第3章ー1 ヘル救出

 ”センプウ”に搭乗したアキトは、全方位索敵表示システムにダークマターが表示されるのを確認した。これは彩香が設定したらしい。

 動作確認のためロイヤルリングを通して、センプウとオリハルコン通信コネクションを確立し、神経を細部にまで行き渡らせてみる。史帆の設定により、適合率は96パーセントまで上がり、センプウの反応速度もあがり、確実にタイムロスが減少している。

『アキト。どう?』

 彩香の自慢げな声が、クールメット内蔵の骨伝導装置から聴こえてきた。

 ちょっとイラッてくるぜ。

「問題ねぇーぜ・・・適合率の方は、なっ」

 今度は、史帆が端的に淡々と発言する。

『当然』

 しかし、声色からは自信の程が窺える。

『では、全方位索敵表示システムの設定変更は必要ないですね?』

 いつもと変わらず冷静な口調の彩香だった。だがグリーンの瞳は、怒りで光輝いているに違いない。

「早まんなよっ」

 落ち着きを払って、アキトは口から出まかせを打ちかます。

「彩香の設定した全索表シスは完璧だぜ。さっきは、みんなが心配してるだろう適合率の方から答えたのさ。問題があったら大気圏突入位置に到着する前に調整する必要があんだろ・・・。だからよっ。最初に答えるべきは、適合率の方だぜ!」

『不満、不服、異存あり』

 史帆が小さな声で呟く・・・それでも、クールメットの音量調節機能とノイズキャンセリング機能で、クリアな音声をアキトへと伝えた。そして、彩香の艶やかな唇から零れる小さな音までもクールメットが届ける。

『ふふっ』

 なんとか乗り切ったぜ・・・。

 史帆なんか、どうとでもなる。

 だが彩香は、心理的にも肉体的にも精神的にも生命的にも、オレにとって危険で一杯な存在だ。

 彩香の魂の深淵を覗き込もうと長時間におよび話をしたことがあった。その時、彼女からもアキトの魂を視られていた。視られているというレベルではなく、触れられていた。

 彩香の分析より先に、自分の全てが丸裸にされそうになったので、途中で断念したのだ。。

『はい、アキトォー。減点1だわ』

 心底安心していたアキトに、風姫が愉しそうな声色で話しかけてきた。

 何を言ってんだ?

『あぁあぁ~、残念だわ~。私の初めてを捧げたのに・・・』

 聞き捨てならないことを口走った風姫に脊髄反射で言い返す。

「テキトー言うなっ! 何のことだか、まっっったく解かんねぇーぜ」

 アキトはロイヤルリングで機体に、音声通信先の映像表示を命令する。

 サムライシリーズは全方位ディスプレイを採用して、そのディスプレイの一部に窓が2つ現れる。その窓に風姫たちがいる格納庫制御ルームと、ジンがいるコンバットオペレーションルームが映し出された。

『はっ、初めてぇ? おっ、おっ、お姫様に対して・・・』

 史帆が風姫とこちらを交互に見ながら、慌てふためいている姿が映っていた。対照的に風姫の横にいる彩香は、身動ぎもせず感想を一言口にする。

『本当に酷い男です』

 コイツ・・・断言し、かつ憎しみのこもった口調で言いやがった。

 ここは、白々しく棒読みするとこだろっ!

『それなのに先に逝ってしまうという。ああ、何故なの。運命とは、なんて残酷なのかしら』

 情感たっぷりに、風姫は一欠けらも思っていない心情を吐露した。

 うっわー、悲劇のヒロインになっているぅー。

『全くの恩知らずですね。お嬢様の許に戻る気がないようです。だけど仕方ありません。トレジャーハンターというのは生き急いでいる人種なのです。そのような人種に許されてしまったお嬢様にも問題があると、わたくしは考えますね』

