長野家の楽しい一日

@imt

第1話

1.寿司が食べたい

夕方、長野徳和は、部屋で科学図鑑をパラパラとめくっていた。科学図鑑には、自分達が日常の生活で見るものの仕組みを科学的に説明してくれる。

パラパラとめくっていくと、回転寿司の仕組みが書かれてあるページを見て手を止めた。回転寿司といえば、回って来るお寿司を取って食べる、という日本では人気の高いものである。

ページには、一定時間が経過したお寿司ははじかれる、店員が会計の際にお皿をチェックするのはお皿に値段を記憶させたICチップが埋め込まれていることを知った。

これまでただ食べるだけしか考えていなかったので、驚いた。

そのようなことをやっていると、ノックの音がして、妹の美久が入って来た。

美久は徳和の6つ下で、小学5年生。小学生でありながら頭がすごく良く、高校で習う箇所もすでに網羅している。それに対して自分は数学以外ほとんど出来ず、いつも美久に勉強を教えてもらって何とか赤点を免れている。もはや生まれてくる順番を間違えた、としか言えない。

「のり兄、もう6時だよ。そろそろ晩御飯の支度をしてよ」

長野家は両親が共働きであるため、家事は徳和が担当している。

「そうだな。今日は寿司でも作るか」

「え?寿司作った所見たこと無いんだけど、出来るの?」

「僕も伊達に寿司を食ってた訳じゃないからな。なんとなくわかる。まあ任せてよ。今日は無性に寿司が食べたくなったんで」

「・・・何かすごく不安なんだけど」

徳和は早速スーパーで刺身を多く買って来ると、何等分かに切り分け、炊いたご飯を団扇であおいだ。その後、刺身をご飯に乗せ、合計60個作った。

「よし。これで完成。美久、1つ味見してみて」

徳和に促され、美久は、1つ取って食べた。しかし、全く酢飯の味ではなく、ただ単に白飯に刺身を乗っけただけの感じだった。

「・・・のり兄、ご飯にお酢かけたの?」

「え?お酢かけるの?」

「知らなかったの?食べたことがあるから大丈夫と言っておきながら」

「うん。お酢かけるなんて知らなかった。白飯炊いて団扇であおいで刺身を乗っけて完成だと思ってた」

「違うわ!!寿司はご飯にお酢を入れて混ぜて酢飯にするんだよ。食べたことがあるなら普段食べてる白飯と違うことくらいわかるでしょ」

「・・・気づいてなかった」

美久は溜息をついて頭を抱えた。何で自分の兄はこんなにアホなのだろうか。

「まあでも作ったものは仕方がない。別に不味いわけじゃないだろ?白飯と刺身のコンビネーションもいけるし、次そうすればいいさ」

「開き直り早っ」

美久が兄のあっさり立ち直る姿を見て呆れていると、玄関のドアが開く音がして、「ただいま」と父の千尋と母の彩の声がした。

「あ、お父さん、お母さん、お帰り」

美久は笑顔で2人を迎えた。

「今日、給料日だから、奮発して寿司を買ってきたよ」

千尋は手に持っていた袋から大きい器を取り出した。

「え?本当に?」

徳和は素早く千尋のそばに駆け寄ってきた。

「のり兄は自分が作ったあれがあるでしょ」

そう言って、美久は徳和が作った寿司紛いのものを指さした。

「・・・・・え?」

「それはそうでしょ。自分が食べたいって言って作ったんだから。いけるんでしょ?だったらいいじゃん」

「いや、全然良くないんだけど。本物の寿司を目の前にして寿司の偽物食べるって」

「自分の無知を恨んでよ。じぶんが蒔いた種じゃん」

「・・・・・はい」

反論できず、徳和は項垂れた。

その後、徳和は3人が本物の寿司を食べているのを見ないように顔を下げ、自分が作った偽物の寿司を黙々と食べた。

長野家の一日はこんな調子で流れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

長野家の楽しい一日 @imt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る