第2話、茶屋娘

 柿の実が、石仏の頭に落ちる。

「 痛っ・・! 」

 弥助は、足元の台座付近に転がった柿の実を見た。

「 渋柿か・・・ あとで、干して食うか 」


 季節は、秋。

 地面には、イチョウやモミジの葉に混ざり、ドングリなどの実がたくさん落ちている。

 ・・どうやら、とある秋の、昼下がりのようだ。


 左隣の太一が、声をかけて来た。

「 よう、アレ見ろよ 」

 太一が、顎をしゃくって見せた峠脇を見ると、小屋が建っていた。 小さな縁台も幾つか見え、幟には『 茶 』の文字が見える。

「 茶屋が、建ったのか・・・ 」

 太一が答えた。

「 2年くらい前に、建ってな。 バアさんと、10~2・3歳くらいの娘の、2人暮らしらしい 」

 弥助が尋ねた。

「 お前、起きてたのか? 」

「 娘が、足元の掃除をしてくれるんだがよ・・ くすぐったくて、起きちまった。 なかなか、器量が良さそうな子だぞ? 」

「 ふ~ん・・ で、今、何年だ? 」

「 慶長5年 」

「 ・・ナンだ、そりゃ・・? 聞いたコトねえ、年号だな 」

「 美濃と近江の国境辺りにある『 関が原 』ってトコで、でっけえ戦が、あったらしい。 徳川様が、天下を取ったらしいぞ? 」

「 はあぁ~? 徳川様だぁ・・? あの、三河の殿様か? ・・おいおい、遠江( とおとうみ )の今川様は、どうなったんだ? 」

「 とぉ~っくの昔に、織田様が討ち取ってらあ。 今はもう、その織田様もいねえ 」

「 ええ? そうなのか? ・・ふ~ん・・ 30年くらい、経ってるみたいだな 」

「 そんなトコだ。 おつうも、こないだ、8人目の子供を産んだらしいぞ? 通りすがりの隣村のヤツが、そう言っとった。 ・・もう、46になりよる。 ええババァのくせして、ようやりよるわ 」

「 ふ~ん・・・ 」

「 ふ~ん、て・・ おめえ、気にならねえのか? かつての、おめえの女だぞ? 」

「 気にしたトコで、どうなるっちゅうんじゃ。 オレら、地蔵だぞ? 」

「 まあ、そりゃそうだが・・ お? 出て来たぞ。 あの子だ 」

 峠の茶屋から、小さな女の子が出て来た。


 寸足らずの、粗末なかすみ模様の着物に、わらじ履き・・・

 髪は短く、おかっぱ頭だ。

 手に、米団子と、水の入った木桶、柄杓( ひしゃく )を持っている。


 女の子は、太一たちの足元に米団子を1つずつ置き、言った。

「 お地蔵様・・ 残り物で、ごめんなさい。 さっき、お侍さんたちが休んでいった時の、余り物なの。 丁度、3つあるから、お供えします 」

 そう言うと、太一の足元にあったヒビの入った湯飲みを手にし、木桶の水で洗いだした。

 新たに、柄杓の水を注ぐ。

「 はい、どうぞ 」

 太一の足元に湯飲みを置くと、次に、真ん中に立っている弥助の湯のみも洗い、水を注いだ。

「 耳違いのお地蔵様、どうぞ 」

 丁寧に、そう言うと、同じように、茂作の湯飲みも洗った。

 小さな手を合わせ、何やら唱えると、女の子は、茶屋へと戻って行った。


 太一が、小さく言った。

「 ・・可愛い子だろ? 」

 弥助が答えた。

「 器量が良さそうだな・・・ 村の子なのか? 」

「 美濃の方から、流れて来たらしい。 バアさんが、客に話してたのを聞いたんだが・・ 元は、お武家様だとよ 」

「 ふ~ん・・ お家断絶、取り潰しになって、国を追われたのかな? 」

「 よく分かんねえが・・ そんなカンジじゃねえのか? バアさんも、どことなく上品だぜ? 百姓・商人の出じゃねえな 」


 縁台を拭く、老婆の姿が見えた。

 確かに、内儀(ないぎ:武士の妻・奥方)のような品位が見受けられる。 歳は、50代後半だろうか・・・


 太一が言った。

「 あの子の願掛け、聞いたか? 」

「 ・・ああ。 父上に合わせてくれって、言っていたが・・? 」

「 石田 三成公って武将に仕えていた、家臣だとよ。 さっき言った、関が原の戦で、負けて落ちたんじゃねえのか? 」

「 そりゃ、おめえ・・ もう切腹してるか、落ち武者狩りで、死んでるぜ? 」

「 かもな。 ・・・探してみるか? 」

「 よしきた。 やってみるか 」


 ・・・無言の、2人。


 やがて、弥助が呟くように言った。

「 ・・ここは、どこだ・・・? 近江の辺りかな・・・ 見えるか? 太一 」

「 ああ。 大きな湖が見える。 琵琶湖ってヤツじゃないのか? 商人の格好をしてるな。旅の途中か・・・ 中仙道らしい 」

 眠っていたと思っていた茂作が、口をはさんだ。

「 刀は、捨てたらしい。 仕官してまで、武士を続ける気は無いようだ・・・ 」

「 起きてたのか、茂作・・ 」

 目を開け、隣に立っている茂作に、弥助が言った。

 首をコキコキと鳴らしながら、茂作が答える。

「 時々、供えモンを持って来てくれてたり、掃除をしたりしてくれてたからな。 気が付かんかったのか? 弥助。 おめえ、意外と、よう寝るんだな 」

 弥助が答えた。

「 オレは、1度寝たら、とことん寝ねえと、目が覚めねえ性分だからよ。 ・・おめえなんざ、起きてンのか寝てンのか、分かんねえじゃねえか。 起きてンなら、もうちい~と、シャキッとせんか 」