 彩香に叱られ、諭され、現実を突きつけられた風姫が崩れ落ち、床に座り込んだ。そこに、演出が入る。

 格納庫制御ルームの照明の光量が落ち、スポットライトが風姫だけを照らし出したのだ。

『私の彼方此方に自分の生きてきた証しを残して、一人で逝ってしまうのかしら・・・』

 2人の小芝居には、もう付き合いきれない。

『証しを残してって? お腹・・・』

 史帆の中で誤解が急加速しているだろうことは容易に想像できた。

 全力で反論したいが時間は有限だ。

 大気圏に突入し、シュテファンの乗る宇宙船が不時着している場所を目指す。そうなれば、おのずとセンプウの発艦する時間帯は決まってくる。

 ジンが一番楽に降り立てる時刻を計算した。つまり発艦時刻が決定されているのだった。

 そしてジンは、サムライシリーズの中でも機動性重視の仕様であるセンプウでの大気圏突入を、アキトに命令したのだ。

 大気圏突入時刻の前までに、彩香の言う全索表シスの設定変更が必要な箇所はどこか? それを調べ上がてやるぜ。

 全索表シスの設定をクールメットに、次々とスクロール表示させる。

 一度全部の設定を流し、次にポイントになりそうな箇所を全て表示させる。

 ダークマターの種類を判別できるのは、オリハルコンの”青”とミスリルの”赤”のみか・・・。後は一括りして、ダークマターを黒で表示される。危険度がどの位なのか判断できない。

 そもそも気体状態のダークマターまで表示させたら、全索表シスが真っ黒になるだろうな。一定以上の密度と質量のある塊のみを探知させるか・・・。

 果たして・・・この設定で気体状態でない、動いている複数のダークマターを全索表シスで表現できるか? 実際に試してみないことには、判らねぇーが・・・。

「とりあえずよぉ・・・。これで、どうだ?」

『お見事です』

 台詞は短い。しかし、彩香が手放しで称賛したのが判る。

「初めて褒められた気がするぜ」

『そうですか? ・・・そうですね』

『準備が調ったのならば、さっさとヘルを救出してくるのだ』

 アキト機が発艦すると同時に、ユキヒョウから5個の手打鉦が射出される。

『アキトォー。気をつけて行ってらっしゃーい・・・。ほら、史帆も』

 風姫が横にいる俯き加減の史帆にも、挨拶を促した。

『・・・クズ』

 俯いたまま、吐き捨てた。

 どうやら視線を合わせないよう、下を向いてただけだった。


 惑星シュテファンの大気圏にセンプウで突入したアキトからは、ヘルの半壊した宇宙船が漂っているだけに見える。しかし宇宙船は、ダークマターに嵌まり込んでいるのだ。

『どうかしら、アキト。あなたの希望通りの冒険だわ。だから、ユキヒョウの船長になった幸運を噛みしめつつ崇め奉り、私をチヤホヤするべきだわ』

 オレが望んでいたのは異世界とか、まだ見ぬ世界への冒険だった。見えない世界への冒険を望んだことはねぇーぜ!

 その他、様々な悪口雑言が頭には浮かんだ。しかし、長々と言い返すほどの余裕はなかった。

「こんなじゃねぇえぇーー」

 そのアキトに仲間から暖かい言葉が次々と贈られる。

『生きて帰れば、人類史上で2番目となる栄誉ですよ、アキト』

『栄誉?』

 史帆の疑問に、彩香が説明する。

『ダークマターの惑星に着陸して戻ってきたという偉業が、ですよ』

『1番目は、誰なのかしら?』

『その人は今、惑星上にいますね』

『それなら、アキトとヘルの2人が1番目となるのじゃないかしら? 2人で戻ってくるのよ』

『いいえ、ヘルが1番目に惑星に降下したのです。帰りは一緒ですが、別々に・・・』

『ああぁー』

 史帆にしては大きな声をだし、右腕をあげディスプレイに手を伸ばしていた。

『どうしました?』

 顔色は青ざめ、ディスプレイに映るセンプウを指差している。

『危っかしくて・・・自分の機体に傷がつく』

 自分の整備した機体だろ。機体はルリタテハ王家が所有してるんだぜ。

 余裕はないが、口から悪態を吐き出す。

「オレの心配をしろや」

『心配はともかく、忠告はしてやろう。ヘルからの情報を再確認せよ』

「意図は?」

『大気が変わるぞ』

 機体に大気がまとわりつく。

「ぐぁっ・・・」

 ・・・そうだったぜ。

『この大気層を突破するため、汝に手打鉦を持たせたのだ』

 大気圏に粘性の高い層があり、機体の動きが鈍くなる。

 ダークエナジーを内包したダークマターがある。斥力が重力を上回り大気圏をゆっくりと離脱しようとする。しかし、この粘性の高い層にダークエナジーを内包したダークマターが辿り着くと、ダークエナジーが放出される。

