第9章-2 TheWOCの科学者
宝船に装備されたメディカロイドは、新開グループの最先端技術の固まりである。それはルリタテハ王国の最先端技術であることを意味する。他のメーカーの最新機は新開グループの2世代前ぐらいの性能なのだ。
しかし高い性能には高い価格が伴う。新開グループのメディカロイドの市場価格は、桁が1つ上になる。
その最新鋭メディカロイドを翔太は苦もなく操ったのだ。
7ヶ所の粉砕骨折。
10ヶ所以上の単純骨折。
腱と筋の断裂は多数。
裂傷は無数である。
そんな満身創痍のヴェンカトラマン・ラマクリシュナンの肉体が、約1ヶ月で回復するとメディカロイドに診断されたのだ。
またメディカロイドには、オリハルコン合金の精神感応による痛覚無効化技術が標準搭載されている。
治療中の肉体への負荷をミスリル合金の重力を変化させてコントロールする。宝船のメディカロイドは、無重力から2Gまで0.001G単位でコントロールできるのだ。体の治り具合によって、メディカロイドは治療カプセル内の重力を調整するのだ。
ラマクリシュナンを治療しているメディカロイドの部屋に、アキトたち4人が入る。
「なんだ、あれ?」
「最新式のメディカロイドさ」
「そうじゃねぇーぜ。きたねぇーもん見せんなってんだよ! しかも何で強調してんだ?」
円柱状の治療カプセルの中で、ラマクリシュナンが素っ裸で浮かんでいるのだ。
「ライトといったら、アップライトに決まってるぞ」
「そうじゃねぇー。オレが言いてぇーのはっ・・・」
アキトの言葉を遮るように、翔太が口を挟む。
「そうそう、アキトの言う通りだよ、ゴウ兄。やっぱりダウンライトも必要なのさ。次の整備で、全カプセルに取り付けるべきだよね」
「うむ・・・だがダウンライトより、横からのスポットライトを追加すべきと俺は思うぞ」
翔太は顎に手を当て、肯きつつ答える。
「なるほどなるほど、それも魅力的なオプションだね」
「何を言うのだぁああああ」
突然大声を出したシュテファン・ヘルが、オーバーリアクションでセリフを続ける。
「我輩が考えるにぃーー・・・両方を装備するという、その一択しか、あ、り、得、な、いぃいぃぃーーーー」
ヘルは治療カプセルを指さし、最後にポーズを決めた。
「シュテファーン・・・ヘルッ!」
ラマクリシュナンの両肩に手を置き、ゴウは喜色満面の笑顔で告げる。
「うむ、良くぞ、良くぞ言った。その通りだぁああああ。そしてお前は、科学者としてでなくトレジャーハンティングユニットお宝屋で輝く逸材である」
暑苦しい筋肉ダルマと禿頭のマッドサイエンティストが意気投合している。
「貴様の目に寸分の狂いも、いや量子レベルでの誤差もない」
満足気に肯き、ヘルは言葉を継ぐ。
「ただ・・・しかぉーし、我輩は宇宙一の科学者にして研究者である。人類の技術の進歩は貴様の手を置いている我輩の双肩にかかっているぅうううう」
何だって装備に余計な代物をつけたがんだ。オモシロくしないと死んじゃう病なのか?
