第2章後半 覚醒したトラブル”シュテファン・ヘル”

 アキトはジンにスターライトルームから連れ出され、格技場へと足を運んでいる。

 人のいなくなった半楕円球形のスターライトルームは、ゆっくりとユキヒョウに収納された。そして、ユキヒョウの斥力装甲が収納庫を完全に覆い尽くす。最早スターライトルームの場所が何処にあったか見つけられない程、表面が滑らかである。

 そのシャープさと優美さを兼ね備える、洗練された船体を持つユキヒョウには、幾つもの訓練施設がある。

 訓練施設の中で格技場はスターライトルームから一番遠い。だからといって、5分もかからない。その間、アキトとジンに会話はなかった。

 何故こんな展開になっているのか? この展開の裏に何が潜んでいるのか? アキトは自分の中で一番頼りになる頭脳を全開にして推測する。

 スターライトルームにジンが入ってきて、いきなりオレに稽古をつけてやると言い放った。そして、言葉を続けた。

「今までの訓練では物足なくなったから、眠れんのだろうな?」

 突然の来訪に、突然の稽古。目的はなんだ? 意図はなんだ?

 オレの為って訳はねーな。ジンのことだ、ほぼ利己的な理由に決まってるぜ。

 相手の意図を考えるようになったことは、アキトが成長した証しなのだが、経験が圧倒的に足りない。まさかスターライトルームから連れ出すことだけが目的とは考えてもみなかった。

 なにせ、冗談で生きているような存在であり、現ロボ神だ。もっと深い考えに基づいた行動だと推理していた。

「柔道でも空手でも構わんぞ」

 オレのことは調査済みってか・・・なら柔道、空手で戦っても絶対に勝ち目はないだろうぜ。まあ、ジンのことだ。正攻法は通じないだろうしな。かといって生半可に策略を弄しても、基本通りに対処されたら、ジリ貧一直線になる。

「それに筋力とスタミナは、汝のデータにあわせる」

 そこまで譲歩されても勝てるイメージが湧かない。

 考えろ。考えるんだ・・・。

 勝利する方法を・・・。

「肉体だけだ。武器、ミスリル、オリハルコンは使用禁止で、1G下で戦う」

 これで、習熟していない無重力空間での戦いは避けられるぜ。

「良かろう」

 くっ・・・。これでも勝利は遠い。

「とりあえずよ。服装は柔道着にしてもらうぜ」

 まずは、最低限一発は入れる方法を考えるとすっか・・・。

「うむ、構わぬ。以上で良いのか?」

 顔が綻ぶのを抑え込み答える。

「ああ、いいぜ」

 惑星ヒメシロ重力元素開発機構の桜井脂禿げとの交渉経験が役に立ったぜ。これで、お宝屋のゴウに払った勉強代が回収できたってもんだ。

 プランは決まった。

 格技場に扉をくぐった時に、覚悟は決まった。

 そして今、ゆっくりと柔道着に袖を通し、冷静にジンを観察している。

 ジンは既に着替えを終え上座にいる。正座しながら瞑想し、アキトの準備が調うのを待っている。

 アキトが正対して正座すると、ジンは徐に眼を開けた。

 5分後。

 アキトは格技場の床に仰向けになり気絶していたのだった。


 ジンとの稽古から3日が経った。

 恒星間宇宙船”ユキヒョウ”はヘルとリアルタイムで通信できる場所に辿り着いた。

「久しぶりだな、ヘル。元気そうで何よりだ」

『よう、ジン。久しぶりの共同研究に・・・』

 挨拶を交わしている2人の間に彩香が厳しい口調で割って入る。

「ジン様のことは、ぜめて”さん”づけでお呼びください、シュテファン・ヘル博士」

 アキトが胡散臭い眼差しをジンとヘル交互に向ける。

「ジン、ヘルの年齢は68って聞いたはずだぜ。気の所為か? それとも、ヘル博士ロボなのか?」

『我輩の公式記録年齢は、間違いなく68歳だ。コールドスリープの合計期間が33年間ぐらいになっから、生命活動年齢は35歳といったところだ。そして頭脳年齢は48歳なのだぁああああああああ』

 一体どこからツッコミをいれればイイのか・・・。暑苦しい系か? 語りたがり系か? どっちだとしても、付き合いきれねぇーぜ。

 ヘルの言葉を、ジンが揶揄する。

「しかし、精神年齢は10代から止まってしまったようだが・・・。それで、何故合流ポイントに来ないで、直径2万キロメートルもある惑星級ダークマターの塊に漂着しているのだ? 送信されてきた情報には、宇宙船の所在地と惑星の組成データが記述されていただけだ。何故惑星に不時着したのか? 経緯を説明してくれるのだろうな、ヘルよ」

