第1章後半 エレメンツハンティグの始まりは、”ダークマターハロー”

 ユキヒョウの戦略戦術コンピューターに搭載されている人工知能が、防御システム”舞姫”を稼働させる。舞姫の100以上の手打鉦(ちょうちがね)がユキヒョウの周囲に舞い踊るかのように展開した。

 宇宙船の正面など、どの方面を手厚くし、どの方面を最小限にするのかは、船長の指示に従い舞姫を操作するオペレーターが設定する。

 精確で緻密、そして素早い動作はコンピューターの得意とするところ。人工知能が射線を予測し、手打鉦を適切な位置へと配置する。

 その後、防御までを戦略戦術コンピューターに任せることも可能となる。

 レーダーで捉えられないダークマターからユキヒョウを防御する。

 それすら、ユキヒョウの人工知能搭載の戦略戦術コンピューターと、質量・重力波検出計測システムで充分なのだ。

 しかし舞姫のオペレーターは、反射させるか、受け流すか、弾くか。艦隊の攻撃や防御、そして運用も考慮して、創造的な舞姫の操作が求められる。

 ユキヒョウ一隻では、あまり考慮する必要ないはずなのだが・・・ジンから1個艦隊100隻の先陣を努めているという状況設定を押し付けられた。

 しかもアキトは、たった2時間の訓練で舞姫を稼働させ、手打鉦でダークマターの進行をくい止めねばならない。人間業では不可能といえるだろう。

 ユキヒョウの命運すら託されたアキトは、憶するのではなく開き直っていた。

「アキト、危ないぞ」

 アキトの目の前にある3次元ホログラムに、ジンは防御網を通り抜けて迫りくるダークマターに赤い矢印でマークする。

 危険なら、余裕綽々にノンビリとした口調で注意を促すより、手伝って欲しいのだが・・・。

「・・・ぐっ」

 ダークマターの衝突で、ユキヒョウが激しく揺さぶられる。すでに3次元ホログラム以外に神経を割く余裕なぞなくなった。

 アキトの背後で、お茶している風姫と史帆はコーヒーを零す・・・事などなかった。

 ドレス姿の風姫は優雅な仕草で風・・・というか空気を操っていたのだ。

 風姫は陶器のコーヒーカップに、圧縮空気の蓋をして衝撃に備えていたのだった。同様にドレス姿になっている史帆のコーヒーカップにも蓋をしていた。それは、衝撃のタイミングが事前に分かっていたからこその芸当だった。

 アキトは段々と舞姫の手打鉦操作に慣れてきていた。それでも余裕はない。

 なぜ余裕ができないのか? それを考える余裕もない・・・というより、どうやったらこの空間を無事に抜け出せるかを、アキトは全力で対応している。

「ジン!」

 集中力を維持したまま、仕方なく軍事教官に声をかける。無論、泣き言や助力を乞う訳ではない。

「ユキヒョウの操縦権限を委譲してくれ」

「ほう。できるのか?」

 ユキヒョウと舞姫の手打鉦の同時操作という曲芸・・・というより無理難題。

 お宝屋の翔太のようなマルチアジャストという才能があれば無理でも難題でもないのだろうが・・・。しかしオレの考えが正しければ、負担は倍増だがリスクは減るはずだ。

「やれなきゃ衝突実験の開始になるだけだ。絶対にやりきってみせるぜ!」

 集中しろ。集中しろ。集中しろ。

 ルーラーリングでは無理でも、5倍以上の適合範囲を持つロイヤルリングなら操作可能なはずだぜ。

 オリハルコン合金のみのロイヤルリングの性能を存分に発揮できれば・・・。

 オレの頭脳が、能力が、精神が舞姫とユキヒョウにアジャストできれば・・・。

「良かろう。汝の最善を尽くすが良い」

 次の瞬間、情報量が増大した。

 正解だったぜ。

 ジンはユキヒョウを操縦していなかった。それはジンだけでなく、誰も操縦していなかった。ユキヒョウは、ひたすら真っ直ぐに加速していたのだった。

 アキトがユキヒョウの操縦まですることで、ダークマターを回避するバリエーションが増えた。

 3時間を超え、ユキヒョウの操縦と舞姫の手打鉦を自在に操り、有機的な運用ができるようになった自覚がある。それなのに負担は減らない。むしろ増加している気がするぜ。ダークマターハローの濃い空間へと進んでいるのか?

