第9章-1 TheWOCの科学者

 気が付くと草原に横たわっていた。

 ここは何処なんだろうか?

 目を瞑り、覚醒しきれていない頭で気絶する直前の記憶を探ってみる。

 空を舞っていた・・・。

 落とされた・・・。

 巨大な猛禽類の趾に胴体を鷲掴みされ、どこかに連れ去れそうになっていたんだ・・・眼下には森が広がっていた・・・。

 どうして猛禽類に捕まっていまったんだろうか?

 そうか・・・。

 突如として甲殻獣の群れに襲われ、オリビーの全速力で逃走してた・・・体当たりを喰らって岩壁に叩きつけられ・・・オリビーが潰れた?

 オリビーの中では、積んでた調査機が壊れ散乱し邪魔だった・・・外に脱出するのに時間を要したんだ。何とかオリビーから這いでと思ったら、巨大な猛禽類の鋭い爪が目前に迫り・・・そして。

 腹部を締め付けられ、苦しくて気が付いたら・・・そう、空だったんだ。

 落ち着け・・・いいか落ち着け、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン。

 さっき目を開けた時、風景は草原だった。

 そう、助かったんだ。

 ウォルトンあたりが、慌てて救助しにきたんだろう。

 TheWOCの天才研究者にして調査隊の責任者たる俺様は、この惑星において誰よりも優先保護の対象なのだ・・・。

 しかし俺様は、なぜ草原の上に横たわっているのだ?

 現状を確認、理解するまでは慎重な行動が好ましいだろう。

 まず自然にみえるよう寝返りして、反対側を確認するのだ。

 62歳のラマクリシュナンの希望は裏切られることになる。

 彼の反対側には宝船の舳先が停泊している。そして宝船のすぐ横には防腐処理を施され、解体されつつある甲殻獣の死骸があるからだ。

 「ぐぅおらっしゃぁああああーーーーいぃいぃぃいぃぃぃ」

 人間驚愕すると、奇妙な擬音を発するのか。

 62年もの長い間、聞いたこともないような叫び声だった。それも自分の口から発せられたのだ。

 慎重な行動とは何だったのか・・・。

 自分で自分を罵りたい。

 調査専用の大型オリビーが潰した甲殻獣・・・その死骸が目の前にあったのだ。仕方がないと思う一方、どうして声だけでも止められなかったのか・・・。

 逃げるには乗り物がいる。

 戦うには武器がいる。

 どこにある?

 服以外に身に着けているのは・・・ブーツに収納している刃渡り10センチメートルのサバイバルナイフのみか・・・。

 圧縮空気の抜ける音が聞こえる。振り向くと宇宙船にみえない宇宙船の気密ブロックのドアが開いていた。そこから豪奢なドレスを身に纏った、金髪碧眼の目を瞠るような美少女が登場したのだ。

 場違いな華やかさを撒き散らし、透き通った声で毒のある言葉も撒き散らす。

「あら、仲間に捨てられ甲殻獣の餌にすらなれず生き恥をさらした挙句、捕虜としての権利もない、せめてヒメジャノメの自然に肥料として還元されれば、ほんの少しだけ価値ある人生だったのにね。目を覚ましてしまっては、もはや無価値・・・いいえ、手間暇をかけて助けたのだかるマイナスだわ。アキト達が言うように有益な情報が手に入るかしら? 食料とかも考慮すると、通り一遍の情報とか、多少の情報量じゃ見合わないわ」

 堂々とした振る舞い、煌びやかな装い、それと侍女を従えていること等から推察するに、あの高慢な女が船主だな。

 ムカつく女だ。

 しかし、人質としての価値がある上、非力そうな少女だ。

「カゼヒメ。あまりに刺激しない方が・・・。TheWOCの軍人かもしれないし・・・」

「大丈夫だわ、史帆。その人のだらしない身体つきじゃ、軍人としては運動能力が低すぎるでしょうね。全く話にならないわ。もし軍人だとしたら、木の枝に引っかかって気絶とか情けなくて情けなくて恥ずかしくて退役するしかないでしょうね。惑星探索のメンバーとして何か役立つ分野が、その人にあるのかしわ」

