2話

―――捕まっちゃいました!

隣に座る有栖が「お前助けに来たんじゃないの?何やってんの?殺すわよ?」みたいな視線を送ってくる。それが肌にズバズバ刺さって痛い。

 今回の件でフィクションに出てくるようなヒーローの大変さを改めて実感しました。毎回ヒロインがピンチのときに颯爽と現れ事件をかっこよく解決していく。あれマジでどうなってんの?全然できないじゃん。

 でも久しぶりに10秒間だけ時を止める能力を使ったな、長らく使ってなかったせいで時間のペース配分を見誤ってしまった。男ども退かすのに5秒、2秒で進入し、もう3秒で有栖を抱きかかえ……うん足りない。でも驚愕のあまりに両眼を見開いていた髭面は見ものだったな。有栖は俺が突然現れた不純物だとは思ってないようで、それほど動揺しているということか。

 俺は車内を見渡す。運転席に1人、助手席にもう1人。後部座席のセカンドシートに左から誘拐犯グループの男と俺そして有栖が座っている。サードシートには何も乗っていなかった。驚いたことに犯人グループは全員男かと思ったが女性が1人運転をしていた。車外を眺めるが一体どこに向かっているのか検討がつかない。

 俺は指を鳴らした右手を見つめながら息を整える。

 今から10年前。俺が5歳だった春のことそれは突然だった。当時流行っていたアニメ番組「時空探検隊」というアニメがあった。内容は小難しく現代に残る過去の謎を実際に過去に戻り謎を紐解くというものだ。この物語の主人公がちょっと曲者であり25歳の考古学者、という設定まではいいのだが時を操る能力を保有するという設定もあった。主人公がタイムスリップを行うと必ず悪の敵が出てくるのだが、能力を駆使したアクションが人気を博した理由だった。当時の俺もドハマリしていてよく友達と時空探検隊のごっこ遊びをしていた。そんなある日、家のリビングで主人公が能力を発動するシーンの真似をしているとそれは起きた。最初は何が起きたのかわからなかった。テレビが故障したのかと思いリモコンで操作をしたのだが動かず、やむを得なく母に直してもらおうとキッチンの方へ顔を向けるとテレビ同様母も止まっていた。母だけではなく鍋から出る蒸気や外で鳴いていたカラスまでもがすべてのものが止まっていた。理解できずに俺まで停止していると再び何もかもが動き出す。調理していた母は俺の様子を見て「どうしたの?」と微笑んでいたが思考が停止していた俺はすべてを理解するのに時間を要した。

だがその後の世界はとても今まで以上に輝いて見えた。5歳児の浅い知識のなかで試行錯誤を続け自分の異能の力を知った。時を止められる時間は10秒。次に能力が使えるために要する時間は10分だと調べがついた。ちなみに思春期を迎えた頃の俺はやはりあっち系のことも考えてしまうわけであって、実際に能力を駆使して試そうと試みるが、意思とは裏腹に体がまったく動かなくなってしまう。何度試そうが同じ結果。おかげで女子からは「何やってんの?」と冷えきった視線とお言葉をもらい寿命が3年ぐらい縮んでしまっただろう。あれ以来そんなことはやらなくなったのだが。