 これ以上、集中力を増加させる方法はない。それなら、何か他の手を考えるしかない。

「ジン! 索敵システムとのリンク優先権を寄越せ」

「うむ、くれてやろう」

 索敵システムのリンク優先権とは、全方位展開している索敵ではなく、指向性索敵のことである。全方位展開索敵は、文字通り宇宙船を中心に全方位を索敵していてる。しかし指向性索敵は、任意の方向を索敵することで、全方位展開索敵では不可能な詳細データを採取する。

「さて、どこまで出来るかな?」

 ジンのように理詰めで、敵の布陣を推測できる経験とスキルがあれば、非常に有効な索敵システムだ。しかしアキトには経験もスキルも圧倒的に足りない。普通に考えれば操作負荷が増えるだけで、マイナスにしか作用しない。

「こんな所で躓いてたまるかぁあああーーー。ぜっっったいに、乗り越えてやるぜ!」

 アキトの処理能力は見事、操作負荷に耐えきってみせたのだった。


 風姫は愉しんでいた。

 アキトに命を託しているにもかかわらず・・・という訳ではない。

 荒事上等で、トラブルは全力で受け入れる気があるが、これは荒事でもトラブルでもない。

 ジンがアキト以外、全員のコネクトに連絡を入れてくれていた。

 半分以上のダークマターは、戦略戦術コンピューターの訓練用シミュレーションが生み出していると・・・。

 そしてアキトの能力向上にあわせて、徐々に難易度をあげていくと・・・。

 人を騙す為の苦労をジンは厭わない。むしろ、その準備の過程すら喜んで作業する。

 自分の命だけでなく、他人の命も懸かったシチュエーションを創り出した。

 アキトは集中力を最大限に高めて、挑まなければならない。人を成長させるための最高のシチュエーションだった

 妖精姫の二つ名に相応しくない黒い笑顔で、風姫は史帆に話しかける。

「安心していいわよ。ジンが真剣に検討した訓練内容だから危険はないわ」

 風姫が身に纏っているドレスは、鮮やかで上品だった。それが、彼女の可憐さとの相乗効果により、史帆は見惚れ、ルリタテハ王国の姫の前にいると実感していた。

「風姫さんが、ルリタテハ王国のお姫様なの納得できたけど・・・」

「風姫でいいわ。同い年の同性で、同じ船の仲間なのよ」

 知りたかった疑問を口にする。

「本当なんですか? 風姫さんがルリタテハの破壊魔って」

「・・・ダークマターだけで作られた手打鉦をジンが操っているわ」

「ジンさんと風姫さんで、ルリタテハの踊る巨大爆薬庫?」

「・・・ユキヒョウにダークマターが当たることは、絶対にあり得ないわ」

 怪訝な表情を浮かべ史帆は訊く。

「ワザと?」

「何が、かしら?」

 風姫は史帆の尋ねたいことを完璧に理解できていて、それで惚ける選択をしている。

「質問に答えないこと」

「そんな事はないわ」

 私との会話を楽しもうとするより、疑問への答えの方が優先なのかしら?

「その金髪と碧眼は本物?」

 訊きにくいことを直球で・・・。

 女の子脳じゃなくて、エンジニア脳なのね。仕方ないわ。

「本物だわ」

「えっと・・・ルリタテハ王家では珍しいね」

 ここからは覚悟して訊いてもらうわ。

 軽い口調で重たい内容を、風姫は話し始める。

「黒髪黒目以外の王族には、王位継承権を放棄する人が多いわ。ルリタテハ王家へのテロとして絶好の標的になるからよ。映像映えするからかしら・・・。それと王は、黒髪黒目であるべきという、良くわからないこだわりを持っている自称”王家守護職”の人たち・・・。私はルリタテハ王位継承順位第八位、一条風姫だわ・・・。だから私、狙われやすいのよねぇ。それに非公式で色々なメディアで取り上げられたりして・・・」

 史帆の顔色が優れない。

「標的になった?・・・」

 声が少し震えているようね。

 でも、もう遅いわ。

「自分自身が強くなり、自分の力で生き残れるようにならないと、周囲の大切な人が死んでいくわ。ジンだって、全ての事象を見通せる訳ではないから、私を護るだけで精一杯になることもある。ルリタテハの唯一神なのにね」

 起きたトラブルは即座に叩き潰すわ。そして、即断即行でムリヤリにでも抑えつける。その為には、全力でトラブルの渦中に飛び込むしかないわ。

 圧倒的な力がないと周囲が巻き込まれ傷つくわ。だから、私は力を求めた。

 大切な人の心臓が停止した時に私は誓ったわ。ルリタテハ国王になりたいは思わない。だけど、死ぬまで王位継承権は返上しないと・・・。テロになんて屈しない。

 それが、風の妖精姫”ルリタテハの破壊魔”が誕生した理由だった。

「だから私は強くなった。トラブルは、全てジンと一緒に返り討ちにしたわ・・・。でも、ちょーっと悪目立ちし過ぎたから、ほとぼりが冷めた頃に戻ることに決まったのよ・・・お祖父様の、ルリタテハ王国国王の命令でね」