 斥力と粘性により複雑な軌道を描く。最後にダークエナジーを放出しきると、重力に引き寄せられ惑星上に落ちるのだ。

「・・・」

 手打鉦を操り、ダークマターの衝突を防ぐ。

 アキトには口を開く余裕すらなくなっていた。

 粘性の高い層の前は、降下方向のみに手打鉦を配置していれば良かった。しかし今は、全方位からダークマターが飛んでくる。

『アキトよ。ロイヤルリングは出力だけでなく、入力にも使用できるのだぞ』

 言ってる意味がわからねぇーぜ。

『感じるのよ、アキト。そうすれば、どの位置にあるダークマターでも認識できるわ』

 大きな質量の塊のダークマターは、手打鉦で何とか防いでいる。

 しかし小さな塊は捕捉しきれず、センプウに衝撃をもたらしている。そして衝撃の度に、アキトの精神を消耗させる。

 神経を研ぎ澄まし、ロイヤルリングに集中して操縦する。

『視覚に頼り過ぎています』

『もっと自分の感覚を信用した方がいいわ』

 ロイヤルリングから全索表シスの情報が流れ込んでくる。

『いいえ、お嬢様。そこはセンプウを信用させるべきです。アキトの場合、頭脳以外は、そんなにスペック高くありません』

 そんことねぇーだろ。

 体力に、運動神経、エトセトラ・・・オレは色々と出来る子だぜ!

 反論を考えるだけの余裕は頭脳にあるが、口すら動かせない。その事実が、彩香の台詞を肯定している。

『もう少しで、今の層を抜けるわ』

 悔しいが、風姫の言う通りだった。

 全索表シスを視覚情報だけで受け取っていた時は追いつかなかった。だが、ロイヤルリングからも全索表シスの情報を受け取ると、余裕ができてきた。

「抜けだぜっ!」

 ようやく粘性の高い層を抜け、アキトは一息つく。

『まだだわっ』

「はっ?」

『油断するでないっ』

 その瞬間、粘性の高い層から落ちてきたダークマター数個が激突し、センプウに多大な衝撃を与えた。

 センプウの自動姿勢制御でも体勢が立て直しきれないのかよ。

 それに速すぎるぜっ!

 墜落するようなスピードで、センプウが落下していく。

 1Gならセンプウは空に浮かぶことすらできるのだが、この惑星”シュテファン”の重力は大きすぎるようだぜ。

 この速度で地表に激突したら、死んじまうぜ。

 なんとか・・・。


「・・・大丈夫かな?」

 史帆が呟いた。

「大丈夫だわ。ねっ、彩香」

「パイロットの身体モニタリングをみる限り、異常はないようです。10分前から変化のないことも考慮すると、気絶しているだけでしょう」

「・・・機体が心配」

 史帆のアキトに対する冷たさは、先程の風姫と彩香の会話の所為だが、流石にパイロットの生命を心配するべきだろう。

「アキトの心配は?」

 不思議に思って、風姫は史帆に質問する。

「機体が大丈夫なら、アキトも無事」

 風姫は頭痛のする思いだった。

 ジンには同年代の女性乗組員が欲しいとリクエストしたのだけれど・・・。中身にまで言及しておくべきだったわ。

「史帆。機体は修理できるし、別に破壊されたとしても、新機体を導入すればいいのです」

 優しく諭すように彩香は史帆に語りかけた。そして風姫は、強めの口調で咎める。

「そうよ、アキトに代わりはいないわ。センプウなんて何機でも導入すればいいだけ・・・」

「アキトは命さえあれば治る。治れば、本人の意志で、自力で、元の状態に戻る・・・でも機体は、最後まで手をかけることが必要」

「うーん。まあ、そうですね。それも一理ありますが・・・・・・・・・・・」

 一理しかないわよ、彩香。

 確かに脳さえ残っていれば、再生医療によって体は元通りになる。

 しかし、本当に脳しか残っていないような場合、体を元通り動かせるようなるには、3~5年はかかる。

 安全に生活していれば人生120年。

 だからといって、リハビリで数年を無駄にするのは勿体ない。特に若年のうちの数年は、人格形成や能力開発の上で重要であり、無為に消費するには非常に勿体ない。

 彩香が事件に巻き込まれ死亡し、アンドロイドになってから7年・・・。どうやら良い感じにジンの思考に染まり、生身の時の感覚が薄れてきてるのかしら?

