第3章ー2 ヘル救出
ジンのラセンがユキヒョウから発進し、次に手打鉦が射出された。
『アキト。我が操縦するラセンの機動を良く見ておくのだ。立派な兵士になる為に、一時も無駄にするでない』
大気圏に突入していったジンは、手打鉦をアキトの5倍、25枚を操る。
「オレは兵士になる為に、ユキヒョウに乗ってんじゃねぇーぜっ!」
センプウの全方位ディスプレイにはジンのラセンと手打鉦が、舞い落ちるかのように降下しているのが映っている。
だが、オレは全方位ディスプレイではなく、ロイヤルリングに神経を集中する。ロイヤルリングからの情報で、ダークマターとラセンの状態、位置が手に取るようにわかる。
ダークマターが次から次へと、ラセンに纏わりつくよう襲い掛かっている。それを危なげなく手打鉦で弾き返し、受け流し、軌道を逸らす。いなしきれないダークマターは、ラセンが巧みで優雅な機動を描き、危なげなく躱している。まさに縦横無尽の動きであった。
ジンは、危険度MAXの粘性の高い層を難なく抜けた。
抜けた瞬間、オレは集中を途切れさせてしまい墜落するように・・・墜落ではなく、あくまで墜落するかのようなスピードで降下した。しかしジンは、そこを簡単に攻略し、ヘルの宇宙船の許へと軽やかに降下したのだった。
『見ていたかアキトよ。サムライと手打鉦は、このように操縦するのだ。汝にも理解できるよう手打鉦の方は、特に緩やかに動かしたのだがな』
アレで緩やか・・・だと?
しかもラセンを操縦しながら25枚もの手打鉦を操るなんて・・・人間業じゃねぇーぜ。
・・・というか、人間じゃなかったな。
大体において、生身の人間が人外の現ロボ神に敵うかっ!
『我と同じになっても仕方がない。汝は既に基本を押さえた。次は我の操縦を理解した上で、汝の強みを最大限に活かすサムライの操縦法を模索せよ』
だけど勝つぜ!
いつか・・・とは言わない。
2年だっ!
オレは2年以内に、ジンか風姫の窮地を救い。”命の借りは、命で返してもらおうか”って台詞を言い放つ。
それがオレの勝利だっ!
『アキト・・・?』
ジンと彩香の姿はディスプレイ越しにアキトの目に映り、骨伝導システムが音声を伝えている。しかし、アキトの脳には届いてなかった。
クールメットを通して、次は耳に心地よい凛とした音が届く。
『決意の表情で、自分の世界に入り込んでいるところ悪いけれど、早くやるべき作業を終えて欲しいものだわ。ダークマターハローでは、愉しむ景色すらないのよ』
風姫の声が耳に届いたのだ。それは耳からではなく、頭蓋骨内から鼓膜に伝わってきたのだが、アキトには直接脳に伝わっているかのような感覚に陥った。
もしかして、オレの考えていることが・・・分かるのか?
『私達の目的地は、ヒメジャノメ星系の第2惑星よ。サムライの操縦法を模索なんて、宇宙船での移動中に考えればいいわ』
いや、まったく分かってねぇーな・・・。
流石に精神感応合金”オリハルコン”でも、思考までは読めねぇーってことか・・・。
「なあ、オレの所為に聞こえんだけどよ。それは、なんか違わねぇーか?」
『再起動を果たすしたようですね』
『我の声は聞こえずとも、風姫の声は聞こえるのか? 任務中にボケーッとするとは良い度胸だな!』
『まったくだ。我輩の時間は、非っ常に貴重なのだぁあああーーー。何故ならばぁ、人類の脳年齢は120前後が限度。そうなるとぉーだぁ・・・後、72年ぐらいしか思考を巡らせる時間がない。実験方法や分析方法の考察する時間を勘案すると、30年ぐらいしか残されていないっ。どうだぁあああ、理解できたか、小僧ぉおおおお』
現代の平均寿命は80歳。しかし再生医療などフルに活用すれば、120歳ぐらいまでは生きられる。
活力にあふれる時代なので生き急ぐ人が多く、太陽系に人類がとどまっていた時代より若年層、中年層の死亡率が高い。・・・というより、行方不明による死亡扱いが多いのだ。
「なあ、ジン。ヘルって必要かぁ?」
『神の所業に、意味なぞ求めるものではない』
誤魔化す気か?