全くもって、相も変わらずのオモシロやだぜ。
「何を言ってるのだ、ヘルよ。宝船で今も研究してるじゃないか」
「おおぉーーー。まさしく我輩は、今も研究しているぅ。宝船でも研究は可能・・・承知したぁあああーーー」
ゴウはヘルの肩から手を離し、一歩下がってから右手を差し出した。その手をヘルが力強く握りしめた。
その時、4人以外の声が部屋に響いた。
『君たちは面会に来たんだろう? 何故にワシを放っておく。目的を忘れるとは、科学者としての基本がなってない。まず目的を達成するためのマイルストーンを設定し、それをクリアしていかねばならないのだからな』
素っ裸のラマクリシュナンが目を開け、口を動かしていた。
「うむ、それはそうだが・・・股間を輝かせて吠えても、みっともないだけだぞ」
「いやいや。神聖なる光にって隠されてるじゃないか、ゴウ兄」
『これは、ワシの意思ではない』
「その通りだ。しかぉーし、みっともないことに変わりはない。我輩は、同じ民主主義国連合の出身として恥ずかしいなぁあああーーー」
『おぉーっと、それは間違ってる。すでに君は死亡したことになっている。シュテファン・ヘルという人間の戸籍は抹消されているのだからな。全くもって、浅慮というしかない』
「たかが書類上のこと、我輩はまっっったく気にならない。書類上は生きていて、もうすぐ死亡する己自身の行く末を案じる方がいいそぉおおおーー」
『待てっ! この惑星には、TheWOCの軍が駐屯している。今頃はワシを捜し回っているんだ。そっ、そう・・・ワシなら、TheWOCとの間をとりなしてやれるんだからな。どっ、どうだ?』
「残念だったなラマクリシュナン。貴様は1ヶ月もの間、目を覚まさなかったのだ。宝船はヒメジャノメ星系に向かって航行中であぁあぁるっ。そして貴様は我輩に命の貸しがあるだろう。故に命で返してもらおう。そうだぁあああーーー、取り敢えずは全身脱毛からしてもらおぉおおおおーーー」
サラッと嘘を吐いた上に、ヘルはジンの思考パターンを見事にパクっていた。
「ホント、人として間違ってるぜ」
「いやいや、アキト。マッドサイエンティストって人種は、人として扱わなくてもいいのさ」
翔太の言葉に思わず肯いてしまった。もの凄く納得がいったからだ。
幼い頃は研究者が、学生の時は技術者が身近にいた。
熱心過ぎるが故に、衣食住とコミュニケーションに支障を来している人を大勢みてきた。だが、人らしい生活を放棄しているのは己自身であり、他者に強要してはいなかった。関係者に影響がなかったとは言わないが、関わりを最小限に保てばイイだけで、皆は遠巻きにしていた。
そして生暖かい眼差しで見つめつつ、面倒事を避けてるため監視していた。
「その意見には賛成だけどよ。ヘルに任せてたんのは、時間のムダでしかないぜ」
「大丈夫大丈夫、秘策があるんだよねぇー」
「どんな?」
「うんうん、知りたいよね」
円柱の側面にある大型端末へと足を踏み出す。3つあるイスの中央に翔太が腰を下ろすと、空中に大型ディスプレイが顕れた。
そこには元々、透過性の高い通常物質とダークマターがあったのだ。メディカロイド用のディスプレイのため、患者の様子を診るのに邪魔とならず、しかも必要な情報が表示される設計が為されている。
ディスプレイを通して見たラマクリシュナンには、負傷個所に矢印と注釈がマッピングされている。
翔太はメディカロイドから有線ケーブルを引っ張り出し、ルーラーリングに接続した。アキトも端末の前に腰を下ろす。自動でディスプレイが情報を表示した。
「重傷だが重体にはなってないんだよねぇー」
そう、大ケガを負っているが、命に別状はない。風姫の風の制御は絶妙だった。宝船の甲板にラマクリシュナンは脚から落下して、頭を全く打っていなかった。脳さえ無事なら、時間はかかっても体なら、再生医療によって完治できる。
風姫はルリタテハの破壊魔であって、殺人姫・・・殺人鬼ではない。惑星ヒメシロで対立したグリーンユースの連中ですら、一人の死者もでなかったのだ。ただ風姫は、こうも言ってた。
”配慮はしてあげるけど、不可抗力までは責任持てないわ。私は、私を護る義務があるのよ”
そう、全くその通りだ。
風姫が王位継承権第八位の王族であると知らなかったとしても、ケガを負わせたりしたらソイツの人生はなくなるも同然。殺したりしたら、死か、死よりも辛い人生が待ち受けるだろう。風姫が自衛行動するのは相手の為でもあるのだ。
だが、荒事上等の王女様というのは、どうかと思うが・・・。