 彩香とは、まだ一緒にすごしたいから、人としての配慮を思い出してもらうわ。

「それは、いくら何でも間違っているわ。彩香は自分事のように考えているわよね。7年前までは、正しい答えだったわ。でも今は、アキトの身というより、私の身になって考えてもらえるかしら?」

 彩香は、ルリタテハ王国の宮廷作法で礼儀正しく、風姫の忠告を受け入れたのだった。


 惑星シュテファンの地表にセンプウは激突した。アキトは激しい衝撃によって気を失っていた。

「ふぅー。どうにか無事に降下できたようだぜ」

 センプウの重力制御システムが、コクピット内の惑星シュテファンの5Gにもなる重力を軽減させている。それにも関わらず体が重い。

「5Gの重力ぐらいキャンセルできねぇーのかよ。まあぁなぁ、そこまでの快適性を兵器に求めるってのは無理か」

 全方位ディスプレイに、サブディスプレイの窓が2つ開いた。右上にジンが、左上に

『そんな訳なかろう。人型兵器のコクピット周辺は、10Gまで対応できる量のミスリルを装備させている。5Gぐらいキャンセル可能である。汝の着陸が悪かったのであろうな』

『今まで気絶していたようですしね』

 パイロットが操縦できる状態にない時は、外からの通信を繋がないようアキトが設定していたからであった。

『ようやく繋がったわ』

 オレは地表に衝突寸前に、防御で使用していた手打鉦をセンプウの下に、数珠つなぎのように間隔を空けて並べた。手打鉦がクッションとなり、激突死という間抜けな死に様を晒さずに済むんだのだ。

 5Gの重力と濃い大気のダークマターの惑星”シュテファン”にアキト機が屹立したのだった。

 後はヘルをキセンシに乗せて脱出するだけだ。

『まったく、汝は軟弱者だな』

 いいや、置いてくか・・・。

「さっさと出て来いよ、ヘル。助けにきてやったぜ」

『何を言っているんだ? 早く運ぶのだ』

 あぁー、そりゃそーだ。

 センプウのコクピットにヘルを乗せると、すっげぇー邪魔になるぜ。

「どれを持ってけばいいんだ?」

 そういや、後部ハッチが開いてるな。

 そこに隔離ブロックでも入ってんのか?

 アキトは後部ハッチの前まで、センプウを移動させようとした時。

『目の前にあるだろう?』

「はあ? オレには船しか見えねぇーぜ」

『見えているではないかぁああああ!!!』

「テメーはバカか? センプウ1機で、どうやって運べってんだっ? 必要なモン以外は捨ててけやぁ!」

 アキトが吼え、沸点の低いヘルが大人げなく声を荒げる。

 お互いの熱が相乗効果で、オーバーヒートしていく。

『馬鹿者がっ! この宇宙船に必要のないモノなど、何一つとしてないのだぁあああああ! 良いか、ここには我輩の36年にも及ぶ研究の成果物が詰まっているのだ。それを手放すだと・・・貴様、愚かにもほどがある。そんな事したら、人類の技術革新が100年は遅れてしまうのだ。人類の未来の可能性を奪うというのか? そうか、貴様は人類の敵か? いや敵なんだなっ。ならば、殺すぅううう!』

 ヘルは宇宙船ごと脱出することを強行に言い張る。・・・というかキレてる?

「バカはテメーだ! 救助しにきた恩人を殺すなんて考えんじゃねぇー」

 恩人のキーワードが出てから、急に醒めたようで、冷静な口調でアキトに突っ込む。

『何を言ってるのだ。貴様はジンの命令で動いているんだろう? ならば、恩人はジンになるのだ。使用人の分際で我輩に反論するなっ!』

 うっわぁー超絶置いてきてぇえぇーーー。

「ジン・・・どうすんだよ、この命懸けの駄々っ子。研究成果とやらだけ持ち帰る方針だったよな?」

『ジン、貴様らに必要なモノだ。無論、我輩にも必要だが・・・・・・』

『アキト、そこで待っているが良い。我が赴こうではないか』

「別に、わざわざ説得に来る必要ねぇーぜ! さっさと宇宙船から出ろってヘルに命じてくれ」

『この宇宙船の全てがぁあ・・・全部がぁああ・・・一切合財がぁあああ・・・ありとあらゆるモノがぁああああ・・・人類の宝であぁぁぁるぅぅぅのぉぉぉだぁあああああ!!!』

『それは理解しておるぞ。だから我が赴くのだ』

 その台詞に、アキトの一番の取り柄である思考が停止したのだった。

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