第2章前半 覚醒したトラブル”シュテファン・ヘル”

「なあ、ジン。いつまで・・・」

 アキトの発言を途中で遮り、彩香が注意する。

「アキト! せめて、ジンさんとお呼びなさい。無礼ですよ」

「良い。我が半生は冒険と共にあった。それは、これからも変わらずに続く。どちらかというと宮廷だのパーティーだの儀典だのは、全然掠りもせず、全くもって性に合わんな」

「そんなの言わなくても判るぜ」

「ジン様の宮廷作法は完璧ですよ」

「アキトが知らないのも仕方ないわ」

 茫然自失に陥るアキト。

 絶対こっち側だと、根拠もなく信じ切ってた・・・。いいや、絶対こっち側だぜ。だが、なら何故できんだ?

「あのー・・・」

 思考の海に沈みそうになったアキトだったが、史帆の戸惑いの声により意識を海面に浮上させた。

「どうしたのかしら、史帆?」

「アキトが宮廷作法を学ぶのは解るけど・・・なぜアタシまで?」

 そうオレは”ルリタテハ王国王家守護職五位”という、良く分からない官名を無理やり与えられた。宮廷内では風姫のボディーガードのような真似をしなければならないようだ。

 ユキヒョウ船内のパーティールームで、オレはルリタテハ王国の正装を身に纏い、宮廷作法を文字通り叩き込まれていた。

 その宮廷作法講習会に、史帆も何故か、ドレス姿で参加を強制されていた。

「彩香の趣味だわ」

 講師は彩香で、史帆のドレスを見立て、仕立て直したのも彼女だった。

 ドレスだけでなくアクセサリーまで淡い青系でまとめ、史帆のスレンダーな身体に似合うデザインで、彩香のセンスの良さがわかる。

「やっぱりか・・・」

 アキトは呆れ成分のみで呟いた。

「うむ、リアル着せ替え人形の役割だな。2体目の・・・」

「人形・・・?」

 史帆がジンの言葉に素早く反応した。その声は、盛大に裏返っていた。

「できれば、もう1体欲しいです。スレンダー、標準はありますから、次はグラマーな少女が良いですね」

 それで、風姫が1体目ってか?

 彩香は生存中、オセロット王家に仕える侍女兼護衛だったと聞かされた。なのに、王女の扱いを着せ替え人形扱いするとは・・・それでイイのかオセロット王家!

「史帆さんは良いですね。可愛いく・・・」

 今は自称”風姫とジンのお目付け役にして、ユキヒョウの支配者”。その彩香の台詞を最後まで言わせず、風姫が口を挟む。

「あら。私には、もう厭きてしまったのかしら?」

 哀しそうな表情の下に、愉しそうな笑みを浮かべる風姫は、人の理解が及ばない妖精のようだった。

 風姫と彩香は、ウェットとドライな言葉でウイットに富んだ会話を続けている。

 親子のような?

 姉妹のような?

 親友のような?

 その気の置けない女同士の会話に含まれている感情の機微など、本来オレには分からねー。風姫は、何故だか分かる。

 あの表情は、隙あらば悪戯を仕掛けようという妖精の気紛れに満ち満ちてるぜ。

「・・・お嬢様は可憐です。・・・ですが、今や可愛いらしい反応が皆無です。10年前のように失敗して、恥ずかしそうに顔を赤らめたり。次の作法を忘れてしまって固まってしまったり。いいですか、完璧な宮廷作法というのは優雅です。し、か、し・・・それでは可愛くないのです」

 風姫の旗色が悪くなっていく。

 だが弱気にはなっていないし、虎視眈々と逆転を狙っているのがオレには判る。

 普通の女子というより、風姫は妖精みたいな訳の分からない存在に違いない。だからこそ、彼女のメンタリティーを理解できるような気がするぜ。それなら、オレも人ならざるモノに近いメンタリティーを持っているということか?

 それは、オレの勘違いが過ぎるな・・・。

 風姫は彩香を可愛く睨んで、言葉の刀で斬り返す。

「宮廷作法を考えずに自然とこなせるようになるまで、しつこく私に叩き込んだ鬼教師の所為だわ」

 風姫は王族であり、普通の女子と同じような境遇で育っていない。しかも幼い頃からジンの影響を受けているのだ。普通の女子と同じようなメンタリティーには程遠くなることは、約束されたも同然だった。

「そうです。完璧な宮廷作法を得たお嬢様は、可憐で優雅です。史帆さんの初々しい反応。素晴らしいです。それに比べてアキトは・・・。あなたは、どうにもなりません。少年らしさが・・・これっぽっちも存在しない。そこそこ正装を着こなせて、そこそこ儀礼に通じていて、そこそこ応用がきくから間違えても対応できる。それに、その不敵で開き直った態度。あなたは擦れた大人ですか? 世間に対して斜に構えず、正面から向き合いなさい」

