第8章ー1 アドベンチャーレース! 翔太 VS 風姫

 レース当日。

 見事に晴れわたった空の下、オレたちは草原に堂々たる姿を見せる宝船の近くに陣取っていた。

 一陣の風がオレたちの間を吹き抜け、金色に輝いている風姫の髪を靡かせた。

 風にのった爽やかな緑の香りに包まれ、心にゆとりが生まれたオレは、眼前の風姫に見惚れてしまっていた。美しく華麗な容姿のお姫様は、我儘でトラブル上等な本性を持っている。

 それを隠し持つのであれば、まだ可愛げがある。

 風姫はいつでも全開なのだ。

 ホント・・・本性を知らなければ、うっかり惚れてしまうぜ。

「風姫」

 オレは風姫の麗しい横顔に声をかけ、注意を惹き説明を始める。

「コースは予定通りだ。それとな、クールグラスの表示に気をつけろよ」

 優雅な仕草でオレのクールグラスを受け取った風姫は、コネクトとリンクさせ表示内容を確認する。

「コースの基準線との距離が100メートル切ったら、アラートを表示されるようにしておいた。それで準備は間に合ったのか?」

 風姫はカミカゼのメイン操作パネルの下からケーブルを引き出し、そのコネクタを左腕のロイヤルリングにはめた。

「もちろんだわ。これで私の勝利は、揺るぎようがない。アキトは安心して、お留守番してなさい。早めに戻ってきてあげるわ」

「おいっ! そうじゃねぇー。感謝の言葉はねぇーのかよ。・・・っていうか、感謝しろ!」

「良くやったわ、アキト」

 アキトのカミカゼ水龍カスタムモデルに乗り、クールグラスに次々と表示される設定をチェックする。史帆のセッティングに問題はない。

「それだけか? 感謝の気持ちは、形で表して欲しいもんだぜ。まあ、こんな辺鄙なとこだと、テメーの力じゃムリだけどなっ!」

 アキトは苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言い放った。

 険悪な雰囲気に史帆はオロオロし、視線をアキトと風姫の間を往復させる。

 さっきまで、いつも通りの様子だったアキトが、刺々しい雰囲気を撒き散らして、風姫に突っかかているからだ。史帆の知る限り、ここまで執拗に絡んだことはない。

 形の良い唇を軽く歪ませ風姫は目を細め、頤に人差し指を当てて少しの間思案する。その表情ですら、風姫は華やいでいる。

「そうねぇー。勝利の暁には、褒賞は思いのまま・・・で、どうかしら?」

 アキトはニヤリとし、一言だけ口にする。

「忘れんなよ」

 ニヤリから歓喜へと変わる表情を見られないよう風姫達に背を向け、手を振って立ち去る。アキトは小躍りしたくなるのを必死に抑え、宝船のオペレーションルームへと歩を運ぶ。

 レースのことで風姫は頭が一杯なんだろうな。自分の発言の意味が分かっていないらしい。

 肩越しに後ろを見ると、風姫は史帆と適合率の調整をしているようだった。昨日の時点で適合率は99.2パーセント。ほぼ限界まで調整したといっていい。

 ただ、体調によってコンマ5パーセントぐらいのずれることもある。今日の体調にあわせて調整しているんだろうな。そう考えると、マルチアジャストという才能を持つ翔太はバケモノだな・・・。

 まあ、イイか。

 バケモノだろうと何だろうと、風姫を全力で後押して、翔太を倒す。勝者は翔太でも風姫でもなくオレだ。

 風姫、オレの人生はオレのモノなんだぜ。


 宝船のオペレーションルームにアキトとゴウ、千沙、それに史帆がノンビリしながらレース観戦をしている。

 禿頭は安定の単独行動だ。今頃は臨時研究室で、ヒヒイロカネ合金の組成情報を前に”分析解析テスト”と呪文のように繰り返し唱えてるんだろうな。そして実験内容を検討し、シミュレーションを何度も演算してるに違いない。

 3人の視線の先にあるメインディスプレイに風姫と翔太のレースの様子が、様々な情報と共に映し出されていた。

 現時点では互角。

 つまり、風姫より翔太が約2倍の距離を走行したということだ。

 大草原に停泊している宝船を中心に円形がレースコースになっている。ゆえに角度で、どちらがリードしているかを判断している。2台のカミカゼからは各種センサーの情報の他に、360度カメラを取り付けた。これで2人の操縦している様子や、コースの状況が一目瞭然となっている。

