第8章ー2 アドベンチャーレース! 翔太 VS 風姫
自らが切り拓いた森林地帯のコースで、風姫はカミカゼ水龍カスタムモデルを全力で操っている。
クールグラスに表示されているデータを確認すると約3度のリード。風姫側の距離に換算すると5キロメートル、翔太側の距離だと10キロメートルになる。
そして切り拓いた森林地帯は、後20キロメートルもせずに終わる。
少しでもリードして、翔太を焦らせミスを誘いたい。
翔太が軽薄な性格同様、軽々しくカミカゼを操縦している姿は、風姫にとって驚愕でしかなかった。
ふざけた才能だわ、本当に。
『風姫、そろそろだぜ。準備は完了してんな?』
さっきまで賑やかだった宝船のオペレーションルームから、一際大きな声がした。無論、アキトの声だ。
「もう少し小さな声で話せないのかしら?」
ふふふ・・・。
アドバイスだけでなく、アキトは私をサポートもしてくれている。
勝利は私のモノだわ。
そう・・・アキトへのご褒美は何が良いかしら?
たまには、アキトが喜ぶようなことをしてあげようかしら?
『あと3分』
『どういうことだ、アキトよ』
『すぐに分かるぜ』
千沙の甘い声音が風姫の耳に届く。
『え~、教えてくれないのぉ~?』
『・・・もちろん』
アキトの返答までに、ちょっとだけ間があったのが気にいらないわね。
うーん・・・ルリタテハ王都でのショッピングとか、食事とか、観光とか・・・どうかしら?
アキトが聞けば、それは風姫がやりたいことだろ? オレをテメーの趣味に付き合わせんな、と一蹴するだろう。
そう、風姫は2人の会話の雰囲気に当てられ、アキトの事より自分のやりたい事へと意識がすり替わっていた。何より自分の思いつきに、本人が愉しみになりすぎている。
「アキト、一緒にいくわよ。良い?」
『いいぜ』
決定的なディスコミュニケーションが起こっている。
風姫はアキトとの王都デートの提案をし、アキトは風姫のサポートを承諾していたのだ。しかし意思の疎通に費やす時間がなかった。
『さあ、いよいよだぜ』
「入るわよ」
『アシストは任せろ。そして風姫は、コンセントレーションを高めるんだ』
そうだわ。
今は戦いの最中・・・集中しなければ。
ここからは、全身全霊で戦うことになる。私の前に立ちふさがる障害は、全力で粉砕してあげるわ
『いくわ』
2条の黒い閃光が風姫の右腕から放たれた。距離5キロメートル先にいる大トカゲっぽい生物に命中する。
右に左にと、次から次へと幽谷レーザービームの黒い輝線が閃く。森の中にいる危険種を消滅または牽制しているのだ。
「信じているわよ、アキト」
『安心してイイぜ。オレは、オレのカミカゼを絶対に守る』
「あなたが護るのは、私でしょ!」
『カミカゼを守ることが、風姫を護ることに繋がるんだぜ』
「そうじゃないでしょ! 私の・・・」
風姫には話を続ける余裕がなくなっていた。
森の中を高速で疾走するカミカゼ。
カミカゼを守るため、風姫は全力で遭遇しそうな危険物を排除するので精一杯になのだ。
全てのトライアングルには、オートパイロット機能が搭載されている。しかし、オートパイロットを有効に機能させるには、データの入手が必須である。
たとえば、惑星ヒメシロでは人工衛星から位置情報を取得できる。シロカベンなどの街では、交通情報を取得できる。開発が進んだ惑星でオートパイロットを使えば、安全に早く目的地へと到着できるのだ。
しかし惑星ヒメジャノメには、情報配信設備はおろか、人工衛星や交通データ取得のためのセンサー類が存在しない。この状況でオートパイロットを使用すると、地形にあわせて速度を調整し安全を最優先で走行する。
今の風姫に、カミカゼを操縦する余裕はない。
しかし、カミカゼは障害物を避けて疾駆しているのだ。
『ア~キ~ト~く~ん~?』
『まだまだ隠し事があるようだな。ほれっ、キリキリと吐いてもらうぞ。ネタはあがっているのだ』
『ネタがあがってんなら、知ってるってことだよな?』
『うむ、簡単なことだぞ。聞いた方が楽だからだ』
『ゴウにぃ・・・正直になろうよぉ』
『まあ、イイぜ』
お気楽な口調で、アキトはネタばらしを快諾した。
ゴウと千沙は、既に邪魔しようがないと確信しているからであり、自分の作戦の成功を疑っていないからだ。
ただ作戦の成功は確信していても、勝利は確信していない。
作戦の成功により風姫がタイムを大幅に短縮したとしても、翔太がそれすらも上回るパフォーマンスをみせれば敗北は畢竟。もはや人事を尽くしたので、天命を待つしかないのだ。