『ジンの所業に意味はあるのよ。アキトには、まだ理解できてないだけだわ』
「風姫には理解できんてんのかよ。とてもじゃねーが信じらんねぇーぜ」
能力は高くとも、マッドサイエンティストは周囲に迷惑をかけるのが、お約束なんだぜ。宇宙空間でのトラブルは、生死にかかわる。助けてはやってもいいが、一緒にやってけねぇーなっ!
『ジンの所業は、全て私とルリタテハ王国の為になるわ』
そうだった・・・。
風姫達は、トラブル上等だったなぁ。
ジンは気紛れで行動し、オレを酷使する。
風姫は冗談と嘘と真を積み重ね、オレを良く分からない状況に陥れる。しかも、風姫の意図が読みづらすぎて、どう判断し、どう行動すべきか正解が分からない。
あぁー、そう考えっと、どっちもロクでもないな・・・。
神”ジン”を信仰するより、悪魔とでも契約した方がマシかもな。悪魔なら、契約以上の事は求めず、契約に対して真摯だ。
・・・悪魔と契約したかった。
それにしても、ハンターとしてのサバイバルスキルではなく、兵士となれるよう訓練されてる気がしてならないんだが・・・。
「少しはオレの為にもなって貰いてぇーぜ」
オレの愚痴を風姫は、ディスプレイ越しからでも可憐さが伝わってくる妖精姫のような笑顔で、聞き流しやがった・・・。
大気圏突入したアキト機からの情報は非常に役に立った。
我とてダークマターの大気圏に突入した経験などない。ヘルの宇宙船からのデータでは、現在の惑星シュテファン大気圏内の気象情報が分からない。
この気象状況であれば、宇宙船ごとの大気圏脱出も可能であろう。
『ジンの所業は、全て私とルリタテハ王国の為になるわ』
『少しは、オレの為にもなって貰いてぇーぜ』
少しは、アキトの為になっているとも・・・。
風姫の守護職でなくとも、ルリタテハ王家に出入りできるだけの実績を積ませ、能力を高めさせる。それはアキトにだけでなく、ルリタテハ王家と新開家にとっても利益になる。
アキトの命は、ユキヒョウの中で優先度2位になっているのだ。アキト個人の価値ではなく、偏に新開家の次男であるということでの価値ではあるが・・・。
そしてアキトを救うために、惑星シュテファンに激突する寸前、ジンは手打鉦の操作権限を奪った。センプウと地面の間にジンは手打鉦を差し込み、手打鉦の持つ斥力場をクッションとしたのだ。
「アキト、ユキヒョウよりセンプウの戦術コンピューターにアクセス許可申請がきているだろう。ユキヒョウの戦略戦術コンピューターに全アクセス許可権限を付与せよ。汝の無様な大気圏突入のデータが役に立つのだ」
ユキヒョウの戦略戦術コンピューターとサムライ2機の戦術コンピューターの通信をリンクさせる。データの通信状態は非常にクリアだった。
『なあ、いちいち残念な形容詞をつける必要ってあんのか? 無様じゃなく、難しい大気圏突入を成功させた際のデータが役に立つでイイと思うぜ!』
それとなく、難しいという形容詞をつけるところなぞは、中々に自分の売り込みが上手といえるかな? いや若い故に、無様に対して抗弁したかっただけだな。
ディスプレイ越しに見えるアキトは、不満気な表情を隠そうともしていなかった。アキトの不満は風姫とでも会話して解消してもらうとして、放っておこう。
何せ、我は忙しいのだ。
風姫と彩香のオモチャにされて、却ってアキトの不満が募ったとしても、それは我の知るところではないな。
「ヘル、宇宙船の質量偏在データを詳細に寄越せ。汝が宇宙船ごと脱出したいのならばな」
『流石はジンだ。我輩の感謝と頭脳を存分に活用するがよい。さすれば、ルリタテハ王国の技術はミルキーウェイギャラクシー帝国にも、民主主義国連合にも負けはせぬぅうぅうううう』
「それは今でもだ。さっさと、質量偏在の情報を寄越せ」
『何をいうか? 送信したではないか』
「今、現在のを寄越せ」