 ヘルの宇宙船の前部は盛大に潰れていて、元々の大きさから3割くらい小さくなっている。装甲は熱と衝撃により歪み、もはや元々の宇宙船の形を想像できない程だ。

 ダークマターハロー”カシカモルフォ”にある惑星級ダークマターには、ダークマターの大気がある。大気圏突入による摩擦熱と

 ただ無事な後部ハッチからは、様々な機器が宇宙空間に溢れ出している。そう見えるだけで、惑星級ダークマター上にあるだけだ。

『ああ、すっげぇー、ヤバイんだぁああ。ダークマターってのはマジ半端ない。惑星級のダークマターは、研究の宝庫だったのだぁあああーーー』

 10秒近く叫び声が続き、漸く途切れたと思ったら、更に言葉を紡ごうとする。

『し、か、もぉぉぉだぁあああっ!』

 ヘルのグリーンの瞳が輝きを増した。

「待つのだ、ヘル! 良いか、時間は有限である。キリキリと経緯を吐け! さもなくば、斬り切りと、細切れにしてやっても良いのだがな」

 オメーの時間は無限だろうが・・・。

『いいや、まず我輩の存念を全て味わって欲しい。いいか”カシカモルフォ”には元々調査する予定だった惑星があった。偶然にもジンの指定した場所に赴くには、近くを通ることになったぁああああああ。ならば、ならばだっ。惑星に降りる方を優先するしかだろう。いいや降りるしかない。他に選択肢などないのだぁあああ。しかもぉだっ! その正しき判断の結果、人類は時空境界突破航法を実用化可能となるのだぁあああっ!!!』

 ”時空境界突破航法”という言葉に、ジンが微かに反応した。

「うむ、話すが良い、ヘルよ。汝の存念を、全て我が受け止めようではないか」

「聞くのかよっ!」

 惑星に漂着した経緯に方を聞くんじゃなかったのかよ。

「時間なら充分にあるのだ。構わぬ。存分に話すが良い」

 うっわぁー。オレのツッコミは無視した上、即座に前言撤回ときたぜ。

 なんかジンとヘルからは、同じ匂いというか、似ている雰囲気が漂っている。

 それに、性格も似ているようだぜ。

 似た者同士・・・。

 偉人なのだろうが、奇人変人・・・。

 しかし、2人の雰囲気の中には絶対的な違いも感じる。

 いうなれば雰囲気の中に、ジンは重厚な風格成分を密かに隠し、ヘルには無闇に熱い情熱成分が入っている。

『さっすが、ジンだ。話が早い。ダークマターの塊に、少量のダークエナジーを封じ込めることができる。これは周知の事実だが、この”シュテファン”には大量のダークエナジーがあるのっだぁああああ。それは・・・』

 史帆が呟く。

「シュテファン?」

 耳聡いのか、史帆の言葉を拾って、回答する。

『そうとも、この惑星の名は”シュテファン”というのだ。我輩が名付けた!』

 いや・・・、自己顕示欲だな。

『それでは続ける。大量のダークエナジーになればなるほど、封じ込めが難しくなる。しかしっだぁ。このシュテファンにあるダークマターの中には、ダークマターを貯蔵できる物質があぁぁるっ。そう、ダークエナジーの斥力を無効化してしまうのだぁあああ! そして・・・』

 ヘルは研究者という理系の中の理系にもかかわらず、くどくどと微に入り細を穿つような話し方をしない。これまでのオレの経験は、偏っていたというのか? それとも知らず知らずのうちに、理系に対してステレオタイプの偏見を持ってしまっていたのか?

 しかし、解説が50分も続くとは想像していなかった。

 最初の1~2分で、風姫と彩香はフェードアウトしていった。ヘルの話に関心も関係もないからだろう。

 史帆は理解しているのかしていないのか判断つかないが、熱心に聞き入っている。

 ああ、やっと理解できたぜ。

 ヘルは教えたがり系だ。

 オレの頭に”突発性直情教育症候群”という名称が、突然湧きでた。しかし、イイ名称だが呼びづらい。通称”ヘル”と名付けてやるぜ。

 その後も淀みなくヘルの話が続いた。一区切りついたのは

「もう良い、大体理解した」

『我輩はシュテファン・ヘルであぁあぁるっ。ただぁーしっ、我輩の命は安くはなぁーい!』

「うむ、汝の依頼は、既に調査済みである」

『では聞かせて貰おう。我輩の真の敵は、誰であるかを? ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンか? ジャン=ピエール・ソヴァージュか? まさか、まさかのコフィー・アッタ・アナンなのかぁあああああ・・・』