 風姫は非常に機嫌が悪く、いつもにも増して攻撃的であった。

 故に、敵であるTheWOCのラマクリシュナンに対して、容赦ない舌鋒を叩きつけていた。

 アドベンチャーレースは、風姫の勝利で終わっていた。

 しかしゴールにアキトの姿はなく、風姫を失望させた。そして、翔太が途中棄権しての勝利は、風姫のプライドを酷く傷つけた。その矛先がラマクリシュナンに向かい、数多の言葉の鋭鋒を突き刺していった。

 アキトがトウカイキジでラマクリシュナンを回収した。受け取ったゴウはラマクリシュナンの両手両足首に拘束リングを嵌めて放置した。そして翔太は、TheWOCと甲殻獣の愉快な追いかけっこを存分に見物してから戻ってきたのだ。もちろん、追跡していることを気づかれないように・・・。

 風姫は冷たい視線を浴びせながら、ラマクリシュナンの目と鼻の先まで、警戒も緊張の欠片もみせず歩いてきた。

「おー、風姫。アドベンチャーレースの勝利おめでとう。約束忘れんなよ」

 トウカイキジを格納庫の所定の位置に収納したアキトが、風姫に陽気に愉しげに呼びかけた。

 びっくりするぐらい隙だらけで、早速機会が訪れたのだ。

 隙をついて、風姫を人質にとる

「テメー」

「おぉーっと、卑怯だなんて言うなよ。君たちのような野蛮人は、正面から戦いたがる。弱点から攻略するのは、戦略の基本だからな」

「ちょっと待てやっ! オレは、この中で一番の常識人だぜ」

「そこっ?」

 史帆がアキトに鋭くツッコみを入れた。

「トレジャーハンターって常識人かしら?」

 なるほどルリタテハ王国のトレジャーハンターなどという野蛮人共か・・・。野蛮人が何を吼えようと気にならないな。ガサツで、無礼で、傍若無人で、図々しい人型をしただけの有機物などに価値などないからな。

「もしかしたら、科学者よりも軍人の方が向いているのかも・・・そうだな、博士より提督と呼ばれる方が良いな」

 TheWOC出身の研究者はヘルを含めて、人の話を聞かないヤツらばかりだ。

「聞けやっ!!! いいか、テメーは・・・」

 アキトが風姫の説明をしようと口を開いた。

「まあまあ、アキト」

「俺は、もう少し様子を見てたいぞ」

 いつの間にか翔太とゴウが顕れた。

 2人のトラブルへの嗅覚は超一流。

「テメーらは、もう少し危機感を持てや。人命がかかってんだぜ」

「僕たちとは関係ないさ」

「あたしも・・・かな~。でも人命は尊いよね」

 千沙がゴウの後ろからやってきて、真実を容赦なく伝えた。人命が尊いと口には出しつつ、少しも助けようとする意志が感じられない。

「お前達は・・・仲間じゃないのか?」

「違うわ。彼らはトレジャーハンティングユニット”オモシロ屋”よ。私とは無関係・・・かしら?」

「なんだと・・・」

「そうだ、違うぞ。俺たちは、お宝屋。トレジャーハンティングユニットお宝屋だ」

「私はアキトの主人・・・。いうなれば、彼は私の奴隷だわ」

 ヤツ等の関係性は、大体わかった。

 この場違いなドレス装の少女は、どっかのお嬢様で、アキトという少年は召使い。そして、お宝屋というトレジャーハンティングユニットは、残りの4人組だろう。

 ラマクリシュナンは自分が感じたことを、そのまま口から零れ落とす。

「紛らわしいことを。これだから知能の低い野蛮人共は・・・。全くもって話にならんな」

 ラマクリシュナンは、ため息と共に首を振り、視線を外したのだ。

 その姿は隙だらけであった。

 アキト達は誰も、その機会を掴もうとしなかった。余りにもラマクリシュナンが愚かだからだ。

 しかし、その事実を知らないラマクリシュナンは思った。・・・であれば、ヤツ等の関係性を利用すれば、逃げるのは簡単じゃないか。

「ご主人様を助けたいなら、お前は全力でもってソイツ等の妨害をしろ」

 アキトと呼ばれた少年に向かって命令した。

「オレの名はアキトだぜ」

「トレジャーハンティングユニット、お宝屋代表。宝豪」

「ボクは宝翔太」

「あ、あたしは宝千沙だよ」

 アキト、ゴウ、翔太、千沙の視線が史帆に向かう。

「・・・アタシも?」

 4人は無言で肯く。

「速水・・・史帆」

 なぜ、自己紹介の流れになっている?

