第4話 理解
あの日から1週間が過ぎた。
彼女は、1度も桜の木へ来ていない。
あれ以来1度も会っていない。
本当にこのままで良いのか?
会えないまま、和解しないまま終わっていいのか?
自問自答を繰り返し僕は決心し、立ち上がった。
「よしっ!」
彼女の病室を訪れてみようと思った。
このまま終わることなんて、僕には出来ない。
そうと、決めた僕はすぐに病院へと向かった。
受付の人に「面談です」と言って、彼女の病室を聞き、病室へと向かった。
長い渡り廊下に、僕の足音だけが響き渡る。
329、329号室…
あった。
彼女の病室は、あの桜の木の真横だった。
2階だったからか、ちょうど良く見える。
手を伸ばせば、すぐにも届きそうな距離だった。
手を軽く握って、コンコンとドアを叩く。
「桃香、春希だけど入ってもいいかな?」
控えめなノックをし、中にいる彼女へと声をかける。
返事はない。
寝ているのだろうか?
「桃香、入る…」
「入ってこないで!」
「えっ!?」
中に入ろうとドアに手をかけた瞬間、鋭い声によって僕の手は止まった。
呆然としていると続けざまに悲哀な声が聞こえた。
「ごめん、春希君。嫌いになったわけじゃないの。でも今は、君と会いたくないの…」
そう言った彼女の声はまるで何かに怯えるかのように震えていた。
僕は…彼女のことを知りたくて、知りたくてここに来た。
だから…
「分かった。なら桃香に会えるまで、僕はここにいる。例え何日かかったとしても、僕は君ともう1度会えるまで諦めない」
今までの僕ならすぐに諦めていた。
身体が弱いことに言い訳をして、自分の気持ちに嘘をついて…。
でも、僕は彼女に出会えて、自分を変えることが出来た。
変わる勇気を貰った。
会いたい──。
桃香に…会いたい──。
そう強く願った。
静寂が辺りを支配する。
桃香の病室のドアの傍で腰を下ろし、顔を埋める。
数分にも満たないこの時間が僕には数時間もの時間のように思えた。
待つと言ったものの、面会時間のこともあるだろうからと、僕は立ちあがり、埃を払う。
すると、突然隣のドアが開いた。
「春希君…」
「桃香…」
彼女がドアを開けてこちらを見ていた。
1週間ぶりに会えたのに、かける言葉が見つからない。いざ言葉にしようとなると、何を言えばいいのか分からなかった。
「えっと…入っていいかな?」
「うん、話すね、私のこと」
ムードの欠けらも無い、直球な言葉。
それでも彼女は受け入れてくれた。
彼女に案内され、僕は病室へと入った。
「まずは春希君に謝らなきゃだね。会うことを拒んでしまって、ごめんなさい」
僕はベッドの側へと椅子が置かれ、そこに座っていた。彼女はベッドに腰掛けており、口を開くと直ぐに謝罪の言葉を述べられた。
「いや、その、き、気にしてないから大丈夫だよ。…僕のほうこそごめん。僕は桃香を傷つけてしまったから…」
彼女を傷つけてしまったのは僕も同じだ。
彼女のことを何も知らなかった。
だからこそ知るためにここへ来たのだ。
「教えてほしい、君が何の病気なのか」
僕は意を決し彼女へと疑問を持ちかけた。
彼女が話し出すのを待った。
彼女の表情からは色々な感情が溢れていた。
苦悩。
恐怖。
そして、悲哀。
「…私ね、癌なの」
「えっ?癌…?嘘…だよね…?」
今、彼女は何と言った?
そんなことあるわけない。
嘘だ。嘘に決まっている。
無理矢理にでも言い聞かせて、僕は彼女へと催促する。
「嘘なんかじゃないよ、中2の春に宣告されたんだ」
まるで頭を鈍器で殴られたくらいの衝撃だった。
事実を受け入れたくなくて、ぐるぐると色々な考えが頭のなかを駆け巡る。
目の前にいる少女が、活発で明るくて、元気な女の子が、癌という重い病気にかかっていることが僕には信じられなかった。
「発見した時期が遅かったの…だから、わ…たし…ね…」
嗚咽混じりの声で、涙をポロポロと流しながら話し続ける彼女が痛々しい。
嫌だ。この先の言葉を聞きたくない。
だって彼女は…
「あと…1年しか生きられ…ない…の」
「1…年…」
中2の僕らの先はまだまだ長い。
無限の可能性を秘めた未来が待っている。
なのに───たったの1年。
彼女は1年しか生きられない。
その事実が僕の心を抉った。
この宣告を受けた時、彼女はどんな思いだったのだろうか。
もし僕が1年しか生きられないと言われたら、毎日気が狂って、正気でいられないと思う。
死の恐怖に怯え、この世界から目を背けるだろう。
「それが私の病気。逆らえない運命なんだよ…ご、ごめんね?こんな話しちゃって。ありがとう、聞いてくれて嬉しかったよ?…ってひゃぁ!は、春希君?!」
僕に秘密を教えてくれてなおも無理に笑顔を作っている彼女の姿を見て、僕は耐えきれず抱きしめた。
ほっとけるわけがない。
泣いている彼女を見て僕の中で何かがカチリとはまった。
「僕の前で…無理に笑顔でいなくていいよ?泣きたい時は泣けばいい。涙は決して弱さなんかじゃないよ。僕の胸で良ければ、いつでも貸すからさ」
そう言って僕はより一層彼女を抱きしめた。
「…ごめん、春希君。今だけ胸を貸してね」
僕の胸の中で彼女は泣き続けた。
その姿は、とても儚くて、尊くて───
彼女の泣き声だけが病室に響いていた。
「うわぁ、春希君の洋服、すごく濡らしちゃってる…ごめんなさい!!」
「いいんだよ、僕は平気だから。どう?スッキリした?」
「う、うん/////恥ずかしいところ見られちゃったね/////」
僕の前で泣いしまったのが余程恥ずかしかったのか、はにかみながら彼女は笑った。
「ありがとう!春希君!!」
そして、満面の笑みを僕に見せた。
ドクドクドクドク───。
胸がいつも以上に高鳴る。何だ…。彼女の笑顔を見ると鼓動が早くなる。
「う、うん、どういたしまして」
僕は彼女から視線を外し、そう返すので精一杯だった。
どうしたのだろう、僕は。
自室へと戻って、僕はこの気持ちについて向き合ってみた。
彼女と一緒にいると、なんだか安心できた。彼女の前では、ありのままの自分で居られた。
僕は身体が弱いせいで、ずっと友達と外で遊べなかった。
そのせいか、いつの間にか友達と仲良くすることが出来なくて、一人ぼっちだった。
その苦しさを紛らわせるために絵を描いていたのかもしれない。
いつの日か1人で絵を描くことが好きになっていた。
でも、心のどこかでは友達と話したり、遊んだりすることを望んでいたのかもしれない。
そんな時、あの日、彼女に出会った。
彼女といると、素直に自分の気持ちを話せた。
偽りの表情ではなく、自分の本心で向き合えた。
彼女の雰囲気が、性格が、僕にとって確かな支えだった。
気づけば──いつも彼女のことを考えていた。
怒った時の表情は少し怖いけど可愛くて、泣いていた時の彼女は、心から支えたいって思った。
そして何より…彼女の笑顔が──
そうか。やっと気づいた、この気持ちに───。
僕は…彼女が…彼女のことが───
好き──
好きなんだ───。
言おう。手遅れになる前に、想いを伝えよう。
あの桜の木の下なら想いが伝えられる。
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