖を、弥助の右手に立て掛けた。
再び、弥助たちに向かって手を合わせる。 小さなため息をつき、石段を下りかけた。 その時、今度は、太一が台座から引っ繰り返った。
( うわっ、たわけ・・! やり過ぎだ、太一・・! )
ゴロンと、コロがる太一。 これには、男も驚いた。
「 ・・な、何だ・・? 俺に、バチでも当てるつもりか? 地蔵様・・・! 」
恐る恐る、コロがった太一に近寄る男。 そっと、伸ばした指先で、突付いてみる。
・・・何も、起こらない。 ただの石仏である。
「 ・・・・・ 」
状況的に、腑に落ちない様子の男。
茂作が、男に聞こえるように、裏返った小さな声で言った。
『 ・・千代~・・・ 』
「 ! 」
声を聞き、慌てて男は、茂作の方を振り返ると言った。
「 ・・今・・ 今、千代の名を・・・? もしや・・ 千代の行方を、知っておられるのか? 地蔵様たち・・・! 」
茂作の前に駆け寄り、男は茂作の顔を、穴が開くほど見つめた。
「 ・・・・・ 」
じっと、茂作の顔を見つめながら、男は言った。
「 ・・拙者、光成公の家臣にて、家老 久野家に仕えていた、加賀 清十郎 尚文と申す者・・・ 親方様は、先の戦で討ち死にし、お家は断絶。 国に帰ってはみたものの、夜盗に襲われた妻は、自害。 一家は離散・・・ 義母と共に、美濃に流れたと言う娘を探して、方々を転々としておりました。 地蔵様のウワサを聞きつけ・・ 恥ずかしながら、ワラをもすがる想いで、ここまで参った次第・・・ 」
男の目には、涙が浮かんで来ている。
( ええい・・ ままよ・・・! )
今度は、弥助がコロがった。
石組みの囲いをすり抜け、石段の下まで、コロがり落ちる。
落ちた弾みで、小石にゴスッと、額を打ち付けた。
( うごげっ・・! )
少し、額が欠けた。
そのまま、不自然に、ゴロゴロとコロがる弥助。
男は、驚きの表情で言った。
「 ・・地蔵様・・・! ど・・ どこへ・・・? 」
石の台座から茶屋にかけては、緩やかな登りになっているが、不自然にも、その坂を登って( コロがって )行く弥助。
やがて、茶屋までコロがって行き、その戸口の木戸に、ガン! と当たって、弥助は止まった。
「 ・・・・・ 」
不思議な光景に、ぽかんと口を開けたまま、男は立ち尽くした。
「 ・・と・・ とにかく・・ 戻さなくては・・・ 」
男は、足元にコロがっていた太一を抱き起こし、元あった場所に立てた。
石段を下り、茶屋の方へ来ると、木戸の袂にコロがっていた弥助を抱き起こす。
弥助は、再び、ワザと倒れ、木戸を叩いた。
『 ゴゴン! 』
「 ・・おお、地蔵様。 済まぬ・・ 頭、痛かったろうに・・・ 」
自分の手が滑った、とカン違いした男が謝った。
もう1度、弥助を抱き起こしたが、また更に、木戸に倒れる弥助。
『 ゴゴッ! ゴリゴリ! 』
( 頭が・・ 頭が、痛てえ~・・! )
木戸には、擦れた跡が付いた。
男が言う。
「 店の者が、起きてしまう・・・! 座りの悪い、地蔵様だな。 下に、小石でもあるのか・・・? 」
弥助の下を見たが、そんな小石など、どこにも無い。
再び、弥助は倒れた。 木戸に向かって・・・
『 ゴゴン! ドン、ガリッ・・! 』
「 はい、ただいま・・・ 今、開けます。 お待ち下さいませ 」
中から、千代の声がした。
( やった・・! 起きてくれたか! )
かんぬきを引き抜く音が聞こえ、着物の襟を直しながら、千代が木戸を開けた。
男は言った。
「 ・・いや、相済まぬ。 地蔵様が、ここまで転がってしまって・・・ 起こしてしまったようだな 」
「 旅の、お方ですか? ・・あら? 地蔵様。 どうして、こんな所まで・・・? 」
千代を見た、男の顔色が変わった。
「 ・・・・・ 」
あまりの展開に、声も出ないらしい。
千代も、まさか目の前に立っている男が父親だとは気付かず、足元にコロがっている弥助の方を、不思議そうに見ている。
「 お千代・・ どうしたんじゃ? こんなに早くから、お客様かい・・・? 」
店の奥から、老婆が出て来た。
「 ・・は、母上っ・・! 」
男が、老婆に向かって叫んだ。 びっくりして立ち止まり、男の顔を見る、老婆。
「 せ・・ 清十郎殿っ・・・! 」
目を、真ん丸にして、老婆は答えた。 その声に千代は、改めて男の顔を見上げ、言った。
「 ・・・お・・ お父上様・・・? 」
男は、目に涙を溜め、震える両手を広げながら言った。
「 千代・・! 千代っ・・・! おおお・・ 何と言う、巡り逢わせ。 千代ぉ~・・・! 」
「 お父上様っ・・・! 」
嬉しそうに、男の腕の中に飛び込む、千代。
石の台座の上にいる太一・茂作に向かって、弥助は、小さくウインクした。
太一が、ぼそっと言った。
「 ・・ちっ・・ 弥助に、イイとこ、取られちまったがや 」
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