 今回、オレは全面的に風姫の味方で、どうしても勝利してもらいたい。

 だが忌々しいことに、翔太は余裕綽々で史帆の質問に真剣に答えている。史帆が翔太に興味を持っている・・・いや、狙い通り興味を持たせ、翔太を操縦だけに集中させないというオレの作戦は粛々と進んでいるが、殆ど効果がない。

 それ以上に、翔太の操縦テクニックが急上昇していることに、オレは驚愕せざるを得ない。

 今までは、マルチアジャストのスキルで、思いのまま機体を操っていた。思いのままに操縦するということは、知らず知らずの内に機体へ負荷をかけている。

 マルチアジャストで機体の状態を把握できるから、故障する前に対処はできる。

 それが今や、機体に余計な負荷をかけない操縦をしている。しかも機体にかかる負荷が軽減されているということは、肉体にかかる負荷も軽減されていることになる。疲労蓄積からくる操縦ミスは期待できない。

 ジンめ、余計なことしやがって・・・。

「翔太。そんなペースで大丈夫か? そっちはもうすぐ森林地帯になるぜ」

 オレは翔太を焦燥させ、ペースを崩させるために話しかけた。

『いやいや、問題ないさ。安心して、ボクの勝利を祈っていてくれるかな』

「どっちが勝利してもオレにメリットは一切ない」

 ウソであった。

 勝利の暁には、褒賞は思いのまま、と風姫から言質をとってある。これで、風姫を命の危機から救えば、オレは自由の身になって構わないだろう。非のうちどころがなく、誰にも文句をつけられない。そういう状態でオレは自由を勝ち取るぜ。

 アキトは少しだけ柔軟な思考・・・というより、灰色を認めるようになってきたようだった。世の中は白と黒だけではない。中間色があり、限りなく白に近い灰色、限りなく黒に近い灰色がある。

 アキトの元々の性格は義理堅い。そして正しい道を進む。自分の進む道が困難で塞がっていたら、努力して乗り越えようとする。

 心の芯の部分に変わりはないが、清濁併せ呑むことをジンの許で否応なく会得してしまった。ただ灰色を認めても、アキトは限りなく白に近い灰色を目指しているのだ。

「アドベンチャーレースに準拠してっから、高度は20メートルまでだぜ」

「大丈夫。今の翔太なら、問題にならないよ~」

「なんでだ?」

「ふっはっはっははーーー。さあ、俺が懇切丁寧に説明してやるぞ」

 とりあえず、ゴウの話し方は鬱陶しいので、千沙から説明を聞くことにする。

「なんでだ? 千沙」

「えーっとね・・・半分は、アキトくんのお陰なんだよ~」

 オレには、全く心あたりがなかった。


 千沙から説明を聞いて、オレは愕然とした。

 ジンに無理矢理させられた訓練で、必要な時に必要な分だけ機体性能を発揮させることと、先読みの重要性を翔太は痛感したそうだ。文字通り、痛みを伴った訓練だったらしい・・・。

 そして先読みは、才能より経験がモノをいう。

 オレが翔太に用意した宝船の移動シミュレーションは、経験不足を補うのに相当効果があったとらしい。

 木をみて森をみず。

 細部に神は宿る。

 物造りに臨む際、オレが心に留めてる言葉だ。

 製作するモノの目的や用途を決め、全体像を明確にする。そうしなければ、バランスのとれた設計ができない。最新の高性能品を試したいとかで木だけをみて、全体像である森をみなければ設計段階で失敗は約束されるだろう。一部分だけ高性能品を使用しても全体の性能向上に寄与しなかったり、他の部品に余計な負荷がかかったりする。

 細部も手を抜かず、考えに考えて製作したモノは、想定以上の性能を発揮したり、製作意図と別の用途にも応用できるモノになったりする。

 オレは宝船を隠蔽できる位置に安全に移動させるため、その場所の詳細な地形データを入力した。それ以外にも、大気圏突入時に収集した惑星ヒメジャノメの気象データや、想定した様々なイレギュラーケースを入力していた。そして限定人工知能に演算させ、作成したシミュレーションだ。

 理論的には、シミュレーションパターンは無限。そして1回毎に異なる訓練の結果が、翔太のスキルアップへと繋がったのだ。

 3日間、食事時以外に姿を見せなかったのは、シミュレーション漬けになっていたのが理由だという・・・。どうせ漬かったなら、発酵して熟成して腐っちまえば良かったのになっ。