 椅子から立ち上がる妖精姫の姿は、美しさと気品、高貴のオーラを漂わせている。両手でドレスのスカートの裾をつまみあげ、彼女は腰を折り優雅に一礼して名を告げた。

「私は一条風姫。二つ名は、風の妖精姫だわ」

 だから、アキトも史帆も護ってみせるわ。死なせはしない。どんなことがあっても・・・。

 ジンが教えてくれた。

 敵から逃げてもいい。敵なら騙してもいい。敵なら容赦しなくてもいい。大切な人と一緒に生き残ることが勝利だと・・・。

 だから、惑星コムラサキで大型オリビーから自分の全力でもって、身を挺してアキトを救ったのだ。

「・・・・・・カッコイイ」

 その溢れださんばかりの決意に史帆は感銘を受け、思わず呟いた。

「・・・そこは、綺麗って言って欲しかったわ」

 風姫をみる史帆は、尊敬の眼差しと共に言葉を続けた。

「生き方が、姿勢が・・・カッコイイ」

 なっ、なにっ? 何か変なスイッチが入っちゃった? 話題の転換の必要性を感じるわ。

 そんな風姫に救いの手・・・声が彩香から届く。

「・・・終わりです。無事に」

 史帆にも立ち上がるよう促し、アキトに言葉をかける。

「どう? まずは史帆に、何か言ってあげるべきだわ」

「ああ・・・えーっとさ。なんでドレスなんか着てんだ?」

 ・・・アキトって相変わらずだわ。デリカシーがなさすぎだし、お世辞の一つも言えないなんて・・・。家でどんな教育を受けてきたのかしら?

 誉め言葉なんて沢山あるのに、一つも口から出てこないなんて・・・。褒め言葉のボキャブラリーが頭の中に入っているのか疑わしいわね。

「何でって・・・彩香さんに・・・」

 頬をほんのりと朱に染め、言葉にならないようだった。

「あー・・・もう言わなくていいぜ。どうせ、トレジャーハンターのジンクスってのを教えられたんだろ?」

 史帆は、不思議そうな表情を浮かべていた。

「そうじゃないわ」

 風姫は、不満の表情を浮かべていた。

「何がだよ」

 アキトは、呆れた表情を浮かべていた。

 トレジャーハンターって人種はデリカシーはないのかしら? 他人の心の機微とか分からないのかしら? お宝屋とかいったトレジャーハンティングユニットも、アホの集団だったし・・・。

「オシャレをしている少女に向かって、言うことがあるんじゃないかしら?」

 風姫は目を細めた。

 ほぼ碧い瞳のみになった目から鋭い視線を突き刺しつつ、アキトを非難した。

 史帆のドレスを指さして、アキトが教える。

「あー・・・彩香に騙されたんだぜ。それ」

 即座に風姫がツッコむ。

「そうじゃないでしょ!」

 表情を固めたまま史帆は、状況を理解する為にも言葉に出して、自分がドレスになった理由をアキトと自分に説明を始める。

「漸くワープ航路が確立された新星系。そこに恋人同士のトレジャーハンターが開拓に向かった。ほとんど未知といっていい星系では何があるかわからない。ワープアウトした位置は、彗星群と衝突コースだった・・・」

 壮大なストーリーが史帆の平坦な口調から紡ぎ出された。

 私も信じてしまいそうになる隙のないストーリー。さすがはユキヒョウ影の支配者の創作した物語だわ。

「・・・それからというもの。トレジャーハンターは宇宙で危機に陥った際、女性は着飾りクルーを信じているというアピールをするって・・・」

 話が終わった瞬間、3人の間に微妙な空気が漂っている。

「そうか、彩香さんからの情報か・・・それなら間違いはない」

 少しホッとした表情に変わった史帆に、アキトは無慈悲に宣告をする。

「そう。それは、間違いなく間違いだ。オレがトレジャーハンターになってから1年以上経つけど、聞いたこともない」

 史帆は茫然自失の様子だった。

「なあ・・・。危機の際には、女性クルーも一緒に立ち向かうべきじゃねーか? 命懸けなんだぜ」

「・・・そうかも。だけど、風姫さんもドレス着てる」

「別に、ちょこちょこ着てんぜ」

 朱に染まった頬と共に、史帆は風姫に顔を向ける。

「ルリタテハ王位継承者がドレスを身に着けたパーティーの時、立ち居振る舞いがなっていない、と思われる訳にいかないわ」

 史帆は顔を耳まで真っ赤にして、俯いたまま動かなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る