 5人が自己紹介している間にヘルが現れた。

 白衣の裾を風に靡かせ、ラマクリシュナンの方へと歩きながら名乗りをあげようとする。

「真打登場ぉおおおおっ! 我輩はぁあああああ。天の川銀河一の天才科学者にしてぇえええええええーーー」

 TheWOCの人間を捕らえたことを聞かされたヘルがやってきたのだ。

「いや、ヘル。お前のことは知っている」

 ヘルの登場にラマクリシュナンは心底驚愕した。しかし30数年前の教訓が、ヘルの自己紹介を遮った。

 理不尽研究者のヘルがいるのは驚きだ。

 よく生きていた・・・。

 多分トレジャーハンターに救助され、一緒に行動しているだろう。

「馬鹿者がっ! いいかぁあああああ。我輩はルリタテハ王国の王家専属の科学者にして、宇宙の距離を変革する者なのだぁあああああ!」

 これだから野蛮人とかマッドサイエンティストは、相手にもしたくない。

 ん? 宇宙の距離を変革するだと・・・。

「どういうことなのか?」

「し、か、もぉぉぉだぁあああっ! 実験は、既に成功しているのだ。我輩たちが、その証拠で、あ、るぅうぅうううう!!」

 ヘルの話に興味が湧いたのか、ラマクリシュナンは風姫を捕まえたまま、次々と質問を重ねる。ヘルは勿体つけつつ、自慢しつつ、ラマクリシュナンに教えるというより我輩物語を語っている。

 研究者としての知識欲が、脱出するという生存のための欲を完全に上回っているようだった。


 洒落や冗談で風姫を人質にとった訳でもないだろうに・・・。要求も告げずヘルとの会話に夢中となり、周囲への警戒を怠っている。

 あの男はバカか?

 いや、絶対にバカだ。

 今は気を逸らしてイイ場面じゃない。アイツ・・・オレたちが本気だったら、10回は死んでるぜ。ヘルとの会話が弾んでいる様子をみるに、TheWOCの研究者で旧知の間柄なんだろう。

 TheWOCの研究者は、バカばっかりなのか?

 どちらかというと、ヘルの知人であるというのが答えか・・・。

 そう推察すると、ヤケにしっくりとくるぜ。

 ヘルは変人にしてマッドなサイエンティストで、ジンの知人である。そしてジンは、既に人にあらず、アンドロイドなデスホワイトだしな・・・。

 アキトは視線をラマクリシュナンとヘル、風姫に固定したまま、隣までやってきた翔太に囁き声で質問する。

「なあ、翔太。宝船にメディカロイドは積んでるよな?」

 翔太も心得たもので、アキトの耳にしか届かない音量で、唇の動きを最小限にして答える。

「いやいや。それは愚問だよ、アキト。せっかく宝船を新造したんだよ。最新式を装備して、設定まで済ませたさ」

「それなら安心だぜ。このまま高みの見物と洒落込もうか」

「そうそう、予め忠告しておくけど、メディカロイドはボクたち3人のケガや病気なら、完璧に治療してくれるさ」

「マルチアジャストのスキルを使えば?」

「どんな機能でも扱ってみせる」

「だよなー。でっ、3人以外は?」

「ムリだね」

「意味わかんねぇーぜ、翔太。3人以外でも治療できるよな?」

「いやいや。どんな機能があるのか? どう動かせば良いかは分かるけどさぁー。それを実行した結果、何が起こるのか全く分からないし、予想できないんだよね。いいかい、僕は機器の設計や仕様のドキュメントは理解できるし、実際の機能との差異を把握できるさ。だけど、医者じゃないんだよねぇー」

