第10章後半 VS ミルキーウェイギャラクシー軍
ジンはライデンで宙を疾駆し、敵宇宙戦艦3隻の真っ只中に飛び込んだ。格納式の武装を全て展開して、ユキヒョウとライデンを攻撃していたが、同士討ちを警戒した宇宙戦艦によって、弾幕に一時的な空白が生まれる。
極秘任務用の宇宙戦艦で武装は少ないとはいえ、それは通常の宇宙戦艦と比較しての話だ。人型兵器サムライ1機を屠るのに、宇宙戦艦3隻は過剰ともいえる戦闘力である。
「まずは1隻目だ」
その戦闘力を発揮させない位置取りをし、ジンは即座に1隻の宇宙戦艦に取り付く。その宇宙戦艦はコスモナイト全機を発進させた後も、格納庫のハッチを開け放っていた。
ライデンのオプション兵器であるレッグアーマーの装備ミサイルを格納庫に叩き込む。如何に宇宙戦艦とはいえ、内部は外部装甲より遥かに脆弱である。
「戦争で相手を侮るは、愚か者の所業だな」
宇宙戦艦3隻が300メートル級の恒星間宇宙船を相手にして、侮るなというのは無理だろう。しかも敵は、コスモアタッカーとコスモナイトを全機発進させている。これだけでも、敵司令官は油断せず、全力で叩き潰しにかかっているのが分かる。
ジンの台詞は、完全に言いかがりなのだが、指摘する者はいない。ユキヒョウにいる風姫と彩香には聴こえているが、ツッコミを入れられる程の余裕はない
ジンは格納庫内の爆発が落ち着くのを待ちつつ、ライデンの戦術コンピューターから敵宇宙戦艦のデータを読み出す。
うむ、コンバットオペレーションルームとエンジンルームの位置はわかった。
宇宙戦艦に侵入したジンの操るライデンは、無造作に両腕を広げ、幽谷レーザービームライフルを構える。
銃口の先は、当然コンバットオペレーションルームとエンジンルームであり、無造作に見えるが、精確に狙いを定めている。
2挺の幽谷レーザービームライフル”轟雷”から、闇光りする輝線が放たれる。
さて、成果はどうだ?
ジンは格納庫で生き残っている端末を探し、ライデンの指と接続しネットワークに侵入を果たす。
どうも、ミルキーウェイギャラクシーの軍事ネットワークへの侵入は容易すぎて疑心暗鬼になるな。ダミーシステムに侵入させられ、ウィルスでも待ち受けていた方が、ヤハリなと納得できるぐらいだ。
ミルキーウェイギャラクシー軍の宇宙戦艦は、相変わらず内部の防御が脆弱すぎる。
情報取得の結果から、コンバットオペレーションルームとエンジンルームは、想定通り破壊できたようだ。
ハッキングして武装を乗っ取る・・・までは流石に出来なかったが・・・。
ふむ。優先すべきは、ルリタテハ王国でテラフォーミングしている惑星コムラサキに干渉してきているミルキーウェイギャラクシー軍の殲滅・・・ではない。
風姫の安全が一番重要なのだ。
破壊欲を満たすのは、後にすべき・・・そう、我は大人であるから優先度を間違えることなどない。
とりあえず、得た情報から一番弾薬のある場所にライフルを連射するという、八つ当たりしてから格納庫を脱出した。
ユキヒョウとのデータリンクで戦局を判断する。
そして次の獲物を決定した。
標的は、精度高くユキヒョウに命中コースでレーザービームを放っている宇宙戦艦だ。もう1艦とは練度に差がありすぎる。
ユキヒョウを沈めようと加速する敵艦を足止めすべく、ジェットエンジンの排気口を狙う。宇宙戦艦のジェット推進にすら耐えられる頑丈で熱に強い排気口でも、ダークエナジーの斥力を1ヶ所に集中して受けては破壊は免れ得ない。
獲物は、まっすぐ進むことが難しくなり船速が落ちる。
ライデンの全推進力を使って最大加速する。轟雷を、ほぼ壊滅した敵宇宙戦艦の向けて発射し、その反作用も利用して加速を加える。無論、ジンは八つ当たり成分も加えている。
追いつき、追い越し、回避機動をとり、戦艦の可動部分に攻撃をバラマキ、展開した武装を潰すべく狙い撃つ。
宇宙戦艦の攻撃力を削いだあとは、ミサイルの発射口に狙いを集中する。硬い装甲に護られたエンジンブロックよりは容易に破壊できると推測してのことだ。目論見通り轟雷のダークエナジーが発する斥力により、ミサイルの誘爆を引き起こした。