深い記憶の海に浸っていると右肩が重さを増す。


「ううっ……何で私がこんな目に……」


目尻に涙を浮かべながら有栖は袖を握り寄りかかってきた。

―――なんだよ。そんな顔もできんじゃん。

クールタイム終了まであともう少しか……。


「ひひひっ。やっぱり生で見るとかわいいなぁ」


今までおとなしくしていた左隣の男が下卑た嗤い声を上げ手を有栖に伸ばす。俺はその手を強く払いのける。


「やめろ!お前ら一体何者だ。何が目的なんだ?」


強めの口調で話すと男は下品に嗤う。


「おめぇ、女の前だからっていきり立ってんのか?調子こいてっと痛い目みんぞゴラ!」


何ともまあ漫画に出てくるような典型的な悪役の台詞を吐いてくる。俺が次の言葉を出す前に運転席の女性が話し出す。


「何騒いでんだよ、鉄?」


「すいやせん姉御。このガキが偉そうに口きくもんですから」


この2人のやり取りから姉御と呼ばれた女性がこのグループの中心人物だと見当がつく。俺はルームミラー越しに見える姉御とやらに話しかける。


「それであんたらの要求は……?」


ミラー越しの彼女は鋭く微笑む。


「人を誘拐する者の目的なんてほぼ1つだろ?金さ」


彼女の言葉には狂喜が感じられる。犯罪はこれが初めてではないのか。少しばかりの畏怖の念を抱いてしまう。それは有栖も同じなのか袖を握る力が強くなる。

双眸に雫を浮かべる少女に優しく諭すように囁きかける。


「安心してくれ。あと少しの辛抱だから」


俯けていた顔をあげもう一度訊ねる。


「何故彼女をさらったんだ?」


バックミラー越しに交わされる視線を一度右隣に落とし、再び元の位置に戻す。

姉御は不気味に顔を歪める。


「答えは単純明快。彼女が有名だったからさ。それ以外に何かあるのかい?」


「それなら彼女じゃなくともいくらでもいる。他に理由があるんじゃないのか?」


 道路の凹凸を体で感じながら問うと姉御は鼻で笑う。思い悩んでいるのか車内には重たい沈黙が落ちる。そして、彼女は小さく囁き始める。


 「あんたは有栖を見て特別な何かを感じないのかい?」


 横で怖じ恐れる有栖を見澄める。特別な何かとは一体なんのことか。容姿の隠喩か何かかそれとも眼には視えないものだろうか。


 「彼女を初めて見たときあたいの体に電撃が走ったんだよ。だから有栖を攫って金だけではなくあたいの物にしようと思ったのさ」


 姉御に呼応するように手下男2人が「姉御もっすかー?俺もっすよ!」と盛り上がる。あの時感じた嫌な気配は有栖に向けられた憎愛。能力を使いバンに駆け込んだ判断は間違っていなかったようだ。

 再び静寂によって車内が満たされる。先程よりも空気が重く感じられるのは気のせいだろうか。ハンドルが左に切られ体の軸が右に傾く。体がもとの位置で停止するとビルの窓に反射された夕日が俺の顔を射抜く。目を細めながら車窓からみえる景色を眺める。ジャージ姿の学生たち。携帯を片手に歩く黒縁メガネのサラリーマン。母親と手をつなぎ笑顔が咲き誇っている男の子。

 ここから見える景色がまるで内と外とで区分けされているみたいだ。ここだけが別の世界にも感じる。ここから見える人たちはめったに思わないだろう。今目の前で犯罪が起きていることに。いや気づいていたとしても人間は目を背けてしまう。なぜなら今の生活を壊したくないから。

 だったら今の状況をどうするか。それは簡単なこと自分で行動し自分自身の手で未然に防げばいいのだ。それが俺に出来る。

 車両が赤信号に引っかかり停車する。車内に満ちた静けさが喜色の混じった声で引き裂かれる。


 「あと10分ほどで目的の場所に着く。逃げちゃだめよん。あなたはあたいのものになるんだから」


 そう言ってドライバーシート越しに姉御が手を有栖にかけようとする。

 俺は姉御の顔を見詰めながら微笑を浮かべる。


「残念だがそれはあんたには無理だ諦めてくれ。あとお前右の頬にご注意を」


 姉御が訝しげにこちらを見てくる。

 そして俺は自分の右の頬を指先でトントンと叩くと、左隣の男が怒声をあげ掴みかかってこようとする。

 だがもう遅い。時を止めたんだから。

 ここからは時間との勝負。

  男の顎もとにフックをお見舞いしすぐさま近くの扉を全開にする。そして、有栖の脚に腕を回し自分の胸に抱き寄せる。時間が停止中に人を抱くのは初めてだけど案外軽いもんだな。

 下界に飛び出すと夕陽が俺の横面に照射する。眩しく双眸がショボショボと眼にしみるが気にせず有栖を抱きながら走る。

 残り2秒……どこまで時間を稼げるか。

 住宅街から抜け人通りの少なくなった通り。ちらほら住居が建っている。助けを求めるために駆け込んでも説明している時間を要するし、何よりも有栖が一緒だとここら一帯が騒然となり犯人グループに居所がばれてしまう。それと芸能界で活躍している以上誘拐されそうになったとマスコミに知られてしまえば世間のいい餌になってしまう、悪目立ちはしたくないだろう。