「医者じゃなくても、大体どうなっかは分かんだろ」

「いやいや、普通の人間には絶対に無理だからさ。マルチアジャストと医療知識には全く関連性がないんだよねぇー」

「使えねーぜっ! それはスキルの持ち腐れじゃねーのか?」

「あれあれ、それは酷い言われようだと思うなぁー。人には、それぞれ得手不得手がある。それにさ・・・お宝屋劇団の舞台に、アキトの出番を用意しない訳にはいかないよ」

 アキトは医療知識もある。ある意味万能。ある意味器用貧乏。

「今の演目は”ルリタテハの破壊魔、推参編”らしいぜ」

「あれあれ。アキトが助けるんじゃないのかい?」

 20メートルぐらい先で、風姫が助けを求めている。

 だが、風姫は他人に弱みを見せない。

 見せるとしたら、それは間違いなく演技。

 しかも他人を騙すためか、自分が愉しむためか、その両方かだ。

「オレがケガする訳にいかねーだろ。誰がメディカロイドの設定するんだ?」

「いやいや、良かった良かった。これで安心して見物できるね」

「オレが理解できる範囲のケガであればイイけどな」

 ヘルとの会話が一段落ついたのか、自分の置かれた状況を思い出したのか・・・ラマクリシュナンは視線を周囲に巡らせてから大きく息を吸い込む。

「いいかぁあああーー。お前らは1時間ここから動くな。この女は安全地帯に着いたら解放してやる」

 大声でアキトたちに命じたのだ。

「ア、アキトォ。助けてぇえぇええ。この人、絶対に開放してくれないわ。お願い・・・お願いだから・・・。私を救って・・・アキトォォォ・・・」

 儚げな少女かのように、風姫は振る声色と舞いを変化させていた。さっきまでの威勢が嘘のようで、顔を俯け膝から崩れ落ちそうになっている。

 その風姫の腕を強引に引っ張り、アキトのトライアングルの許へ行こうとする。俯いたままの風姫は、引きずられるように連れて行かれている。

「た・・・助けてぇ・・・アキトォ」

 縋りつくような涙声で、アキトに助けを求めてきた。

 どこからどう見ても、妖精姫のように可憐な少女が悪人に捕まった絵面だ。

 その状況に酔ったのか、それとも嗜虐心を刺激されたのか。ラマクリシュナンはナイフを持った手で金色に輝く長い髪を引っ張り風姫を立たせると、腕を掴んでいた手を放して風姫の頬を引っ叩いた。

「あっ、待て」

 アキトはラマクリシュナンの身を案じて叫んだ。しかし、彼は嗜虐心に満ちた笑顔をアキトに向け、居丈高な態度で命令しようとする。

「動く・・・」

 最後までセリフを言いきれぬまま、本日2回目の空中へとラマクリシュナンは旅立った。回転しながら血を撒き散らして・・・。

「おおー、これがルリタテハの破壊魔の実力か・・・驚きだな。俺より、少ぉーしばかり強いぞ」

「いやいや、ゴウ兄。人が空を飛んでいるんだ。少しの差とは全然思えないねぇー」

 風姫の頬を叩いた次の瞬間。まずラマクリシュナンは手と肘の腱、腕の筋肉を断たれ、風姫を捕まえておけなくなった。そんな彼の腹部に衝撃を与えて意識を奪い、旋風で空中へと巻き上げ、颶風をもって宝船の甲板へと吹き飛ばした。

 怒りに染まった表情ですら美しい顔の風姫は、ラマクリシュナンに一瞥もくれなかった。

「う~ん、ゴウにぃ・・・。あの人、どうするの?」

「ほっとけばいいさ」

 ゴウより先に翔太が返答した。

「アキトくんは、どう思うの?」

「バカだと思うぜ」

「そうじゃなくてぇ~」

「うむ、情報源としての価値とメディカロイドのテストを考えると・・・どうでもイイぞ」

「おいっ、ゴウ。情報源とメディカロイドときたら、普通は助ける流れだぜ」

「ルリタテハの破壊魔が、どう考えているかだな。あの男と一緒にメディカロイドを破壊されては困るぞ」

 TheWOCの人命より宝船の設備を優先したゴウの発言内容は、紛れもなく彼の本音であった。

 ルリタテハ王国は何世代にも亘り長い年月をかけ、複数の星系で多くの惑星をテラフォーミングしている。惑星ヒメジャノメはその内の一つであり、ルリタテハ王国の重要な財産である。