戦艦を足止めに成功し、ジンは一旦ユキヒョウに帰艦することにする。
そのついでに、ユキヒョウを取り囲んでいるコスモナイト1機を轟雷の闇光が直撃さえ、撃破する。次に進路上にいたコスモナイトを、ダークエナジーと高周波を併用した刀”コクトウ”を抜刀して一刀両断する。
ユキヒョウの格納庫で、ジンは専用機であるサムライ”ラセン”に乗り換える。そして武装を、幽谷レーザービームライフル”轟雷”の大型スナイパーライフル版”遠轟雷(エンゴウライ)”1挺を携えて出撃する。
サムライと同じ大きさ・・・約20メートルに達する長さがあり、対戦艦兵器として使用される。しかし、その分取り回しが難しい。
その理由の為、ジンは操作に慣れていて、かつ機動性に優れるラセンで出撃するのだ。
最初にライデンで出撃したのは、先に敵の戦闘力を削ぎユキヒョウへの攻撃圧力を減少させる為だ。次は戦艦を完全に破壊する為に出撃するのだ。
「全速転進せよ! 戦線を離脱する」
後方に位置していた旗艦の艦隊司令官が艦長に指示した。
「しかし、友軍が戦闘中であります。それに本艦は被弾はありません」
ミルキーウェイギャラクシーの旗艦は、少し引いた位置に布陣していた。被弾はなく、完全に無傷であった。
「全機、直ちに転進せよ。衛星基地に撤退せよ」
自分でも蒼白な顔をしていると判るし、声に震えが混じる。30年以上も戦場を職場としているにもかかわらずにだ。
「このままでは・・・全滅する」
サムライの戦い方を見て、嫌な予感がしていた。純白の機体”ラセン”が顕われた瞬間、それは確信にかわった。
既に鬼籍に入ったものと想像していた。いや、そう信じたかっただけだ。根拠は何もないのだから・・・。
「早くせよ! 奴は・・・デスホワイトだ」
コンバットオペレーションルームに緊張が走る。
ミルキーウェイギャラクシー軍では有名な不吉の象徴、それが”デスホワイト”である。
宇宙空間で純白という極めて目立つ機体で一度も撃墜した記録がない。
曰く、戦場に最初から最後まで参戦する。
曰く、戦場で最後まで純白の機体を保つ。
曰く、単機でコスモナイト大隊を殲滅する。
曰く、宇宙戦艦1個艦隊を相手でも、退けられない。
曰く、デスホワイトのいる戦場で生き残るには撤退しかありえない。
15年前のルリタテハ王国との戦争を最後に、ミルキーウェイギャラクシー軍では観測されていない。
「そっ、それは、ただの伝説なのでは?」
戦争当時も、戦争後も、諜報活動により正体を暴き、そして非合法手段をとってでも無力化しようとしたのだ。しかし、一つとして明らかになった事実はなかった。
「自分は戦ったことがある。奴は絶対にデスホワイトだ!」
当時の恐怖と絶望の記憶が甦り、体が震え始める。もう、なりふり構っていられなかった。
司令官が悲鳴のような声で叫ぶ。
「撤退せよ!」
慌てて、艦長が野太い声で艦に命令を出す。
「直ちに、コムラサキ衛星基地に転進するの・・・」
艦長の台詞が終わる前に、コンバットオペレーションルームが消滅した。
遠轟雷の精密射撃により宇宙戦艦の上から下へと黒い輝線が貫かれたのだった。
旗艦は爆発四散は免れた。しかし幽谷レーザービームの斥力により、船体が中央から2つに分割されたのだった。
コスモナイトは、慎重にユキヒョウとの距離を測って攻撃を仕掛けている。明らかに見えない手打鉦を警戒しているのだ。
「彩香!」
「お嬢様、わたくしは何時でも良いです」
ユキヒョウ搭載の幽谷レーザービームを一斉に放つ。
通常合金も使用している手打鉦は、レーザーを反射できる。
反射したレーザーがコスモナイトに突き刺さる。
ビームとダークエナジーは反射できない為、撃破までは至らないが、足止めにはなった。
そして今度は、直接幽谷レーザービームを叩き込んだ。その結果、どの機体も大破判定を受ける損傷を負い、コスモナイト部隊は壊滅したのだった。
「もう大丈夫だわ。早くアキトを迎えに行きましょ。急ぐわよ」
勢い込んで風姫が口を開いた。言葉通り、気持ちが急いでいる。
