第4話 反撃を反撃されてヤバい!
朝日が完全に昇り終わり、ほんのりと温かさを感じさせる橙色の日光が教室の中を照らす中、その教室には所々に氷柱ができており、床は白い冷気で見えなくなっていた。机や椅子は壁際まで吹っ飛び、氷漬け、まるで爆心地のような世界の中心に佇む2つの影
片方は手を床につき、完全に臨戦態勢の、まるで野生動物のように今にも噛みつきそうな小柄な少女が言う。
「レイさんを、よくもよくもよくも!」
常人であれば意識を保つ事すら困難な殺意を向けられようが一切余裕を崩さず、圧倒的強者の風格を漂わせる赤髪の少女が言う。
「あらあら、婚約もしていない殿方に胸を触られれば、ああなるのは当然ではななくて?」
黄金の瞳が映す先は窓際で太陽の光を反射し、煌びやかな氷像となったレイフォード=エストハイム
彼は思う。
どうしてこうなった
──話は30分前へ遡る。
魔力球を飲んだ彼ことレイフォードは困惑していた。
(血管が切れるだとか破裂するだとか言われてたのに全然何も起きない)
既に5分ほど経過したが体への変化は一切なし。生き残ってやると意気込んでいたのに拍子抜けである。
遅効性という可能性もあるが一応目の前で頬を膨らませて必死に笑いを堪えている魔王様に確認をとってみる。
少しジト目で、もうお前が考えていることは分かっているんだぞという風を装いながら
「何も起きないんだが?」
ぶっちゃけ大体この魔王が必死に笑いを堪えている理由は予想出来てきた。
この魔王様は当初俺の魔力を1000まで引き上げると言っていた。つまり注入される魔力は1000、もしくは1000から俺の魔力量473を差し引いた527のどちらかということになる。
この学院の≪ヒト族≫の平均ですら1500、もちろん全ての魔力を身体強化に回す人間などいないではあろうが少なくとも1000如きで死ぬはずもない。
特に俺はランキング1位に褒められるくらいには魔力操作に於いてずば抜けている。この程度であれば意識せずとも完璧に制御ができるのだろう。
そこまで予想していた目の前の魔王様は、本来死ぬはずも無いのに死ぬ覚悟を決めて魔力球を飲み込んでいる俺を見るのが面白くて仕方ないのだろう。
そう考えているとついにマリアの笑いのダムが決壊した。
「あははははっ、そりゃっ、そりゃそうですわっ、わたくし1000しかっ、魔力籠めてませんものっ、それなのにっ、それなのにっ、あははははっ」
ほら、やっぱりそうだったよ。
まぁとはいえ1000だったか。523の方だったら本格的にさっきの破裂やらなんやらがただの脅しにしかならなくなるのだが、1000だっかぁ……
「あははははっ、あははは──こほっ、こほっ」
笑いすぎてむせやがった。
早とちりしてしまったこちらが悪いと言えば悪いのだが、このまま笑われ続けるのも少し悔しいというか、やはり倒すべき相手に笑われ続けるというのも体裁が悪いというか。
少しぎゃふんと言わせてその余裕を崩してやりたいなぁと。
やっていいかな?という視線を妖精ちゃんに向けると親指を上げてゴーサインを出してらっしゃる。
ふっふふふっ
王族というのには弱点がある。これは貴族の少女にも言えることなのだが、総じて男性経験が少ない。生まれた時から婚約者が決まっているなどが多く、性に淫らであることが余りよろしいこととされているのだ。男性と話す機会はあっても今からやられることには慣れていない場合が多い、これが王族ともなれば余計にだ。
さて、なぜ突然そんな説明を始めたのか。
目の前に映るは豊かな双丘、心の望遠鏡でその山をロックオン
腕を上げ、その形にフィットするように指を少し曲げる。
敵、魔王マリア 未だに爆笑したまま。
さぁ男の夢をつかもうではないかっ!!!!