 考えながら走っていると時間が動き始め景色に色が戻る。


 「ここは……それとわたし……ふぇっ…!」


 辺りを見渡しながら自分の置かれている状況を理解した有栖は自分がお姫様だっこされていることに気づき頬を紅潮させ素っ頓狂な声を上げる。


 「悪いが説明は後にしてくれ……!」


 少し掠れがちになった声を喉から漏らす。時が動き始めた途端有栖に体重が加わり、走っているのがきつくなってきたのだ。てか、まじきつい。

 路地裏に入り込むと後ろの方で騒ぎ声が響く。


 「おい!あいつらどこに行った?お、おい鉄無事か!泡吹いてるぞ」


 「う……うう、あ…姉御ぉ」


 「てつぅううううううう…!」


 何やってんだあいつら。

 白けた眼で壁に張り付いていると有栖の声が耳に届く。


 「あ、あの降ろしてもらえないかしら。恥ずかしいから……」


 「そうだった!ごめん」

  

 焦っていたから何も思わなかったけどこの状況とても気恥ずかしいものがあるな。そおっと有栖を降ろす。


「ねぇあなたってもしかして……!」


「静かに」


自分の口許に人差し指をあてがい有栖の言葉を遮る。

犯人グループの乗った車両がこちらに向かってきている。まだ犯人たちに発見されていないので俺は有栖に奥の方へ行くよう促す。


「どうやら当分の間は隠れている必要があるみたいだな」


小さく呟きながら細長い空を見上げる。天上は赤褐色から紺へと移ろい始めている。小1時間ほどここに隠れるしかないようだ。


 「さっきのは……一体どうやったの?」


 コケの生えた外壁に寄りかかっていた有栖はこちらを見詰め小さく囁く。橙色に藍色が混ざった淡い光が彼女の銀髪に溶け鮮やかに輝いている。こんな状況だというのに俺は綺麗だと思ってしまった。

 この情景に息を詰まらせてしまいワンテンポ遅れて言葉を紡ぐ。


 「時を止めることができる……なんて言ったら信じるか?」  


 こんな問いは訊くまでもなく答えは出ている。

 有栖もバカではない、今まで重く冷え切った密室にいたはずが気がつけば明るく暖かい空間に自分が存在したという現象を体験してしまっては信じずにはいられないだろう。しかし、問題は脳である。先刻のような脳の許容範囲を超える事象に直面すると身体を守るために脳は記憶を曖昧にしようとする。だから、有栖がどのように答えるかは解らない。