 旗色が悪くなったらオレに振るのかよ・・・。

 だが、すでに慣れた。

「なんで、オレが非難される流れになるんだ? そこそこ出来るなら褒めてもイイところだよな? まっっったく意味分かんねーぜ。それによぉ、格闘技してっから、オレが斜に構えるのは仕方ないんだぜ」

 全員の性格は把握済みにして、対策は万全。

 自分で言うのも何だが、記憶力と発想力、頭の回転の速さには自信がある。

 故に1対1なら口で負ける気がしない。

「斜に構えるとは、刀を斜めに構えるのが語源だ。格闘技で使うのは、正確ではないな」

「・・・・・・ぐっ」

 1対1なら・・・。

「でも、ジン。刀を構える方の意味で使うと、身構えるとか、正々堂々になる。アキトに相応しいのは、物事を斜めに見るの意味だわ」

 ・・・1対1ならな。

「うむ、育ちは良いのに、どうやったら、こう捻くれるのか。トレジャーハンティングとは、人の心を捻じ曲げ、疑い深い在り様に変えてしまうのだな。エレメンツハンターの精神安定を保つにはどうすれば良いのか、研究の余地がありそうだ。トレジャーハンティングと異なりエレメンツハンティグ先には、恒星も惑星も見えないが、重力だけある。どのような影響があるかの1サンプルとして、汝は丁度良いサンプルとして役立つであろう。アキトよ、オセロット王国のエレメンツハンターの魁となる栄誉を担うのだ。光栄に思うが良い」

 敵は・・・3人だったようだぜ。

「なあ、今の台詞。名誉なことで凄いことするんだからと、勘違いさせるような言い方してるけどよ。言葉の端々で、オレを実験動物扱いしてるよな?」

 どうせ、オレに選択権はないんだろうなぁー・・・。

「安心せよ。サンプルは汝だけではない。既に何年もダークマターハローと仲良くしている男がいる」

「じゃあーよぉ、ジン。そのダークマターハロー大好きな協力者とやらと、いつになったら合流すんだ? ホントはオレたち、漂流してんじゃねーのか?」

 ユキヒョウがダークマターハローの濃密な空間を突き抜けて、安全宙域に辿り着いてから3日が経過していた。

 ホントなら、昨日合流している予定だった。

「漂流しているのは、ヘルの宇宙船の方だな。そうよなぁ、漂流というより漂着という表現の方が正しかろうな」

 軽い口調で漂着という重たい事実を告げたジンに、史帆はその言葉の重さを確認するように呟く。

「漂着・・・」

 史帆は自身の言葉にショックを受け、茫然自失の状態になった。

 まったく冒険ってものを分かってないぜ・・・。

 いや、違うな。

 風姫と彩香、ジンの危険性は、何となく知っていてる。

 しかし、実力を理解できてないんだ。

 それは史帆が悪い訳じゃねー。

 オレも訓練中は理解できてなかった。共にモーモーランドと戦ったからこそ実感できた。

 ヤツらは常人と危険の基準が違いすぎんだ。全くもって信じられねーぜ

 それに、ユキヒョウの攻撃力と防御力、搭載されている機体は想像を絶する性能を誇る。実際に操縦してみないと解らねーだろうけどな・・・。

「それで、ヘルってのがジンの所業の犠牲者になんのか?」

「シュテファン・ヘル68歳。ダークマターハロー”エガーモルフォ”、”アキレアナモルフォ”、”カシカモルフォ”と渡り、命懸けの冒険をしながらタークマターの研究を続けている酔狂人だ」


 スターライトルームの2階層下に、ジン専用の秘匿回線を引いている通信ルームがある。今そこで、様々な星系へと直通回線を開き、報告を受けては指示するということを繰り返している。

 現ロボ神であるジンは睡眠をとる必要がない。今が、ジンの趣味の時間であり、本性であり、余生であり、真実の姿である。

 次から次へと集まる情報を整理整頓し、判断し方針を決める。

 オセロット王国の現国王”一条千宙”から全幅の信頼・・・というより諦めをもって報告と連絡だけは欠かさないようにと、お願いされている。

 そう国王から命令ではなく、お願いされているのだ。

『ジン、愉しそうだよなぁー。余は公務で忙しいというのに・・・』

「そんなことはない。我は一条家の始祖として、オセロット王国の神として、一睡もせず日夜王国の平和実現のため、額に汗しているのだ。直近の具体的でいくと、新開家の次男坊にサムライシリーズを操縦できるように教育して戦力化を図っている。無論、戦力として鍛え上げるだけでは面白くないから、キチンと風姫のオモチャ・・・護衛に相応しいよう色々と仕込んでいる。一度非公式に戻るから、楽しみにしているが良い」