「そうだな・・・両手両足は再生医療を施した方が早いかもしれないが、他はこのままメディカロイドに任せてもよさそうだ」
アキトは自分のコネクトをメディカロイドの端末に接続していた。コネクトには自らの思考パターンに沿ってメディカロイドから知りたい情報をディスプレイに表示させたのだ。その結果からの診断だった。
「そうかそうか、なら安心だね」
何が安心なのかは分からないが、翔太を気に掛ける以上に目の端に捉えたゴウから視線を外せなくなった。イラつき具合が尋常でない。
ゴウの機嫌が急激に傾いてるのを、マッドな2人は全く気づいていない。
ラマクリシュナンは昔、ヘルを未知のダークマターハローへと追放した。ヘルはその代価に、ラマクリシュナンを命ある限り研究助手として使い倒す気のようだ。
聞こえてくる2人のサイエンス漫才によると、TheWOCで研究している時もヘルはラマクリシュナンを酷使してたようだ。60歳過ぎのイイ大人が、涙ながらに抗議していることからも当時の様子が目に見えるようだ。
その訴えに対して、一つ一つ愉しそうに、そしてイキイキと、ヘルは独自理論で応酬している。まあ、屁理屈ともいうが・・・。
「ふっはっはっはっはぁあぁーーーー」
中身のない話を仁王立ちで聴いていたゴウが、とうとう2人の会話に介入したのだった。
「翔太、オフ」
ラマクリシュナンが叫び声をあげ、目を剥き気絶した。
メディカロイドの痛覚遮断を翔太がオフにしたのだ。
「どうすんだ、ゴウ」
アキトは呆れた声で尋ねた。
しかし、答えたのはゴウでなくヘルであった。
「まっっったく問題なぁーっいぃいいいーーー。無知な者の教育には、時に鞭が必要であぁああぁるっ。裏切り者には天罰をっ。そして、改心するまで教育をっ。我輩には便利な助手を、だぁああああーーー」
そしてヘルはセリフを継ぎ、オレの隣にいる翔太に命じる。
「さあぁあ、もう一度だっ! オンオフオンオフオンで、最後に一瞬だけオフしてオンと、すっるぅううううう」
ヘルの言葉に合わせて、翔太がメディカロイドを操った。
ラマクリシュナンは、オモシロいぐらいヘルのオンオフに合わせて覚醒気絶を繰り返した。
それにしても、一瞬にしてメディカロイドの痛覚遮断機能を見抜くとは・・・。たとえマッドでも、科学者としての論理的思考をもっているようだ。
「なあ、翔太。痛覚緩和機能をオンにしてねぇーのか?」
「いやいや、なんでだい? 必要ないよね?」
「なんでって・・・」
「いやいや、必要ないさ。わざわざレースを棄権してまで助けてやったのに、あのラマクはボクに礼すら言ってないんだよね。少しぐらい痛い目に遭っても仕方ない、と思うなぁあ」
平坦な口調で、翔太が滔々と理由を説明した。
人道的なオレとしては、一言申すべきか・・・な。
「痛い目ってもな、限度ってもんがあるぜ。一瞬で気絶したり覚醒したりするような痛みは拷問レベルだろ」
「それなら拷問官はルリタテハの破壊魔さ。彼女が大ケガを負わせたんだからね」
あー・・・どうやら、翔太は相当頭にきてるようだ。
痛覚遮断のオンオフによってラマクリシュナンが覚醒と気絶する姿に、ヘルは邪悪な笑みを浮かべ悦に入っていた。そして、ヘルに言われるがまま、翔太はメディカロイドの操作をしている。
オンオフを何度も何度も繰り返した結果、とうとうラマクリシュナンは覚醒しなくなった。
治療カプセルは直径3メートルに高さ4メートルの円柱であり、マクリシュナンが白目を剥き中央に浮かんでいる。カプセル内は無重力にしているため、マクリシュナンの口から涎が溢れ出ている。
「おいっ! どうすんだ?」
翔太はオレの視線から顔を背けた。
ヘルはオーバーアクションで、どうにもならないと他人事のように振る舞った。
オレは考えてみる。
翔太に対してツッコミを入れても何も進まないだろう。ヘルに至っては、何やら胡散臭い笑顔を浮かべ不気味なことを考えているようだ。
いくらなんでも、ケガ人に拷問じみた真似をするのは・・・というより、紛れもなくこれは拷問だな。
お宝屋の代表にして、自称オレたちのリーダーであるゴウから、苦言を呈してもらおうと声をかける。
「人道的に、とまでは言わねぇーけど。もう少しケガ人には配慮してやったらどうだ? 今の扱いは酷すぎんぜ」
ゴウはアキトと視線を交錯させ頷く。
「うむ。もう話す気になっただろう。翔太、痛覚緩和して良いぞ。それから一つ言っておく。俺はヘルと翔太がいつの間にか意気投合していて、マクリに多大な苦痛を与えるとは想像だにしなかった。だが、アキトよ!」
