秘密結社阪神タイガース

夏秋冬

秘密結社阪神タイガース

西暦20xx年、野球人気は低迷していた。そして追い打ちをかけるようにプロ野球関係者の不祥事が相次いだ。

覚醒剤中毒者の自宅からバットが見つかり、賭博容疑者の車からグローブが見つかり、暴力団との黒い関係を噂される者の事務所からユニフォームが見つかった。

野球選手の社会性に疑問を持つ声が生まれ、やがてそれは野球をすることが反社会性を生む土壌であるという認識になり世間に熟成されていった。競技人口は減り観戦するものも激減した。

そして、ついには青少年に悪影響を及ぼすという理由から、野球追放を叫ぶ良心的市民の声が多数派となり議会を動かした。法は改正され、野球そのものが法的に禁じられた。プロ、アマチュアを問わず全ての野球は禁止され、ここにおいて野球は非合法競技となった。


プロ野球関係者は野球非合法化で路頭に迷い、彼等の不満がいつ爆発してもおかしくない状態だった。

警視庁公安部は元プロ野球関係者の内、監督経験者の動向を常に監視していた。公安は、彼等が野球関係者を扇動する可能性があるとして、公的な発言の端々を問題視して参考人として拘束することで圧力を加え弾圧していった。既に不適切な発言を弄したとして拘留された野村克也や江本孟紀のような人物がおり、先日行われた名古屋市内での野球非合法化に反対するデモを主導した落合博満のような人物もいた。


又、海外からも日本の野球非合法化に対して苦言を呈する人物達がいた。その中でも特に公安がマークしていたのは、米国メジャーリーグに在籍する鈴木イチローで、彼は日本の野球界に対するメッセージを発し続けていた。カリスマ的なその偉業も相まって、国内に潜伏する元プロ野球関係者たちの思想的主導者となっていた。

イチローが近く帰国するという情報を得た公安部は、この機会に元プロ野球関係者が何らかの動きを見せるのではないかと神経をとがらせていた。

しかし、公安にもその所在が掴めない男が一人だけいた。


かつて阪神タイガースの捕手だった矢野燿大は阪神電車尼崎駅近くの薄暗いガード下に佇んでいた。彼は監督経験者ではなかったゆえ公安のマークを逃れていたが、今日ここに来るまでには慎重に尾行を警戒してやって来ていた。関西一円にいる阪神タイガースの元ファンというレジスタンスたちの協力があって得られた貴重な機会を無駄にするわけにはいかなかい。それはある男に会う為だ。

やがてそこに大きな体躯の男が背を丸め人目を避けるようにしてやって来た。すれ違いざま「久しぶりだな」男はそうつぶやいて顔を上げる。その鋭い眼は地下に潜伏していた阪神タイガース元監督、金元知憲だった。金本は続けて矢野に言う。「イチローさんの帰国に合わせて決起する、仲間を集めろ」


秋晴れの、プロ野球が存続していたならば日本シリーズが開催されている頃、イチローは成田空港へと降り立った。何らかの声明が発表されるのではないかと警視庁、千葉県警は最大限の警戒態勢を敷いていた。が、それが盲点であった。成田から遠く離れた場所、阪神甲子園球場がジャックされたのだ。


金本知憲率いる元阪神タイガースの面々は甲子園球場を占拠し、報道向けに野球非合法化に対する抵抗運動であるという声明を発表した。そして甲子園球場で阪神タイガース紅白戦を決行すると宣言したのだ。

彼等は、球場事務所を売店をあらゆる通用門を封鎖した。阪神園芸のみなさんだけは、グラウンド整備が終わり次第速やかに解放した。そして野球が非合法化された日本で堂々と試合を決行したのだ。

藤浪が投げ、福留が打ち、西岡が走り、新井が守った。

大阪毎日放送は上空からヘリでその模様を実況し、関西の全てのテレビ局はニュース映像としてその試合経過を放送し続けた。視聴率はうなぎ登りに上がった。

試合は鳥谷敬のサヨナラ・ツーベースによって白組の勝利で幕を閉じた。


その後、野球合法化への気運が高まり、法改正が進むには十数年の歳月を要した。

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秘密結社阪神タイガース 夏秋冬 @natsuakifuyu

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