 一睡もしてないのは事実だが、それがアンドロイドであるからであり、ジンが粉骨砕身で働いている訳ではない。

『すっごく愉しんでいるじゃないかぁあー』

 拗ねたような声を出す。

「千宙(ちそら)よ。汝は既に51歳だろう」

 ジンと会話しているのは、オセロット王国国王の一条千宙(いちじょう ちそら)である。

『酷いじゃないか・・・偶には余も、童心に帰ってみたいのだよ。それに、いつもジンの所業の後始末に苦労している』

 両手でワシワシと頭をかき、綺麗にセットされていた髪を台無しにした。彼は黒髪黒目で、典型的な日本人の面立ちをしている。

「大丈夫だ。こうやって問題になりそうな案件は連絡しているのだ。我のように、常に威厳を纏い動くべき者を動くべき時に動かす。そして己が動かねばならない躊躇なく動くのだ。ただし、国王が動かねばならぬ状況を陥ってはならぬ。故に我が動いているのだ」

 ジンの所業の後始末をスムーズに進めるため、千宙は報告と連絡を求めているだけである。そして苦労している。

『ジンよ、余も一国の王だ。そんなことで言い包められはせぬ。余が動かなくても済むよう動くべき者を動かすべ時に動かしている。ジンも動く必要はない』

「我の余生を邪魔しないで貰おうかな」

 公私混同はオセロット王国の国王として厳に慎まなければならない。

『データでの報告と連絡を欠かさぬなように』

 しかし国王として苦言を呈していても、千宙はジンの全てを肯定する。

 歴代国王の中で、最も模範的かつ有能であると名高い千宙なのだが、オセロット王国とジンを天秤にかけた時に、どちらを選択するのか・・・国王の側近の中でも意見が別れている。その状況に陥るまで、誰にも分らないだろう。

 故にジンの行動を制限するのは、側近の間で禁忌とされている。

 ジンを知る者であれば、全員が理解している。

 行動を制限したら、風姫が一緒になって”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”の暴発が間違いなしとなる・・・と。

「良かろう」

『それと偶には、こうやって顔をみせよ。風姫の顔もみせてほしいものだ』

「善処しよう」

 実のところ、ジンは理不尽な要求をしたり、不条理や非合理な行いはしない。己に与えられた権限の範囲で周囲を巻き込んだり、要人を護ったりしているだけだった。

 ただ権限の範囲が大きすぎたり、要人が王族だったりと、騒動の大規模化要素が満載な場所にいるだけである。そして、ジンが立ち入り禁止となる場所などはない。・・・というより、ジンが存在させない。何故なら”Going my way”・・・でなく”強引がマイウェイ”が現ロボ神であるジンの生き様だからだ。

『最後に一言、言いたい事がある、余も・・・』

「無理に言わなくとも良い」

『自由に行動したいのだぁあああーー』

 ロイヤルリングを通してユキヒョウの戦略戦術コンピューターにジンは通信を切断するよう命令する。そして、通信が切れてから呟く。

「それは余生で、だな」

 通信装置”境界脱出”。

 ”境界消去”。

 座標”惑星ヒメシロ”境界顕現許可宙域。

 ”境界顕現”。

 通信装置”境界突破”。

 回線接続”通信先桂木”。

 黒髪をキッチリとオールバックに纏めている桂木老師が、正面大型ディスプレイに映し出される。

『お久しぶりです。一条隼人様』

 桂木が慇懃に挨拶した。

「ジンで良い。脂禿げはどうだ?」

『子供の使い程度には役に立つかと』

「ならば良かろう。思いっきり使ってやるが良い。それと少しは成長を促しておくのだ」

『漸くこの老骨が、ジン様の力になれる時が訪れたのです。まさに、無上の喜び。骨身を惜しまず尽力いたしましょう』

「骨は折らず、身を粉にする必要なぞない。汝には肉体より頭脳に期待しているのだからな」

『畏まりました』

「・・・むっ。ゆっくりと旧交を温めたいところだが、急用だ」

『旧交などあまりにも勿体ないお言葉、感に堪えません。ご所望の情報は、今データ送信を完了してございます』

「うむ、また後日連絡する」

 時空境界突破装置の存在をアキトに悟らせない為、通信を切り上げスターライトルームへと向かう。その位置からは顕現している時空境界が見える。そして、ユキヒョウに繋がっている通信ケーブルは時空境界の向こう側に突破している。

 通信ケーブルの先に接続されている通信機器は光を通さない時空境界の所為で全く見えない。故に通信ケーブルが途中で暗黒にのみ込まれているか、切断されているように感じる。

 勘が鋭く頭の良いアキトなら、何かの切っ掛けで恒星間通信以外の使用方法に気づくかも知れない。オセロット王国の王家に忠誠を誓うまで、彼に視られてはならない。

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