第3話、天誅!

「 うぬら( お前たち )外道に、やる団子など無いわ! 早々に、立ち去れいっ! 」

 気丈な、老婆の声。

 店の奥に、追い詰められた格好だ。 女の子を抱き抱え、キッとした表情で、山賊たちを見据えている。

 頬のコケた、病気かと思えるほどのヤセた男が言った。

「 ババア~・・! てめえの首を落とすなんざ、雑作もねえ。 ただ、着てる着物は、イイもんじゃねえか。 血で汚れたら、金になんねえからよ。 大人しく、脱いでくんねえか? あ? 」

「 汚らわしいっ! やるなら・・ さっさと、やるが良い! ・・お千代。 父上様の所に行くのじゃ・・! さあ、手を合わせて、念仏を唱えようぞ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・ 」

 老婆は、女の子の手を取り、合掌させながら言った。

 腕に切り傷痕がある男が、唾を、ペッと吐き出しながら言った。

「 辛気臭せえな・・! おい、与兵太。 さっさと切っちまえ。 着物なんざ、大した金になんねえからよ 」

 もう1人の男が言った。

「 それより、団子出せや、ババア! 腹へってんだからよォ! おお~? 」

 老婆は、更に毅然とし、叫ぶ。

「 下衆な、うぬらに・・ 恵んでやるモノなど無いわっ! 」

 ヤセた男が答えた。

「 言ってくれるじゃねえか、ババア。 元気だけは、良いようだな。 へ~っ、へっへっへっへ! 」

 老婆は言った。

「 うぬらは・・ 地獄に落ちるのじゃ! 」

 ヤセた男が、笑いながら答えた。

「 落とせるモンなら、落としてみい! へ~っ、へっへっへっへっへ! 」

「 お天道様も、見ていらっしゃる! 」

「 へ~っ、へっへっへっへ! お天道様だとよっ? へ~っ、へっへっ・・ 」

 その時、外から飛んで来た石仏が、笑っている、ヤセた男の後頭部を直撃した。

「 へっへっ・・ 『 ゴゴンッ! 』へぐうぉッ・・! 」

 ゴドン、と床にコロがる、右手の短い石仏。

 ヤセた男は、前にあった木の机に倒れ込み、そのまま、床にひっくり返った。

 腕に傷痕のある男が、びっくりして、石仏が飛んで来た外の方を振り返る。 その顔面にまた、別の1体の石仏が、メリ込んだ・・!

『 ベキャッ! 』

 鈍い音と共に、その男は無言で、床に倒れ込んだ。 ゴロンと、コロがる石仏・・・!

「 ・・なっ・・ 何だ? 」

 刀を構え、外をうかがう、残った男。 その目に、唸りを上げて飛んで来る、耳違いの石仏の頭が映った。

『 ゴキャッ! 』

「 あぐおっ・・! 」

 折れた前歯が、仕出し机に跳ね返る。

 そのまま男は、仰向けに倒れこみ、しばらく両手をピクピク痙攣させていたが、やがて動かなくなった。


「 ・・・・・ 」


 無言の老婆。 女の子を抱きかかえたまま、足元にコロがる三体の石仏を、じっと見つめている。

 しばらくして、女の子が言った。

「 お地蔵様が、助けてくれたの? 婆様・・・ 」


 3人の山賊は、コト切れていた。


 死体を片付ける為、役人を呼んだ老婆は、事の次第を説明した。

「 地蔵様が、成敗してくれたのじゃ。 きっと、あの地蔵様は・・ 生前、名のある仙人様を祀ったものじゃったのかもしれぬ。 有り難い事じゃ・・・! 」

 役人は、老婆の説明に訝しげだったが、他に人の姿が見えなかった事と、重い石仏を、3体も同時に投げつける事が出来る人間に、想像がつかなかった事を考慮し、追求を避けた。