 そこに民主主義国連合のTheWOCは無断で進出してきている。ルリタテハ王国と民主主義国連合の戦争に発展してもおかしくないのだ。

 しかし公式ルートで抗議しても、民主主義国連合は政府の関与を認めないだろう。それどころか、TheWOCの名を騙るルリタテハ王国政府の一組織の自作自演である。民主主義国連合に戦争を仕掛けるための口実だと発表しかねない。

 ルリタテハ王国、民主主義国連合、ミルキーウェイギャラクシー帝国の間で、小競り合い程度の紛争はあるが、全面戦争へと発展していない。それは政府の理性によるものではなく、互いに支配している星域間の距離の所為であった。

 ただワープ航路の開拓は、徐々にであるが確実に歩みを進めている。

 ここ10年、辺境での紛争数が増加するとともに、激化の傾向にあった。

 トレジャーハンターへの危険は、宇宙での事故や未知の惑星によるものだけではなくなっていたのだ。

 政府の保護の及ばない辺境で自らの身を護るには、降りかかるリスクを低減させなければならない。

 ヒメジャノメ星系に侵略してきたTheWOCの要員の命よりも、自分たちのリスク減少を優先するというゴウの判断である。


 惑星ヒメジャノメの夜風にあたりながら、アキトは星空を眺めていた。彼にとっては、色々な考えを纏めるための、大切な時間である。

 最優先はTheWOCの軍隊に見つからないようにすることか・・・。

 ルリタテハ王国から救援がくるまで、1ヶ月や2ヶ月じゃすまないかもな。

 重力元素開発機構にヒメジャノメ星系でのトレジャーハンティング計画を提出してある。そこには帰還予定は1ヶ月後と記載している。だが計画の内容はベースの確保と簡単な調査としてある。危険は少ないと判断されるので、帰還予定を経過しても1ヶ月以上は放置されるだろうな。

 ヒメジャノメ星系に来るまで寄り道してたから、惑星ヒメシロを発ってから2週間になる。オレのトレジャーハンティング計画書は信頼性が高いから、早めに救助を派遣してくれるぜ。きっと・・・。

 ・・・たぶん。

 いや・・・そうだ・・・。トレジャーハンターがここを目指して来たとしても、辿り着けるのか?

 ここにはTheWOCの軍隊が駐屯してるんだぜ。

 ・・・どう考えても無理だな。

 トレジャーハンティングユニットの宇宙船は、武装してねぇーからなぁあー。ユキヒョウや宝船みたいな船は、例外中の例外だ・・・。たとえ武装していても軍隊に勝てる訳ない。だが降伏しても助かるとは限らないな・・・。口封じに殺される可能性があるぜ。逃走を選択しても、宇宙戦艦のスピードには敵わない。

 ということは、見つかったら最後だな。

 ヒメジャノメ星系に進出している情報を持ち帰られないよう、TheWOCは絶対に見逃さないだろう。

 惑星ヒメシロに星系間通信で連絡したいが、ここには時空境界突破装置なんてないしな。ワープだと3日はかかる。そもそも、惑星ヒメシロに帰れる状況じゃない。

 七福神ロボと宝船の戦力だけだと、不意打ちで漸く宇宙戦艦と渡り合えるかどうか・・・。

 いや、無理だな・・・。

 どうしても、ジンと彩香のレベルで戦闘を予測してるみたいだ。

 そうだった。ヤツらは別格なんだぜ。

 ジンはデスホワイトと呼ばれ恐れられてる死神。

 彩香は舞姫システムで無数の手打鉦を自在に操る魔女。

 宇宙戦艦と同等の装備があって、どんな策略を弄しても、戦闘のプロ相手に勝利はできないだろう・・・な。

 ・・・待てよ。

 ユキヒョウには風姫が乗ってんだ。計画より遅かったら、すぐにでもルリタテハ王国軍が派遣される・・・かも?

 ダメだ。希望は持ってもイイが、憶測による楽観は禁物だぜ。

 勇気と無謀は似て非なる物であり、慎重と臆病は全くの別物である。リスク対策により危険を軽減させつつ回避、チャンスとなるように行動する。いずれにせよ、バランス感覚が重要になるぜ。

 まあ、残念ながらオレは頭脳派なんだよなぁー。

 オレの周囲は翔太を筆頭に、感覚派ばかりだけどなっ。

 ここに留まっていたら、宝船が発見されるのは時間の問題。

 ラマクリシュナンとかいう科学者を捜索するために、TheWOCの軍が動くだろう。ならば、逃げ隠れるのと攻撃という名の嫌がらせ。どちらを選ぶか?