「あははははっ(3)あははははっ(2)」
心の中でカウントダウンをしていく。
「あははははっ(1)あははははっ(GO‼‼)あはは―――≪永久凍土エターナルプリズン≫」
彼女の双丘に両手が触れた瞬間、今まで笑っていたとは思えないほど低い声から呪文が紡げられ、彼女の足元に蒼く不気味に光る魔法陣が出現する。
この魔法は冗談抜きでまずいと思い立ち上がった瞬間、彼女を中心としてまるで四肢がもげるのではという爆風が駆け抜け、その風に触れた物が吹き飛ばされながら凍らされる。
――遅かったか。
≪永久凍土エターナルプリズン≫ 正直この魔法が存在すること自体が驚きで仕方がないのだが、バルトメア戦記という物語で出てくる魔法だ。
子供の頃になんとなく読んだ程度の本なので、どうやって氷が解かれたのかは覚えていないのだが、邪神が使っていたのは覚えている。
術者を中心として360度、突風が吹き抜け、その突風に触れた瞬間氷結し、一切動けなくなるという魔法。
この魔法の最も恐ろしいところは、呪文を唱えただけで魔法陣が自動的に起動されるという点で、そこには本来必要な魔力を魔法陣に出力するといった動作がないため、発動は超高速で回避不可、しかも食らえば全身が氷漬けになるという極悪魔法だ。
何故か俺だけは立ったまま吹き飛ばされずに凍らされていたのだが、流石に殺すのはまずいと思ったのかご丁寧に鼻の周りだけは氷が覆ってなく、見るも無残な氷像が出来上がっている。
妖精ちゃんはあの全範囲瞬間凍結魔法をどうやって躱したのか氷漬けの俺の方に座って何故胸を触ろうという手段に出たのかと視線で攻め立てている。
仕方ないじゃないか悔しかったんだ。
はぁと少し飽きれたため息が目の前から聞こえてきた。
「レイフォード様はもう少しまともな殿方だと思っていましたわ」
邪神の魔法を使ってくるお前のほうが頭おかしいぞと言いたいが凍らされてて動けない。くそう
ツインテールを弄りながら魔王様改め邪神様が何かを考えてらっしゃる。
少ししてから「いいことを思いつきましたわ!」と目を輝かせながら話始める。
一体この魔王が何を言ってくるのかが怖い、怖すぎる。
戦々恐々としている俺に彼女が死の宣告を行う。
「次に誰か来るまでこのままにしておきますわ! そしてわたくしに何をしてこうなったのか、しっかりと説明致しましょう! あ、でも安心してくださいまし。わたくし、その方に説明し終わったら誰にもこのことはお話致しませんし、魔法も解いてあげますわ」
ひっ、余りに恐ろしすぎて言葉がでねぇや。この邪神、社会的に殺しに来やがった。
現魔王の一人娘、言い換えれば王族、その王族の胸を触った挙句に凍らされた男。誰に言おうが絶対に噂は広まるに決まっている。
後期初手でボッチ決定なんて辛すぎる……
ガチャリとドアが開く音がする。
終わった。まじで終わった。
そう思いつつも一筋の希望にかけて誰が来たのか目だけを動かして確認する。
目映ったのは一人の美しい少女。
銀糸のように細く美しい銀髪を腰まで伸ばし、ツーサイドアップにまとめた髪と前頭部には小さくお山さんのようなぴょこんとしたお耳。お尻には筆先のようなモフモフの尻尾。
濁りのない美しい蒼い瞳に、少し幼さの残った顔立ちは彼女の無垢さを表しているかのようだ。
身長140cmほどのその少女を見て俺は一筋の希望が来たことを確信する。
ランキング17位 ≪獣人族≫ シロ
獣人族の中でも滅多に見ることが出来ないと言われている銀狼族の少女。1年生前期で俺と同じクラスであり、彼女の性格は温厚篤実、もしかしたら聞いた話を噂せずに心の留めてくれるかもしれない。
頼むシロ! こいつの話を聞いても自分の心に押し留めて置いてくれ!
拝啓 村に住んでいるお父様 お母様
村に夫として連れてくるはずだった方が殺されていました。
……っといけない。何レイさんを殺しているんだ。
どう見ても完全に氷漬けですけどなんか鼻の周りだけ凍ってないし、もしかしたら生きてるのかも
あれ?今レイさんの目が動いたような……間違いないレイさんが目で私に何か伝えようとしている。
未来の妻としてしっかりと受け取らせていただきます!
……ふむふむなるほど、その必至に訴えかけようとする力強い視線、分かりました。荷が重いですが、私も心に黒く濁った感情が湧いてきました。
ランキング戦でレイさんに勝ったこと自体許せませんけど、あれは1対1の真剣勝負。少なくとも私が口を出すべきことではないです。
この時間はレイさんが一人で訓練をしている時間のはず。恐らくですけど、何らかの奇襲をマリア目の前の女に受けたのでしょう。だからこそ椅子から焦って立ち上がったような状況で凍っていらっしゃる。
ランキング1位を守るためとはいえレイさんを暗殺しようとは、
レイさんもそんな負け方で終わるのが悔しくて仕方ないのでしょう。
手を床につけて、少し腰を上げて、ももの筋肉を最大限活かせる体制をとる。――臨戦態勢、完了
マリア=ルシフェルは初手で殺せなければまず負けだ。そのくらいの差があることは分かっている。≪獣人族≫の瞬発力で一気に殺す。
足にできる限りの力をためて──
「レイさんを、よくもよくもよくも!」
彼女にレイの視線はこう伝わっていた。
かたきを討ってくれ
──何かを言いつつ、よそ見をしているマリア=ルシフェルの息の根を止めんと、音を置き去りにし、最早弾丸と言っても差し支えない爆発的な速度で、マリアの首を目掛けて一直線に飛び掛った。
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