第10章ー1 ジンの所業

 時空境界を顕現させ、ジンは宝船をヒメジャノメ星系へと逃がした。その判断は正解だった。その後も、TheWOCの宇宙戦艦が次々とワープアウトしてきたのだ。

 ただ、敵艦が完全にワープアウトするのを大人しく待つ義理はなく、ジンと彩香は容赦のない砲撃を浴びせている。

 超エナジーフィールドにレーザービームは、ほぼ無力。まだミサイルの方が、爆発力によってフィールドを歪めるため有効である。しかし、その常識が崩れたのだ。

 ジンが操縦するセンプウと彩香の搭乗するユキヒョウの砲撃によって、緻密に制御されている超エナジーフィールドが、無秩序なエナジーの奔流へと変わる。むろん中の艦の表面は、超エナジーによって多大な損害を受ける。それは宇宙戦艦の装甲でも同様である。

 宇宙戦艦のコンバットオペレーションルームは混乱の極みにあった。今までの軍事常識が全く通用しないのだ。

 実のところ、ジンと彩香も最初は目を疑った。

 超エナジーフィールドが無秩序になる現象など見たことも聞いたこともなかった。

 現在のワープ技術でもワープイン、ワープアウトは危険を伴う。それは超エナジーフィールドの制御に失敗し、暴走する可能性があるからだ。逆に制御さえ出来ていれば、問題は発生しない。そして超エナジーフィールドの制御技術は、確立されているのだ。

 TheWOCにとって、不可解で原因不明の現象なのだが、ジンと彩香には心当たりがあった。

 センプウとユキヒョウの砲撃には、ダークエナジーが使用されている幽谷レーザービームなのだ。通常のレーザービームにはないダークエナジーが、超エナジーフィールドに影響を与えていると推察できる。

「次から次へと湧いてくるな。彩香、新しい機体に交換だ」

『承知しました、ジン様。それと宇宙戦艦は、菌やウィルスではありませんので湧いてきません。わたくしが除菌剤にでもなったようで不快です』

 ユキヒョウの格納庫から、通常合金を使用している手打鉦と同じ材質の球体が射出された。ただ半球体で20メートルの手打鉦と異なり、直径が30メートルぐらいある球体なのだ。

「そうか・・・。菌やウィルスならば、我らに害をなさないから見逃してやっても良かったがな。ルリタテハ王国の為にも殲滅しておこう」

 2人は平易な口振りで淡々と、まるで茶飲み話をしているかのような雰囲気でディスプレイ越しに会話している。戦闘開始から、すでに20時間が経過しているにもかかわらず疲れをみせない。

『TheWOCにとっては不運ですね』

 球体がジンの駆るセンプウに近づき2枚貝のように割れる。中にジン専用機の白いラセンと、大型スナイパーライフル”遠轟雷(エンゴウライ)”2挺が入っていた。折りたたんでいた四肢を伸ばしたラセンが、両手にエンゴウライを持って待機する。

 次の瞬間には、センプウが割れ目へと取り付く。

 薄く開いた2枚貝のような30メートルの手打鉦は、敵の攻撃からラセンを護るため、刻一刻と位置を変える。ジンはセンプウの胸部にあるコクピットから飛び出し、ラセンに乗り込みコクピットが閉じる前に操縦する。その間、僅か4秒。

 アンドロイドだから可能な芸当であった。

 生身にクールメットとスペースアンダー姿で宇宙空間に飛び出しても、むろん肉体は無事に済む。そのように設計されているのだ。しかし宇宙空間で長時間の遊泳は不可能である。酸素が足りなくなるからだ。

 人であったなら、酸素供給装置とクールメットを接続する。そして、コクピット内の気圧を安定させる。

 この2つが完了しないでサムライを操縦すると、人体への負荷が大きく最悪の場合、意識を失ってしまうのだ。

「彩香、センプウを回収せよ」

 30メートルの手打鉦が分離した瞬間、白いラセンが宙へと飛翔した。様々な孤を描きながらも滑らかな軌道で、TheWOCの攻撃を躱しながらエンゴウライを連射する。ほぼ全弾がTheWOCの人型兵器であるバイオネッタを貫く。

