第2話 トラウマがぶっ飛んだ提案をしてきてヤバい!

目下俺は非常に困っていた。

 マリア=ルシフェル ランキング戦の最終試合 まーボロボロに俺を虐めた知る限り世界で2番目に強いであろう少女。

 あの試合には軽いトラウマを植え付けられていたが、今はそれどころではない。


 余りに化け物染みていたので完全に失念していたが、彼女も1年生だったのでランキング戦の順位を考えれば同じクラスになるのは順当だった。


 が、それ以上に

「あのードアを開けた音聞こえなかったのですが?」


 これだった。

 ドアの開けた音が聞こえれば即座に魔力循環をやめ、手に適当な魔法陣を組んで魔法陣の訓練をしていたように見せれる。

 魔力循環の訓練を見られたくなかったのだ。


「あら驚かせてしまいましたか? これは申し訳ございません。寮から歩くのがめんどくさくて≪瞬間転移テレポート ≫を使わせていただきましたの」


 テレポートって、テレポートって、あの魔法って魔人族のエリート共が20人がかりでやるような大規模魔術じゃありませんでしたっけ?

 おっかねーやっぱこの女、魔王っすわ。

 歩くのが面倒くさくて大規模魔術とか乾いた笑いしかでない。


「なるほど、≪ヒト族≫のあなたがどうしてあれほどの身体強化魔術を扱えるのか、魔法陣を高速で書けるのか不思議でしたの。魔力循環、一度やってみたら何となくできましたから辞めましたけど極めるとあなたのような化け物が生まれるのですね!」


「化け物に化け物呼ばわりされたくねぇ!」


 つい魔王様に対して声を荒げてしまった。

 女の子に対してそんなことを言うんじゃないと肩の妖精さんから耳をつねられるが今は無視だ。

 ちなみにだがこの妖精さん、僕以外には基本的に見えていないし、音も聞こえない。


「わたくしを化け物だなんて、ひどい殿方もおりますこと。それにしても魔力循環とはなかなか馬鹿には出来ない訓練なのですわね。滑らかな魔力は身体強化における魔力効率を上げ、精密な魔力操作は術式の出力速度を上げると」


 一目で魔力循環訓練の効果がバレた。

 くそう、これで訓練を真似されたら既に手が付けられないのだが余計に手がつけられなくなる。差は開いていくばかりだ。


「そんな死んだ魚みたいな目をしないで下さいまし。貴方がこの学院のランキング1位になりたいのは知っておりますし、≪ヒト族≫の貴方がこの訓練を知られればいよいよ貴方の有利は失われてランキング1位もどんどん遠ざかってゆくと、そうお考えになられているのでは無くて?」


 わー大正解。もう心理学者にでもなっちゃえよ絶対成功するぞ

 軽く心の折れてきた僕は机に肘をついて「だとしたら?」とぶっきらぼうに返す。


 はぁとため息をついた彼女は、前の席にカバンを置きながら席に座り、よいしょとモデル顔負けの艶やかな四肢を廊下側へと動かし、横目で黄金色の瞳をこちらへと向ける。少し細められた琥珀は少し怒っているようで


「貴方の魔力操作技術は超一流といっても過言ではありませんわ。少なくとも貴方の訓練方法がバレても一朝一夕で身につくようなものではありません、自信を持ってくださいまし。 

 まぁでも、それだけではわたくしに勝てないのはランキング戦で証明されましたし」


 一呼吸おき、今度は目だけではなく、妖精ちゃんの可憐な顔にも劣らない鮮麗な顔をこちらへと向ける。

 その瞳は強い光が見えており、これから話す内容にただならぬ決意があることを伺わされる。


「貴方は魔力操作技術に対して魔法に対する造詣があまりに浅すぎます。それでは魔力操作も活かしきることが出来ませんわ。そ・こ・で わたくしの魔法、興味がありません事?」






 時間が止まったかのような錯覚を受けた。唐突なその提案は僕の思考を停止させるには十分すぎるほど衝撃的で、そして魅力溢れるものだった。

 完全に思考停止していた頭が妖精ちゃんの小さな腕に小突かれて再稼働を始める。


 え?え?え? ガチ? まじで?