『宇宙船の前部が潰れたのだ。そもそも質量偏在計算用の生データを再取得しても、精確性など保証できん。そんなのに、意ー味ーはないっ。ムゥーリィーだぁああああ』
「宇宙船ごと惑星シュテファンから飛び立つのだ。正確で精確な情報が必要である。1時間で情報を提出するのだ。やれっ!」
『どうやれというのだ、ジン。出来ないものは、出来ない』
冷徹な口調でジンは、ヘルを誹謗する。
「出来ないだろうとの推測で思考停止するとはな・・・汝は本当に科学者か? 質量偏在情報がなく、どうやって宇宙船を大気圏脱出させるのだ。ヘルよ、一方的に無理な要求だけして協力できないなんぞ、子供の我儘に等しいな」
厳然たる事実を言い放ち、科学者としての矜持を傷つけ、人格を蔑む。
これで、ヘルの頭に血が昇る。
『ぐぬぅううう』
ダークマターとダークエナジーの知識。研究開発力、技術力はヘルが圧倒的に上であり、それらを交えた議論では我は敵わぬ。しかし一条家の始祖にして、ルリタテハ王家に多大な貢献を成している我に、人を、組織を動かす議論で負ける要素はない。
ヘルを思い通りに動かすための仕込みは上々。
「良いか、ヘル。汝の宇宙船が数日惑星シュテファンで過ごしたデータとサムライシリーズの大気圏突入のデータから演算した結果、4時間は気象が安定しているだろう。しかし、その後はどうだろうな? 故に、3時間後には宇宙船を地表から飛び立たせる」
必死になって、船内コンピューターでシミュレーションしているのがわかる。
苦渋の表情を浮かべ、ヘルは返答する。
『1時間では・・・無理・・・だ』
そうだろう・・・1時間では、我でも無理だな。
2時間以内に質量偏在情報がくれば良い。
これでヘルは、どうすれば最短で質量偏在情報を導き出せるか、頭脳を最高速度で回転させているはずだ。他の考えに脳のリソースを割り当てる余裕はない。
「できなければ、汝は暫く惑星シュテファンに滞在すれば良いだけだ。我らは一旦ユキヒョウに帰還し、汝が質量偏在情報を送信できるまで待つとしよう。そして気象が安定している時に、作戦行動を開始する。嵐の中で大気圏脱出するなど、リスクを負うというより、失敗を前提として行う暴挙でしかないからな」
嵐の一夜を過ごし、ヘルの宇宙船の破損は酷くなっていた。
その時の嵐は、惑星シュテファンで当たり前の規模と推測されている。より酷い嵐があり得る。たとえば、嵐にダークマターとダークエナジーが混じりあい質量体が宇宙船に激突する。その衝撃は、宇宙船を破壊する程の威力かもしれない。
「次の嵐でも、宇宙船が無事ならば良いがな?」
我は、4時間後に嵐がくるとは言ってなどいない。”どうだろうな?”とヘルに尋ねただけだった。4時間後も気象は安定した状態だろう。
そして、少なくとも今から12時間は、嵐が来ないとユキヒョウの戦略戦術コンピューターは予測している。
暫く沈黙してから、ヘルは絞りだすような声を出す。
『我輩に、1時間22分与えてくれ』
シミュレーション計算が完了したようだった。
1時間22分の間、他の事を考える余裕を奪うとしよう。
ヘルの放った台詞を随所に使って、言葉の内容いで圧力をかけるよう語りかける。
「良かろう。ただし、その時間でデータを演算して質量偏在情報として出力できなければ、36年間の研究成果物はなくなる。汝が、愚かにも程があると言ってた結末を迎えるのだ。そして汝が、人類の技術革新を100年遅延させる事になるだろう。心して取り掛かるのだ。良いか、人類の未来の可能性を奪うも、救うも汝となるのだ」
『いいとも。やってみせるともっ・・・我輩は、人類の宝を持って帰ってみせるぞぉおお・・・』
暑苦しいヘルの自己満足を遮って、アキトが呼びかけてきた。