『後顧の憂いなきよう徹底的に、1機残らず見つけ出して掃討したいところだが・・・』
ジンが珍しく言い淀んだ。命の優先度を勘案して考えているのだろう。
「ジン様、既にアキト君が愉し気に大気圏へと突入してから5時間が過ぎています。若者に暇を与えると碌なことはしません。それに宇宙戦艦は、3隻とも修理不可能でしょう」
厳しいモノ言いだが、アキトを心配しているのが、ジンだけでなく風姫にも判る。
風姫は、碧眼に力を込めてで訴える。
『そうよな。コムラサキ星系から脱出できなければ、暫く放っておいても良かろう』
ジンは風姫の気持ちを尊重したようだ。
「そうよ。モーモーランドの残党なんて放っておいていいわ」
「お嬢様は少し落ち着きましょう」
少しは自覚があったのか、風姫は頬を朱に染めて、顔を逸らしたのだった。
「・・・宇宙でモーモーランド軍を蹴散らしてから、コムラサキの大気圏に突入したわ。するとね、宇宙戦艦が基地から飛び立つのを見つけたわけ。ユキヒョウを狙うのかなと思ったんだけど、あの宝船とかいう奇抜な宇宙船に向かっているのが分かったから挟み撃ちにしてやったわ」
コネクトから空中に戦闘映像を映し出しながら、愉しそうに戦いの様子を風姫が話している。また一つ、アキトの中で彼女の残念な印象が増えた。
「その後は、惑星にあるモーモーランド軍の基地を粗方破壊して、不時着した宝船の様子を確認するためにユキヒョウを隣に着陸させたのよ」
状況は理解できたが、ここ数時間のオレの絶望と悲壮感をどうしてくれるんだ。
「それより、これからどうすんだ? 一旦ヒメシロに戻るべ・・・」
「惑星コムラサキを堪能するわ!」
「いや、そんな悠長な場合じゃねーぜ。政府に知ら・・・」
風切音にアキトは反応して振り向いた。
グリーン色の大型オリビーがアキト目指して襲いかかる。
敵の狙いはアキトをひき殺し、風姫を誘拐することだ。
刹那、突風が吹き荒れ、大型軍用オリビーが高速回転しながら空を舞った。地面に叩きつけられる時には、既にオリビーは無残な形に潰れていた。
しばらく、その光景を呆然と見つめていたが、風姫の悲鳴でアキトは我に返った。
「風姫、大丈夫か?!」
アキトは風姫を抱きかかえた。
「まさか・・・、こんなに・・・痛い思い・・・するとは思わ・・・なかったわ」
風姫のスペースアンダーのいたるところが破れ、そこから血が滴り落ちていた。優美な腕や脚が鮮血に彩られているが、肩口と両腿がもっとも酷く出血していた。
「わかった・・・。もう、もう・・・、大丈夫だ・・・。安心しろ・・・・・・・。」
アキトは自分が何を言っているのか、何を言いたいのか理解できないでいた。理解できているのは、このまま何もしなければ風姫が死ぬことだけだった。
何をすればいい? どうすれば彼女を救うことができる? なぜ風姫が血を流している?
だが、一つだけ分かる。彼女がアキトを助けてくれたのだ。
「ひとつ・・・貸し・・・よ」
風姫の秀麗で透き通るような肌をもつ相貌が、これ以上ないくらい白く、生気のないものになっていった。
「ああ、借りた・・・。必ず返す。命懸けで返す・・・。返すから。返すから・・・。だから死ぬな」
涙を溢れだす。
風姫の声が聞き取れないくらい小さくなっていった。
「ふぅ・・・、ふふふ・・・、嬉し・・・い。あなたは・・・私の・・・もう、私のものだわ・・・。・・・ルリタテハ・・・神に誓って・・・くれるかしら?」
「ああ、誓うよ。ルリタテハ神でも、何にでも誓う。だから死ぬな。死なないでくれ」
いきなりアキトの右頬が斜め上から殴られて、仰向けに倒れた。
視線を向けるとジンが険しい表情を浮かべ仁王立ちしている。まったく気配を感じなかった。
「今の言葉、忘れるでないぞ。どけ、風姫を医療ルームに運ぶ」
ジンはそう言うと風姫を抱え、上空に停止しているユキヒョウへと向かって空を飛んだ。
しばらくの間、茫然自失状態から抜け出せないでいたアキトを、彩香がユキヒョウ搭載のオリビーで船へと連れ帰ったのだ。
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