突然大きな声でオレの名前を呼び、ゴウは腕を組み偉そうに断言する。
「俺はヘルと翔太の共謀を知っていても、決して止めなかったぞ」
呆れてモノが言えねーぜ。
まあ、オレも止めなかったんだけどな。
宝船に自白剤なんて積んでないし、誰も尋問の経験はない。ラマクリシュナンの口を割らせるのに最短の方法は、さっきのやり方だった。今は、TheWOCの情報が必要。トレジャーハンティングは命がけだが、この状況は正真正銘生死がかかってるからだ。
まあ、適正な方法とは言い難いが・・・。
「それで? どうすんだ?」
「よし、翔太。痛覚緩和強度を徐々に強化だ」
ゴウの合図でラマクリシュナンが苦しそうな表情をし始めた。
メディカロイドの痛覚緩和機能によって、耐えられない痛みから耐えられる痛みへと変化したのだ。痛覚緩和が神経伝達を阻害している影響で、首から下の体は動きが鈍くなっている。
痛覚遮断をオフした時のように激しい動きをすると、更に痛みが増す。徐々に痛覚緩和強度を高めることによって、脳と神経の負担を減らしているのだ。
痛みによって覚醒したラマクリシュナンは、ゆっくりと緩和する痛みから思考を回復していった。そして、回復した思考の大部分を占めているのは、痛みに対する恐怖。
そこにゴウの言葉が滑り込む。
「さて、ラマクよ。貴様の本隊は何処にいる。何処をベース化しているのだ?」
恐怖により占領された思考は、空転して答えをだせない。
「や・は・り・かぁー。貴様に我輩が再教育を施してやるぅうぅううう。さぁ、お仕置きの時間だぁあぁあーーーー」
ラマクリシュナンにゴウは視線を固定したまま、ヘルに鋭い声が飛はす。
「落ち着けっ! ヘルよ」
ヘルを黙らせたゴウは、ゆったりとした口調でラマクリシュナンに語りかける。
「うむ、話したくないか? それとも話せないのか? ラマクよ。俺は、どちらでも構わないぞ。・・・覚悟は、いいかぁああああーーー」
「あぁあぁあぁあああ・・・まっ、待って・・・くれ」
「いいや、待てんぞっ! 翔太、オフだ」
目を瞑り悲壮な覚悟をしたラマクリシュナンは、次の瞬間には何が起きたのか理解できないとの表情を浮かべた。
「だっ、大丈夫だ」
縋るような目でゴウをみるラマクリシュナンにゴウは微笑み、軽く上げていた右手を下ろす。
ラマクリシュナンは今までで一番大きな悲鳴をあげて、気絶したのだった。
「ひっでぇー・・・ゴウは鬼か。イヤ鬼だぜ」
「いやいや、宝船に乗っているのは七福神さ」
「時間がないだろ、アキトよ。俺自身は鬼ではなく、心だけを鬼にしたのだ」
どうだとばかりに胸を張ったゴウは、次の台詞で本音を語った。
「安心した後に落とすと痛みは倍ぐらいになるしな。何より、倍ではきかないぐらい素直になるのだぞ」
痛覚緩和によって、今日何度目か分からない覚醒をしたラマクリシュナンは、もつれる舌で必死に口を動かす。
「なん、でも・・・何でも・・・は、話す。・・・だっ、だから・・・」
意識に刻み込まれた痛みに、ラマクリシュナンは屈服したのだ。そして一度動き始めた唇は、アキトたちの質問に対して滑らかだった。
ベースの位置、艦隊の規模、調査隊の規模、調査の内容と経過。そして、TheWOCがヒメジャノメ星系に進出してきた目的。
1時間以上に亘ってアキトとゴウから質問攻めにあったラマクリシュナンは、疲れ切っていた。
そんなラマクリシュナンに、ヘルは高笑いと共に宣告する。
「それでは、我輩の助手となる儀式を始めるぅううううう」
アキトたちが話している間、ヘルは翔太からメディカロイドの操作方法を教えてもらっていた。
メディカロイドの操作は、すぐに覚えられるほど簡単ではない。しかし、ヘルが覚えた操作は一つだけであった。
その操作方法は”永久脱毛”。
メディカロイド治療カプセル内の10数本のアームが、蠢動しラマクリシュナンから毛を抜く。脱毛した後に、彼の細胞培養された汗腺のみを活かした皮膚を移植する。
これでラマクリシュナンの皮膚から、2度と毛が生えることはない。皮膚を再移植しない限り・・・。
ヘルは助手としての運命を、ラマクリシュナンの心と体に刻み付ける儀式を邪悪な笑顔で見つめている。
アキトたちはヘルを残し・・・というより放って置き、風姫たちのいるオペレーションルームに向かった。
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