 弥助の進言には答えず、茂作は、足元の米団子を見つめながら言った。

「 ・・早よ、食いてえ~・・・ 」

「 いやしいヤツだな。 夜まで待てや 」

 弥助の言葉に、真剣な目をして茂作は答えた。

「 カラスに取られたら、どうすんだよ 」

 弥助は答えた。

「 アホウ。 周り、見てみな・・・ ドングリやらが、いっぱい落ちてるだろうが? この時期、そうそうは取らねえよ 」

 その時、1羽のカラスが飛来し、ワザとのように、茂作の足元に供えてあった米団子をくわえ、かっさらって行った。


「 ・・・・・ 」

「 ・・・・・ 」


 じっと、弥助を見つめる、茂作。

「 ・・なあ・・ おめえのを、半分くれ 」

「 やだ 」

「 ・・・・・ 」

 横から、太一が言った。

「 また、あの子が、供えてくれるさ。 この前なんざ、みたらしだったぜ? 」

 茂作が眉をピクリと動かし、言った。


「 知らねえぞ? そんなん・・・ 」


 ・・しまった、と言うような顔の、太一。

 弥助も言った。

「 オレも知らねえ・・ おめえ・・ さては、オレらの供えモン、盗み食いしてたな? てめえ、なんちゅうホトケじゃ 」

 太一は、アセりながら言った。

「 さ・・ さあ、さあ! そんなコトより、あの子の父上の事よ 」

 じぃ~っと、恨めし気な表情で太一を見つめる、茂作。

 太一は続けた。

「 どうやら、中山道を来ているらしいが、あの子らが、ここにいる事は知らねえ・・ 」

 尚も、太一を見つめ続ける、茂作・・・ その、恨めしい視線に、太一は何とか話題を反らそうとする。

「 ・・ど・・ どうやって父上に、コッチに来さすか、だが・・ 」

 茂作は言った。

「 みたらし・・ うまかった・・・? 」

「 女々しいぞ、てめえっ! 」

 弥助も、みたらしのクシを持ち、食べるようなゼスチャーをしながら言った。

「 ・・ウマかったろ~な~・・ こう、タレが塗ってあってよォ・・ あの、コゲたトコが、何とも香ばしいんだよなあぁ~・・・! 」

「 やかましいっ! 食いモンの事など、小さなコトよ! あの、女の子の方がだな・・ 」

 突然、茂作の錫杖が、太一の額に炸裂した。

「 うごげっ・・! 」

 茂作が言った。

「 食いモンの恨みは、大きいぞ~? 太一ぃ~・・・! 」

 太一は、石頭を押さえながら言った。

「 てンめェ~・・! 頭が、ちい~と欠けちまったじゃねえか! 」

 茂作が言った。

「 ほほぉ~う・・・ その短けえ手で、頭に届くんか? 」

 太一が、一番気にしている事に触れた、茂作。

 太一の顔が、みるみる修羅の形相を呈して来る。

「 ・・・あ~ったま、来た・・! 30年ぶりに、頭、来たぞう~っ・・・! 」

「 ついでに、もう300年くれえ、寝とれや。 その間に、石臼にしといたるでよ 」

「 ナンだと、コラァ! 」

 太一は、茂作の襟口を掴み、仏とは思えない口調で凄んだ。


 ・・・真っ昼間に、石の地蔵様が、取っ組み合いのケンカをしている、の図・・・


 村人が見たら、恐れおののき、その場に、ひれ伏していた事であろう。

 物凄い形相で、茂作の襟口を掴み、凄んでいる太一と、錫杖を横にし、太一の首を両手でカチ上げている茂作。

「 ふんぬ、ふんぬ・・! 」

「 ぬおう、ぬおおぉ~・・・! 」

 みたらし1つで、よくぞここまで真剣に掴み合いが出来るモノである。

 辺りに、誰もいない事を確認した弥助は、台座の上にあぐらをかき、湯飲みの水などすすりながら、滑稽なデスマッチを見物していた。


 やがて、裸馬を走らせ、野武士のような連中が3人、峠を駆け登って来た・・!

 皆、ぼうぼうにヒゲを伸ばし、目をギョロつかせ、落ち着きが無い。 野武士と言うよりは、山賊のような風体だ。


 3人は、茶屋の前で馬を止めると、素早く馬を降り、辺りに人がいないのを確認するや否や、いきなり、刃こぼれした刀を抜いて言った。

「 うらあ~! 金、出せや、おお~? 」

 やはり、山賊だ・・・!

 茶屋の中から、老婆と、女の子の悲鳴が聞こえる。

「 太一、茂作・・! 山賊だ! 」

 弥助の声に、掴み合ったままの2人は、茶屋の方を振り返った。

 茶屋の中からは、山賊たちのダミ声が聞こえる。

「 ついでに団子出せや、ババア! この世で、最後の客になったるわ。 ぐわっはっはっはっは~っ! 」

 弥助と、目で意志を交換する太一。 弥助は頷いた。

 太一は、茂作とも目を合わせる。 弥助と同じように、茂作も頷いた。

「 ・・よし、いくぞッ! 」


3仏は、まっしぐらに、茶屋の方へと走り出した・・・!

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