『承知しました。それにしても、まさかジン様と遭遇するとは、TheWOCの艦隊も想像していないかったでしょうね』

 センプウは自ら四肢を折りたたみ、手打鉦に収納される。そして30メートルの球体がユキヒョウへと戻っていく。

「それは早計だな。TheWOCは3個分艦隊を派遣してきたのだ。我らを抹殺する気でいたと考えるのが妥当。3個分艦隊程度の戦力では、ヒメシロ星系を征服できない。しかし、ヒメジャノメ星系を支配下に置き、我らを抹殺するには充分な数よな」

『なるほど・・・通常宙域で囲まれていたらと考えると・・・ゾッとします。今は、敵が順次ワープアウトしているので、攻撃が楽で良いですね。各個撃破しやすくて・・・軍事演習のために、わざわざ良い的を用意してくれたかのようです』

 実際のところは、彩香の言うような難易度が低い戦場ではなかった。

 宇宙戦艦の主な攻撃手段であるレーザービームと誘導ミサイルの荒れ狂う空間に、ジンと彩香が身を置いている。そこに宇宙空母から発艦した無数の艦載機による攻撃が加わるのだ。

 ジンと彩香がワープアウトしてくる艦を攻撃している間、ワープアウトを終えた宇宙戦艦と宇宙空母、その艦載機が何もしない訳ではない。ラセンとユキヒョウは攻撃を回避しながら、未だ超エナジーフィールドを纏っている艦を優先目標にしている。

 艦のワープアウトは、33隻目が最後だった。

 TheWOCの戦力は、ジンの読み通り3個分艦隊だったのだ。


 宇宙空間での艦隊戦において、星系内であれば、恒星や惑星、小惑星、衛星などを・・・。星系間では、ワープポイントや星間物質の雲、小天体などの特異点を・・・。戦略、作戦、戦術に組み込む。

 近距離であれば宇宙戦艦のレーザービームは確実に命中する。ただし、それは敵戦艦も同様なのだ。そのため、互いに距離を詰めるし、互いに距離を取る。

 艦載機が敵艦を攻撃している時、艦は敵の砲撃が命中しない位置まで距離を取ろうとする。逆に敵艦は、艦載機を盾にして砲撃の届く位置へと距離を詰めようとする。

 しかしTheWOCの相手は、ユキヒョウ1隻とサムライ1機。

 艦隊の陣形が崩れきり、乱戦となっていた。

 それにも関わらず、TheWOCが圧倒的に劣勢に立たされているのだ。

 TheWOCの33隻目がワープアウトしてから9時間、戦闘開始から実に29時間が経過している。29時間を休憩なしで、ジンと彩香は戦闘を続けているということだ。ジンに至っては戦闘中にサムライを4回乗り換え、現在5機目で戦っている。

「ジン様。現状認識が間違っている上、高圧的な降伏勧告がオープンチャネルで繋がっていますが・・・。如何いたしますか?」

 ユキヒョウのメインディスプレイには、TheWOCの艦隊の総司令官が大写しになっていた。そこから”貴艦を完全に包囲している。武装解除し降伏したまえ。捕虜としての待遇を約束してやろう”というような内容を言葉を変えて何度も告げている。

 度し難い愚か者ですねぇ。

 現状を戦争と勘違いしているようでは、命運は尽きましたね。

 甘すぎます

『何処だ?』

「データリンク完」

 ユキヒョウに搭載されている幽谷レーザービームが一斉に放たれ、闇光する漆黒の7条の瞬きが敵艦を貫き一瞬で宙に消えた。一瞬後、TheWOC艦隊の旗艦から眩い閃光が発生し、艦体が爆ぜ跡形もなくなった。

「了・・・早すぎです、ジン様。部下の報告は、最後まで聴いて欲しいものです」

 互いに距離を取った宇宙戦艦の砲撃は、中々命中しない。宇宙空間において正確で精確な計測は難しく、数撃てば当たるという砲撃戦になることが多い。

 しかしサムライを駆るデスホワイトは、敵艦を攻撃できる距離で交戦しながら観測手を務められる。それどころか、ユキヒョウとであれば、狙撃手も兼ねられるのだ。

 故にユキヒョウの攻撃は、敵宇宙戦艦に命中する。

 彩香は舞姫システムで手打鉦を操り、近距離迎撃用の幽谷レーザービームでユキヒョウに纏わりつくバイオネッタを相手にしている。宇宙戦艦への砲撃は全てジンが担当しているのだった。