『コースはさっきも言ったように記憶させておいた。ただしカミカゼ水龍カスタムモデルの索敵システムに記憶させておいたのさ。邪魔になるのは生物か、記憶したときにはなかった物体。そいつらはレーザービームで排除すればイイだけさ。それと、3日前に構築したレーダー警戒網に水流カスタムモデルの索敵システムを連動させた。これで記憶したコースに近づく生物を早期発見できる。そして早期発見したら、速やかに破壊すればイイんだぜ』
アキトは雄弁に語った。そして、カミカゼにコースを記憶させたと何度も刷り込んだ。
現時点でもリモートで風姫の操縦を手伝っているのを隠すために・・・。
『うむ、なるほど。翔太はカミカゼを操り障害を回避するが、ルリタテハの破壊魔は障害を排除するのか・・・。二つ名に偽りなしだな。だが、あんなに撃ちまくっていたら、気密カプセルが持たないぞ』
トライアングルに装備されている気密カプセルには自己修復機能がある。気密カプセルの素材自体が、破れや穴を周囲から塞ぐようになっているのだ。ただ、再生する訳でなく、修復なので限界がある。
カプセル素材の厚さが、ある閾値を下回ると急激に分子間結合力が弱まり、突然崩壊するのだ。
『風姫の操縦してんのは、オレのカミカゼだぜ』
『どういうことなの?』
『カミカゼ水流カスタムモデルは、気密カプセル素材を7つ分の容量を搭載してんだ』
通常のトライアングルは、気密カプセル素材を2つ分しか搭載していない。・・・というより、それだけ搭載していれば、トレジャーハンティングを1ヶ月しても充分過ぎる程なのだ。
気密カプセルの崩壊は気にせず、風姫はカミカゼの走行の邪魔となるモノを遠慮なく排除・・・というより撃ち砕いていく。そして舞い落ちる木葉や枝は、気密カプセルに当たるに任せていた。
遠くから風姫を眺めてみると、黒い閃光で動くモノ全てを吹き飛ばす鬼神の如き姿・・・まさに破壊魔。
ルリタテハの破壊魔は惑星ヒメジャノメでのデビューを、荒々しく果たしたのだった。
お宝屋の翔太は、惑星ヒメジャノメでのデビューを、華々しく果たしたのだった。
カミカゼを華麗に操り疾駆するその姿は、映像だけでお金をとれるだろう。無料の映像共有サイトにでもアップしたら、男女問わず多数のファンを獲得できる。
男性ファンは、トライアングルの華麗な操縦テクニックに・・・。
女性ファンは、テクニックにプラスして翔太の容姿にも反応するに違いない・・・。
何といっても、操縦している映像から翔太の性格は、全然伝わらないしな。
『あー、ボクの気の所為かな? アキトが失礼なことを考えてるような気がするんだけどね』
超能力者かっ!
マルチアジャストに、そんなスキルねぇーよな?
「何を根拠に?」
『いやいや。顔を見れば、ボクにはすぐに分かるのさ』
「顔、見てないよな?」
『まあぁーねぇーー。そんなに余裕はないんだけどさぁ』
話してること自体が、全くもって信じらんねぇーけど・・・。
翔太のカミカゼとジュズマルから、迫力ある映像が送られてきてる。メインディスプレイには、360度カメラの前方向を表示させていて、リアルな映像が映ってる。それも翔太と風姫の映像を横に並べてだ。
スリルは、風姫が遥かに上。しかしスピードと華麗さは、圧倒的に翔太が上である。そして気密カプセル素材の残量割合は、2機とも約50パーセントと、ほぼ互角・・・。
そう、如実に腕の差があらわれてるのだ。
風姫はカミカゼを3回以上覆える量の素材を使っていた。それはそれは見事なまでに、素材を厚めに設定した気密カプセルが風姫を防護している。
翔太は1回分しか使ってない。・・・というより、1回崩壊させただけだ。それも、鳥の巣にワザと衝突させてだった。
史帆には理解できないかもしれないが、お宝屋とオレには分かる。
あの巣にいたのは、鳥類タカ科ヒゲワシの進化種”オオヒゲワシ”だ。
惑星をテラフォーミングすると、鳥類に限らず高い確率で進化種が誕生する。そして1Gより重力の低い惑星では、動植物が大型化する傾向にある。
オオヒゲワシの成鳥は、カミカゼをも上回る速さで飛行し、鋭い爪で獲物を引き裂き、捕まえる。しかも獰猛な気性で、自らのテリトリーに侵入した生物を敵と見做し、即攻撃する。そんな鳥が崖の窪みや大きな木の重なり合った枝に巣をつくり、4~5羽ぐらいで暮らしているのだ。
カミカゼの全長は3.5メートル。
オオヒゲワシの全長は約半分のサイズだが、翼を広げた翼幅は4メートル以上になる。そしてカミカゼ以上の速さで飛翔し、カミカゼ以上の機動性を誇る。そんな猛禽類など、絶対に相手したくない。