 まあ、当然のことだが、嫌がらせに決まってるぜ。

 ただ、こういうのには大義名分が重要になんだよな・・・。

 おおーっと、そうだった。侵略者共からルリタテハの王女を護るのために戦う。

 イイ響きだぜ。

 そう、護衛と離れてしまった10代の可憐なお姫様を護るんだ。

 天地神明に誓って、科学者に大ケガを負わせ吹き飛ばすルリタテハの破壊魔を護るためではない。

 そこからアキトの思考は、纏まるどころか拡散していった。

 宝船のヒヒイロカネ合金装甲のおかげで、時空境界突破時にかかる人体への高負荷が抑えられてた。オレたち全員が時空境界突破した直後も動けたことで証明された。生物を時空境界突破させると、体の一部分の細胞が潰れる。体の大部分が潰れる時もあれば、全く潰れない時もある。どの部位が潰れるのかは、その時々で異なるのだ。そのため対策しようがなかった。そして最悪の場合、脳が潰れ死亡するのだ。

 重力元素はオリハルコンとミスリルで構成される。この時点で元素と呼ぶのは間違ってる。ダークマターの解析が進んでいない時代に名付けられたのが原因だ。だが、未だに訂正されてないのは、この事実が知られてないからだ。オレだって知らなかった。

 名称といえばトライアングルもそうだよなぁ。今ではオリハルコンボードを前後に1枚ずつの計2枚が一般的になってる。街乗りなら、それで充分な性能なのだ。昔はカミカゼのようにオリハルコンボードが3枚だった。バランスと性能の双方を満足させるために、オリハルコンボードが3枚必要だったのだ。

 妖精姫の風は、ミスリル合金で重力を操って生み出してるということまでは推測できる。だが、両手両足にロイヤルリングを装備しても、あそこまでの威力はだせない。どうやってんだ? 訊いても教えてくんねぇーだろな。

「・・・風姫」

 夜空を楽器にして音楽を奏でるような、それでいて凛とした小気味良い声がアキトの耳に届く。 

「何かしら? それに毎晩、こんな処で何をしてるのかしら?」

 言葉内容は美しい音色ではなかったが・・・。

「星をみてる」

 アキトは仰向けになっていて、満天の星空に視線を固定したまま風姫に返事をした。

「似合わないわね」

 辛辣な意見を口にしながら、風姫はアキトの隣に腰を下ろした。

「別にイイだろ。誰かに迷惑かけてる訳じゃねぇーぜ」

 ジンと彩香が心配だから、オレに八つ当たりしてんのか?

 いや、いつもの口調だな。

 ただ重要な大義名分が隣にきたので、安心させるためにも柔らかい声色で、希望的観測をアキトは口にする。

「すぐに惑星ヒメシロから救援が来るぜ」

 横座りの風姫は、アキト一緒に星空を眺める。ただ、視線の先に見えているものと、思考の結果の答えがアキトと全く異なっていた。

「ジンと彩香が負ける訳ないわ」

 隣に座っている風姫を視線の端に捉え、アキトは嘆息しつつ理解した。

 あぁー、いつもの強気で自信満々の風姫だった。

「・・・そうだな」

「きっと邪魔者がいなくなって、ノビノビと戦争してるわ」

 風姫の台詞にアキトは上体を起こし、マジマジと風姫の横顔を見つめた。

「えーっと、邪魔者ってオレたちか? 少しでも戦力差を縮める方がイイよな」

「私たちを護りながら戦う必要がないのよ。ユキヒョウと一個艦隊ならユキヒョウの勝利は揺るがないわ」

 強がりではないのは口調から分かる。だけど理由が分からない。

「死神と呼ばれることもあるけど、”デスホワイト”が、どこの国の軍隊にでも通じる名称だわ。良く聞きなさい・・・」

 アキトは良く聞いた。

 風姫の口から語られる驚愕の内容に、アキトは耳を離せなくなったのだ。

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