 旗艦を失って1時間も経たない内、またしてもTheWOCから通信が入った。

「ジン様、オープンチャネルで降伏の申し入れがありました。如何いたしますか?」

『・・・バカを言うな、彩香。どこの宇宙艦隊が、たかが1隻の民間の恒星間宇宙船に降伏するのだ』

 ジンの口振りから、全然信じられないとのニュアンスではなく、却下である事が読み取れた。

 TheWOCの最初の通信内容よりは分を弁えていたので、彩香はジンの発言の一部訂正と翻意を試みる。

「ユキヒョウは民間船ですが、ジン様の操縦しているサムライは紛れもなく軍用機です」

『確かにな。しかし、3個分艦隊以上の宇宙戦艦が、1機の人型兵器に降伏する軍隊がいるとでも? 我が考えるに彩香よ、降伏の申し入れは汝の勘違いだ』

 常識論を振りかざしてジンが語っている時は、無理を押し通す時。

 彼の通り名には”強引がマイウェイ”というのもあるのだ。

「ジン様?」

『停戦してから武装解除まで行い。その状態を保つのが降伏と言えるのだ。それにだ、TheWOCは、この強力なジャミングを解いていない。自ら実行しているジャミングの所為で艦隊運動どころか、バイオネッタ4機編隊での行動すら、まともに成し得ない。そのような敵が統一した意志を持って降伏を申し込んでいるだろうか?』

 極めて強力なジャミングは戦闘が10時間超えたあたりから開始された。サムライの近くの艦がユキヒョウの的になっていることから、ジンが観測手・・・スポッターを務めていると推察したのだろう。ジンがスポッターであるとは、正確な推察であった。しかし妨害方法が間違っていた・・・というより、現在の技術では妨害方法がない。

 通信は精神感応物質オリハルコンを使用している。

 オリハルコンは精神と通信できるのだ。オリハルコン同士の通信は、精神との通信より技術的な難易度が低い。そしてルリタテハ王国の科学力は、オリハルコン同士の通信を技術として確立していた。

 TheWOCは強力なジャミングで”手打鉦”の動きを止めようとしているが、オリハルコン通信のため、電磁波の影響を全く受けない。電磁波はダークマターに干渉できないのだ。

 ただ、オリハルコン通信の媒体が何であるかは解明できていない。一説には重力波ではないかとも言われている。オリハルコン通信技術はルリタテハ王国で最も人気があり、最も資金が投入されている研究分野なのだ。

 TheWOCは自らの強力なジャミングによって、逆に自陣内の通信に多大な影響を受けていた。もはや戦術どころか、艦隊運用にまで支障を来している始末である。

 TheWOCの人型兵器であるバイオネッタは部隊としての行動ができず、ユキヒョウにバラバラに攻撃を仕掛けるだけで、”手打鉦”の罠に見事に嵌る。

 また他のバイオネッタ部隊は、ジンのセンプウを包囲したが、距離測定がまともにできず同士撃ちとなった。慌てて攻撃を中止した刹那、センプウの闇光する幽谷レーザービームライフルによって、纏わりついていたバイオネッタ全機が一瞬にして撃破されたのだ。

「・・・そう・・・ですね」

『さて、彩香。以上より汝の勘違いとみるのが妥当だ。良いか、強力なジャミングゆえ、オープンチャネルも影響を受けたのだ』

「失礼しました、ジン様。わたくしの勘違いのようです。すべてはジン様の仰る通りですね」

 彩香はあっさりとジンの屁理屈を受け入れた。

 疲れを知らないジンと彩香とはいえ武器弾薬やエナジーには限りがあり、敵の装備品を鹵獲したくとも戦場の敵を掃討しない限りは無理である。

 ならば戦闘の続行が、一番生存確率を高くする方法であると彩香は理解したのだ。


 第3分艦隊の旗艦に所属している主だった幕僚が、指令室に集結していた。その8人の幕僚は、一様に渋い表情を浮かべているのだが、一人だけ平静を保っている老齢の参謀がいた。

 彼の名はジョン・サルストン。小柄な体躯に強い意志を感じさせるグレーの瞳、短い白髪の下にある頭には膨大な軍事知識が入っている。

 サルストンは民主主義国連合の連合軍に30年間所属し、参謀として輝かしい実績を残した。彼の実績に目を付けたTheWOCは招聘したのだ。以来約20年間、サルストンはTheWOCの私設軍隊で、過去の作戦の知識を披露し、将来の軍事作戦を立案した。