しかし有栖の表情には疑いの色はなくそれどころか微笑が浮かんでいた。


「もちろん信じるわよ……まさかあなたも能力持ちだったなんて」


「あなたもって……まさか」


「あなたの考えている通り。私の能力は『魅了』よ」


彼女の言葉が脳内で閃いた。


☆ ☆ ☆


夜の帳が下り、辺りは濃紺に包まれていた。

点々と設置されている外灯や住居から溢れる光を頼りに公園に来ていた。

互いに隠していた秘密を打ち明けていると遠方より聞こえ始めた複数人の足音から逃げるように転々としていると人気ひとけのないこの公園に到着したのだ。

公衆ボックスから出ると冷風が肌を打ちつける。 有栖のもとへ戻る途中に自販機を見つけたのでココアを2本買い、有栖の座るベンチへと足を向ける。


「警察には事情を説明してきた。すぐに居場所を特定されて捕まると思うよ」


ほれっ、と言いながらココアを差し出すと有栖は謝辞を述べながら受けとる。


「特定……?」


俺はココアに口をかけ頷く。


「ああ。車から脱出するときにスマホのGPS機能をオンにして後ろの座席の隙間に入れてきた。あとは警察にスマホのIDとパスワードを教えたからすぐに見つかるさ」


「あなた何者……?」


 ココアを一口飲み手元に置いた有栖がこちらをまじまじと見詰めてくる。


 「炎を吐く鬼に捕まった姫様を勇敢に助ける赤帽子のおじさんかな」


 「何でマ〇オなのかしら?普通は『悪者に捕まった王女様を助けに来た白馬の王子様』とか言うんじゃないかしら?」


 「へぇ~」


 ニアニアしながら有栖の話しを聞いていたが、まさかわざと言ったことを訂正したうえに身振り手振りを交えて話すとは。案外天然なところもあるみたいだ。

 1人苦笑を浮かべていると有栖は少し膨れながら。


 「むかつく顔ね。不愉快だわ」


 と昼休みに行った会話がもう一度行われる。

 俺と有栖がそのことに気がつくと互いの表情に花が咲き閑散とした公園に喜色の声が響き渡る。

ひとしきりに笑い合うと、目尻に浮かんだ涙を拭いながら有栖が透き通った声を響かせる。


「今日はたくさんのことであなたに迷惑をかけたわ。だから何かお礼をさせてもらえないかしら?何でも言って」


「男子に軽々しく『何でも』なんて言わない方がいいぞ?危険だから」


「安心して。これでも私、人を見る目はある方だから」


胸を張りながら豪語してくる。半眼になりながらそれを聞いていた俺は腕を組考える。せっかくの行為を無下にするわけにはいかない。

考えを巡らせるが長くは時間がかかることなく1つの答えにすぐにたどり着く。


「オホン。えーと……名前で呼んでくれないか?」


視線を巡らせながら言葉を放つと、有栖はポカンと口を開け沈黙していたがすぐさま苦笑を口許にのせる。


「なんだそんなこと?構わないわよ……でもそれならあなただってそうじゃない」


「へ……?」


「ここに至るまで私のことを『お前』とか『彼女』としか呼んでないじゃない」


 確かに……名前で呼んでないな。

 


 「それじゃよろしく有栖」


 「ええ、こちらこそよろしく。新太」


 少しの気恥ずかしさに頬を指先で掻く。

 公園には車の重低音が響き渡る。

 女子と夜の公園で2人っきりというシチュエーションに陥ったことなんて一度もないのでどういった話をすればいいのかわからない。

 しかし、静けさを引き裂いたのは少しの戸惑いを含んだ有栖の囁き声だった。


「私が今日保健室で話したこと憶えてる?」


保健室で話したこととは、『あなたは他の人と違うのね』のことだろう。

俺は 軽く頷き先を促す。


「魅了なんて能力の存在を認めてから判らなくなったの。この人は本当に私の本質を見て友達になってくれたのかどうかを。稀にだけど無意識的に能力が発動するときがあるの。能力をかけられた人は一瞬だけだけど瞳の色が変わるけど、意識的に見てないとそれはわからない……だからいつしか人を避けるようになったの」


有栖は1つずつ心のうちに秘めた思いを吐露していく。まるで心のダムが決壊したかのように。


「でも……新太は違ったわ。下心を隠した態度をとっていた他の人とは何かが違っていた……新太となら友達として良好な関係を築いていけそうだわ」


「……ごめんなさい。わがまますぎたわね」


約10時間前まではとげとげしかった有栖の声は今では丸くなっている。銀髪の奥の揺らめいている銀瞳を一瞥し頭を垂れる。

友達か……。


「……新太……?」


一皮むけた有栖が女子生徒用制服、ブレザーのリボンを閃かせながら重心を傾ける。

俺は自嘲気味の笑みを浮かべる。

 

「せっかくうちに秘めた思いを話してくれたんだから、俺も話さないとフェアじゃないよな……」


細く長い息を吐き出し呼吸を整える。


「俺が友達を作らなくなったのは有栖の理由と似たり寄ったりで能力のせいで作らなくなったんだ……能力を手に入れた当時はもう有頂天で能力の研究に明け暮れたよ」



両の手のひらをさすり苦笑混じりの声で話す。


「異能のことをある程度知ってからはヒーローの真似事をやりたくなってさ……でも、それがいけなかった…あの頃の俺は浅はかでなにも考えずに行動したから、あんなことに。だから俺に……友達なんて…」


俺の独白を聞いていた有栖がおもむろにベンチを立ち上がり眼前に立ち尽くす。

月明かりを受けて淡く光る白肌の右手を差し出しこちらを見つめる。


「知ったこっちゃないわ。確かに過去の記憶を消し去ることなんてできないけれど、前を向いて生きることはできる。私は過去の新太を知らない、けれど、今の新太を少しは知っているしこれから知ることもできる。だから……これからもよろしくね」


有栖の強引さに思わず息をするのを忘れ口を開けたまま彼女を仰ぐ。

 公園に点在する外灯が有栖を照らし、逆光で表情を窺い知ることはできないがきっと彼女は笑っている。

 夜闇に輝く星のような銀の双眸に吸い込まれながら、差し出された有栖の右手を優しく握り返す。

 その手はやっぱり女の子だと思わせるほどに柔らかく、優しくて、とても温かかった。 

 有栖は知っている。

 能力を持つことによって生じる苦悩を。

 彼女とならきっとやっていける。そんな気がしてならない。

 

 「こちらこそ、よろしく頼む」


 期待に満ちた声が星の咲く暗い海に木霊していった。


 

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