 敵は、まさに身内にいた。・・・というより、オレも敵だったとはな。

 驚きの展開だぜ。

 アキトは偽悪的な思考で、自分自身を立て直そうとしている。しかしショックが大きすぎたようで、体はフリーズを続けている。

 ジンだけでなくオレもか・・・知らない内にオレまで翔太のスキルアップを手伝ってしまうとは・・・スキルアップ自体は構わない。時期が悪かった。とはいえ、宝船を移動させる前にシミュレーション訓練をさせなければならなかった。シミュレーション訓練の結果、翔太はスキルが上昇した。翔太のスキルアップは、風姫の勝利の阻害要因でしかない。シミュレーション訓練をレース後にしていたら・・・ダメだな。レース後は速やかに宝船を移動させたい。全員の安全と風姫の勝利を天秤にかけたら、全員の安全が圧倒的に重い。

 ヘルだけだったなら、迷っていたぜ。

 結論は出ているにも関わらず、アキトの思考はループしている。 

「アキトくん。翔太が森林地帯に入ったよ」

 いつの間にか千沙がアキトの傍にきていて、肩に手を置き声をかけたのだ。

 俯き加減になっていた視線をメインディスプレイに戻し、アキトは翔太の走行をじっくりと観察する。そして瞬きすら忘れ、翔太の走行テクニックに魅入ったのだ。

 森の木々の間を疾走するカミカゼは、数ミリぐらいの近距離で回避している。もちろん、常に近距離で回避している訳でなく、先に先にと的確にコースを選択している。近距離になる時は、リスクを取ってでもリターンが大きい場合だ。

 オレの予測とほぼ同じコースを、オレの対応できない速度で走り抜ける。

「すっげぇー・・・」

 アキトは思わず呟いていた。

 右に左にとトライアングルを傾け弧を描いては幹を躱す。そしてスムーズに上昇下降して枝を避け、時には横回転し逆さまになる。翔太のカミカゼは、決められたコースで競技しているかのように、華麗なテクニックを披露している。もはや神業だった。

 熱い視線を注いでいる史帆は、言葉が出ないどころか身動ぎすらしていない。

 マルチアジャストという反則級のスキル・・・だからといって、神業の如き技術があった訳ではない。先読みスキルの向上も寄与しているのだろう。だが・・・。

「なんでだ? なんで、あんなにも先読み・・・いや、先が見えんだ? 精確に予測できなきゃ、いくら翔太でもムリだろ」

 先読みは、相手やモノの動きを予測する。

 先が見えるは、あるがままの状態を予測する。

 アキトは正確でいて精確に物事を把握するため、用語を使い分けている。そして、アキトの用語の使い分けを千沙は熟知している。

 千沙の動揺がアキトの肩に置いた手から伝わってきた。

「千ぃー沙ぁー」

 アキトの中で、ある推測に辿り着いた。

 徐に、アキトは千沙の顔に視線を向け、ブラウンの瞳の奥を覗き込みつつ口を開く。

「さあーってと、見せてくれないかなぁー」

「何・・・をなの~」

「まずは森林地帯の地図。それと・・・次にクールグラスに表示している3次元サポートと、翔太に渡した事前情報かな」

 索敵システムのレーダー装置には、通常のカメラも搭載されていて周辺の映像を見ることもできる。ただ、それだけでは装置と装置の間の地図を作成することは不可能。

 しかし新造した宝船の索敵システムは、自律飛行偵察機で能動的に情報収集させることが可能である。

 そして大気圏宇宙兼用の自律飛行偵察機”ジュズマル”が、7機も搭載されているのだ。

 オレもジュズマルを飛ばそうと考えた。

 しかし索敵システムのレーダーを、全力のアクティブモードで使用する必要があり、断念したのだ。

 惑星ヒメジャノメに住人はいないし、開発している訳でもない。そんな惑星でレーダー索敵を全力で実行するというのは、居場所を喧伝するようなものだ。TheWOCのベースがレーダーの届かない場所であれば良いが・・・。