『ジン、ヘルを言い包めてっとこ悪いけどよぉ。気象データを取得するために大気圏突入したんだったら、もうオレは必要ねぇーよな? だったら、ユキヒョウに戻ってるぜ。その方が、大気圏脱出のデータを取得出来る。それにだ、より多くの気象データを取得できるぜ』
良い提案だ。しかし提案の裏側には、ヘルの相手をするのが面倒だという意図が見え隠れしている。
その気持ちは分からなくもない。
正直言うと、我も面倒で仕方ない。
「アキトよ、汝には任せたい重要な作業がある」
『重要ねぇ~?』
疑り深い口調のアキトが鋭い指摘をする。
『それは重要な雑用という意味なんだろ?』
頭の良さで人型兵器”サムライ”シリーズと防御システム”舞姫”の操作をマスターした。そして経験から、言葉の内容と現状を把握し、相手の意図を読みとれるようになってきた。
「理解が早くなってきたな。良い傾向だ。我が褒めてやろう」
『皮肉か?』
成長は早いが、少し捻くれてしまったようだな。いや、そういう素養があったのだろう。うむ、そうしておこう。そうでないと、新開家から我の所為だとクレームがつくしな。
「いや、本気で褒めているのだ。成長したな、アキト。そうさなぁ・・・我の10歳の時の実力から一気に14歳ぐらいの実力にはなったようだ」
『オレは16歳だぜっ!』
「無論、知っている」
そう言うと、早速ジンはアキトに重要な雑用を申し付けたのだ。
ヘルの方は精確なデータ取得の為に、宇宙船内を駆けずり回りながら、ロイヤルリングで生データの収集とチェックを実施していた。
アキトに与えた重要な雑用は、あくまで雑用。ジンは重要な作業を実施する。
そして頭脳の大半のリソースを、現在の状況の整理と検討をし始める。
天の川銀河系の人類の勢力は、大きく3陣営に別れる。3陣営の国力をパーセントで表すと、民主主義国連合39%、人口約1000億人。ミルキーウェイギャラクシー帝国35%、人口約1000億。ルリタテハ王国25%、人口約500億人ぐらいである。
どの国家にも属していない独立勢力が幾つかあり、合計50億人ぐらいいる。しかし、そのいずれの勢力も、辺境といって差し支えない場所にある
ルリタテハ王国は戦争を望んでいない。
勿論、我も望んでいない。
だが、ルリタテハ王国の技術力とオリハルコン鉱床・・・正確にはオリハルコンとミスリルの鉱床を手に入れたがっている。
また、ルリタテハ王国内と王国周辺の詳細なワープ航路図。果ては王国内でも、ほんの一握りにしか公開されていない、幾つかのダークマターハローへのワープ航路図。
民主主義国連合は、建前上戦争を忌避している。だが大義名分があれば・・・必要とあれば、捏造してでも戦争を始める。
ミルキーウェイギャラクシー帝国は、あからさまに狙っている。
ダークマターハロー”カシカモルフォ”のワープ航路図の作成に我は7年間をかけた。他にも10年間をかけ、幾つかのダークマターハローのワープ航路図を作成した。
そう、コールドスリープの必要ないジンは、天の川銀河系一の冒険家であった。ルリタテハ王国の繁栄の一端は、間違いなく現人神”一条隼人”の功績である。
我の今は、余生にしてゲームの参加者。
余生は面白可笑しく、しかも愉しく過ごす。その為の環境づくりに、手間暇は惜しまない。
それに、簡単なゲームは詰まらない。難敵共に対し、己の全能力を使って勝つから遣り甲斐がある。
そのゲームの名は”国造り”。
手駒は”ルリタテハ王国”。
難敵は”民主主義国連合”と”ミルキーウェイギャラクシー帝国”。
賭け金は”我が命”。いや、余生か・・・。それと、基本的には命の貸しがある者達。
勝利の報酬は”ルリタテハ王族”と”一般市民の幸せ”。
さて、と・・・。
我が余生を、存分に愉しむとしよう・・・。
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