 実は変な魔法を教えて僕を弱くさせようとしてましたーとかいうオチじゃないよね?


 当然だが学院で教えられる魔法は一通り覚えた。がしかし、ランキング戦で彼女には一切通用しなかった。

正直手詰まりのような状態だったため、僕としてはこの上なく有難いのだが、それをするメリットが彼女にあるとは思えない。

 確認のため、もう一度しっかりと彼女を見るが彼女の表情からは冷やかしのような雰囲気が一切ない。


 信じ難いが本気……なんだろう……


 魔人族の、恐らく最強であろう少女の魔法、一体何が要求されるか、一体何故教えてくれるのか、分からないことが多過ぎて不安で仕方ない。


 それでも…


 机についた肘を取り下げ、代わりに両手のひらと、そして額を机につける。


「どうか、どうか俺に魔法を教えてくれ!」


 俺の答えは決まっていた。





 彼女の澄んだ声が聞こえるまでどれほど経っただろうか、彼女の返答が来るまで頭を上げるつもりはなかった。

 心臓がバクバクうるさい。気分は好きな子に告白して返事を待っている少年だ。


「あはっ、あははははっ! レイフォース様とは初めてお話致しましたが面白いお方ですわね!」


 聞こえてきたのは笑い声だった。それも今までのような淑女とは違う年相応の雰囲気の


 えっ あのー冗談だったり? あんな真剣な顔も冗談?


 彼女の顔を確認すると笑いすぎてかほんのちょっぴり目尻には涙が浮かんでいた。

 僕が顔を上げたことを確認した彼女は、女性らしいほっそりとした人差し指で笑い涙を拭きとった後、呼吸を落ち着けてから


「もちろん教えさせていただきますわ。でも、でも、わたくし、興味が、ありませんか? としか、聞いて、いないのに、あはははは、無理、無理ですわっ、こんなの、あははははっ」


「お、おう?」


 再び笑い始めた彼女に一体何が面白いのか分からず、肩の妖精ちゃんに視線で助けを求めたら、腕を天秤に、首を横に振ってお手上げの意を示した。


 少しすると落ちついたようで、今度は我を忘れて笑ったのを恥じたのか、凛々しい顔をほんのりと赤く染めて立ち上がり、一息ついて手を差し出してきた。


「わたくしが貴方に求めることはただ一つですわ。わたくしより強くなりなさい。わたくしに教えられる魔法は、理論は、戦術は、何でも教えて差し上げます。但し、それだけで勝てるとは思わないで下さいまし? 期限はこの学院を卒業するまで、期待しておりますわよ?」


 手のひらを横向きにしたその手の意は握手。手を取れば契約成立。何があって、どんな思いで、勝とうとしてる相手に自身の持てる技術を教えようと、自身を負かせと言っているのか、今の僕には全く分からない。

 が、その真っ直ぐな瞳には、気まぐれなどではなく確固たる意志を感じさせる。

 今、その由を聞くなんて無粋な真似もしない。


 席を立ち、机を挟んで向かい合う。長身な彼女は俺と同じ背の高さで、顔を動かさずとも目が合う。

 その瞳は力強さを残しており、彼女の決意を再確認した俺は無言で彼女の手を取る。

 女性特有の柔らかな肌の質感を優しく、それでも意思が伝わるように力強く握る。

 今度は真摯な願いなど要らない。むしろ必要なのは意気込みだ。


「≪ヒト族≫舐めんなよ? 教えたことを後悔するくらいボコボコにしてやる」


 口を吊り上げ不敵に笑ってやる。


「あらあら素晴らしい意気込みですこと。もし達成できなかったら今の宣言を全世界にばら撒くのが良さそうですわね」


 そう小言を言った彼女に、地平線から顔を出し始めた太陽の黄金が降りかかる。

 まるでこの契約を太陽が祝福しているかのような完璧なタイミングだ。

 透き通るような紅いツインテールは払暁の光により、美しく波打つブローチへとかわり、先程まで笑い涙を貯めていたその目尻は淡く輝き、余りに神秘的なその美貌に見とれてしまいつい無言で彼女の顔を凝視してしまう。


 朝日に彩られた彼女は、この日の出来事をより鮮明に、間違いなく一生覚えているだろうとそう思わせる程に美しかった。

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