 千沙には女子として、もう少し慎み深くあって欲しかった。


 外見と話し方から想像できないが、千沙の活発さは大概である。・・・というより、一般的な女性と比較したら、かなりジャジャ馬な部類だ。

 家業とはいえトレジャーハンターになるぐらいなのだから、当然といえば当然なのだが・・・。

 翔太がコースを下見をせず、調査をしていなくても、お宝屋にはゴウと千沙がいる。そして情報収集活動と綿密な計画は、千沙の十八番である。

 このままじゃヤバイぜ。

 過去を検証し反省するのは必要だが、変えられない過去よりも変えられる未来の方が遙かに重要だ。今は、より良い未来のために思考力を注ぎ込むべき・・・か。

「風姫! 最初っからいけるか?」

 風姫を勝たせ、早めに宝船を移動させる。

『当然だわ』

 透き通る声での強気な言葉。

 ほんっと小気味イイぜ。

 予定より早いが・・・まあ、何とかなるだろう。

「全力でいけっ!」

 風姫のモチベーションをアップさせようと、アキトは活を入れた・・・つもりだった。

『アキトは勘違いしているのかしら? 言われなくても、私は全力でいくわ』

「はっ? ざけんなっ!」

『さっきは全力でいけと言ったわよね?』

「そーじゃねー。オレの指示を聞けってんだ!」

『有益なアドバイスなら、考慮してあげるわ』

 さっきまで感じていた小気味の良さが、綺麗に消え去っていた。

 このお姫様は・・・。もう、勝たせなくてもイイかなぁー。

『まあ、見ているがいいわ。そして私の勝利を称えなさい』

「ああ、翔太に勝ったら称えてやるぜ」

 自分自身を、なっ。

 まともにレースしたら勝負にすらなんないぜ。

 それをオレの力で、風姫に勝利を齎すんだからな。

 数分後。

 風姫の駆るカミカゼは、異常なまでの猛スピードで広大な森林地帯に飛び込んだのだった。

「危ないっ・・・あれ」

 千沙の上げた声に、史帆が落ち着きを払って答える。

「大丈夫」

「3日間も練習したコースだからな」

 千沙の疑問に、オレは積極的に答えるつもりだ。

 話題を逸らすためにも・・・。

「でも・・・」

「カミカゼにコースを記憶させてあるんだぜ」

「うむ・・・だが、アキトよ。あれは反則だぞ」

「マシンだけじゃなく、レースのコースもキチンと整備しないとな。取り決めにはコースの整備をしてはいけないとはなかったぜ」

 不自然なまでに拓けている。開拓どころか移住も始まっていない惑星の大森林が、だ。

「コースの整備して良いともしてないぞ・・・だが、認めざるを得ないか」

「ア~キ~ト~く~ん~。あたしにはジュズマルを使って翔太をアシストしてるのに対して文句言ったのに・・・ズルいよ~」

「言ってない」

 納得していない表情を千沙が浮かべているので、アキトは説明すべきと判断した。

「文句じゃないぜ。千沙がどんなサポートを翔太にしたのかを尋ねたんだ。批難したわけでも、糾弾したわけでも、問責したわけでも、咎めたわけでもないぜ。ただ、ちょーっと強く質問しただけだろ」

 納得はしたようだが、むくれた表情へと変化していた。それでも千沙は、可愛いらしい。それは反則だろう・・・。

「どうやったんだ? 今更レースを中止にしたりしないから、安心してネタばらしして良いぞ」

「コウゲイシの正しい使用例だぜ。七福神ロボ・・・主に弁才天を使って木を伐採していったんだ。8本も腕があると捗るな」

「でもアキトくん、宝船の周辺から離れなかったよね。どうやったの~?」

「オレは七福神ロボを堪能・・・いや、チューニングしてたからな。風姫と史帆の2人が頑張って切り拓いてたぜ」

 何の兆しも現れていないのに、風姫がカミカゼをレースで規定した限界高度まで緩やかに上昇させた。上下動しない方が、距離を稼げるのは自明である。それにも関わらず上昇したのだ。

 その理由が直後に判明する。

 前方に全長2メートル前後の未知の生物が、群れを成して顕れたのだ。

「むむ・・・むむむぅー。カミカゼ水龍カスタムモデルには、水龍カンパニーの最新索敵システムが搭載されていたな。それにしても・・・」

 ざっと数百万平方キロメートルにもなるだろう森林地帯は、翔太の疾走している場所でもある。それに3日前、おもしろそうな戦利品を捕らえたのも、この森林地帯であった。

 そう、様々な動物が生活しているのだ。

 遭遇は必然。

 突然の遭遇に対する備えは、アキトにとって当然であり、考えもせずレースに臨むのはあり得ない。

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