 ヘルは段々と早口になり、自分の話で自分を熱くさせて暴走しだした。

 もはや制御不能かと思われたが、ジンの雰囲気が一変し、圧倒的なプレッシャーが放たれる。

「相変わらずだな・・・。良いのか?」

 どうやら、電磁波を通じてでもプレッシャーが届いたようで、メインディスプレイに映っているヘルは押し黙った。

「汝は我から話を聞きたいのか? 聞きたいのだろ? 聞くのだな?」

『・・・はい』

 どうやジンの許容範囲は、弁えているらしい。

 ジンは落ち着いているようでいて、その実、もの凄く大人げない。

 しかも、だ。それを”神の所業故、意味なぞ求めるものでない”などと宣うのだから質が悪いぜ。

「良かろう。まず汝の家族だが・・・全員息災にしている。子供は2人とも結婚している。驚くことに、2人は民主主義国連合の最高峰の学校を無償奨学金を獲得して、そして卒業していた。我の支援など必要ないくらいに、汝の家族は自立している。無論、陰日向に亘り我の息のかかった者が見守っている」

 ヘルの顔に安堵の表情が浮かぶでもなく、淡々としている。

 心配していたのをを悟られたくないのか。それとも冷徹なのか。

『そのぐらいは当然。我輩の息子達なのだ』

「そうだ、もう一つ教えておくか・・・」

 ヘルの表情が引き締まる。

「後退してきている」

『交代? どういうことだ?』

「髪の毛が、だ」

 ヘルは、自分の頭を撫でると言い返す。

『我輩は全身脱毛をしているだけだが・・・』

 研究者の中に、偶にいると聞いたことがある。

 不純物を研究室に持ち込むリスクを減らすためと、身だしなみを整える時間が勿体ないからだと・・・。

「それは知っている・・・が、汝の遺伝子が色濃く毛根に反映されているとの報告なのだ」

 ジンらしいぜ。

 禿げてきていると聞いたジンが、遺伝子の調査を指示したに決まっている。

『その報告・・・必要か?』

 一言だけ呟くと、ヘルはグリーンの瞳で次を促した。

「汝を騙してダークマターハロー”エガーモルフォ”へと送った実行犯は、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンとジャン=ピエール・ソヴァージュの2名だ」

『やっぱりかぁあああーーー』

「待てよ、ジン。実行犯ってことは、指示したヤツがいるってのか?」

「汝の真の敵は、”TheWOC”である」

『なんてこったぁああああああ』

 民主主義国連合が誇る多国籍巨大企業グループ”The Whole of Creation”略称”TheWOC”。

 軍需部門を主力としていて、売上の7割、利益の9割が軍事関連から得ている。宇宙戦艦、宇宙空母ですらグループ内の企業だけで造り上げられる。しかも人型兵器、宇宙戦闘機などの艦載機から各種装備品、兵站まで担える。

「ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンとジャン=ピエール・ソヴァージュの2人は、ただの使い走りに過ぎない。汝が民主主義国連合で生きる道はない」

 いくら何でも、それはねぇーだろ。

 TheWOCが超巨大企業グループとはいえ、民主主義連合国1000億人を超える人口の中に1人ぐらい紛れ込まれたら見つけられないだろう。

『これで、これでぇえええ。我輩の積年の悩みが、解決したのだぁあああっ!!!』

 オレと史帆の声が重なる。

「「はっ?」」

『ならば、我輩の人生をジンに預けよう』

「やっすいぜ。やっすい命だぜ、ヘル・・・」

『さあぁああ! 我輩を惑星”シュテファン”より救うのっだぁああああ』

 史帆が唸る。

「・・・マッドサイエンティスト」

『ジンの言う通り、命の借りは命で返す。我輩の命で返すなら、いくつ命の借りをつくっても同じってことではないか? どうだぁあ? そうだろぉおおお!』

 命の借りを作るってことは、己の命を危険に晒すってことだぜ。バカなのか? アホなのか?

 マッドサイエンティストってのか・・・。考え方が、もの凄くおかいしいぜ。

「汝が収集したデータとサンプルは後程共有する。経緯を話せ、ヘル」

『我輩は、ずっと惑星級ダークマターで研究したかったのだ。話したはずだが、ジン』

「それは知っている。訊きたいのは、汝がダークマターの惑星に降下した理由ではない。降下している過程を知りたいのだ」

『船の航路記録データを送信した。一言で表わすならば大変だった・・・。いいか』

 臨場感たっぷりの演説を10数分にわたって聞かされた後、ジンがアキトに軽い口調で、軽くない内容を口にする。

「さて、準備も整ったようだし、アキト。惑星シュテファンに行ってくるのだ」

 いつの間にか、彩香と史帆が格納庫でセンプウの出撃準備が調えていたらしい。

 最近よく実感するが、オレの周りには理不尽が満ち溢れすぎているようだ。

 何せ、地表の重力が5Gもある惑星シュテファンの大気に突入するとはな。しかも眼で確認できず全索表シスを頼みに降下する。シミュレーションもせず、ぶっつけ本番。

 まったく信じらんねぇーぜ。

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