 彼の軍事作戦に基づいて、TheWOCは開発した軍需品の評価を実施したのだ。

 またサルストンは、時に技術者と議論し、時に軍隊の参謀を教育し、時に艦隊司令官を導いた。

 そんな実績と人望を兼ね備えたサルストン参謀が落ち着いているので、司令官のクレイグ・メロー提督は言葉に希望を込めて戦局を尋ねた。

「サルストン参謀。貴官はこの戦局をどう読む?」

「芳しくありませんな。敵の宇宙船の射撃は正確無比で、防御にも隙がない。敵の新兵器は戦闘の有り様を変えるかもしれません。それにサムライのパイロットは尋常でない。人の域を越えているといっても良い。なぜ1機しか戦場に投入しないのか・・・。乱戦での相撃ちを怖れているのか・・・。パイロットが2名しかいないので、交代で戦場に出陣しているのやもしれませんな。サムライのパイロットが観測手を務めているから宇宙船の射撃の精度が高いのは間違いないでしょうな。それにしてもこの戦い方・・・デスホワイトの戦い方に、余りにも似ている。ここ20年以上戦場に現れたとの話を聞かないので、エースパイロットの数人に伝授したのでしょうな」

 メロー司令のブラウンの瞳に不安の色が顕れ、幕僚の間には動揺が広がった。

 デスホワイトの雷名は天の川銀河の軍隊に轟き、将兵に恐れられていた。

「デスホワイトの伝説再びか・・・民主主義国連合にとっては頭の痛い事実だ」

《”モンテイアージ”轟沈! 艦隊司令部機能を第2分艦隊”レポラーノ”が継承》

 機械の合成音声が司令室に響いた。第2分艦隊の旗艦レポラーノから予め決めていた符丁の通信が入ったのだ。

 メロー司令は、斜め後ろに控えている副官のリータ・レーヴィ=モンタルチーニに、右手を少し挙げ合図した。

「了解しました、メロー提督」

 モンタルチーニは動揺を声に出さないよう抑制し返事した。女性としては低く良く通る声である。そして目の前になる端末を即座に操作し、司令部機能継承について承知した旨の符丁を全艦艇に通知したのだ。

 幕僚達の前ある巨大3Dホログラムに、刻一刻と変化する戦況が表示されている。ピクトグラムで宇宙戦艦、宇宙空母、人型兵器などを現し、色で敵味方を識別できるようになっている。また中心には、第3分艦隊旗艦”グロッターリエ”がマークされているのだ。

「メロー提督。レポラーノの戦術コンピューターとのリンクの切断を具申いたします」

「どういう意図だ、ゴルジ大佐」

 穏やかな口調だが、鋭い視線をメロー司令はカミッロ・ゴルジに向けた。

「司令部からの命令とはいえ、第2分艦隊の盾となる宙域への陣を張るだけ。第1分艦隊の二の舞となる未来しか見えません。戦力の逐次投入は愚策です」

「尤もな意見だ。しかしな、司令部からの命令には従わねば。どうか?」

 ゴルジ大佐も心得たもので、メロー司令の指摘に対する解決策を意見具申する。

「強力なジャミングのため、リンクが切断されることは、戦場では良くある事象です」

「モンタルチーニ大尉。リンク切断の実行。それと、其の事を艦長に伝達・・・」

 メロー司令が副官に命令している途中で、サルストン参謀が徐に口を挟む。

「メロー提督。戦術コンピューターリンクの周波数帯域のジャミングが特に強ければ、更に説得力が増しますな。先にジャミングを強化するのが良いかと」

 サルストンは意見具申の体を成しつつ場を落ち着かせようと、意図的にゆったりとした口調で話した。

「なるほど・・・サルストン参謀の意見も採用しよう。戦術コンピューターの通信のジャミングを強化し、次にリンクの切断。それと艦長に意図の説明もだ!」

「了解しました」

 急ぎ、コンバットオペレーションルームでグロッターリエの指揮をとる艦長に、モンタルチーニが連絡を入れた。

 リンク切断の命令で浮足立った幕僚を宥める効果はあったようだな。ただ残念ながら、幕僚達の表情から不安を消し去るに至らなかった。やはりメロー司令から、勝利できると思わせる作戦を説明してもらうしかないか・・・。

 サルストンは参謀としての職務に忠実であり、有能でもあった。すでに作戦の立案を終え、3Dホログラムに表示できるまで用意してあったのだ。

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