ただ消極的だが、攻略方法もある。
巣を中心としたテリトリーは、そこに巣がなくなればテリトリーでなくなる。攻撃的で獰猛なのだが、それ以上に強い生存本能を持っている。まず巣を守ることを優先し、巣がなくなれば次善の策として巣作りをする。
そう、巣を吹き飛ばせば良い。
翔太はカミカゼにしがみつく体勢をとり、巨木の枝の巣の下を高速で潜り抜け、気密カプセルだけをぶつけたのだ。時速600キロで走行しても揺るがない粘性と剛性を兼ね備えた気密カプセルの衝突は、オオヒゲワシの巣を跡形もなく吹き飛ばした。
ジュズマルのアシストを受けている翔太にとって、邪魔する運動体さえなければ、森の中すら庭も同然。
緊張感の欠片すら感じさせない声色で、翔太は陳腐な問いかけをしてくる。
『実は、良い知らせと悪い知らせがあってね。とっちから聞きたいかな?』
「うむ、俺は良い知らせだけで良いぞ」
「ゴウにぃ、悪い知らせはどうするの?」
「アキトがいるじゃないか」
「そっかぁ~」
千沙は安心したようだが、オレは不安で一杯だぜ。
無駄とは知ってるが、一応ツッコんでおく。
「おいっ! 納得すんな」
『そうだね。それじゃ、良い知らせからだけどさ。TheWOCのベースの位置を割り出せそうなんだよね』
「ほぉー、それは良い知らせだな。後はアキトが引き受けるぞ」
他人に面倒事を押し付ける時、ゴウのセリフは全くもって冗談に聞こえない。オレだけで対処できそうなら、絶対に丸投げする。
「でっ、悪い知らせってなんだ? TheWOCのベースが至近距離だってのか」
敵対者のいる未知の惑星で、悪い知らせを聞かないという選択肢はあり得ない。仕方なく、嫌々で、渋々と、アキトは翔太に尋ねた。
『そんなことじゃあ、悪い知らせにならないね』
心底聞きたくないぜ。
「う~ん・・・何だろう」
千沙が翔太に水を向け、答えを促した。
『さあさあ、どんな知らせだと思う?』
焦らすつもりか?
だが、サブディスプレイのデータにヒントがあった。僅かに翔太のカミカゼが、想定したコースから外側へと膨らんできている。そこから推察するに・・・。
「情報源の確保をすんだな」
『いやいや。それじゃあ、普通の知らせだよね』
TheWOCの人員を拉致るのが、普通の知らせか?
「アキトよ、悪い知らせなんだぞ。もう少し捻ったらどうなんだ」
「捻ってどうする」
「アキトくんの言う通りだよ、ゴウにぃ。アキトくんは常識的なのっ」
「想像力欠如」
史帆の呟きにアキトはイラつき、即座に反応する。
「じゃあテメーは、悪い知らせが何か想像できんのか?」
「外にある死骸の・・・。あの甲殻獣が、群れを成してTheWOCを追いかけてるとか・・・」
史帆の素人丸出しの意見に、オレは怒りすら覚えた。
鼻で笑い飛ばし、嫌味成分をたっぷり振りかけて話してやる。
「バカかテメーは・・・。オレのトレジャーハンターとしての経験上、あれは群れたりしねぇーぜ。だから、オレたちが捕まえてきたんだ。あれに仲間意識があって、追いかけられたりしたら命が幾つあっても足りねー」
『うんうん、ボクの経験上でも群れたりしないね』
「うむ俺もだ。少しぶつかっただけでも甲殻でお互いの体を傷つけあう。あの種は団体行動に向いてないぞ」
オレは大きく頷き、ゴウを褒め称える。
「ゴウも、たまにはイイこと言うぜ」
『そうそう、だからボクもびっくりさ。20メートルクラスの甲殻獣100匹以上の団体様が、TheWOCと本気の追いかけっこしてるね。もちろん追いかけられてるのは、TheWOCのトラック型オリビー御一行様さ。10台ぐらいかな・・・何かの調査に来たんだろうけどね』
オレの称賛を返せ、ゴウ。
そして迂闊な自分・・・。5分前からやり直したいぜ。
「・・・当たった?」
素晴らしい笑顔で翔太は答える。
『大当たりさぁー』
翔太の笑顔は、危機に際して一層輝く。
ホント勘弁してほしいぜ。
「ここに甲殻獣の死体があるよね。もしかして同じ種なの?」
『そうそう、取り残された憐れな被害者がいるみたいだから、丁重におもてなしをしないとね。あと甲殻獣の死体は処分した方が良いかな。あんな個性的な生き物が、彼方此方に生息してるとは思えないね。さてさて、アキトはトウカイキジで迎えに来てくれないかな?』
翔太からの依頼は、宝船のオペレーションルームから離れる言い訳になった。
そう、史帆と会話しなくて済む。
オレは渡りに船とばかりに、格納庫へと全力で駆け出した。
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