「 お礼を、しなくてはのう・・・ 」

 老婆は、しまっておいた反物を金に替え、石仏の為に、石組みの台座をこしらえる事にした。

 村人も、幾人か協力してくれた為に、作業は順調に進み、冬が来る前には、早々に完成した。

 石組みの囲と、5段ほどの石段を設けた中々に立派なものである。


「 おい、聞いたか? 峠にある地蔵様が、山賊を退治したらしいぞ? 」

「 弘法様に、所縁のある地蔵様かもしれん 」

「 有難い事じゃ、有難い事じゃ・・・! 」


 山賊退治の地蔵のウワサは広がり、三河や美濃、遠くは、近江などから拝観に来る者もおり、茶屋は、えらく繁盛した。


 年の瀬も迫った、冬のある日・・・

 あくびをしながら、太一が言った。

「 ・・なあ、弥助。 最近、オレら・・ 有名になったもんだな 」

 顔の辺りを徘徊するクモを、フッと吹き飛ばしながら、弥助は答えた。

「 そうだな。 こんな屋根まで、こさえてもらったしな・・・ 」

 石組みの台座が立派に出来上がった事もあり、激増した拝観者の手前、見た目にも、ご利益の相応に応える為に、最近、村人たちが、3体を囲うように屋根を作ってくれたのだ。

 これで、頭から雪を被る事なく、雨風もしのげる。

「 オレの足元に、ちい~とばかし、隙間があるんだが・・・ 」

 文句を言う茂作に、弥助が言った。

「 ホント、おめえは文句が多いな。 最近、供え物も増えたし・・ 贅沢言うな 」

「 それとこれとは、話しが違わい 」


 冬にしては、暖かな日差しのある昼下がり・・・

 何とも平和な、冬晴れの1日だ。


 太一が、もう1つ、大あくびをしながら言った。

「 それと・・ ふゎああ・・・ お千代ひゃんの、お父っふわぁんは、今、どのヘンだ? ふあぁ~あ・・・ 」

「 尾張に入ったトコだ。 真っ直ぐ、コッチに向かってる。 オレらのウワサを聞いて、ご利益に、あやかりたいらしい。 良い具合になったな。 ・・それより、太一。 両手を挙げて、大あくびなんかすんなって。 誰かに見られたら、どうすんだ? 」

 弥助が、太一をたしなめる。

「 だって、ヒマじゃんかよ~ 双六でもするか? どっか、その辺にサイコロ、ねえか? 」

「 たわけ。 そんなモン、あるか。 ホトケが双六やって、どうすんじゃ。 やっても、どうせ、おめえは振り出しだ 」

「 ナメんなよ・・・? 宿場の打ち場じゃ、ゾロ目の太一っておめえ、有名だったんだぞ? 」

「 ホトケの前世が、渡世人かよ。 ご利益もナニも、あったモンじゃねえな・・・ 」

「 ・・おっ? お千代ちゃんが来たぞ 」

 茶屋から、あの女の子が出て来た。

 店が暇になるこの時間、千代は、いつも地蔵の辺りを掃除し、湯飲みの水を替えていた。


 手を合わせ、お辞儀した後、石段を登り、石仏の前で、また1つお辞儀をする。

 いつもの仕草・・・

 絞った手拭いで、弥助たちの体を拭き、頭巾の乱れを直す。

 石段の周りを履き掃除した後、湯飲みの水を替え、みかんを1個づつ、石仏の足元に置いた。

 手を合わせ、これも、いつものように念仏を唱える。

 そして、願掛け・・・

「 お父上様に、会えますように・・・ 」


『 もうすぐだぞ? 』


 ハッと目を開け、手を合わせたまま、辺りをうかがう、千代。


「 ・・・今の声は・・ 誰・・・? 」


 辺りには、誰もいない。

 野鳥のさえずりのみが、聞こえている・・・


 じっと、正面の弥助の顔を見つめる千代。

 太一の顔、茂作の顔も、交互に見比べた。

「 ・・・・・ 」

 再び目を閉じ、念仏を唱える。

 石段を下りた所で、石仏の方を振り返った千代。 しばらく石仏を見つめていたが、やがて、茶屋の方へと戻って行った。


 弥助が言った。

「 ・・茂作。 あんまり、喋んな。 ブキミに思われたら、どうすんだ? 」

 茂作は、足元のみかんを足指の先で蹴り上げ、左手で受け止めると、皮をむき始めながら答えた。

「 お千代ちゃんなら、問題ねえだろ? ・・お、うまいぞ、このみかん 」

 弥助も太一も、同じようにみかんを蹴り上げ、食べ始めた。


 ・・・1つ屋根の下に並んだ3体のお地蔵さんが、一斉に、みかんを食べている、の図・・・


 ハッキリ言って、ブキミである。


 弥助が言った。

「 茂作。 おめえ、食ったら、ちゃんと葉っぱをミカンに変えて置いておけよ? この前、やってなかっただろうが 」

 茂作が答えた。

「 どうせ、捨てた瞬間に、葉っぱに戻るんだし、面倒臭くてな。 ・・うん、コイツは、甘くてウマイな 」

 弥助が注進する。

「 怪しまれないようにせにゃ、イカンて。 どうもおめえは、緊張感が無くていけねえ 」

「 分かったよ。 うるせえなあ~、弥助は・・・ 女子に、嫌われるぞ? 」

「 ホトケになってモテても、しゃあないだろうが 」

 太一が、隣で屁をこく。 続けて、2発、3発・・・ 最後のは、長く尾を引き、少し『 身 』が出たような音だった。

「 ・・くっさ~・・・! 」

 手で、顔の辺りを扇ぐ、弥助。 更に、ぶうっと、放屁する太一。

「 やめいっ、太一! てめえの腹ン中は、どうなっとんじゃ! 屋根が、腐るわっ! 」

 茂作は、既に祠を出て、松の木の下に避難している。

 弥助は言った。

「 戻らんか、茂作! ナニ涼しい顔して、そんなトコ、立っとるんじゃ 」

 弥助に答える、茂作。

「 太一の屁は、目にしみる。 腐ったネギみたいなニオイがしよる 」

 太一が言った。

「 失礼なヤツらじゃのう・・・ ん・・? うわっ、今日のは、どえりゃあ~臭せえがや! ナンじゃ、こりゃ・・! 」

「 てめえで勝手に出しといて、よう言うわ、ま~ 全部、吸っとけ 」


 冬の昼下がり・・・

 ホトケの屁は、嗅ぐと、ご利益があるのだろうか・・・?

 平和な、冬の1日であった。

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